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二日目 黒猫と少女

 ※※※※※※※※※ 二 日 目 ※※※※※※※※

 次の日になって(しゅう)が泣く声で起きた(あき)


 辛うじて蒲団で寝ているが、(うし)の刻(まで)飲んだ頭が痛かった。終を抱き締めると立ち上がり、ぱたぱたと紅時(べにとき)が来る音がする。


「ま~ま~。」


 愚図(ぐす)る終を抱いた(まま)、蒲団を片手で持ち上げる。


「秋さん。すみません。」


「俺の子供なのだから、謝らないでおくれ。」


 片手で均衡を保っていた終が、紅時の方へ動く。慌てて紅時が抱き止めると終が甘えた声になった。


襁褓(むつき)を変えてやってくれ。」


 秋が蒲団を畳むと、押し入れに仕舞う。紅時は手際よく

 襁褓(むつき)を手際よく変えて、母乳を与えている。


「朝、戸を開けましたら、昨晩の御握りが、竹皮ごとなくなっていました。()うしたら、又、桜ノ枝が置いてありましたよ。見事な枝振りの美しい満開でした。」


 嬉しそうな紅時と反対に秋が、眉間に(しわ)を寄せた。


()の枝を見ようか……。」


 紅時は着物をただし、二人の間に終を歩かせて、土間に向かった。


 既に婆と啓之助が起きていた。


 婆は、料理を作って居るので、手が放せない。

 終を秋に渡して、直ぐに紅時も水場に立った。


 土間と板場の境に、花瓶が置いてある。


 其の横に啓之助が座っている。


「起きたか……。やはり考えて居る事は同じだな。」


「啓之助はどう思う。」


「現代の刃物なら(のこぎり)だろうが、断面が違う。鋭利な刃物で、そうだな……。刀はもう所持品出来ないから、単刀だろうな。上手く切れていないから、切り慣れていないと思う。」


「男か……。女か……。」


「女だろうな。体重を掛けて、折っていると思う。」

 秋が黙り込んだ。


「桜ノ枝を贈る理由は、何だ……。」


 啓之助が、口を開いた。


「恋文。」


 秋が呆れた顔をした。


「所帯を持っている家族しか居ないだろうが……。若い訳ではない。男手に桜ノ枝は贈らない。ならば、紅時にか……。全く何処(どこ)の虫だ。」


「紅時さんは、まだまだ、美しいからな……。」


 秋が鋭い視線を啓之助に向けた。


「男の嫉妬は、恐ろしいな。」


「当たり前だろ。紅時だけは渡せない。」


「くたばるなら、先に行けよ。」


「紅時は残しては行かないよ。」


「うわ。気持ち悪い。執念だな。」


 秋が黙った。言い返せる言葉がない。


 にゃ~と猫の声がする。花瓶の下に黒猫がいる。


 又、終が猫を触ろうすると地べたに下ろした。


 秋がしゃがみ黒猫を触ろうとする。猫は毛を逆撫でて、(うな)る。


「秋は嫌われたな。」


 啓之助が枝を花瓶(かびん)に戻すと、猫の頭を撫でた。


 にゃ~と鳴いている。


「啓之助の家に連れて行けば良いだろ。」


「しかし、此の猫は紅時に懐いている様だぞ。」


 黒猫の視線の先には、紅時が居た。彼女は振り返り、盆に魚の骨と粟が乗った物を持ってきた。


「餌を見てるのではないか……。」


 猫の目前に食べ物を置く。匂いを嗅いでから、口を付けて食べ始めた。


 終が真剣に見詰めている。


「猫が好きか……。」


 秋が聞くと頷いた。


「にゃんにゃん。にゃんにゃんて鳴くのよ。」


 紅時が微笑んでいる。


「紅時さんが云うと、卑猥に聞こえるな……。」


「終に言葉を教えてるだけだろうが……。啓之助が斜めから見ているのが、解らないのか……。全く俺の妻を口説き過ぎだ。出禁にするぞ。」


 紅時は身を翻し、炊事場に戻った。


「今の桜の蕾を見に行くか、どうする啓之助なら……。」


「そうだな。何処(どこ)で折った物かを知りたいな。見た事がない品種だしな。」


「紅時。今日は桜を見に行こうと思うのだが……。」


 婆が振り返った。


「坊っちゃん。あさげが先です。浴衣から着替えて来て下さいまし。」


 秋が頭を掻きながら、下がって行くと、紅時は秋の後を追いかけた。


「啓之助様。終を御願いします。」


 紅時は去り際に言葉を残した。


 終は猫を見ている。


「俺では泣き止まないのだがな……。」


 近くに婆も居るので、駄目なら諦める事にした啓之助は、二人で猫を見ていた。


 終が、猫の頭を撫でようとして手を伸ばす。するりと、猫が手から逃れ、玄関から出て行った。


「にゃ。にゃ。」


 終が後から追い掛け様とする。泣かれるのも嫌なので、啓之助は後ろから付いて行く。


 ぽてぽてと歩く終を待っていると、庭に出た。


「えっ……。」


 庭先に少女が倒れて居る。


 黒い髪の見た事もない黒い着物を着た少女。


「もし、大丈夫か。」


 行き倒れて居るには、清潔な肌と布を着ている。


 うつ伏せから、仰向けにすると、少女の姿を観察した。

 意識はない。


「婆。終を頼む。」


 少女を抱き上げると、桜の香りがした。


「啓之助様。どうかしましたか……。」


 婆も出て着て驚いている。

 皺の出た手で終を抱き締めると、暴れている終を抑え様とした。


「終坊っちゃん。危のう御座います。」


 終は体を(よじ)って、啓之助を見る。


「にゃ。にゃ。」


「其のお子様は誰でしょうか……。」


 困惑している婆に、着替えて来た秋の声がする。


「どうした……。火を付けた(まま)等……。どうした啓之助が抱いて居る少女は……。」


 秋が顔を出すと、紅時も側に寄る。


「まあ、黒の着物だわ。意識がないのね。此方(こちら)の部屋に寝かせましょう。」


 紅時が手招きすると、啓之助が敷居を跨いだ。


 婆を横目に進むと、終が「にゃ。にゃ。」と声を上げていた。


 蒲団を敷くと、少女を寝かせた。啓之助は(いぶ)かしそうに、顔を見た。近隣の子供ではない。


 紅時は顔を拭いている。


「髪も服も汚れていないから、今倒れた所かしら……。貧血なら良いのだけれど……。」


「黒い着物等、明治時代ではヶの日にしか着ないぞ。誰だ……。身元も知れない女等、終が危ないではないか……。」


「倒れていた時点で、安全ではない此の世界では、捨て置けないわ。其に令和の時代なら黒い着物、何て珍しくもないですよ。行き場に困ってるかもしれないから、我々で保護しましょう。」


 秋と紅時は、令和の時代から転生しているのである。だから、記憶も歴史も知っているのだ。


 明治時代では、着られていないものと、直ぐに判断できた。


「紅時は安全だと思うのだな……。しかし、俺は話を聞く迄は判断しない。啓之助、すまないが、桜は独りで見に行ってくれないか……。俺は妻子を守る義務がある。」


 健やかな寝顔の少女を苦々しく秋は見た。


 (さじ)で重湯を少女に与えている紅時。


 ゆっくりと少女の目が開く。


「貴方。御名前は……。家の庭で倒れて居るいたのよ。」


 少女は天井を見詰めている。


此所(ここ)何処(どこ)ですか。」


「明治時代の九州よ。農村の一角で、林 秋と紅時の家にいるのよ。」


「何故、今、黒い着物を着ている……。」


 秋が睨み付けている。


「紅時さん……の記憶に強い物を選んだつもりですが……。」


「黒い着物等、紅時は婚礼の時しか着ていない……。我々が前世の記憶を持ってきたいるのを知っているのは、継一と啓之助と時子さん位だ。だから、御前が誰だと聞いている。」


 時子(ときこ)とは、啓之助の母親。継一(つぐいち)の妻である。


「私達の記憶が視えるの……。」


 少女が紅時の方を見詰めている。


「はい。魂の形が視えます。」


 秋が嫌な顔をして、睨み付けた。


「紅時。危ないから、()の子は外にだそう。」


「秋さん。状態が悪い少女を外へ追い出すのは、可哀想です。」


 少女は頭を下げて、秋に聞いた。


「申し訳ないですが、少しだけ休ませて下さい。寝させて下さい。」


 二人が言葉を発する迄もなく、少女は眠りに付いた。


 其の日は、少女が目を覚ます事はなかった。


読んでくれて有り難う御座います。

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