一日目 日常
春の推理2022の応募作品です。
2022年5月12日迄に投稿し終わります。
※※※※※※※※※ 一 日 目 ※※※※※※※※
秋継と紅時は、桜並木の下を歩いて居た。
満開になる前の咲始めの頃だ。
明治時代の片田舎に二人は住んでいた。
農作業着で、開墾したばかりの稲作用の土地から帰っている最中である。足元は硬い土道を歩いている。
「秋さん。桜が咲きそうですね……。」
紅時は嬉しそうに上を見て居る。
「ああ。此の時期は田植えの時期と被るから、花等気にも止めてなかったな……。」
「でも、やはり家族で見たい物ですね。満開になりましたら、一日だけ開けてくれませんか……。」
紅時の後れ毛に触れながら、秋継改め、秋が微笑んだ。
「寺小屋も此の時期に生徒は、余り来ないし、良いと思うが……。何故だい……。」
秋は農業の傍ら、村の子供に読み書きを教えているのだ。彼らは、秋を先生と呼ぶ。
「何故か、私達は桜の木が咲く前に、ゆっくりとした時間を取っておりませんから……。」
紅時が遠くを見詰めた。
秋も感慨深く同じ所を見た。
二人は長い時間を共に生きてきた。過去となった時間も二人には大切な時間だ。
「婆に云って、弁当でも作って、御花見にでも行くかい……。終が産まれてから、何かと大変だったからな。啓之助も今は旅に出ているし、良いかも知れないね。」
婆は秋に奉公している使用人である。父親の代から勤めているので、彼を坊っちゃんと呼ぶ。
秋と紅時の第二子の終一を二人は終と読んで可愛がっている。まだ、歩き始めで、言葉を理解はしても、話しは出来ない。
啓之助とは、秋の友である伊藤 継一と云う武士の長男である。
仕事を辞め、都から、此の九州の田舎に里帰りをしている。秋の家に転がり込もうとして、叩き出され、隣に家を建てた。
現在は今迄やりたがった木々の研究をしている。
秋の使っている稲作用の田畑も、啓之助の贈り物である。
想いを寄せる紅時の点数稼ぎと、農業の苗の開発を秋夫妻に頼んでいるのである。秋も苗の開発をしたかったので、啓之助の感情を知りつつも黙認している。
「桜が楽しみです。」
当の本人の紅時は、秋以外に目移りする性格でない為、むしっても問題にすらならないからだ。
「終が待ってるよ。帰ろう。」
ごく自然に秋が紅時の手を持つ。微笑みながら、帰路に着いた。
家に近くなると、終の鳴き声が聞こえた。
黄昏泣きである。
「ま~ま~。ま~ま~。」
婆が家の前迄、手を繋いで立って居た。
「これ、終。母上でしょう。明治時代に、ママ等呼び方をしたら、変に思われるでしょうに……。」
「大丈夫。飯を欲しがる子供にしか見えないよ。」
秋が紅時の背にある籠と自分の持ち物を納戸に仕舞うと、母の足にしがみついている子供を高く抱き上げた
。
大きな農家の民家に入ろうとすると、玄関の引戸はが開いていて、土間が丸見えになっていた。
入り口の石の足元に満開の桜の枝が置いてある。
「まあ、綺麗……。誰が置いてくれたのかしら……。」
紅時が拾い上げると、秋に見せた。
婆が訝しげな顔をする。
「終坊っちゃんと出た時は、其の様な物は有りませんでした。」
「風流な事ではないか……。子供の悪戯だろう……。」
其の時、玄関に一匹の黒子猫が、玄関から入ってきた。
「あっ、これ。勝手に入っては駄目よ。」
猫は土間の中央で箱座りをしている。
「迷い猫かしらね……。家に入っても、土間から上がらないから、大丈夫かしらね……。」
秋が終を抱き締めると、部屋へ入る入り口の草履を脱ぐ為の板間に腰を下ろした。
終が猫に興味を持ち、父から離れ様と暴れている。子供を話すと、興味深々に近付いた。
猫は危ないと、紅時も近付いて、喉を触った。コロコロと喉を鳴らしている。
「放って置いたら、消えるだろう。」
猫を中心とした二人の後ろを立っていた。
「坊っちゃん、御風呂に入って下さい。流石に、稲作りは泥が跳ねていますよ。」
紅時は桜の枝を婆に渡して、秋の側に寄って、新しい着物を持って来た。
「終を御願いします。」
婆に、猫を熱心に見ている終を残し、秋と紅時は庭にある五右衛門風呂に入りに行った。
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倫理時折、春で投稿もしています。純文学です。
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