08.屋汐八々
清掃完了の旨を裏番長に報告した俺たちは、各自帰宅するために校門に向かっていた。
今日は久しぶりに忙しい一日だった。鵜ノ木に脅された件や、助っ人女子生徒との清掃活動。半不登校の俺にとっては少々刺激的すぎる経験だった──。
「……ねえ、本当に『ソレ』大丈夫なの? 顔の表面が内部にめり込んでるんだけど」
「あ、そんな感じになってんの俺? 把握」
──ちなみに裏番長に歯向かうとこうなる。俺が職員室に怒鳴り込んだ瞬間、目の前にぬりかべのように立っていた裏番長に顔面ストレートをお見舞いされた訳であります。
凹んだ顔面を両手でコネコネしていると、ようやく元の顔に戻った。どうにか新しい顔をジャム大好きおじさんに焼いてもらうような事態は免れたな。
「……じゃ、俺こっちだから」
校門を抜けて、右に続く下り坂を指さした俺に
「あ、残念、私はこっち」
助っ人女子生徒は左に続く上り坂を指さした。
別に俺は助っ人女子生徒と今日一日で親しくなった訳じゃない。しかし、お互いに避け合って歩くような関係でもなかった。なりゆきで肩を並べて歩いていた俺たちは、こうして校門を出た今、明日からは互いに『他人』として学校生活を送っていくのだと思っていた。
「…………八 々!」
助っ人女子生徒に背を向けて、下り坂に一歩踏み出そうとした瞬間だった。
「屋汐八 々! 私の名前っ!」
初めて出会った時と同じ声。
耳をつんざくような大声なのに、どこか心地良くて温かい彼女の声が俺の胸へと突き刺さる。
「……うっせー! んな馬鹿デカい声出さなくても聞こえるわっ!」
「あ、あはは……ご、ごめん」
俺が勢いに任せて憎まれ口を叩くと、元助っ人女子生徒は苦笑いしつつ前髪をくるりといじっていた。
──彼女を見ていて、少しだけ分かったことがある。
彼女はきっと怖がりだ。怖がりながらも、人との関わりを求めている。
彼女はわずかに震えていた。俺と初めて出会ったとき、俺にたわいもない話を振ったとき。そして彼女が自分の名前を名乗ったとき。それは多分、俺に対してだけじゃないと思う。
なぜ彼女が懸命に人と関わろうとするのか、初対面の俺には見当もつかない。もしかしたら俺の思い過ごしかも知れないし。
……だが、俺の腹のなかに巣くっているひねくれ虫は、どうやら彼女が作ろうとした『不器用な関わり』を許してしまったらしい。
「……屋汐、お前、良い声だよな」
そんな照れ臭い台詞をはいた俺は、屋汐八々の反応も待たずに下り坂へと踵を返したのだった。