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07.助っ人女子生徒

前回中途半端に切れていたので、1000文字前後加筆して再投稿しました。

 「ずっとひとりで掃除してくれてたんですか!?」


 体育倉庫内の蜘蛛の巣をつついていた俺の背中に、突然クソ馬鹿デカい声が掛けられる。

 ビクっと肩を震わせながら振り返ると、体育倉庫の入り口に息を切らした女子生徒が立っていた。


 「はあ……はあ……、ぎょっ、ごめんなさい! 急用が入っちゃって」


 肩まで伸びたうすめの茶髪に、クリっと輝く大きな瞳。

 発育良好で女性的な身体が、彼女の着ている体操服の胸部を盛り上げている。

 もしかしたら俺は彼女を注意した方がいいの? そんなに前かがみで肩を上下に揺らしてると、そのプッチンプリンがぷるるんですよ、と。 


 「……ふぅ。まだ終わってませんよね? 少しだけど私も手伝います!」


 息を整えた彼女は、丁寧に手入れされた爪が光るその手でホウキを握っていた。

 一見、ギャルっぽく見えるが、バチバチのギャルじゃないというか……俺のような陰の者が苦手なタイプの女子ではなさそうだ(偏見)

 今時の女子高生……というより『JK』と呼ぶのに相応しい印象だった。


 「あっ!!! これ室内用のホウキだっ!!!」


 彼女は自分が握っているホウキを見て、グラウンド中に響き渡るような高音を発する。

 大丈夫? これバチバチのギャルじゃなくて、バカバカのギャルじゃないよね?


 「す、すみません! 私って結構ドジだから……!」

 「…………床は俺が掃いとくから、ハタキで棚のホコリとか落としてくれ」


 一抹の不安どころか百抹くらいの不安は抱きかかえながら、俺は学年も名も知らぬ助っ人女子生徒と体育倉庫の掃除に取り掛かることにした──。



 ──さて、ふたりで掃除を始めて数分、体育倉庫内には色とりどりの花が咲き乱れていた。

 もちろん実際にバラやコスモスがにょきっと生えてきた訳ではない。原因は俺と一緒に掃除をしているこの女子生徒だ。彼女がふりまく『ほわほわ感』が、周囲を幻の花畑に変えてしまっている。


 「……それでね! 酒井先生が体育倉庫の掃除をすれば出席日数のほうは大目に見てくれるって! そしたらさー、酒井先生がおかしくてー!」


 あ、タンポポが咲いた。英語ではダンデライオンと呼ぶらしい。


 「……んでさー、ラーメンだよ!? ラーメン! 私がさー、それはないでしょ! って言ったら『腹が減っては戦はできぬ』なんて言うからさー!」


 チョウチョさんが飛んでる。なんていう種類だろう?


 「世界史の専攻とってたらさー、夏休みの宿題キツかったんだー! 私、高校生になったら夏休みの宿題なんてないと思ってたのにな~」


 あ、時計を持ったウサギさんもいるわ。追いかけてみようかしら?

 …………って! いかんいかん! 空中を浮遊するこの謎のふわふわにメルヘンチックな幻覚を魅せられていたぜ!


 俺はなんとか正気を取り戻す。先ほど体験した不思議ワールドに困惑しつつ、助っ人女子生徒のほうへ振り返ると、彼女はいつの間にかハタキを手放し棚に腰をかけて、いまだにペチャクチャと喋り倒していた。


 「…………あのさ」

 「だよねだよね! そうだよねー! シュルっていうよりシュッ! って感じだよねー!」


 初めて俺の方から話しかけると、彼女は嬉しそうに声のトーンをひとつ上げる。

 猛烈にシッポを振り回す子犬のような反応だった。


 「…………掃除して欲しいんだけど」


 切実な要望をダイレクトに伝えると、助っ人女子生徒は顔を赤く染めながら「ご、ごめんなさい」と蚊の鳴くような声で呟き、ハタキをパタパタと振り始める。

 ずっと無口を貫いていた初対面の俺に、ここまで根気よくたわいもない話を続けていたのは、ある意味彼女の優しさなのかもしれない。



 数十分後、あらかたの掃除を終えた俺たちは、今日はもう解散することにした。

 スマホを取り出す。現在、19時前後。九月と言えど、もう日は落ち切っていた。俺はともかく、女子生徒に遅くまでこんな重労働をさせるのはいかがなものだろう。


 職員室にいる裏番長へ掃除終了の報告をする道すがら、チラリと助っ人女子生徒のほうを見る。俺の視線に気づいた彼女は、もじもじと何か言いたげな顔をしていた。


 「……なにか言いたいことでも?」


 俺は単刀直入に助っ人女子生徒に尋ねる。

 すると彼女は少しだけバツが悪そうに応えた。


 「……もう喋りかけてもいいの?」

 「いや……俺は別に黙れとは言ってない。あまりダベってると帰りが遅くなる、お前も困るだろ?」

 「な、なあんだ! なんも返事してくれないから、荒らしくん怒ってるのかと思っちゃったよ~!」


 あの程度で怒るほど俺の器は小さくない。俺は首を振って否定すると、助っ人女子生徒はほっと胸を撫で下ろした。


 「私って、他人(ひと)よりもおしゃべりみたいでね、話に夢中になっちゃうことがたまにあるからさ~」

 「……そうみたいだな。まあ、聞いてる分には別に嫌じゃなかった」

 「良かった~! 荒らしくんって結構クセの強い人だと思ってたんだけど全然普通だね! ちょっと変だけど普通だね!」

 「……うん? うん、お互い様だな?」


 俺たちはまた雑談をしながら、職員室を目指して薄暗い廊下を歩いていた。といっても、助っ人女子生徒が話して、俺が聞きに徹する。

 誰とでも打ち解けられる人種というのは、彼女のような人間を指すのだろう。

 だけど何故だ。彼女の話を聞いているとムズムズしてきた。ムズムズというか、些細な違和感が心のどこかに突き刺さっている。


 「だってさー、酒井先生から一緒に掃除するひとの名前聞いたら『荒らし』だなんて言われたから、一瞬困っちゃったよ~」

 「うんうん、誰が? なんて?」


 思わず耳を疑った俺は、おかめのように上品な作り笑いをしながら助っ人女子生徒に聞き直す。


 「だから~、君が!」

 「うん」

 「荒らしくんって呼ばれてるんでしょ!」

 「うん?」

 「酒井先生が教えてくれたの!」

 「うん。うんうん? うん? あ、うん?」

 「なんで荒らしくんって呼ばれてるの?」

 「……うん、うんうんうんうんうんうんうん!!!」


 俺のおかめの面に亀裂が入り、地の般若の顔があらわになる。

 緊急事態に頭の処理が追い付かずバグってしまうと、助っ人女子生徒はそんな俺を見て「……こわっ」と呟き軽く引いていた。


 あのアラサーゴリラ野郎……! 良くもその呼び名をバラしてくれたな……! 末代まで掲示板にアンチスレたててやる……!

 背後に怨恨の炎をまとった般若の俺は、助っ人女子生徒に対して鬼気迫る勢いで脅迫する。


 「知ってしまっては仕方ない……が! 俺が酒井に荒らしと呼ばれていることは他言無用だ……!」

 「な、なんで?」

 「なんででもだ……! お前もまだ華の青春を楽しんでいたいなら、そのことは忘れたほうが賢明だぞ……!」

 「な、なんかよく分からないけど、そんなに秘密にしたいなら気を付けるし!」

 「ならばよし! 参るぞ、敵陣へ!」


 私って口かたい方だし! とガッツポーズをとる助っ人女子生徒と、般若と化してしまった俺は職員室へと進軍するのだった。

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