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05.Vtuber青柳サツキ

 鵜ノ木つつじは告白した。『青柳サツキ』は自分であると。

 青柳サツキと言えば、世界的動画配信サイト『TUBE MATE』で絶賛ブーム中の新人Vtuberである。

 俺が青柳サツキを知らないはずがない。なぜなら俺の数少ない趣味である『荒らし巡り』のターゲットのひとりが、その青柳サツキなのだから。


 鵜ノ木つつじと、青柳サツキが同一人物……?

 脳内でふたりの面影を重ねてみると、確かに『声だけ』は似ている。しかし、どう考えても画面の向こうで明るく……悪く言えばアホの娘のように振る舞っていたVtuberと、目の前に立っている鵜ノ木を結びつけることはどうしても出来ない。


 「……な、なにを言っているのか分からないな」


 鵜ノ木の突然のカミングアウトを信じきれない俺は、現実から逃れようと彼女が突き出したスマートフォンから目を逸らす。


 「……ここまで話したら、どうやっても引き返せないわ」


 煮え切らない俺の態度を見て取った鵜ノ木は、すーっと深く息を吸いこんだ。

 「覚悟してね」

 鵜ノ木が蚊の鳴くような声で呟いた。

 次の瞬間、鵜ノ木は俺の目の前から『消える』ことになる──。



 「みなさん、こんにちは~♪ ひまわりが似合う新人元気っ娘Vtuberのぉ、青柳サツキで~~す!」

 「…………ひょ?」


 冷や汗がつーっと、俺の背筋をつたっていく。


 「趣味はおしゃべりとテトリス、好きな食べ物は軟骨のから揚げ!」

 「……おいおいおいおい!!!」


 シャツに脇汗がじわりじわりとにじんでいく!


 「宝物はお父さんからもらった、この麦わら帽子! 普段は雑談配信とかゲーム配信をしてるから、良かったら皆見に来てね~♡」

 「あば、ばばばばばばば、ばばばばばばばばばば!!!!!」


 恐怖で全身がガタガタと震えだす。目の焦点が高速移動するほど動揺している俺は、改めていま目の前にいる人物が誰なのか理解した。


 「おまっ、おま、おまっ」

 「?」

 「お前っ! 本当にっ! 青柳サツキなのかっ!?」

 「そうで~す、その通り♪」


 青柳サツキを演じる鵜ノ木が、花咲くような満面の笑みで俺に詰め寄る。

 間違いない。チャンネル登録者70万人、明るい茶髪に麦わら帽子をかぶった青柳サツキが、確かに俺の目の前に立っていた。


 「……どう? 信じてくれたかしら? こういう言い方が正しいのか分からないけれど、私が青柳サツキの中身なのよ」


 その笑顔を引っ込めて俺から一歩退いた彼女は、どうやら『青柳サツキ』から『鵜ノ木つつじ』に戻っていた。

 女性には複数の顔があるというが……こうして間近で鵜ノ木の豹変ぶりを見せられた俺は、顔が引き攣るほどたじろいでしまう。


 (なにが『ひまわりの似合う元気っ娘』だ! ガチガチにキャラ作りこんでるじゃねえか!)


 青柳サツキの信者たちがこの実態を目の当たりにしたら、どう思うのだろう。

 Vtuberリスナーの世界では、リアルの詮索はご法度だ。しかし、画面の向こうでまるで夏の妖精のように振る舞う青柳サツキと、実際は残暑にブレザーを着込んでいる雪女・鵜ノ木つつじは、あまりにも遠くかけ離れていた。


 「考えごとをしているところ悪いけれど、本題は私が『青柳サツキ』だってことじゃない」


 頭を抱えている俺に、鵜ノ木は淡々と圧をかけ、問い詰めてくる。


 「あなたも分かっているはずでしょ? 『荒らし』くん?」


 ……そう。俺が今、もっとも焦っているのは、俺が『TUBE MATE』で使っているアカウントが鵜ノ木にバレているということだ。昨日まで青柳サツキの配信や動画を荒らしていた、そのアカウントである。


 「……あ、荒らし? 悪いが何を言っているのか、まったくわからない」


 握りこぶしの手の内が、どんどん汗ばんでいくのが分かる。青ざめた顔の俺ができることと言えば、鵜ノ木から目を逸らして苦し紛れの言い逃れをするくらいだ。


 ──しかし、鵜ノ木には何か確信めいたものがあったようだ。

 突然、鵜ノ木は横に向いていた俺の顔を、その細腕でグイっと強引に自分の顔の前に手繰り寄せる。


 「発信者情報開示請求って知っているかしら? それに近しいことをしたのよ……ちょっとしたコネを使って隅々まで調べさせてもらったわ」


 鵜ノ木のひやりとした手のひらが、困惑する俺の両頬を撫でていた。

 底の見えない鵜ノ木の蒼い瞳が、俺の反抗心を根こそぎ吸い尽くしていくようだった。


 「…………っ」


 沈黙してしまった俺をゆっくりと解放した鵜ノ木。

 彼女はどこか楽しそうに微笑みながら、再びスマートフォンを操作する。


 「あなたの口から聞きたいの。私……いえ、青柳サツキの動画や配信を荒らしているのは、あなたよね?」


 鵜ノ木が差し出したスマートフォンの画面には、アカウント名『荒らし』が書き込んだコメントが表示されていた。

 俺は目を回しながらも、必死の抵抗を試みる。


 「……そんなアカウント、俺は知ら、しらしらしらっ、知らないねっ!」

 「荒らしくん、あなた本当にひどい人ね。女性配信者に向かって○○○だったり、○○○なんて書き込むなんて」

 「き、希代のフェニミストである俺がそんな低俗なコメントするわけが……」

 「あなたが私にしたことは、立派な権利侵害に値するわ。まあ、そのまま知らんふりをして法廷に立ってみるのもいい経験かもしれないけれど」


 口元を手を添えて不敵な微笑みを浮かべる鵜ノ木。

 どうやらこれ以上言い逃れはできないようだ。

 俺は額に浮かんだ汗を拭うと、恐るおそる鵜ノ木に問いかける。


 「……なにが望みだ?」


 鵜ノ木が俺に対して復讐をしようと考えているなら、もっと簡単な手があったはず。

 こうして二人きりで密会するような手段を取るということは、それなりの理由……要求があってのことだろう。


 「話が早くて助かるわ……私が荒らしくんに頼みたいのは──」

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