03.鵜ノ木つつじ
『明日の九月九日、朝八時に放送室で待っています。
二人きりで話したいことがあります。
これは私にとって……あなたにとっても大切な話です』
裏番長から説教を受けたその晩、帰宅した俺は鵜ノ木つつじが俺宛てに書いたという手紙を眺めていた。
(……どう見たってラブレターだが)
唸る俺の手の中から、封筒に貼られていたハートがこぼれ落ちる。
──鵜ノ木つつじ。
俺が通う高校のクラスメイトであり、才色兼備の美少女である。
しかし、鵜ノ木つつじを紹介するとなると、そんな簡単なひと言では片付けられない。
彼女は日本を代表する大企業『鵜ノ木グループ』の社長令嬢である。
例えばこの俺が借りているアパートだが、鵜ノ木グループの子会社が運営している。そこの床に転がっている缶ジュース、乾電池、参考書でさえ鵜ノ木グループの商品だったりする。
「しかし、ラブレター(仮)を万年筆でしたためるってのは……」
うすい水色の便箋に綴られた色気のない達筆が、まさに鵜ノ木つつじを高嶺の花だと物語っているようだった。
初めて女子に告白された! しかも美少女だ! 加えてお嬢様だ! 玉の輿だ!
なんて小躍りしながら浮かれてみてもいいが、正直なところ今は喜びよりも困惑のほうが大きい。
月とスッポン。雲泥の差。住む世界が違う。
そういう根本的な問題もあるが、それ依然に鵜ノ木が俺に恋愛感情を抱くこと自体に違和感がある。
なぜなら俺と鵜ノ木は話したことすらない。たったの一度も。おそらく。
鵜ノ木自身は有名人だから、俺がアイツの顔を知っていることは不思議じゃない。
しかし、逆となると話は違う。
(……なんでアイツが俺のことを知っている)
半不登校の冴えないクラスメイトの俺を。
確かにクラスメイトともなれば顔くらいは覚えるかもしれない。悪目立ちしているという点では、確かに印象には残っているかもしれない。
だが、俺の知っている鵜ノ木はクールというか、冷たいというか……他人にあまり興味を示していない印象があった。
少なくとも俺に対して恋愛感情を抱くような人間とは思えない……。
こりゃ万が一だが、ラブレターではない可能性もあるな。
果たし状とか、督促状とか?
あとは俺を悪霊だと思って、どうみてもラブレターにしか見えない御札を送り付けてきたのかもしれない……そうかもしれないだろ! 結!滅! あまり浮かれるんじゃないぞ、俺! 確かに十中八九ラブレターだけど!
「……まあ、今考えてもしょーがないか♪」
鵜ノ木からのラブレター(仮)を丁寧に折りたたむ。場合によっては額縁をポチる所存。
しょうがないな♪ るんたったるんたった♪
裏番長からの説教の件もあるし、明日は大人しく学校に行ってやるかな♪
美少女に告白(予定)されてもまったく浮かれていないクールな俺は、先日発見した例のVTUBERの配信を荒らしながら明日が来るのを待っていた──。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「…………な~んてな」
翌日、八時。
早朝の重い足を引きずって放送室にたどり着いた俺は、すでに放送室の中で待っていた人物を軽く睨みつけた。
清流のようにさらりと垂れる銀髪。
背を向けていた華奢でしなやかな半身が、俺の入室と共にゆたりと翻る。
「…………鵜ノ木つつじ、一体なにが目的だ?」
冷たく微笑む美少女──鵜ノ木つつじは、俺の問いかけにクスリと笑って返した。