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02.裏番長

 子供と大人の境界線は、一体どこに引いてあるのか?

 悪事を働いても保護される子供は、いつから自己責任を負う大人になるのか。


 「さて、一週間も学校を休んでいた理由を聞かせてもらおうか」


 俺たちの国、日本では20歳を迎えると成人……つまり大人になる。

 例えば未成年が殺人を犯せば少年法に守られる訳だが、成人になっても海賊の王様を目指してしまうゴム人間はきっと世間に大々的に晒されてしまう。

 ……そもそもアイツって二年後になって成人したっけ?


 「夏休み明けでセンチメンタルになるのも大概に……」


 しかし、これはそういう話ではない。

 喩え未成年だとしても、許されないことなど五万とある。


 「……おい、荒らし。聞いてるのか?」


 俺が探し求めている「境界線」とは、非常に曖昧なものだ。確定できないものだ。人によって形異なるものだ。

 それは直線だったり、ぐにゃぐにゃに曲がっていたり、時に円を描いていたりする。

 そんな全ての偏見が重なった時、とても不安定な「境界線」ができるのだ。


 「…………」


 俺はいつまで自分の現状を世間のせいにして生きていけるのか。

 育った環境のせいにして生きていけるのか。

 ふっ……難しい問題だな。


 「……ちゃんと私の話を聞けェ! クソ問題児ガキィいいいい!」

 「なんちゃこふっ!?」


 ──自分の世界にどっぷり浸っていると、脳天に空手チョップが降ってきた。

 俺はドゴンっ! と音を立てながら、机に勢いよく顔面をぶつける。

 ぷしゅうと湯気をあげる俺のタンコブを見下して、担任の『酒井さかい咲子さきこ』は呆れ顔で言い放つ。


 「……なんか惨めだな、お前」

 「自分の生徒に手をあげといて、第一声がそれですかっ!?」


 赤い目をひん剥いて抗議する俺に「自業自得だ」とふんぞり返る我が担任さま。

 空手柔道黒帯のアラサー女子(笑)は、やはり格が違った。


 まあ確かに、今回の事の発端は俺にある。認めよう。

 夏休み明け五日間も仮病で学校を休んだのはやり過ぎた。

 1日目は胃潰瘍、3日目には右足複雑骨折、5日目にはインフルエンザで今日は今日とてインフルエンザは治ったけれど肌が徐々に青くなっていく奇病に侵されました、と鼻くそをほじりながら電話したところ、見事に首根っこ掴まれてこの担任さまに学校へ連行された今日この頃である。


 「……分かった。分かりましたよ! 明日からちゃんと登校しますよ! 登校すればいいんでしょうがッ! ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ッ!!! クソがッ!!!」

 「いや、絶対分かってないやつだろソレ。お前はねた5歳児か」


 やれやれ……と頭を抱える酒井先生。

 黒髪ボブヘアに、強気に見えるがかなり端正な顔立ち。モデルと言われても差し支えないほど良いスタイルの持ち主。酒井先生は、いまだ独身なのが不思議なくらいの美人だ。


 しかし、そんなものはペラペラの金メッキ。

 俺を含めた一部不良生徒への熱血指導、もとい腕力に物を言わせた鉄拳制裁が白日の下に晒されると、酒井先生にちょっかいをかける男性教諭や男子生徒は雲散霧消し、今では影で『裏番長』というあだ名が付けられるほどの女性である。

 俺はこの裏番長は動物園から逃げ出したゴリラなんじゃないかと睨んでいる。


 「分かりましたって裏番……酒井先生。ちょっとしたジョークですよ」

 「ん? 今『裏番長』って言ったよな?」


 ゴリラは耳もいいらしい。小気味よくコキコキと拳を鳴らしていた。


 「と・に・か・く! お前は一学期から休みがちなんだ。せっかく二年に上がったのに出席日数が足りなくて、もう一回二年生をやり直すのが嫌だったら明日からは真面目に学校に来るんだな!」

 「へいへい、どーせネトゲも垢BANされて暇だったところだ」

 「お前には休んだ罰として手が足りない委員会や掃除雑用の手伝いをしてもらうからな」

 「絶対にイヤです」

 「お前が休んでいる間、他の教師にどれだけ私がお前のフォローをしたと思ってる?」

 「死んでもイヤです」

 「じゃあ死ぬか? 私は最近ボクシングも始めてなあ……丁度サンドバッグが欲しかったんだ」

 「どこの掃除から始めましょうか? それとも買い出しに行ってきましょうか?」


 困っている女性を放って置くことはできない。俺は雑用を快諾した。


 「……じゃあ今日のところは遅いんで大人しく帰りますよ。詳しいことは明日聞きます」


 ──夕暮れ。甲子園の夢破れた野球部が、いまだ雄たけびを上げて練習している様子が伺えた。

 酒井先生、もとい裏番長に連れ出されてから一時間ほど経っただろうか。リュックを背負って軽く一礼、退席しようとした俺に、裏番長は少し困惑したように切り出した。


 「……あー、待てまて。お前を連れ出したのは出席日数の件だけじゃない」


 はて? 首をひねった俺に裏番長が差し出したのは、一通の手紙だった。


 「……お前宛ての手紙を預かっている。鵜ノ木つつじがお前に渡してほしい、とな。お前が何日もズル休みするから渡しそびれていた」

 「鵜ノ木つつじ……? あー……アイツか。……って、え?」


 学年一と称される美少女、鵜ノ木つつじ。

 不登校気味の俺とは話したこともない、別世界のリア充だったはず。


 「荒らし……お前、あの鵜ノ木と何があった……?」


 俺の手に渡った手紙は、世間一般では一見『ラブレター』と云われる外見をしていた──。

鵜ノ(うのき)

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