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14.計画始動!

 校門脇の塀にペンキをまいた生徒を解放しなさい。

 理事長から突然下された命令は、生徒指導室に居た全員を驚愕させた。


 「何故です!? こいつは間違いなく犯人だ! 目撃した生徒だって何人もいます! しかも証言によると、こいつはわざと目立つような犯行をしていたというじゃないですか!?」


 電話を奪い取った筋骨隆々の男性教諭が、電話越しに理事長と思わしき人物に猛反発する。やっと拘束を解かれた俺も、まったく状況が把握できていない。


 「それは一体どういうことですか!? 愉快犯をこのまま不問にして見過ごせとでも!?」


 男性教諭の怒鳴り声。一限目終了のチャイム。教員たちのざわめき。

 聞こえるはずもない理事長の声を拾うために、俺はそれでも耳を澄ませる。


 (……まさか、またあいつの仕業なのか?)


 俺の脳裏には、とある人物のシルエットが浮かび上がっていた。

 しばらくすると、怒鳴り続けていた男性教諭は「クソッ!」と悪態をつきながら乱暴に受話器を置く。


 「おい! 理事長がお呼びだ! さっさと理事長室へ行け!」



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 俺は今、不機嫌そうな教師連中と、ただひとり不安げな表情を浮かべていた裏番長と別れて、理事長室へと向かっていた。


 教室や職員室、先ほどまで居た生徒指導室などは『教学棟』というひとつの校舎内にまとめられているのだが、理事長室と生徒会室に限っては校内の離れに別の建物が用意されている。


 それがこの『管理棟』である。

 理事長室や生徒会室のために特別に建設されたと聞くと大そうなイメージをしてしまいがちだが、その実はまったく異なる。周囲を庭園などで小綺麗に着飾っているものの、その他に格段豪華な造りもなく、ただただ古い洋館を縮小したような建物だった。


 (まあ、良くも悪くも一般生徒が立ち入るような場所じゃないな)


 今は二時限目前の休み時間のはずだ。しかし、学び舎らしい明るい喧騒も、この管理棟までは届かない。校内の奥に隔離されているような立地が、この場所をより厳かに見せているのかもしれなかった。


 「……どうせ『あいつ』もいるんだろうなあ」


 俺は管理棟を見上げながら、手前の庭園内で棒立ちしていた。

 正直言って、このまま筋書き通りに動くのは、あまり気乗りしない。今回の件、十中八九あいつが関わっている。うまく手のひらで踊らされているようで、反骨精神がムズムズと俺の背中をくすぐっていた。


 「……あら、奇遇ね、荒らしくん? 花でも眺めに来たのかしら?」


 噂をすれば何とやら。俺の脳裏に浮かんでいたシルエット、鵜ノ木つつじが庭園に併設されたガーデンテーブルに腰をかけていた。


 って、ええ……(ドン引き) 俺まだ噂すらしてないよね? 突然スポーンするの心臓に悪いんでやめてもらいたいんですけど。

 俺がしかめっ面で鵜ノ木の方に向き直ると、たった今読書を中断した鵜ノ木が「その顔やめて、不細工」とシンプルな悪口を叩きつけてきた。俺は心で泣いた。


 「……面白くないって感じね、なにか気に障ることでもあった?」


 鵜ノ木はいつものように、その白い手先で口元を隠しながら俺に問う。


 「べつに うのきさんに はなすことなんて ありません! ぼくは りじちょうに よばれているので しつれいします!」

 「……はあ、保護者に向かってそういう態度をとるのね、悲しいわ」


 なんとなく腹が立ったのでなげやりな返答で逃げようとすると、鵜ノ木は演技がかった悲しそうな表情で「おろろ……」と、よろめいて見せた。誰が保護者やねん。


 「……で? どうせお前なんだろ? 俺の退学を揉み消したのは」


 俺はひと呼吸ののち、ふざけた空気を払拭するように本題に入る。

 鵜ノ木は俺の問いに驚くほどあっさり「そうよ」と頷いた。俺の危機を察知した鵜ノ木が、その権力を使って理事長に手回しした……詳細なんて聞く気にもならないが、そんなところだろう。鵜ノ木グループのご令嬢ともなればできないこともないってか。


 「前にも言ったはずよ? 私との契約を果たしてもらうまでは勝手な行動は慎んで、と……もし今度退学案件なんて引っ張ってきたら、どうしようかしら?」

 「どうするの?」

 「そうね、燃やそうかしら?」

 「何を?」

 「……家とか?」


 え? 放火魔? 皆さん、今、俺は放火魔と話しています。

 放火魔もとい鵜ノ木さんは、あまり表情には出さないが割とご立腹らしかった。

 なるほど。俺は理事長に呼び出されたというより、こいつに説教されるためにここに誘導されたのね。


 戦々恐々としていた俺に、鵜ノ木は頬杖をつきながら上目遣いで問いかけてくる。


 「それで? あなたは何であんなことをしたのかしら……? あなたの柄じゃないわよね、ひとりの女子生徒を救うために自ら濡れ衣を被るなんて」

 「……待て待て、なんでお前がそんなこと知ってる!?」


 鵜ノ木が事件の真相を知っているのは予想外だった。俺の疑問に対して「逆に隠せるとでも?」と言い放った鵜ノ木は、少しだけ楽しそうに笑っていた。


 「……さて、運よく退学を免れたヒーローは、次になにをするのかしら?」


 美しい銀髪を残暑の風になびかせながら席を立った鵜ノ木は、独り言のようにそう呟いて、庭園に咲いている名も知らぬ青い花を眺めていた。


 ……自分から相談してこいってことか。

 鵜ノ木、お前は今問題の渦中で苦しんでいる女子生徒のことを知っている。俺とその女子生徒との出会いも、もしかしたらお前が全て仕組んだことなのかもしれない。

 お前と俺が結んだ契約……お前が言う『俺の成長』ってものが、もしも人の不幸の上に成り立っているものだとしたら──。


 「……屋汐八々について、詳しい話を教えてくれ」


 ──今は考えるのはやめておこう。

 契約を果たすためだと理由を付けるくらいが、俺みたいな天邪鬼あまのじゃくには丁度いいだろうから。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 ──同日、放課後。

 俺は空き教室に屋汐八々を呼び出していた。


 「なに? トムくんいきなりどうしたの? 告白とかそういうの本当にないからやめてね?」


 おちゃらけた様子の屋汐と向かい合った俺は、無言で彼女のことを見つめた。

 窓ガラスから差し込む夕陽が、彼女のあどけない顔を赤く染めている。


 「……ええ!? 本当に告白って訳じゃ──」

 「──新人声優、屋汐八々っ!!!」


 屋汐の驚愕の声を、俺は更なる大声でさえぎった。

 同時に屋汐にビシっと人差し指を向けると、彼女の顔はみるみる困惑の色で染まっていった。

 しかし俺は気にせず、少し芝居がかった態度で話し続ける。


 「絶賛炎上中のお前が『夢を叶える』には、もう道はひとつしか残されていないっ!」


 力強く言い放った俺の一言が、うつむいていた屋汐の顔を上げさせた。


 「project2! 屋汐八々『超イイネ!乱獲計画』を開始する!」


 俺は荒らしだ。荒らしなりに出来ることをやるだけだ。

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