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13.問題児は真実を話さない

 校門脇の塀にペンキをぶちまけた生徒がいる。そのニュースは瞬く間に校内を駆け巡り、犯人である俺は数名の教員に取り押さえられた。


 「お前! 一体、何をやったのか分かっているのか!?」


 連行された生徒指導室に、男性教諭の怒号が響き渡る。

 怒られて当然だ。たしかに勢い任せにやってしまったことだが、俺も説教や罰を食らってやるくらいの覚悟は決めていた。

 ただし、ちょっとした嘘はつかせてもらってもいいだろう。


 「いや、だから手が滑っちゃっただけなんですよ」

 「ふざけるな! 花壇の柵の塗り直しをどう間違えれば、校門がペンキまみれになるんだ!?」

 「俺って不登校気味じゃないですか、だからちょっとテンパっちゃったんです」

 「お前がその程度でテンパるような玉か! どうせいつもの説教の腹いせに悪戯してやろうと計画していたんだろう!?」


 どこの世界の悪戯だ。俺はスプラ○ゥーンの住人じゃないぞ。

 なんて言えるはずもなく。


 「お前は一年の頃からどうしようもない問題児だったが、二年になってもまだ懲りてなかったとはな……」


 こうして威圧的に問い詰めてくる男性教諭を、どうにかいなせないものかと考えていた。 

 筋骨隆々の体育教師である彼をはじめ、数名の男性教諭が俺のことを取り囲み、睨んでいる状況だ。何度も俺のことをこの生徒指導室に軟禁した、お馴染みの面子である。


 「どうやら停学くらいじゃ生温かったみたいですねえ?」

 「歴史ある我が校の顔に泥を塗ったも同然……今回は停学だけで済む訳がないでしょう」


 取り巻きの男性教諭ヒョロガリたちが、どこか楽しそうに話しはじめる。


 (ああ、またいつものか)


 俺は心中うんざりしていた。

 こいつらは指導という名目で問題児をいつも軟禁するが、その腹の中では問題児を更生させようなどとは一切考えてないはずだ。

 ただ問題児を怒鳴りたい。びびらせたい。虐めたい。

 そんな低俗な欲望を満たしたいだけなのだ。


 「そういうことだ……理事長には、より厳しい措置をとっていただかないとな……」


 筋骨隆々の男性教諭が、周りに便乗して俺を脅す。

 こいつら教師に嫌われていることなんて百も承知だ。しかし、ここまでストレートに負の感情をぶつけられると、むしろ笑いが込み上げてくる。


 「さあ、理事長のところに突き出してやる!」


 筋骨隆々の男性教諭が俺の手首を強引に引き寄せ、今度は理事長室へ連行しようとする。


 (……今回ばかりは年貢の納め時か)


 俺はおそらく退学勧告を受けるだろう。その件に関しては、俺は割と納得している。俺はそれだけの悪事をやってきたし、教師にとっても厄介な存在だったからだ。


 しかし、心残りがないと言ったら嘘になる。

 きっと屋汐への嫌がらせは、塀の落書きごときじゃ終わらない。近いうちに屋汐への嫌がらせは加速度的に増えていく。それは底辺の俺だからこそ予想できることだ。

 俺が屋汐の力になれることなんて限られているかも知れない。それでも一度首を突っ込んでしまった問題を投げ出すのは、どうにも心の奥がモヤモヤしてしまう──。


 「お、おい、荒らし! お前また何かやらかしたのか!?」


 ──半ば諦めかけていた俺が理事長室に連行される前に、生徒指導室の扉が勢いよく開け放たれる。裏番長が慌てた様子で飛び込んできたのだ。


 「酒井先生ですか……今からこの問題児を理事長室に連れて行くところですよ」

 「ちょ、ちょっと待ってください! このアホの監督責任は私にあります! 何があったか教えてください!」


 裏番長がその場にいた男性教諭たちをなだめ、彼らから今回の騒動の顛末を聞き出す。話しを聞かされた裏番長は半拘束された俺の顔を見て、ひどく悲しそうな顔をした。

 それでいて尚、裏番長は納得がいかない様子で、俺を理事長室に連行しようとする男性教諭を制止しようとする。


 「こいつはどうしようもない馬鹿ですが、理由もなくペンキをぶちまけるようなヤツじゃありません! もう少しこいつと話しをさせてください!」

 「酒井先生……あなたは問題児に甘すぎる! こいつはあなたが思っている以上に極悪人だ! 話しを聞くだけ時間の無駄です!」


 取り付く島もない男性教諭の返答にそむき、裏番長は俺に問いかける。


 「なにがあったか正直に話すんだ!」

 「……すみません、迷惑かけちゃって。でも今回の件、本当に手を滑らせただけっすよ」

 「荒らし! お前そんな見え見えの嘘ついてると、本当に退学にされるぞ!」


 ごめん、裏番長。それでも俺は屋汐の落書きについて真実を言う訳にはいかない。

 屋汐にはこれまで多かれ少なかれ嫌がらせがあったのは明白だ。もう既に裏番長を含め一部の教員は、その件について把握しているだろう。


 『屋汐のあの件だ、まずいことになってる』


 昨日の昼の裏番長の言葉を思い出す。

 おそらく屋汐への嫌がらせが、学校にも悪影響を与えているのだ。

 それは悪戯電話なのか、ホームページへの悪質な書き込みなのか、はたまた別の嫌がらせなのかは分からない。嫌がらせに対して学校がどんな対応をしているかも分からない。


 ただし、ひとつだけハッキリしていることがひとつある。

 ──解決していない。それだけは俺にも分かる。


 「どちらにしろ理事長には報告しなきゃならないんでね……! ほら、歩け!」


 沈黙していた俺を再度、理事長室に連行しようとする男性教諭。


 しかし、廊下に足を踏み出したその時だった。

 生徒指導室に常設されている電話が、ジリリリリ! と、けたたましい音で鳴り響いた。


 「……理事長室から、内線です」


 取り巻きの男性教諭がディスプレイを確認して、小声でそう告げた。

 彼は受話器を手に取ると、そのまま内線に対応する。彼は初めこそ真面目な受け答えをしていたようだが、その顔が次第に困惑で歪んでいくのが見て取れた。


 「……り、理事長がペンキをぶちまけた男子生徒を理事長室に連れてこい、と」

 「はっ! 理事長の耳にも既に入っていたようだな……そうと分かれば話が早い!」


 俺の手首を捕まえていた男性教諭がニヤリと憎たらしく笑う。

 だが、理事長からの内線を受け取った男性教諭の言葉には続きがあった。その言葉を聞いたとき、俺を含め生徒指導室に居た全員が耳を疑うことになる。


 「……今回の件は不問! 今すぐ男子生徒を解放しろとのお達しです……!」

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