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11.逢魔が時

 午後一発目の授業は必修の英語だった。暖かい陽気が眠気を誘っている。

 比較的好きな科目だが、集中して授業を受ける気になれない。眠気……確かにそれもあるだろう。しかし、それ以上に昼休みに見た屋汐の様子も気になっている。


 『屋汐のあの件だ、まずいことになってる』


 裏番長は深刻そうに言っていた。そしてあの場にいた俺以外の連中……リア充グループは、おそらく屋汐に関する『あの件』について知っていた。

 俺は別に屋汐の秘密を共有して欲しいなんて思ってない。むしろ俺と彼女の関係では、秘密にしておくことこそ正常だ。たった一回、教師の命令で仕事を一緒にさせられただけの仲だ。俺と屋汐の関係に、他になにがある?


 『申し訳ないんだけど、ここでお別れしよう』


 勝浦の言葉が脳内で反響する。


 (この件には首を突っ込むな、そういうことだろうな)


 余計なお世話だ。俺は元々、他人の厄介ごとに首を突っ込むような質じゃないんだよ。ただ……屋汐の怯えた顔を見せられた時、なにか棘のようなものが俺の心に突き刺さった気がした。それだけだ。


 「上の空といった感じね、なにかあったのかしら?」


 ぼーっと屋汐の『あの件』について考えていると、いつの間にか目の前に立っていた鵜ノ木に声を掛けられた。


 「げっ、鵜ノ木」

 「げ?」


 突然の鵜ノ木の登場に、思わず本音が出てしまう。俺が今こいつと会った時に湧き上がる感情は「げっ」なのだ。

 というかなんで鵜ノ木が俺の目の前に立ってるんだ? 俺は率直な疑問を小声で鵜ノ木に投げかける。


 「……おい! 授業中になに立ち歩いてるんだ!?」

 「よっぽど集中できなかったのね、今は英会話練習で皆ペアを探してるのよ」


 鵜ノ木に言われて周りを見渡すと、なるほどクラスのほとんどの連中が席を離れてペアを探し、課題に取り組んでいた。


 「ペアを組みましょう」


 なんとなく状況を把握した俺に、鵜ノ木が俺をペアに勧誘した。

 ……なに考えてるんだ、こいつ。


 「えー……やだよ」

 「なぜ? 別にいいじゃない、あなたいつも一人でしょ?」

 「常識的に考えて俺とお前が組むっておかしいだろ、お前が人前で俺に話しかけてくるだけでも目立つのに」


 懸念した通り、女子生徒が数人、俺と鵜ノ木を遠巻きに観察している。人気者の鵜ノ木のことだ。いくつか誘いを断ったうえで俺のところに来たに違いない。


 「多少目立ったとして、私は別に構わないわ」

 「俺が構うんだよ! 注目されるとサボりづらくなっちゃうだろ!」

 「……あなたが簡単に姿をくらますから、話せる機会をつくってるのよ」


 鵜ノ木は口元にその白い指を当てて、こっそり俺のことを叱った。

 あー、なるほどね。鵜ノ木が心配しているのは、俺と交わした例の脅し……もとい契約の件だろう。指示出したいときに俺が居ないと困るから勝手にサボるんじゃねーよ、って釘を刺したわけか。


 「なにか面白い出会いはあったかしら?」


 何も言い返せずにいた俺に、鵜ノ木が微笑みながら問いかける。

 なるほど、それが本題か。

 なあ、鵜ノ木。お前は一体どこまで知ってるんだ? 裏番長の指示の元出会った俺と屋汐……そして屋汐に今起きている不幸。本当はお前が裏で糸を引いてるんじゃないか?

 ……今そんなこと問い詰めても、この雪女からは冷たい微笑みしか返ってこないだろう。


 だから俺はちょっとした反抗心で「別に」とそっけない返答をした。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 その後、鵜ノ木は俺にしつこく付きまとうことなく


 「そう……何かあったら相談してちょうだい」


 と一言だけ言い残して俺の元を去っていった。


 俺はというと、鵜ノ木からお叱りを受けた手前、授業だけはなんとか出席した。放課後になると裏番長から科された罰をこなすため、俺は校門へと出向いた。今日は校門から校舎までの道の掃き掃除である。


 「そんなの今の時季にやることですか? 秋になったらまた積もりますよ?」


 俺の不満に裏番長は、こう答えた。


 「夏だって葉は散るし、砂は積もる。それにだな……」

 「……それに?」

 「罰に意味を求めるのは、お門違いだ」


 裏番長いわく、私が穴を掘れと言ったら穴を掘れ。その穴を埋めろと言ったら直ぐに埋めろ。意味のない重労働こそ罰なのだ。ということらしい。

 もっともらしいことを言っているが、少なくとも教育者が生徒に胸を張って宣言することではない。


 逆らってもどうせ鉄拳を食らうだけなので「その言葉、深いっすね(笑)」と称賛したら、思い切りがいいのを二発も食らったのは別の話。


 「さて、そろそろ終わるな」


 俺は落ち葉やゴミでパンパンに膨れ上がったビニール袋をきつく縛る。空を仰いでみると、夕暮れはすでに幕を引こうとしていた。スカイブルー、まもなく恐ろしく鮮やかな青のコントラストが頭上に侵食してくるだろう。


 「はあ……まったく、いつまでこんなこと続けるんだか」


 俺が掃除部だったら不動のエースになれる。そんなくだらないことを考えながら、両手にゴミ袋を抱えてゴミ置き場まで移動していると、道すがらとある女子生徒と出くわした。


 「あ……トムくん、お、お昼ぶり~」


 それは屋汐八々だった。帰宅するところだろうか。彼女は俺を見つけると、少しバツの悪そうに笑みを作って、ひらひらと小さく手を振った。


 「お前、罰掃除がなくても帰り遅いんだな」

 「あ、そうそう! ちょっと色々あってね……」


 明らかに昼休みの件を気にしているようだ。

 俺は何度目かのため息をついて、ゴミ袋を足元に置いた。伏し目がちだった屋汐が不思議そうに俺の顔を見たので、俺は意地悪な笑みを浮かべながら人差し指を空へと突き立てる。


 「お前、こういう薄暗い時間のことをなんて言う?」

 「……なに、いきなり? 夕方とか、夜とかそういうこと?」


 屋汐は訝しみつつも俺の問いに答えた。

 俺は屋汐の答えを聞いてから、さらに言葉を続ける。


 「そう、夕方とか夜とか、そんな感じだ。でも厳密に言うと違う、もっと正式な名称がある」

 「正式な名称って?」

 「『逢魔おうまとき』……黄昏たそがれどきと言ったほうが一般的だが、俺はあえて逢魔が時と言っている」

 「……なんで?」

 「カッコいいからだ」


 俺が自信満々に答えると「うわ、厨二……」と呟いた屋汐が引いていた。甚だ不名誉な称号をもらった気がするが、俺は改めて話を続ける。


 「逢魔が時の名前の由来は『魔物に出逢うくらい薄暗い時間』ってところから来てる。辺りが暗くなって、近くにいるのが人間か魔物かも判断がつかなくなる不吉な時間ってな」

 「うへえ……なにその話」

 「だから、もしかしたら俺は『荒らし君』じゃなくて、人に化けるのが上手い魔物かもしれないぞ? いや、むしろ俺は『荒らし君』に化けた魔物だと宣言してやろう」

 「いやいや……意味わかんないし!」


 屋汐は分かりやすく怯えていた。確かにこんな時間にひとりきりの女子高生を呼び止めてまで話す内容ではない。

 ただ俺は……屋汐が今度俺とばったり再会したとき、作り笑いなんて遠慮をしなくてもいい関係を作りたかっただけだった。


 「……魔物にいくら気を使ってもしょうがないだろ? 言いたくないことだったり、避けたいことがあったら無理せず逃げればいい。

 逆もまた然りだ。言いたいことがあったら遠慮なく言ってみればいい、きっと都合のいい言葉が返ってくる」

 「それって……ちょっと無茶苦茶な言い訳だね」


 屋汐はくすっと笑みを溢すと、足早に俺の横を通りすぎていった。

 俺も屋汐のほうに振り向かず、再びゴミ袋を持ってゴミ置き場を目指す。


 「私……叶えたい夢があるの!」


 遠ざかっていく俺の背中に、屋汐の大声が投げかけられる。


 「でも私の夢を良く思わない人が居て……しかも結構たくさん居て……それでも私、諦めたくないって思ってる! 今はハナミーとかカッチーのとかに頼っちゃってるけれど、これは私が解決しなきゃいけない問題なのっ!!!」


 そんな屋汐の一方的な告白を境に、彼女の声はこつ然と途絶えた。

 さて、取り残された魔物は、深いため息の後に再びゴミ袋を握りしめた。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■



 早朝七時前、まだ朝練で登校してくる生徒も少ない。

 裏番長に花壇の柵を直すように命令された俺は、放課後の作業だけでは間に合わないと踏んで仕方なく早朝に登校していた。

 そこで俺は、目を疑うようなものを見てしまう。


 『屋汐八々は枕営業するビッチ!』


 俺の眠気を覚ましたそれは、校門近くの塀にデカデカと赤ペンキで書かれていた──。

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