10.リア充グループ
「なんかずっとキョドってるしキモかったから声かけてみた!」
再会した屋汐八々は、開口一番に心を深くえぐってきた。
あれ? 屋汐さんそんなひどいこと言う人でしたっけ?
んー、言う人だった気がしてきた。良くも悪くも裏表のない娘だった。
「屋汐か……もう金輪際話すことなんてないと思ってたぞ」
「ひどっ! なんでそんな悲しいこと言うの!?」
思っていたことをド直球に伝えると、屋汐は自らの頭上にガーーンという擬音を落としたようなコミカルな反応を見せた。相変わらずのクソデカボイスである。
さて、屋汐が人混みをかき分けてまで立ち往生していた俺に声をかけてきた理由はなんとなく察していた。
ここから少し離れたところに、六人掛けの丸テーブルがある。女子生徒二名と男子生徒が二名着席していて、空席が残りふたつ。彼らは屋汐と俺のことを不思議そうに眺めていた。
「……じゃあ、俺そろそろ行くわ」
「え!? ちょ、ちょっと待ってよ! 困ってるんでしょ!?」
嫌な予感がしたのでそそくさ退散しようとすると、屋汐が俺のシャツの袖をグイっと引っ張って制止した。まったくこだわりのトマトスープがこぼれるところだ。
「一緒に食べようよ! 席ひとつ空いてるし、皆もいいって言ってるし!」
「……待てまて、俺にも事情ってもんが」
屋汐の他意のない優しさに「いやです」と即答できるほど、俺も良心を捨てきれない。どうしたものかと渋っていると、屋汐はとうとう俺の背中をぐいぐいと押して、件のテーブルまで導いてしまう。
「そんな緊張しなくても、皆いい人だから大丈夫だって!」
困惑する俺の意を介さず、屈託のない笑顔を見せる屋汐。
珍獣を見るような目でこちらの動向を探っているリア充四名。
そしてカオスな状況に直立不動で気を失いかけている俺。
「「「………………」」」
ちょっと屋汐さん? 皆もいいって言ってるって言いましたよね?
あなた以外の皆さん引いてるんですけど? リア充のコミュ力を以ってしても捌ききれませんみたいな顔してるけど?
屋汐に目でSOSを要請してみるも、彼女の眼中に俺はもう映っていないらしい。屋汐は既に再着席して、サンドウィッチを美味しそうにパクついている。
「……ちょ、ちょっと八々!? なに勝手に人連れてきて放置してんの!? この人も困ってるじゃない!」
俺は二宮金次郎よろしく、石像のように棒立ちしていると、リア充のひとりが助け舟を出してくれた。少し見た目が派手な女子生徒である。
肝心の屋汐はというと、サンドウィッチを頬袋にためながら頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
「……すみません、この娘けっこうバカで。よければその席使ってください」
ギャルもといリア充その1(仮)は、申し訳なさそうに俺に着席を促してきた。
どうやら屋汐のように常識がぶっとんだ奴らばかりではないらしい。屋汐はしきりに「バカじゃないよ!」と喚いていたが、リア充その1(仮)は軽くいなして話を続けた。
「私の名前は花見川です。ここにいるのは皆、八々と同じ二年生で、私の隣にいる女子が蕨、そこに座ってる男子が勝浦と本庄ね」
リア充その1改め花見川がこの円卓に座る全員の紹介を軽くこなす。
花見川に紹介された連中たちも、呼応するように手を挙げてくれた。
ていうか、こいつら同学年だったのね……。
人見知りの俺にとって、この状況が地獄であることには変わりない。
しかし、俺の居心地が少しでもマシになるように気を使ってくれた花見川の好意を無駄にはできない。俺は覚悟を決めてこの円卓に着席した。
「この人は荒ら……じゃなくてトムくん! 仲良くしようね!」
俺が着席すると同時に、屋汐が俺のことを他の連中に紹介した。
この娘、頭のネジ何本とんでるの? 俺は隣に座っている屋汐に小声で抗議する。
(……おい! さっきからなんだ、そのふざけた名前!)
(荒らし君って言っちゃダメなんでしょ? だから荒らしから変換して嵐にして、さらに英語にしてストーム! ストーム……ストム……トムくん! ほらね!)
(なんだそのIQ3くらいのネーミングセンスは!?)
(仕方ないじゃん! 嫌なら本名教えてよ!)
ダメだこいつ……! 早く何とかしないと……!
屋汐と俺がコソコソと揉めていると、その様子を見たリア充その2が微笑みながら話しかけてきた。優男系のイケメン男子生徒である。
「ふふ……2人は随分仲が良いみたいだね? 少しびっくりしたよ、屋汐さんが君みたいなタイプに心を許すなんて」
優男のイケメン──勝浦といっただろうか。勝浦はその柔らかい微笑みだけは崩さずに、少し棘のある言い方をした。俺はそういう風に感じた。
ていうか俺と屋汐って仲良さそうに見られてるの? ただ罰掃除させられた同士ってだけなんだが。
これは返答を間違えると、ややこしいことになりそうだ──。
「……えっ!? トムさんのご飯って今月のスペシャルランチですよね!? そうですよね!? ございますよね!?」
──勝浦の詮索にどんな言葉で返してやろうと考えていると、その一瞬の沈黙を切り裂くように、リア充その3が驚愕の声をあげた。背が小さい、黒髪ボブの女子生徒だ。
名前は蕨と言っただろうか。彼女が凄まじい剣幕でいきなりテーブルを乗り出して来たので、不意をつかれた俺は少々あたふたしながら答える。
「あ、ああ、なんか学食のおばちゃんがそんなこと言ってたな」
「すごっ! 無自覚でスペシャルランチを勝ち取るなんて何者ですか、トムさんは!?」
「いや、元々俺はカレーが食べたかったんだけど……」
「いいなー、いいなー、羨ましいなー! 私いっつも狙ってるんだけど、食べられた試しがないんですよ!?」
蕨はその小さい手足を使って、興奮気味にスペシャルランチについて力説する。
ていうか、俺の名前『トム』で定着してんのかよ。まあ今後関わることもないだろうし、訂正するのも面倒だ。放っておこう。
「へー、わしも初めて見た。まっこと美味しそうなー」
蕨の熱狂に、リア充その4も乗っかってきた。少しチャラそうな、金髪ギャル男である。花見川に本庄と紹介された男子生徒だ。
本庄はどこの出身だろう? その特徴的な訛りで、俺の目の前に置かれたスペシャルランチを羨んでいる。
「トムくん、わしのからあげとちっくと交換してくれん?」
本庄はニヘニヘしながら俺のパスタに箸を伸ばそうとするが、花見川が「行儀が悪いからやめなさい!」と制止している。先ほどまで興奮していた蕨も、今はキラキラとした目でスペシャルランチを眺めながら大人しくヨダレを垂らしているだけだった。
「……ま、まあ、少し食べてみるか?」
「「いいの!?」」
俺が蕨と本庄にパスタの皿を差し出してみると、二人はパアっと明るく笑って、さっそく各自俺のパスタを自分の皿に取り分け始める。
「……! なるほどなるほど! トリュフなんて私初めて食べましたが、この高級感悪くないですね! むしろ良い! 芳醇な香りが鼻をくすぐって──」
「うま! このパスタまっことうま! わしラーメンのほうが好きだけんど、このパスタなら週7で食べられるわ!」
お前らは公園の鳩か。少しだけと言っていたはずが、パスタの残量は既に半分。本庄にいたってはおかわりしようとしてるし。これって新手のいじめじゃないよね?
花見川が初対面の俺のランチに群がる2人の様子を見て、深くため息を吐いた。
「ごめん……いえ、ごめんなさい。この子たち結構バカで」
だったらお前の友達全員バカじゃん。
「良かったら私のハンバーグ少し分けるわ、食べかけで申し訳ないけれど……」
花見川が新しい割り箸でハンバーグを半分に割ると、俺のパスタの皿の端っこにちょこんと乗せた。その様子を見ていた屋汐も「私も昨日トムくんにお世話になったし」と、余っていたサンドウィッチを俺の皿の上に乗せる。
「じゃあ僕はこのポテトを」
「私からは大好きなきんぴらごぼうを贈呈します」
「わしからは約束のからあげなー」
気がつくと俺の皿の上には、和洋折衷、無秩序な世界が繰り広げられていた。
おいおい、これがリア充の実態か? 腹を鳴らした俺は迷った末、サンドウィッチをつまみながらリア充たちのカオスな昼食を傍観することに徹した──。
「あー、げにうまかったなー! わし今度スペシャルランチ死ぬる気で獲りに行くわ! そしたらトムくんにも分けちゃる!」
昼食を終え、俺たちは学食から教室に向かっていた。成り行きで一緒に歩いているが、本庄よ……お前と肩を組むような仲になった覚えはない。早くその腕をどけろ!(言えない)
「確かにあのスペシャルランチは今後も狙いに行く価値のある一品でした……」
恍惚の表情でスペシャルランチを絶賛しているのは、ちびっ子の蕨。
こいつはこいつでいつの間にか俺のデザートを無許可で強奪し、舌鼓を打っていたっけ。
リア充に絡まれる俺の様子をみた屋汐が「仲良くなれてよかったね!」と笑っている。Hey Si○i? 最寄りの眼科を検索して?
しばらく死んだ目で廊下を歩いていると、前から裏番長が向かってくるのが見えた。確か今日も放課後はどこかの罰掃除をさせられる予定である。もしかしたらその伝達のために俺を探しているのかもしれない。
「ごきげんよう、酒井先生。どうかしましたか?」
花見川が裏番長に声をかけると、裏番長はあからさまに渋い顔をする。
「……ああ、ちょっとな。屋汐の『あの件』だ、まずいことになってる」
裏番長の言葉を聞いた瞬間、俺と屋汐以外の連中はハッとして眉をひそめた。
屋汐のあの件。確かに裏番長はそう言った。十中八九、屋汐になにか悪いことが起きたのだろう。その証拠に屋汐から先ほどまでの無邪気な笑みは全て消え失せ、次第に彼女の身体は震え始めている。
「……トムくん、だっけ? 僕らはちょっと大事な用事ができてしまった。申し訳ないんだけど、ここでお別れしよう」
勝浦がすぐさま笑顔を作り直して、俺に静かに告げた。
「ああ、別にかまわない」
「そうか、またね。また会えるといいね」
俺が首を突っ込むようなことじゃないってことだろうな。
花見川に支えられながら職員室に向かう屋汐を尻目に、俺は自分の教室へと向かった。
第一部、屋汐八々が終わり次第、細かい改稿作業をします。
少々設定が変わると思います。




