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後編

 王都では、国王が玉座について頬杖をついていた。自身の娘が姿を消して、早二年が経過した。すぐに国民やあらゆる貴族に呼びかけたが、未だに目撃した、と言う声は聞かない。

 あの子は、自分をよく不幸だと言っていた。それは冗談だと当時は聞き流してしまっていたが、今にして思えばその通りなのかもしれない。

 割とニートの気質があるあの子が、王族としての生活が嫌になって出て行ったのかは分からない。とにかく、早く見つけなければならない。

「父上」

「……アリア」

 娘の似顔絵が載った羊皮紙を眺めていると、長女が玉座に現れた。相変わらずの鋭い眼光に、鍛え抜かれた肉体を誇る、国王軍の中でも数少ない「魔法」と「剣術」両方をこなせる戦士となった。

 二年前までは魔法ばかりに気をやっていたのだが、妹を失った事により、大きく変わってしまった。父である自分ですら、畏怖を覚えるほどに。

 しかし、それでも今はまだ、父と娘の間柄である。威厳を保たねばならない。故に……。

「父上はよせ、いつもパパと呼べと言っているであろう‼︎ 二年前みたいに。二年前みたいに!」

「喧しいクソジジィ」

 年甲斐もなくはしゃがれ、思わず辛辣な返事を返してしまった。

「く、クソジジィとはなんだクソジジィとは! ワシはまだ六五じゃぞ!」

「ジジィでしょう」

「何をー⁉︎」

 娘に興奮する父親ほど喧しいものはない。心底、鬱陶しそうな目をしたアリア=アレキサンダーは、さっさと用件を済ませることにした。

「報告です。ライラの、目撃情報が出ました」

「なんじゃとう⁉︎」

 二年ぶりの娘が、今更になってあっさり見つかったという吉報には、興奮せざるを得なかった。

 しかし、引っかかるのはその姉であるアリアの表情が浮かないこと。何かあったのか、を聞くまでもなくアリアは続けた。

「しかし……同行している男に問題がありまして……」

「同行者、だと……? 誘拐犯か?」

「それはまだ分かりかねます。……が、誘拐犯以上に問題でしょう」

「なぜだ」

「……それは、ジェイムス=アトテレスだからです」

「なっ……」

 平静でいるつもりだったが、衝撃を受けた。よりにもよってあの男、世界規模の大泥棒だ。

 これは確かに浮かれている場合では無い。自分たちがどれだけ軍隊を出しても、奪い返せるかはわからない。騒ぎになればなるほど、奴らにとっては好条件となるからだ。

「よりにもよって何故、我が国にいるんだ……」

「問題なのは、何故彼らがライラと一緒にいるか、でしょう。ライラがいなくなったのは二年前ですが、彼らは三ヶ月前に隣国で事件を起こしています。本当に、何故ライラと共に行動しているのかが分かりません」

「……分かっておる。しかし、兵を派遣しようにも、奴らを下手に刺激するのは……」

「私が行けばよろしいでしょう」

 そうまっすぐな瞳で返され、国王もギロリと視線を投げ返す。その圧力は、親バカと言えども、国王たる貫禄を感じざるにはいられない風格があった。

「……今のは聞かなかったことにしてやろう」

「残念ですが、私はあなたの許可を求めていない」

「バカを抜かすな、アリア。貴様、相手がどれほどの者か分かっているのか? 貴様が行けば、騒ぎが大きくなるだけだ」

「……だから、ライラが見つからないのでしょう」

 しかし、アリアもそれに気圧される事なく、冷たい瞳を向けたまましれっと答えた。

「何?」

「国王、あなたは臆病だ。だから、他国との諍いも可能な限りは和解で落とし込もうとする。しかし万が一、戦争に発展した場合、毎度、先手を打たれることになります。その際、命を失うのはあなたではなく、兵士だ」

「何が言いたい」

「ライラの目撃情報が出た今、兵を派遣し、生きているうちに我々で保護するべきです。手遅れになる前に」

 それだけ告げると、アリアは背中を向けて玉座の扉に向かって歩いた。

「お、おい待て!」

「待ちません。……もし、私がライラを連れ帰る事が出来たら、次は私がその席に座らせていただきます」

 その言葉だけが玉座に言霊し、扉は閉められた。娘一人止められない、と国王は奥歯を噛みしめ、すぐに兵士を数人、呼び集めた。


 ×××


 その日の夜、ジェイムスはフェリルと一緒に、作戦に必要な道具を作っていた。

 例えば、逃走用のアイテム。敵に見つかり、騒ぎになった場合、煙玉などを使用して逃げ、その先に騒ぎに乗じた方が良い。変装道具も必要だ。

 ……とはいえ、魔宝の消滅にはライラも一緒に来る必要があるし、なるべくなら騒ぎを大きくしたくは無いが。

「なぁ、フェリ」

「何?」

「屋敷ごと吹っ飛ばす爆弾とか作ってくんない?」

「作業に飽きたら無駄口叩く癖はやめろ!」

 とは言うものの、やはり少し疲れて来た。というか、飽きた。

「だってさぁ、なんか疲れちゃったよ」

「疲れちゃったよ、じゃないから! ブラッドはヒューマンの癖に不器用だし、こういうの作れるの私とお前しかいないんだから、しっかりやれよ!」

「わーってるよ。……あー、コーヒー飲みたい」

「分かったよ……コーヒーいれてくるから……」

「いや、俺がいれる。その方がサボれる」

「あんた本当いつかぶっ飛ばすから。私が入れる」

 呑気にそんな話をしつつ、ジェイムスはとりあえず改造拳銃を完成させた。クルクルと指で回し、ホルスターに差し込む。テスト運用をしようかと思った時だ。

 殺気を感じた。恐ろしいほど真っ直ぐ突き刺さるような、そんな殺意だ。

 とりあえず派手な音は立てないように足を忍ばせ、アジトの出入口の横で身を潜める。

「……」

 しばらく黙り込んだ直後だった。扉が一気に蹴破られ、一人の騎士が入ってきた。

 その騎士は左手に魔法陣、右手に剣を構えて部屋の中を慎重に見回す。相手はあの大泥棒だ。油断は出来ない。

 微かな灯りしか付いていない部屋の中を、ゆっくりと部屋の中を見回していた時だ。

「ここはお化け屋敷じゃないんだけど?」

「っ⁉︎」

「って、お姫様一号じゃないの。どうしたのこんな所で……」

「死ね‼︎」

「うおっ⁉︎」

 いきなり剣を真横に振って来る相手はアリア=アレキサンダー。ライラの姉で、国王の娘だ。二年前からバリバリの武闘派で、姫でありながら騎士団に入った女性だ。

 とりあえず、その斬撃を慌ててしゃがんで避けた。それにより、玄関の横が綺麗に斬り裂かれる。

「おいおい……他人の家にこんなでっけー傷つけるんじゃねえよ」

「黙れ!」

「や、だからあぶなっ⁉︎」

 今度は、魔法が離れる。速度を重視した黄緑色の礫が大量に飛んで来る。至近距離にも関わらず、ジェイムスは平然と躱して距離を置く。

「ちょーっ、待て待て。あんた何しに来たの。この部屋、取り壊し予定だったっけ?」

「問答、無用‼︎」

 繰り出されるのは、超速の剣撃。しなるレイピアがヒュンヒュンッと風を切る音を響かせながら、的確に人体の急所を斬り裂きに来ていた。

 お陰で部屋の中の家具や物を片っ端から斬り裂かれてしまう。

 反撃で、今作った改造銃を放つが、それらは全て避けられてしまう。

「待て待て待て! あのスタンドライト、お気に入りだったんだけど!」

「知ったことか!」

 まるで聞く耳を持たなかった。全く頑固で面倒な女である。

 しかし、太刀筋や魔法は見事なもので、壁まで追い込まれてしまった。

 そのジェイムスに、騎士がとどめと言わんばかりにレイピアを突き込もうとした時だった。

 その身体が急激に停止した。何かに引っかかったように。

「なっ……⁉︎」

「おお〜……良かった。この銃、作成成功してた」

 慌てて騎士は自身の身体に何が起こったのかを見る。それは、膝、肘、足首にワイヤーが巻き付けられ、部屋のあらゆる場所に引っ掛けられてしまっている。

 ジェイムスが手元でクルクルと回す銃は、ワイヤー銃だった。

「クッ……貴様……!」

「太刀筋は良かった。……でも、お前さん実戦経験がないだろ。攻撃が全部、教科書通り過ぎるぜ」

「なっ……何を……!」

「そもそも、フェリルが撃ってたらもっと早く終わってたぞ」

「何⁉︎」

 その言葉と共に後ろからフェリルが姿を表す。全く気がつかなかった。気配を消されていたとはいえ、敵は一人だと思い込んでいた。

 しかし、今はそんな事どうでも良い。

「ライラを返せ!」

「ああ、やっぱりその用事」

 フェリルがチラリとジェイムスを見る。ジェイムスは頷くと、二人は揃ってとりあえずアリアを茶化すように告げた。

「しかし、部下も連れてない辺り、お前さん一人でこんなとこまで来たのか?」

「目撃者が出たからって慌てちゃったんでしょ」

「ダメだろ。流石に。しかも一度の実戦経験も無しに、俺達に喧嘩売るとか……」

「自殺行為ね。こんなので命を落としたら、国王様も報われないわ。ただでさえ、次女も二年前に失ってるのに」

「こんなバカな真似したら両親泣くぞホント」

「ええい、黙れ黙れ黙れ! 良いからライラを出せ‼︎」

 頭に来たアリアが喚き散らすが、ジェイムスはフェリルからコーヒーを受け取りながらしれっと返した。

「残念ながら、ここにはいないよん」

「っ……じゃあ、何処に……!」

「悪いけど、まだ返せない」

 そう言いつつ、コーヒーを口に含む。

「あの子は今、戦おうとしてる。テメェのケツを拭くために」

 テメェのケツ? と、思ったのはアリアだけでは無い。フェリルもどういう意味か分からなかったが、ジェイムスは特に説明するつもりもなく続けた。

「だけど、あの子は何処までも臆病で弱い。性格だって好戦的な方じゃ無い。だから、あんたの顔を見ると多分、帰りたくなるはずだ」

「な、何の話を……!」

「とにかく、あと三日待て。そうすりゃ、返してやる」

「泥棒の言うことなど信じられるか!」

「お前、この部屋を見て何か思わないか?」

 言われて、アリアは片眉をあげた。

「この狭い部屋の中、人質を拘束するような器具は何処にも無い。部屋の中の傷も、お前がつけたもん以外、何処にも無い。部屋の中に隠しているとしたら、助けが来たと思ってアピールしててもおかしくないが、部屋の中は静かなもんだ」

「……何が言いたい」

「お前の妹は、俺の仲間と一緒に出掛けてる。なんか、くまのぬいぐるみがないと安心して寝れないんだってさ」

「……」

 確かに、王城にいた時も、寝るときは毎回、くまのぬいぐるみを抱いていた。

 それに、ジェイムスの言う通り、ここで監禁されてるとは思えないくらい、部屋の中は生活感に溢れている。女性モノの下着も落ちているし、あのフェリルとかいうビーストの女とは明らかにサイズが違う。

 わずか、ほんのわずかだが、泥棒を目の前に思わず聞いてしまった。

「あの子は……元気なの……?」

「元気だよ。だから、今は帰れ」

「……一目、見るのは……」

「……」

 沈黙が、彼の答えを物語っていた。何と戦うつもりなのか分からないが、ライラは相当な決意を固めたようだ。

 ワイヤーを全て切り、脱出したアリアは肩を落としたまま帰宅しようとした。

「けどま、どうしてもライラに会いたいって言うなら、明後日の夜に空を見ておけよ」

「え……?」

「じゃ、またな」

 それ以上、話すつもりがないジェイムスは、引っ越しの準備を始めた。もうこのアジトは使えないから。

 不思議な男だ……と、思いつつ、とりあえずアリアは決死の思いでその場を後にした。

 お騒がせなお姫様がいなくなり、二人はとりあえず一息つく。

「……ふぅ、ったく、騒がしい奴だよ」

「でも、家族に想われてるだけでライラちゃんには良い事じゃない。不幸体質なら、家族から厄介払いされてもおかしくないし」

「まぁな。俺みたいに」

「あ……ごめん」

「や、全然、気にしてないから」

 ジェイムスは、まだ物心つく前に「魔力のないエルフなど我が家の恥だ」とか言われて親から捨てられている。そのままストリートチルドレンとなり、ブラッドと出会った。

 それから、ずっと一緒に手を組んで盗みを繰り返して生きていたら、いつの間にか大泥棒なんて呼ばれるようになった。

「おかげで、こうして楽しく暮らせてるしな」

「……そうね」

 フェリルもブラッドも似たような事情があり、こうして集まった。これまでの人生、好き勝手に自由奔放に世界を駆け回った。

 だからこそ、大人の身勝手で自由を奪われている子供だけは見過ごしたくなかった。

「そういえば、ジェイムス」

「あん?」

 改まってフェリルに声を掛けられ、ジェイムスは片眉をあげる。

「この前の『一から全部話せよ。何でこう言うことになったのか、呪いが掛かった所から全部な』ってどういう意味?」

「あ? 何それ」

「言ってたろ。ライラちゃんに協力する条件って」

 ああ、とジェイムスは頷いた。そういえば、そんなことを言った気がする。

 一瞬だけ言おうかどうか迷ったが、まぁ仲間だし良いか、と思うことにして言った。

「『目からウロコ』って呪い、誰がライラちゃんにかけたと思う?」

「え? それはファメイルじゃ……」

「違うね。それは、ライラちゃん自身だよ」

「え……ど、どういう事?」

 聞かれてジェイムスは作業を進めながら話を続ける。

「あの呪いは禁術なんだろ。それだけ消費魔力も多いし使える人間も限られてる。エルフとはいえ、魔装なんかに頼ってるファメイルじゃ無理だ」

「……よく知っているな?」

「どんな事でも勉強しとけよ。泥棒稼業をやんならな」

 実際、ジェイムスは魔法の事もちゃんと勉強している。泥棒に何が役に立つか分からないからだ。何の武器も持っていない自分が組織に勝つには、知識を磨くしかないわけだ。

 ……とはいえ、少し詳し過ぎる気もするが。

「あ、じゃあどうしてライラちゃんは……」

「優しい子だからでしょ」

「……そういうコト」

 つまり、ライラは国の経営を支えるために魔宝が溢れる禁術を使ったわけだ。

 しかし、そこをたまたまなのか必然なのか、ファメイルに見つかった。それにより誘拐され、現在に至るわけだ。

 確かにバカな話をしたものだと思えるものだ。気持ちは分からないでもないが、やはり褒められたことではない。

「それを、家族にちゃんと告白しろって……あんた、意外とえげつない真似するな……」

「るせーよ」

 手を動かしながらジェイムスは話を続けた。

「とにかく、家族にあの子はこれから怒られるんだ。お前から何も言わないでやれ。そもそも関係ない話だしな」

「わ、分かってるって……」

 そんな話をしている時だった。部屋の入り口から聞き慣れた声が聞こえてくる。

「おいおい……なんだこりゃあ」

「ただいま〜……わ、ぼろぼろ……!」

 ブラッドとくまのぬいぐるみを抱いたライラが帰って来た。こうして見ると、ライラもなかなか、馴染んできている。

 その二人に、ジェイムスが真顔で言った。

「おかえり。引っ越しするぞー」

「何かあったの……?」

「ん、じゃじゃ馬娘が遊びに来てただけ」

「???」

 頭上に「?」を浮かべたライラだが、それ以上に何か説明するつもりのないジェイムスは、とりあえず引越しの準備を二人に手伝わせた。


 ×××

 二日後。ファメイル家の屋敷はいつも通りの日々を過ごしていた。表向きの仕事はファメイルが全てを受け持ち、裏の仕事は技術者が武器作り、その作った武器を使っての訓練をビリーとディオナがしきって部下達をしごく。

 訓練場は表立ってやるわけにもいかないので、地下で行われていた。

「ふぅ……疲れた」

 そんな中、とりあえず休憩と言わんばかりにディオナが出て来る。あれから、あの魔装を自身の好みに合う様に合わせてもらった。これが中々、使いやすい。今度こそ、あの腹立つ剣士気取りのコソ泥をぶちのめせる。

 ……まぁ、任務が来ない限り、こちらから手を出す事は許されていないのだが。

 自分には、難しいことはわからない。何か作戦を考えるより、後先考えずに暴れたいタイプだから。

 しかし、他のどの貴族も「自分の兵士にバカはいらない」と、いくら腕っぷしがあっても突っ返されてしまった。

 そんな自分を唯一、引き取ってくれたのがファメイルである。「私の言うことさえ聞くのなら、何をしたって構わない」という条件で、だ。

 だから、恩義がある。例えファメイルが何をしようとしていたとしても、自分はそれに乗るつもりだ。そして、邪魔者は全て斬り伏せる。それは、同僚のビリーも同じだろう。

 そんな事を考えながら、再び訓練に戻ろうとした時だ。ファメイル家の庭のあらゆる場所から、突然、光の塊が空に向けて発射された。

「……あ?」


 あまりに唐突かつさりげない出来事に、反応が遅れた。脳が「異常な光景」と判断したのは、その光が空に大きな花を探してからの事だった。

 そこから、連続的に大量の花火が空に打ち上げられる。それに気付いたのはファメイル家だけでなく、近隣の住民達も全員が全員、明かりをつけて空を見上げて始めていた。

「おいおい……」


 ×××


「なんだこれ……」

 それは、地下の射撃場で射撃訓練をしているビリーも音で気付いた。

 慌てて地上に出て空を見上げると、ファメイル家の敷地から花火が何発も上げられている。

 すぐに部下を使って……いや、何なら自分で消さなければならない。

 自分の近くで花火を見上げていた部下数人に声をかけた。

「おい、早く消せ!」

「はっ!」

 そう言いつつ、自分も花火が上がっている方向へ走ろうとした。

 が、花火の音が微妙に変化したのに気付いた。顔を上げると、花火からメッセージへとなり変わった。

『予告状』

 予告? とビリーは片眉をあげる。いや、ビリーだけでは無い。屋敷を守護する私兵達も、その屋敷の主人も、近くに住む住民……いや、もしかしたらその街で暮らす人間、全員が空を見上げていた。

『明日の夜』

『サークル=ファメイル公爵が』

『持つ呪われた魔宝』

『目からウロコ』

『を全ていただきに参』

『参ります』

『大泥棒、シェイムス』

 断片的に打ち上げられるので、とても読みづらかった。しかも一番間違えちゃいけない自分の名前を間違えてるし、所々誤字が見えるし。

 とはいえ、内容はともかくこれはまずい状況になってしまった。

 それは一番、ファメイル本人が分かっていた。

 名指しで有名な魔宝の名を挙げると共に「全て」と言うことでそれを複数持つ事をバラし、さらに花火を使うことで市民どころか国王の元にも情報を流す一石三鳥の一手。

 自室から空を見上げながら、頭に来過ぎて小さな笑みが溢れる。

「綺麗な花火だ……彼らの墓に添えるにはもってこいだな」

 そう言いつつ、未だ上がり続ける花火から目を離した。まだ、自分には悪の手がある。今のうちにその準備に取りかからなければ。


 ×××


 泥棒からの予告状は、王城でアリアも眺めていた。

「まさか、敵ってあのファメイル公爵の事……?」

 すぐに脳裏に浮かんだのは、妹は唆されている、という事だ。何せ、ファメイル家は貴族の中でもここ最近で最も、王家に貢献している家だ。

 確かに、妹がいなくなった時期とファメイル家による国に対する貢献が増えたのは分かる。だが、怪しいと思える点はそこだけだ。偶然の可能性の方が高い。

 やはり、昨日妹を奪い返さなかったのは間違いだったようだ。

 今すぐにでも兵士を動かせるよう、玉座に再び足を踏み入れた。

「父上!」

「ダメだ」

「早っ⁉︎」

 秒で断られた。いや、用件を言っていない以上、秒も経っていないと言わざるを得ない。

「お前が言いたいのは、あのコソ泥達を鹵獲し、ライラを奪い返しに行く、ということじゃろう?」

「は、はい……!」

 この前、念のためにジェイムス達と話した事は全て父親に報告した。だが、怒られるばかりで全く聞いていないと思ったのだが、そうでもないようだ。

 しかし、だからこそ出撃させてくれない理由がわからなかった。

「何故……!」

「まず、奴らは拠点を移している。お前にバレた以上は泥棒が別のアジトに引っ越すのは当然の事」

「っ……」

 確かに、と思ったものの、心の中では納得できていない。

「それに、奴らは騒ぎになる事を好む。その分、ターゲットは周囲に自身の失態を知られ、恥をかくから。奴らは泥棒という手段を持って嫌いな連中を貶めているだけじゃ。ワシらが騒げば騒ぐほど、奴らにとって好条件になっていってしまう」

「で、ですが……ファメイル家が狙われているんですよ?」

「ワシも、最低限の護衛をつけると進言したのだが、断られた。彼は、自分の私兵だけで事を収めるつもりらしい」

「そんな話を納得したのですか⁉︎」

 いきり立つアリアだが、国王には懸念があった。いくら騒がれるのを好むと言っても、ファメイルの私兵だけでは奴らは相手に出来ない。

 それでも拒否するということは、自分達の知らない武力を持っているか、それともこちらに知られたくない秘密があるのか、或いは両方か……。

「なんにしても、ワシらは今回、隠密行動という形で様子見をする事に決めた。お主の言葉通りならライラは帰ってくるし、万が一、返すつもりがないようならば近くに配置した兵士を向かわせてライラだけでも奪い返す。……アリア、次に勝手に出撃するようなら、お前でも許さんぞ」

「っ……」

「お尻ぺんぺんの刑じゃ」

「死んでください」

 とはいえ、そこまで言われれば下手に動くわけにはいかない。せめて、その隠密行動に加えてもらいたいものだが……まぁ無理だろう。

 ならば、その隠密隊長に頼み込むしか無い。絶対に言う事を聞くという条件で。

「とにかく、お前は部屋で大人しくしておれ」

「わ、分かりました……」

 仕方なく、ここは大人しく引き下がった。


 ×××


 翌日、ファメイルの行動は早かった。取った行動は迎撃ではなく逃走、つまり魔宝だけ持って逃げようという作戦だ。

 魔宝を地下通路に止めてある乗り物に積み込み、別荘まで運び込むつもりだ。

 それと共に、屋敷の警備を強化する。奴らは魔宝のない屋敷に食い付き、その時点で王城に援軍を要請。証拠の「目からウロコ」は一つも存在せず、ライラが証言したとしても無効となり、むしろ「泥棒と一緒にいる」ということであの娘ごと往生に引き取らせる。

「急げ!」

「もたもたするな!」

 作らせた魔宝があまりの量である上に、ジェイムス達の予告も急だったため、作業は急ピッチになっているが、それでもやらなければならない。

 転移魔法も考えたが、何処かで自分達を監視しているであろうジェイムスはエルフだから、魔法を使えば一発でバレてしまう。

 しかし、実際の所、こられてもなんの問題もない。何故なら、この乗り物は車などではない。魔宝を大量に使用して加工した乗り物だ。

 予告の時間は今日の夜。それまでに準備を終えなければならない。

 夕方には、飛び立てるように。

「ディオナ、ビリー。お前らは下で奴らの足止めね。部下を何人使っても良い。私が飛ぶまでの間で結構だから。それが終わったら、すぐに撤退して構わない」

「「はっ」」

「二人にはまだ、いなくなられたら困るからね。絶対に無理せず撤退して欲しい」

 それだけ指令を出し、自分は乗り物に乗り込んだ。このまま簡単にやられるつもりはない。逃げれば、どうとでもなるのだから。

 そうこうしているうちに、夕方になった時だ。屋敷の中庭で、爆発音が聞こえた。


 ×××


「おいおい……随分な引越し作業じゃねえの」

 そう呟くのは、フェリルの隣にいるブラッドだ。屋敷を見下ろせる高台から、作った爆弾を投げ込んだだけで、蜂の巣をつついたように屋敷から兵士達が出て来た。

「ま、あの辺全部、引きつけるのが私達の役目だから」

「わーってるよ。援護、頼むぞ」

「嫌よ」

 素直な返事を聞き入れつつ、ブラッドはその場から飛び降りた。縄を高台の真上にある木に結びつけて、それを掴んだまま斜面を滑り降りる。

 大胆にも、正面突破をするつもりのようだ。勿論、二人では勝ち目がない。だが、この数日の調査で、敵の屋敷に関することは大体、分かっている。

 つまり、地の利はイーブン。むしろ、敵は「地の利も人数もこちらに分がある」と思い込む気の緩みに突け入る隙がある。

 ……とはいえ、だ。やはり百人以上の差は厳しい。

 着地してから、フェリルは苦笑いを浮かべて呟いた。

「……でもさ、これ人数差ありすぎない?」

「突っ込んでから怖気つくなよ」

「お、怖気ついてなんかない!」

「ちなみに、普通にやれば無理だ」

「怖気つかせるようなこと言うなよ!」

「何、手段を選ばなきゃ楽勝よ。常に冷静でいろよ」

「あーもー、上等だコラァッ‼︎」

 そんな話をしながら、敷地内に侵入した時だ。地面が薄い青紫色に光った。どうやら、今ので自分達が侵入したことがバレたようだ。

「来たぞ!」

「あそこだ!」

「やれ!」

 敵が大量に突撃して来た。

 侵入したのは敷地にある林の中。数ある木々の隙間に、必ず一人は兵隊がいて、全員が例外なく魔装「ティアーズ・レイ」を構えている。この短い間でさらに改良されたのか、形が銃のような形に変わっている。

 それに対し、フェリルは。

 細いビームが放たれる前に、袖口から銃をはみ出させ、連射する。

 あの魔装とフェリルの銃では、性能が大きく違う。狙った方向に弾を飛ばすだけの銃よりも、一度放てば3秒間、ビームが出っ放しになる上に、その最中で方向を変えて敵を追尾することもできる魔装の方が遥かに上だ。引き金を引いてから、弾が出るまでの速さも違う。

 が、フェリルの腕はその差をいとも簡単に飛び越える。

 魔装を持つ手を的確に撃ち抜いた。手を撃たれれば、利き手が両手でもない奴はその時点で戦闘力を大幅に失う。

 だが、それでも銃の数が違う。全てを発射前に撃ち落とすのは無理だ。

 その余ったレーザーを、ブラッドが鏡刃ナイフで跳ね返しつつ、付近の木を焼き切り、敵の視界を遮る。

 その隙に、フェリルとブラッドは脚を使ってその場から離れた。

「大した事ない」

「本命がきてないからな」

 今の奴らは前座以下だ。本命はここからだろう。

 そんな早く本命と当たりたくない所だ。なるべく多くの敵を減らしておきたいのだから。

 とりあえず、林から抜けながら中庭に出る。噴水と植物の壁があり、上から見るとファメイル家の紋章である「♀」のマークに見える。射線を切るには持ってこいだ。

 大体の相手なら奇襲に奇襲を重ねた奇襲で仕留められる。そのため、植物の壁に背を向けて仕掛けてくるのを待った。

 だが、そろそろお出ましだろう。

「見つけたぜ」

「おっ」

 直後、後ろから草ごと斬り裂く斬撃が迫り、しゃがんで回避した。振り返ると、そこに立っていたのはディオナだ。手に持っているのはティアーズ・レイに見えるが、光のビームが刃の形を保っている。

「きやがったか……」

「お前を確実に倒せる武器を手にした。次こそ、俺が勝つ」

「武器って……それが?」

「そうだ」

 勝利を確信した表情でディオナは頷き、一度、ビームを引っ込めて手元でクルクルと弄ぶ。

 その様子を見て、ブラッドは小さくため息をついた。この前の戦闘の様子から、確かにこいつに才能はあった。磨けば自分と同じくらい強くなれるだろう。それだけの逸材だったが……所詮、三流のようだ。武器の性能に溺れる剣士に強者はいない。

「あっそ。まぁ良いや、かかってこいよ」

 そう言いつつ、ブラッドは懐から短いナイフを取り出す。鏡刃ナイフでもなんでもない、普通の短刀だ。普通の、といっても「サファイア・ナイフ」と呼ばれる蒼い刀身を持つナイフで、要するに「ただカッコ良くて美しいナイフ」というだけだ。意外と高い。

「お前相手なら、こいつで十分」

 その直後だった。ドォンッと耳に響く音がした。隣のフェリルからだ。

 目を向けると、フェリルは銃口を自分に向けて煙をなびかせている。が、自身の身体に傷はない。

 逆側を見ると、銀色の弾丸が自身のこめかみに向かって来ていたビームを跳ね返していた。

 つまり、ティアーズ・レイが放たれていたという事、今は細いままだが、すぐに太いのが来る。太いのが来れば、小さい弾丸では防ぎ切れない。

 ブラッドとフェリルはその場から離れ、噴水と植物の壁から離れた。

 ビームが降ってきた方向を見ると、ビリーが拳銃の形をした魔装を手にして立っている。

「女、この前はよくもやってくれたな」

「……誰だっけ?」

「……ムカつく女だ。まぁ良い、貧乳のビーストに生きてる価値はない」

「殺すわ」

 フェリルが殺気を出した直後だ。さらに、ビリーとディオナの周りから敵の兵士が大量に姿を表す。

「おお、スゲェ数だな」

「ホント。それだけに残念だね」

 何故なら、その数だけ医者が必要になるのだから。二人は顔を見合わせると、各々の武器をクルクルと手元で回す。

 それに合わせ、敵の全員が身構える。前半にやられた連中と違い、油断などかけら見えない。

 まず動いたのは、フェリルだった。敵の目の前に、自身の右手を向けると、人差し指と中指と薬指を立てる。

「3」

「あ?」

「なんだ……?」

 ザワザワと敵がどよめく中、薬指を引っ込め、立てた指を日本にする。

「2」

「なんのおまじないだ?」

「それとも、命乞いのつもりか?」

 ディオナとビリーが片眉を上げて声をかける。それらを無視して、人差し指一本のみを残した。

「1」

 そう呟くと、指をパチンと鳴らした。

 直後、爆発と轟音が全員の耳に響いた。屋敷の方で大きな爆発、炎上が起こったからだ。

 思わずそっちに顔を向けた直後、フェリルはさらに懐からボールを六つ出し、地面に叩きつけた。それにより、煙が一気に舞い上がった。

「しまった……!」

「クソ、奴ら……いつのまに爆弾なんて……!」

「3班は屋敷の火を消せ! 2班、あらゆる高台に登って奴らの位置を知らせろ! 1班、俺とディオナから離れるな」

 てきぱきと全員に指令を伝える中、フェリルとブラッドは森の中に引き返しながら、木の上に身を潜める。

「おいおい、いつのまに爆弾なんて?」

「あの屋敷には、私とジェイムスが何度も侵入してんの。今日のために色々と準備して来たんだから。……てか、なんであんた知らないんだよ」

「作戦は、昔からジェイムスに全部任せてんだよ。だから基本的にノータッチなんだよね」

「あっそ……ま、良いわ。行くよ」

「おー」

 呑気な返事と共に、二人が動き始めた時だ。爆発した屋敷から腹に響くような音がする。まるで、地面そのものが振動しているような音だ。

 何かと思い二人が屋敷の方に顔を向けると、その屋敷が二つに分かれていた。

 爆弾ではあんな割れ方はしないし、そもそもあそこまでの威力の爆弾は設置していない。

 割れた屋敷の間から、悠々と姿を現したのは、底に大量の銃口がついた飛行船だった。


 ×××


「フハっ……ふははは! 間に合った……!」

 飛行船の舵を握るファメイルは、流石にほっとしたのか大きな笑みを浮かべた。

 大量の「目からウロコ」を用いて作った飛行船には、当然、その原料が積み込んである。本当は城を攻めるときに使うために作っておいたものだったが、この際、手段は選んでいられない。

 船底についている銃口からはティアーズ・レイを放つことが可能だ。

 奴らが攻めてきたようだが、間に合わなければそれも無駄だ。間に合ってしまった時のために兵隊を何人か入れておいたが、必要無かったようだ。

 警戒態勢を取らせて船内を回らせているが、それも必要ないだろう。

 とっくに日が落ちた空から、真下で起こっている派手な戦闘を、上から見下ろしながらニヤリとほくそ笑む。

 そんな時だった。自身の部屋にノックの音が聞こえた。

「失礼します、ファメイル様」

「入れ」

 部下が二人、部屋の中に入ってきて敬礼をした。

「侵入者らしき影は見当たりません」

「そうか、よくやってくれたね」

「引き返し、ビリー隊長とディオナ隊長を回収致しますか?」

「しないよ」

「えっ?」

 声を漏らしたのは、報告をした隣の部下だった。

「当然でしょ? 僕は、戻ってこいとは言ったけど、こちらから助けるなんて言っていない」

 その言葉に、部下は戦慄する。あんまりなセリフに言葉を失ってしまった。

 今から空中で敵を集中砲火、ということも可能だが、この飛行船の性能をなるべく王家に見られたくない。滅ぼす時までとっておきたい所だ。

「さて、今度はこっちが質問する番だ」

 そう言うと、ファメイルは懐からティアーズ・レイを抜き、銃口をむけた。

 それに、部下二人はビクッと肩を震わせて両手をあげる。

「な、何を……!」

「空飛ぶ船の乗り心地は如何かな? ジェイムス=アトテレスくん」

「……」

 部下の格好をした一人はニヤリとほくそ笑み、服を引き剥がした。

「あはっ、バレたか。やるなぁ、ファメイル」

「僕の部下は、敬礼なんかしないよ」

「あーなるほど。王都の連中とは違うってわけね」

 自身の迂闊さを自虐気味に微笑みつつ、隣の部下にアイコンタクトを送る。その子も、帽子を脱ぎ捨てた。

「ほう……あなたもいらっしゃったか、ライラ姫」

「……ファメイル、さん……」

 ライラにとっては、もう二度と見たくないツラだった。

 相変わらずヘビのように何を考えているか分からない冷たい表情のファメイルから逃げるように、ライラは両手を上げているジェイムスの背中に隠れる。

 ライラの姿を見て、ファメイルは全てを察した。

「なるほどね。つまり、君達は魔宝を盗みに来たわけではない。全てを破壊しに来たわけだ。そのために、危険を承知で彼女を連れて来た。魔宝を壊せるのは魔法だけだからね」

「ビンゴ、その通り」

「となると……やはり、君は魔法を使えないわけだ」

「……」

 ファメイルのその言葉に、ジェイムスは黙り込む。その反応を見るに「図星」と判断したファメイルは、さらにニヤリとほくそ笑んだ。

「だが、ここで君を仕留めればその計画もご破算だね」

「おいおい、隣のライラちゃんは才能あふれるエルフであることを忘れたか?」

「無理だね。彼女に僕は攻撃出来ない」

「……」

 そう言う通り、ジェイムスの背中にライラは完全に隠れてしまっている。腰を握る手は、カタカタと震わせていた。

「ちなみに、これに対応出来るのは魔法だけとミスリードしたつもりかもしれないが、僕にはわかっている。袖の中に仕込んでいる銃を捨てるんだ」

 言われて、ジェイムスは頬に汗を流しながら黙って銃を捨てた。

「君も馬鹿な男だ。その少女の不幸体質は周りも巻き込む。君が如何に優れた使い手だろうと、彼女は制御できない。それこそ、それが国であってもね」

「お前なら操作できると?」

「そうだ。僕は昔から幸運体質だからね」

「お前何言ってんの?」

「そのままの意味だよ。僕は昔から幸運なんだ。彼女との出会いも、僕の運が導いてくれた巡り合わせだよ」

 前から不思議ではあった。何でライラが不幸なら、こいつは二年もの間、上手いこと隠せてきたのか。そういう事なら、ライラも納得してしまう。つまり、自身の運で自分の運を相殺したのだ。

「つまり、そもそも僕がいないと彼女は誰にとってもお荷物でしかない。こうして、君が捕まっているようにね」

「そんなクソみたいな理屈で、こんな年端もいかない女の子を泣かせてきたってのか?」

「クソみたいな理屈、と言うが、事実、君はこうして私に魔装を突きつけられている」

 そもそもジェイムスにとっては「不幸体質」も「幸運体質」も眉唾物なのだが、今はそれが嘘でも本当でもどっちでも良い。

 とはいえ、だ。ピンチであることには変わり無い。このまま自分が殺されれば、ファメイルに恐怖を植え付けられているライラは転移魔法も使えずに捕まり、また拷問の日々が始まるだろう。

 積み込んでいる魔宝も破壊出来ず、全てはファメイルの思うままだ。

 その危機的状況において、ジェイムスは小さく笑みを浮かべた。

「一つ、教えといてやるよ、ファメイル」

「薄汚れた盗人如きが、僕に教えを説くと?」

「そうだ、盗人以下」

 その言葉にファメイルはピクッと眉間にシワを寄せるが、ジェイムスは構わず続けた。

「運が介入する余地が出て来るのは、努力、工夫、実力、駆け引き、才能……それら全ての要素が介入する中での、最後の最後の決め手だけだ」

「……」

「それ以前に運がどうだのなんだの吐かす雑魚が俺を殺せるなんて思うな」

 ファメイルは黙ったまま耳を傾ける。ライラはそのファメイルが怖かった。何故なら、彼は怒りが脳まで浸透すると無口になるタイプだから。

「そうか。じゃあ、その雑魚に殺されてもらおうかな」

「しっかり狙えよ」

 ジェイムスは自身の左胸を親指で指した。ファメイルは、それを見て狙いを右胸に定めた。最後の最後で罠を貼ったつもりだろうが、大きなミスだ。挑発した挙げ句、さりげなく狙わせる部分を誘導したつもりだろう。おそらく、左胸には何か仕掛けがある。

 だが、それを看破した自分の勝ちだ。狙いは、少し逸らして右胸。どの道死ぬのだが、急所を外して絶望した表情を拝ませてもらおう。

「さよならだ、ジェイムス=アトテレス」

 そう言ってビームが右胸に放たれた。光の一閃は的確にジェイムスの右胸に向かい、まずは服を焼き切る。

 その焼き裂かれた下から顔を出したのは、鏡刃ナイフだった。それがビームを跳ね返し、ファメイルの右胸を貫通する。

「ギャアァッ……⁉︎」

 その先にビームの向きを他所に誘導しつつ身体を半身にしてビームの射線上から外れると、焼き切れた服の下からナイフを取り出した。

 ファメイルが怯んだ隙にナイフを構え、一気に振るう。ティアーズ・レイを持つ手を斬り落とした。

「あっ……ああああ‼︎ ぼ、僕の腕がッ……‼︎」

 絶叫を上げながら、ファメイルは後ろによろけ、舵に腰を打つ。そのファメイルの胸ぐらを掴むと、自身の方に引き寄せて鼻の頭に頭突きをかます。

「あがっ……! な、何してるー! 侵入者だー!」

 操舵室からの音声は船内全てに伝わる仕組みになっている。だが、部屋に突入してくる輩は誰一人としていなかった。

「バーカ、そんなもん制圧したに決まってるだろ」

「だ、誰かー! 誰かー!」

「大した幸運体質だな、ファメイル」

 最後に一発、顎にストレートを決めて気絶させた。これで、終わりだ。後は、魔宝の処理だ。

「……これで、終わり……?」

「呆気ないか? でも、運が介入する余地のない勝負じゃ、それくらいすぐ決着がつくもんだよ」

 あんなに怖かった人が、こんなに早く仕留められるとは夢にも思っていなかった。ライラも、思わず拍子抜けしてしまう。

 そのライラに、ジェイムスは舵を握ったまま告げた。

「よし、じゃあ降りるぞ」

「う、うん……え、動かし方、わかるの……?」

「勘」

 その直後だった。ガスンッと、何か重要な部分が抜けたように飛行船が傾いた。ライラもジェイムスも姿勢を崩し、尻餅をついてしまう。

 慌てて立ち上がったジェイムスが窓の外を見た。

「飛行船が落ちてる……?」

「ええっ⁉︎」

 この飛行船は万が一にも敵の手に渡った際、悪用されないようにファメイル以外の人間が舵を握るとパワーダウンし、地上に自由落下する仕組みになっていた。

 そんな事、知る由もないジェイムスは何とか動かそうと色んなボタンを押すが反応がない。

「ライラちゃん、機関室に転移!」

「え……で、でも何処だか分からない……」

「……ですよねー」

 そもそも魔宝で作られた飛行船なんて機関室を見ても仕組みは分からない。それに、もう落下まで時間がない。

「ライラちゃん、転移で先に地上に降りてて」

「え……ジェイムスさん、は……?」

「飛行船を不時着させる」

「操縦、出来ないんじゃ……!」

「飛行船の空気を抜いて落下位置を逸らす。それが出来なきゃ、念の為に用意した爆弾で方向を変える」

「……脱出は、どうするの……?」

「何とかなるから平気。……ほら、早く行け。邪魔だ」

「……」

 そこまで言われれば仕方ない。ライラはその場から走り出すと、窓の外から真下を見ると一気に飛び降りた。辺りを見回し、近くに見知った顔が見えたので、そこに一気に転移した。

「お姉ちゃーん!」

「ん? 今何か……」

「わっ!」

「わひゃあっ⁉︎ ……あ、ら……ライラ⁉︎」

 後ろから脅かすと、厳格な空気を身に纏った姉は肩を大きく震わせる。屋敷近辺に待機していた監視部隊の元に落下したのだ。その中に姉の姿もあった。

「ライラ……本当に無事だったか⁉︎ 良かっ……」

「良くない!」

 唐突に話を遮られた。二年前は少なくともこんな大きな声で叫ぶような子では無かったはずだ。

 が、そんなカルチャーショックに近い状態の姉を無視して、ライラは飛行船を指さした。

「お願い、お姉ちゃん! あそこに今すぐ……」

 言い掛けた直後だ。飛行船が爆発した。唖然とするライラは、自身の迂闊さを呪った。そもそも、あの飛行船は魔装で出来ている。それが爆破すれば当然、中の魔宝も燃え尽きる。

 つまり、あの時点で彼はこの未来が見えていた。魔宝を船ごと一気に吹っ飛ばせる。

 ライラはただただ唖然とし、墜落していく飛行船を眺めるしかなかった。

「そんな……ジェイムス、さん……」

「ジェイムス? あのコソ泥か……」

 生きているのか、アレでは分からない。彼はむかつく奴をぶちのめしただけのつもりだろうが、結果的に国を救ったというのに。

「そん、な……」

「ら、ライラ……? どうしたの?」

 姉の言葉も耳に入らず、膝を地に着いた時だ。バサッという乾いた音が耳に響いた。顔を上げると、墜落の最中でパラシュートが開いたようだ。

「あ……」

「……あれは?」

 良かった、無事に脱出したようだ。ひとまずホッと胸を撫で下ろした。ここから先なら、もう大丈夫だろう。あの間抜けなパラシュートを彼の心強い仲間が見ていないはずがない。

 なら、自分も約束を果たさなければならない。

「ねぇ……お姉ちゃん」

「む、どうした?」

「話が、あるの……怒られちゃうかも、しれないけど……」


 ×××


 本当にしっかりと姉に怒られたライラは、姉に頼んでひとまず墜落した飛行船からファメイルや部下、それと屋敷で全員、揃って気絶させられた私兵達を捕縛し、投獄させた。

 そして、数日後。ライラが戻って来たことにより「帰還祭」が行われる事となった。

 王都で開かれたそのお祭りは以前の宝探しゲームとは違い、警備は厳重に敷かれ、裏稼業に属する人種の立ち入りは禁止されている。普通に派手なお祭り、といった所だ。

 で、ライラは姉のアリアと一緒にそのお祭りを回っていた。二人に断られた為、直の護衛は無いが、父親が全力で探査魔法と監視魔法を二人につけているため、襲ってきそうな奴は二人に気付く事なく捕縛されるだろう。

 そんなことを知る由もないアリアは、それはもうライラを甘やかしていた。

「はい、ライラ。あーん……」

「あ、あーん……えへへ、美味しい……」

「次は私に食べさせてくれるか?」

「え、やだ……美味しいから全部、私が食べたい……」

「え、あ、そう……」

 意外とケチな妹である。しかし、少しは逞しくはなったようで何よりだ。

 二人でりんご飴を食べながらお祭りの通りを歩いていた。

 ライラは、短い間とはいえ一緒にいてくれた泥棒達の話を、姉にも誰にも話していなかった。何故なら、口止めされているから。

 泥棒の話を楽しそうに姫がするようでは示しがつかないから……なんて真っ当な理由ではなく、万が一にも自分達が追われる身でなくなったらスリルが無くなるから、という彼ららしい理由からだ。

 でも、やはり話したいものだ。彼らがどんな人間なのか、どういう理念を持ってああいう仕事をしているのか、理解して欲しかった。

 ……なんか知らないが、特に姉はあの泥棒達が嫌いみたいだし。

 そんな時だった。

「ったく……もうタダ働きは勘弁だぜ」

「そう言うなよ。てか、ファメイルの屋敷からお前ら資産ほとんど盗ってきたんだろ? 俺を助けるより先に。タダ働きじゃねえだろ」

「いーや、タダだね。宝石一個もなかったし」

 相変わらず仲良い言い争いが聞こえた。それにより、ライラが唐突に顔を上げる。その視線の先には、あの三人組がいた。

 とっても、声を掛けたい衝動に駆られた。何せ、まだ助けてもらっておいてお礼も言えていないのだから。

「ッ……」

 そのまま、三人は二人とすれ違ってしまう。そうだ、彼らが自分に気付かないはずがない。それでもこの対応をして来るということは、やはり彼らの中で自分はもう他人になってしまっているのだろう。

 ならば、やはり話すべきではない。そう判断した時だった。

「ライラ、それはなんだ?」

「……へ?」

 アリアに言われて、ライラはいつの間にか自分の腕と身体の間に挟まっているものに目を向けた。それは、以前買ってもらったくまのぬいぐるみだった。メッセージカードが添えられていて、内容は短く「See you again」と描かれている。

「っ」

 思わず振り返ると、三人は会話をしながら知らんぷりで歩いて行った。

「……ふふ、ジェイムス……」

 くまのぬいぐるみをキュッと抱き締めながら、思わず頬を紅潮させてその背中を眺めてしまった……その顔を、アリアが横からガッツリ見ていた。

 あの男……まさか、妹の心を……と、思うと憎悪が滾ってきた。すぐに魔法で父親と交信する。

「父上、泥棒を発見しました。ただちに確保をお願いします」

「えっ」

『了解』

 直後、近くの屋台の隙間から騎士が大量に出撃した。手に構えているのは銃や剣や武器など様々だ。

「げっ、え……何?」

「おいおい……なんか来たぞ」

「逃げないとじゃないのこれ……?」

 当然、すぐに気付いた三人組は慌てて逃げ出してしまう。

 やはり、あの三人はああやって逃げている姿はとても絵になる。

 思わず胸をときめかせながら、ライラは笑みを浮かべたまま、その騒ぎを眺めた。



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