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前編

ホントは短編にするつもりだったんだけど、入りきらなかったんで2話に分けました。

 隠れ家、というものは、いつの時代も少年少女の憧れである。親にも知られていない子供達だけの空間で、こっそりと身を潜めて好きな事をする。

 それは、普通に本を読むだけの時もあれば、一緒にかくれんぼや鬼ごっことか子供らしいこともしたり、テスト前は勉強なんてしてみたり。男の子の場合は拾ったエロ本を読んだり、ととにかく色々だ。

 しかし、それが大人の隠れ家となると事情も大きく変わって来る。何故なら、隠れ家を欲しがる大人は大抵、真っ当な人間では無いからだ。

 自分は今、家族以外で一番、信頼していた男の隠れ家で両手に錠を掛けられていた。

 自分がこの隠れ家で捕らえられ、早二年。両親達は心配してくれているのだろうか……いや、きっと厄介者を追い払えたと思い、捜索もされていない事だろう。それくらい、自分は家族……いや、国にとって負担になっている。

 仮にここから出られたとしても、一人で生活した方が良い。

「やぁ、お姫様」

 卑屈な感情を芽生えさせ始めてしまっていると、檻の外から声を掛けられた。

 その部下を引き連れた男は、自分達が一番、信頼出来る人物のはずだった。爽やかで優しくて賢くて、何より国のことを一番に考えてくれている人のはずだった。

 二年前までとは全く同じ爽やかな笑顔で、檻の前に置かれている木製の椅子に腰を下ろす。

「今日の分のウロコは出たかな?」

「……まだ、です……」

「そうか。ならさっさと、出してもらおうかな」

 指をパチンと鳴らした直後、部下の一人が魔法を使う。少女の頭上に暗雲が出現した。濃い霧の中に見える黒い人影のような色で、たまにビチバチと電気を帯びている。

 そこから雷が降り注ぎ、少女に直撃した。痛みと痺れから涙が溢れる。ただし、溢れたのは滴ではなく、キラキラと輝いた宝石であった。

 少女は、呪いにかけられていた。『目からウロコ』という涙が宝石になる呪いだ。呪いの名前がそのまま宝石に名付けられていて、砂時計のオリフィスと呼ばれる部位のような形をしている伝説とまで称される宝石の一つだ。

 宝石が身体から精製されるなら、むしろ利益にしかならないと思う者もいるだろう。

 しかし、それが周りの人に知れれば、こうして監禁され、涙が枯れるまで拷問され続ける事になる。

「今日は、お世話になっている君に報告があるんだ」

 雷撃をいつまでも浴び続け、宝石の山を築き上げている少女に、まるで雑談をするように男は語り掛けた。

「今度、宝探しゲームっていうお祭りを開催する事になったんだ。この国も中々、景気を取り戻して来たからね。こういうイベントも開けるようになったんだ。景品は勿論、君の『目からウロコ』だよ」

 そう淡々と、まるで本当に感謝しているように男は告げる。むしろ裏の顔を知っている少女にとっては恐怖でしかないが、男はその畏怖に気付いていながら、平気で続けた。

「場所はストギン山。その何処かに君の涙を隠してある。それを見つけ出した参加者にプレゼントする催しだよ。参加者は一般人のみで貴族以上の参加は禁止……ま、お祭りだからね。みんなで楽しめないと意味ないから」

「……」

「勿論、それだけじゃないけどね。この催しには多分、全国の泥棒達が参加する。彼らにとっては宣戦布告されたようなものだからね。そこを捕らえるって作戦だよ」

 この大会が開催されるポスターも作られていて、そこには「盗れるものなら盗ってみろ!」というキャッチフレーズが書かれている。これに食いつない裏家業者はいない。

 しかし、恐らくそれも本当の理由では無いのだろう。あくまで催しを開く際に国王に進言した理由の一つだ。

「これで、国王からも市民からも、私は絶大な信頼と人気を得られる。ホント、禁術サマサマだよ」

 そう言うと、椅子から立ち上がった。そこで少女に降り注ぐ雷は止まり、その上の雲も消え去った。

 それにより、ようやく一息つける……と、思ったが、男が檻の前に歩いて来た。雷撃を受けていた時よりも、心臓の鼓動が早くなる。

 鉄格子の間から手が伸びて来て、自身の頭に優しく添えられる。優しく添えられているはずなのに、恐怖はさらに深くなって行く。

「何、君は心配する必要はない。私が最後まで、面倒を見てあげるからね」

「っ……!」

 後ろから縄で引っ張られたように後ずさる少女。が、床から両手を繋がれているため、壁までは下がれない。表情は、恐怖に染まり、再び目から宝石が溢れた。

 そんな少女の様子を見て、男は再びにこりと微笑む。その顔、声音、仕草、全てが呪いの宝石を生んでしまう糧となる。

 男は少女から手を離すと、小屋の扉を開けた。

「じゃあ、また明日」

 そこで、ようやく少女はホッと一息つく事が出来た。目から溢れた涙は、水溜りにはならずに山を築いている。常人が見ても、気を狂わせそうな光景だ。

 だが、このままでは最初に発狂するのは自分だ。ならば、逃げるしか無い。

「……お姉ちゃん」

 もう二年も顔を見ていない姉妹との思い出を頭の中で浮かべつつ、俯いてさっき話してくれた「宝探しゲーム」を思い出していた。


 ×××


 深夜のカジノは、昼間の商店街よりも賑わっている。結局、人間の活気が一番集まるのは、美味しい食べ物や性欲を満たせる風俗などでは無く、金が集まる場所だからだ。

 誇り高いエルフが治めるこの国に存在するカジノは、暗黒街のさらに奥にある「カジノ〜ブラック・ルーレット〜」のみ。

 マフィアが経営していて、当然、違法店だが、それ故の活気が確かに存在した。

 しかし、そのカジノは今日で大赤字を喰らう事になった。

「奴め、どこに行った⁉︎」

「あそこだ!」

「追え!」

 カジノの従業員が指差した直後だった。静かなのに響く声が、追っ手全員の耳に届く。

「よっこいせっ、と」

 天井に下がっているシャンデリアの上を跳ねているのは、カジノの従業員と同じ服に身を包んだエルフの男。種族特有の尖った耳に、黄緑色の美しい髪、そして……それらエルフの特徴を以ってしてもとてもエルフに見せない程に死んでいる瞳が特徴的な青年だった。

 その男の手には、アタッシュケースが抱えられている。中身はカジノの支配人が金庫に隠し持っていた秘宝「コバルト・パール」だ。

 シャンデリアからシャンデリアへ、サルより身軽に移動しながら、徐々にカジノ側の制服を脱ぎ捨てる侵入者に対し、カジノの運営側は手が出せなかった。魔法でも銃でも弓矢でも、年代物のシャンデリアを傷付けてしまうから。仮にシャンデリアを壊す指示が出ても、下にいる自分達が危ない。

 それを計算済みであの目立つ逃走ルートを選んでいるのだから、あの泥棒はタチが悪い。

 しかし、このままでは奴も逃げ場がない。上を移動している間に、その下の配置はガチガチに固められている。

 一つのシャンデリアの上に降り立った時、既に服は普段の私服に戻っていた。

 高い所から敵を見下ろし、下に群がる敵全員にほくそ笑んで見せた。

「……ん?」

 ふと何かに気づいたように片眉をあげる。

 どうやらシャンデリアの破壊許可が出たようだ。着地しようとしたシャンデリアの鎖の部分に、ホーミング魔法が炸裂した。

 着地する予定だったシャンデリアが消えた事により、エルフの男を待っているのは自由落下のみだ。

「おぉっ……とぉ」

 が、それでも落ちない。何故なら、袖から射出されたワイヤー付きのナイフが天井に刺さったから。

 落下と共に身体を振り上げ、ロープから手を離す。空中で回転して天井に両足を着けると、ジャンプして別のシャンデリアに向かった。

 その着地したシャンデリアごと魔法で撃ち抜いて来る。

「損得度外視で来たか……ジャックにしては上出来だな」

 このカジノの経営者の顔を思い浮かべつつ、さらにシャンデリアから飛び跳ねつつ、近くにあるポーカーが行われていた机の上に降り立った。

「うわあ!」

「きゃああああ!」

「く、来るなああああ!」

 直後、客が一目散に逃げ出すが、エルフの青年はどこ吹く風。

 客とすれ違って机を取り囲む男達に対し、青年は懐から黒いボールを二つ取り出すと共に、サングラスをかけながら近くに散ってるトランプを五枚、手に取る。

「フラッシュ」

 手に取ったトランプはダイヤのマークがついたカード五枚だった。

 それを宙に散らすと共に、懐から取り出したボールを床に叩き付ける。発生したのは巨大な閃光だった。

 従業員どころか客達もその光から目を両手で庇い、身動きが取れなくなる。視界が封じられる、というのは生物的にパニックになりやすい。視覚に頼っている生き物なら尚更だ。

 このカジノに来ている人間は全員が全員、真っ当な人間では無いが、そのほとんどが小物臭いイキったヤンキーであることは否めない。

 従って、大きなパニックとなった。

「うわっ……うわああああ!」

 一人が悲鳴を上げ、近くにいる男にぶつかる。その男はそれなりの実力者であり、喧嘩を売られたと勘違いする。

 どいつもこいつもプライドだけは一丁前で、ぶつかった男を捕まえると、顔面を殴り飛ばした。

 その殴り飛ばされ、ぶつかった相手がまた絡んできて……なんてやり取りがあちこちで発生する。従業員もそちらの対応に追われる中、先ほどの机の上から、エルフの青年の姿は無くなっていた。

「クソ……! 逃すな!」

「探せ!」

「その前に暴れる奴を全員、捕らえろ! 無理なら殺せ!」

 もはや、統率すらも取れなくなる中、カジノの正面玄関から、エルフの青年は堂々と出て行った。

 その青年は、駐車場に止められている車に向かう。扉を開けると、中でヒューマンの男が立っていた。

「遅ぇよ」

「そう言うなよ。奴らも中々、骨がなかった」

「じゃあなんで遅れたんだよ。‥…ま、良いや。とりあえず乗れ」

 四人乗り車に乗り込む。この国の車は、屋根が付いていなくてすべてがオープンカーのようになっている。従って、走り出すととても心地良い。

 発進して風を全力で感じ始めた直後、カジノから従業員達が後を追って来た。

「いたぞ!」

「逃すな!」

「見つけ次第、殺せ!」

 近くに止めてあるオープンカーを同じように走らせ、男達を追い始めた。

「おいおい……何が骨がなかった、だよ。追って来てんじゃねえか」

「運転替わるから、後よろぴく」

「無表情でよろぴくとか言うな」

 エルフが運転席に座り、ヒューマンが車の後部座席で立った。

 背後から来るのは銃撃と魔法による遠距離攻撃。それらを、エルフの男が運転で捌きつつ、ヒューマンの男が腰の刀に手を掛けた。

 暗黒街の入り組んだ道を、1ミリも車に擦らせる事なく運転するエルフの男。その上で銃撃や魔法は全て回避していて、それでも当たる物はヒューマンの男が刀で弾き続けた。

 そして、そのまま逃げ続ける中、暗黒街と一般人が暮らす街を繋ぐ唯一のトンネルに入った。

 直後、ヒューマンの男が軽くジャンプし、天井に刀を振るった。それにより、トンネルは崩れ、後ろからの追っ手の車達を全て急ブレーキさせつつ、道を塞いでしまった。

「さーっすが、家斬りのブラッドちゃん」

 ヒューマンの男、ブラッド=スパローは剣士として名を馳せた男だ。その腕前は、ヒューマンでありながらたった一振りで一軒家を斬り裂いてしまう程で、そこから「家斬り」の異名を持つ程の男だ。

 相棒のエルフと共に、世界を巡りながら、こうして泥棒稼業を続けている。

 褒められたにも関わらず、その表情は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「何呑気な事を抜かしてんだ。奴ら、お前と違って普通のエルフだぞ。あの程度の瓦礫、すぐに……」

 言いかけた所で、ブラッドは眉間にシワを寄せる。瓦礫が退かされる様子が無い。エルフは魔法が得意な種族で、地形を変える程の魔法をも10秒あればすぐに発動してしまう。

 しかし、それには当然、発動前の予兆があるわけだが、音も振動も不自然な空気の流れも伝わって来ない。それなのに、嫌な予感が止まらなかった。

「ジェイムス!」

 ブラッドが声を張り上げた直後、瓦礫の奥から光の線が飛んで来た。それが車のエンジン部位に当てられ、穴が空けられる。

 直後、そのレーザーが急激に太くなった。車を貫通し、一気に爆発、炎上する。トンネル全体に衝撃が響き渡り、天井がさらに新しく崩れてしまった。

 トンネル内で燃え上がる炎を眺めながら、瓦礫の奥からカジノの追っ手が歩いて来る。爆発した車に近付き、しばらく眺めた後、リーダーと思わしき男が舌打ちした。アタッシュケースが無くなっている以上、やはり逃げられたのだろう。

 自分の手元にあるのは、とある男から購入した魔装だ。

 魔装とはエルフでなくとも特定の魔法を発動できる優れものだ。が、逃した時点で使えるとは言い難い。これはクレーム案件だ。

 近くにいた部下の肩に手を置くと、厳しい口調で告げた。

「……ボスに伝えろ。逃げられた、とな」

「え、お、俺がですか?」

「そうだ、頼んだ」

 あのお宝はボスが大事にしていたものだ。その犯人を取り逃した、と知られれば八つ当たりに殺される。それは御免だ。

 とりあえず、これ以上、進めば堅気の街のため、騒ぎにならないうちに引き返す事にした。


 ×××


「ふーっ、危ない危ない」

 トンネルの壁をブラッドが斬り、トンネルの非常用通路を抜けて走って逃げ始めた。

「危ない、じゃねえぞジェイムス。後ろから追ってこられたらどうすんだ」

 ジェイムス=アトテレス。それがこの泥棒チームのリーダーの名前だった。グループと言っても、基本的に二人だが。

 様々なアイテムを作る器用さと、それらを使いこなして罠を掻い潜る運動神経を持つ、エルフの特徴として、魔法使いだが運動神経の鈍い種族の男とは思えないエルフの男だ。

 その偽エルフとも言えそうなジェイムスは、微笑みながら呑気に答えた。

「来てないから平気だよ」

 付近から、追手の気配は感じない。このまま走っていれば、なんとか抜けられそうだ。ちゃんと車から降りる時に今回のお宝は持って来れたし、一先ずお仕事完了と見て良いだろう。

 かと言ってブラッドはジェイムスの行動を許すつもりはない。

「ていうか、お前また悪い癖出てたろ」

「悪い癖?」

「また調子こいてただろって話。合流が予定時刻より10分も遅かったぞ」

「え、いや仕方ないっしょ。俺、ああいうカジノみたいに楽して金を儲けるみたいなの大嫌いなんだよ」

「泥棒やってる奴のセリフか」

「泥棒は苦労してるじゃん」

「真っ当じゃねえけどな」

 その苦労とスリルが楽しいのだが。違法ドラッグと同じで、一度やったらやめられないのだ。

「だから、ちょーっとおちょくってやっただけよ。アレだけ騒ぎにしてやれば、あのカジノに寄りつこうとする奴も減るでしょ」

「まぁな」

 普通なら、二人は他の裏家業をしているような連中全員に狙われてもおかしくない事をしている。

 しかし、今はそういう連中もめっきり少なくなった。襲って来る奴と言えば、怖いもの知らずのルーキーくらいだ。

 何故なら、このコンビはたった二人で一組織分の力を持っているから。襲われても必ず返り討ちにしている。

 そんな二人は、こうも呑気な性格をしているが。

「で、見せろよ。今回の目玉」

「はいはい」

 走りながら、ジェイムスはアタッシュケースを手渡す。開けると、蒼の宝石が顔を出した。ボールのように丸い形をしたその宝石は、蒼とはっきり分かるのに透明で、まるで朝陽を浴びている海のように輝いている。

 コバルト・パールは「魔宝」と呼ばれる、数少ない魔力の込められた宝石だ。込められた魔力は大した事ないが、魔宝の存在自体がかなり貴重なため、普通の宝石と比べても倍以上の価値がある。

「ほほう……すげぇな」

「だろ?」

「これだけのお宝が、魔宝の中じゃ最低グレードなんて信じらんねえよな」

 感心したように呟きながら、お宝をアタッシュに戻すブラッドに、ジェイムスが解説した。

「高グレードの魔宝は、加工すれば魔装にもなる。魔宝のグレードは込められている魔力の量によって変わるんだよ」

「なるほどな。……じゃあ、こいつに込められてる魔力は大した事ないってことか」

「そういうこと。高グレードの魔宝は、このくらーい道の中でも明かりがついてると思うくらい光り輝くもんだよ」

「……そんなにか」

 その位になると、魔力のないヒューマンやビーストでも魔法が放てる武器、魔装に加工する事ができる。……まぁ、ほとんどの人物が「世界に数少ない魔宝を加工するなんてとんでも無い!」という考えでそんな事はしないが。

 しかし、盗られるくらいなら加工して武器にしてしまった方がまだマシである。その顔を見るのが、ジェイムスは楽しみで魔宝を狙っている所もあるのだが……。

「……あ、そういうことか」

「? 何がだ?」

 急に何かわかったように呟くジェイムスに、ブラッドは尋ねたが、返事はない。代わりに、ジェイムスは小さく微笑んだ。口元をキュッと釣り上げ、吊り橋のような形になる。もう長い事、相棒としてコンビを組んでいるブラッドには、見覚えがあった。この笑みは、新たな獲物を見つけた時に浮かべるものだ。

「いや、何でもない」

「なんだよ」

「それより、さっさと帰ろうや」

 長く相棒をやっていても、目の前のエルフの考えは、いまだに読めない事がある。

 その事に、若干の恐怖と頼り甲斐という真逆の感情を浮かべつつ、とりあえず帰宅した。


 ×××


 ジェイムスとブラッドは、お互いに手配書に名前が載っている。それも、世界クラスのお尋ね者である。

 にも関わらず、二人は堂々と表を歩いていた。コソコソするのが好きじゃないから、という理由でだ。

 二人とも大きく特徴的な顔をしているわけではないし、出回っている手配書に載っている顔も似顔絵だけだ。通報する人間の方が少ない。とはいえ、引くほど堂々としていた。

 二人は早速、街中を運転していた。次の獲物について、情報収集だ。

「で、ジェイムス。次の獲物は何にすんだ?」

「獲物は決めてない。……けど、ターゲットは決めた」

「は?」

「いや何、そろそろあの野郎の化けの皮を剥がしてやりてえなって思ってたんだよ」

「というと……サークル=ファメイル公爵か?」

 サークル=ファメイル公爵とは、この辺りの土地を治める貴族である。五段階ある爵位の中でもトップの地位を示す公爵だが、それ故に市民からも国王からも絶大な信頼を誇っている。

 が、暗黒街ではあの男に裏の顔があるという噂が流れていた。勿論、噂は噂だし証拠がある話では無い。しかし、火のないところに煙は立たないものだ。

 実際、ジェイムスの調べでは、ファメイル家が大きくなったのは国の景気が良くなった二年前とほぼ同時期であり、その数ヶ月後に暗黒街で「ティアーズ・レイ」と呼ばれる、昨日の夜に殺されかけた魔装が流れた。

 これらを繋ぐ証拠は何も無いが、あり得ない話ではない。

「あのオッさん、何かあると思わないか?」

「確かに……ここ二年でのファメイル家の活躍は尋常じゃねぇよな。コールマンファミリーの壊滅、闇武器会社『アクア』を倒産させて元締めを逮捕、魔物調教師エリックの逮捕……それらを全部、自分達の私兵で絞め上げたらしいからな」

「国王家では次女のお姫様が失踪し、それ以前も国が行った政策が全て裏目に出ていた中、ファメイル家が突然、功績を挙げ、それ以来、国の景気も良くなったんだ。裏があると見てもおかしくないでしょ」

 そう言われれば、確かにその通りなのかもしれない。

 まぁ正直、この国の行末がどうなろうと、ジェイムスにとってもブラッドにとってもどうでも良い。何故なら、二人の生きる世界は国がどうこうなっても何一つ、関与する影響はないから。

「ま、お前さんがやるっつーなら俺は乗るぜ。公爵を相手にするスリルなんざ、そう味わえるもんじゃねぇしな」

「ん、サンキュー」

 結局、二人が求めるのは名声でも金でも無い。スリルだ。腕の立つ相手との命のやり取り。不利ならば不利なほど面白い。

 狙いはただ一つ、偉そうに踏ん反り返っている強者の位置にいる野郎の面子を潰す事だ。

「とりあえず、奴の一番大事にしているお宝を探るぞ。その後に、それの隠し場所、屋敷を全部、洗って最後に盗む……そんな感じで」

「いつも通りってことな」

「そう、そういう事」

 そんな話をしながら、二人で情報収集する事にし……ようと車を脇に止めて降りた時だ。そんな二人に、二人のビーストの女性が声を掛けて来た。

「ねー、お兄さん達。今から私達と遊ばない?」

「良いね」

「おいおいおいおい、待て待て待て待て!」

 速攻で釣られた馬鹿な相棒の肩を、慌てて掴むブラッド。

「テメェ、さっきまでの会話をまるでぶった斬りやがって! なんのつもりだコラ⁉︎」

「いやいや、だってこんな可愛い姉ちゃん達から誘われて口説かないのは失礼でしょ」

「どんな理屈だコラ! 俺のやる気を返しやがれ!」

 ブラッドの言い分はもっともだ。これからやるって時に、すれ違ったスタイルの良い女を見かけたからって即釣られるのは如何なものか。

「昨日、仕事終わったばっかなんだし別に良いだろ」

「珍しくやる気出したと思ったら急に何だお前!」

「じゃあお前は来ないの?」

「行くわけあるか! そもそも、俺は遊びで女と遊んだりはしねぇの。ちゃんと、お付き合いをするつもりの上で誘って、それで徐々に仲良くなって、その上で……」

「思春期かお前は」

「しっ、ししし思春期じゃねぇよ!」

 普通は逆のはずなのだ。エルフは誇り高くて真面目な者が多く、ヒューマンは遊び人が多い。何故、この二人はここまで真逆なスタイルなのだろうか。

 とはいえ、だ。人間の三大欲求……特に性欲に関しては理屈では無い。

 目の前で相棒の両腕に90のバストがむにっと吸い付いては、如何なる頑固者でも、男なら「羨ましい」と思うものである。

「じゃ、行きましょう、お兄さん」

「奢ってくれるなら、尻尾触らせてあげるわよ?」

「……本当に一緒に遊ばないのな?」

「……行くよ!」


 ×××


「ジェイムスさんの、ちょっと良いとこ見てみたい!」

「それ、一気! 一気!」

「まっかせなさーい!」

 その日の夜、飲み屋で獣人の女の子達と一緒に飲んでいたジェイムスは、ジョッキに注がれた爆弾酒を一気に飲み干してしまっていた。

 空になったジョッキは全部で九つ。それら全部、ジェイムスとブラッドが飲んだものである。この二人、馬鹿みたいに強かった。

「きゃああああ! ジェイムスさん素敵!」

「少し強過ぎて気持ち悪いわ!」

「あっはっはっはっ、そうでしょう? ……え、気持ち悪い?」

「「うん」」

「あ、声揃えちゃうんだ……」

 ノリノリの三人組から、少し離れた場所で飲んでいたブラッドから見ても、かなり異様な光景である。少なくとも、酔ってるのは他の女の子二人のようにしか見えない。

 アレから、女の子二人を車に乗せて、買い物に行ったり遊びに行ったりハシゴ飲みしたりとやりたい放題やって、その結果が今、一〇軒目である。

 それなりにペースを合わせていた女の子達も中々、強いようだが、今は完全にベロンベロンだ。

「おい、ジェイムス。あんまその子達を潰すなよ。送って帰んのは俺らだぞ」

「なーに言っちゃってんの? ブラッドちゃん。この後は泊まって行くに決まってんだろ?」

「おいおい……んな事してる場合かよ。流石に俺はそういう事は自分の好きな女以外とは……」

「え、ブラッドさんは行かないんですか? ホテル」

「女の子がそういう事言うもんじゃないぜ……」

 当然のようにビーストの女の子に言われ、少し頬を赤らめながらも首を横に振った。

 しかし、その反応は失敗だったようだ。ビーストの女の子二人は頬をわざとらしく赤く染めて、両手で口を隠した。

「えーもしかして、ブラッドさんって奥手なんですかー?」

「まさか……童貞? イケメンさんなのに⁉︎」

「や、喧しいわ! 誰が童貞だ!」

「そーなのよ、こいつ初恋もまだの癖に女の子とそういう関係持ったこともないのよ」

「んなっ……てめっ……!」

「「きゃー! 可愛いー!」」

「ブッ殺すぞうるせぇな!」

 全く鬱陶しい連中だ。だから、最後の一軒くらいはバーに行きたかったのだ。

 いい加減、帰りたくなって来たブラッドにジェイムスがほざいた。

「お前もいい加減、そういう経験しとけって。何かあったとき、ハニートラップに簡単に引っ掛かっちまうぞ? 世の中、何事も経験なんだから」

「そんなゲーム感覚でやれるかっつーの。お前と一緒にすんな、ケダモン」

「あー……ゲームと言えば、お二人ともこんな話知ってますか?」

 ビーストの女の子が思い出したように呟いた。女の子が話を切り出せば、付き合うのが男である。

「何々、何の話?」

「えーっと……この辺の貴族の人のー……なんだっけ。ファメイル公爵が、イベントやるんだってー」

「……イベント?」

 興味を持ったのは、ブラッドの方だった。普段ならその手のお祭りは好きでは無いが、次の標的が開催するとなれば話は別だ。

「お……何々、ブラッドさんも興味あるの?」

「あん?」

「そうなのよ、こいつお祭りとか大好きだから」

 いい加減な事を言うジェイムスだったが、この際、我慢した。さり気なく情報を得るのは、ジェイムスの分野だ。

 酔っ払った女の子は、改めて聞くまでもなくペラペラと話し始めた。

「なんかぁ、お祭りの余興として……『宝探しゲーム』? とか言うの開くらしくて」

「あー、アレかぁ。あのナントカのウロコとかいう宝石が景品の!」

「そーそれ!」

 女の子同士で勝手に盛り上がっている会話を聞いて、さらにブラッドは眉間にシワを寄せた。その宝石の名は聞いた事がある。自分達が今、持っているお宝より遥かに上の高位グレードの魔宝の一つに、そんな名前のものがあったはずだ。

「もしかして……『目からウロコ』?」

「そう、そんな名前だった!」

「偶々、領主の敷地内で発掘されたものを『せっかく見つけたんだからお祭りに』って事で、イベントを開いたんだってさ」

「ホント、あの人太っ腹だよねー」

「いや全然、太ってないし。むしろクソスタイル良いイケメンだから」

「そういう意味じゃないから!」

 勝手に持ち主の事で盛り上がる女の子二人を除いて、ブラッドとジェイムスは顔を見合わせる。この機を逃す手はない。

 そうと決まれば、このまま情報収集である。ブラッドは、しばらく黙っておく事にした。この手の情報を得るのは、ジェイムスの役割である。

「そのお祭りで、宝石を出すって事?」

「そうそう。最近、この国も景気が良いからね。なら、こういうお祭りで国民の気分も盛り上げちゃおう……ってことなんじゃない?」

「楽しそーだよねー」

 確かにそういう考え方も出来るが、魔宝……それも『目からウロコ』は少々、羽振りが良過ぎる。あまり知っている人間はいないし、それを実行出来る者もいないが、魔装に加工する事が可能なのだから。

「君達は参加するの?」

「いやいや、無理っしょ」

「貴族の参加は禁止、あくまで一般人のみ参加って事だけど……私達は宝石に興味ないし」

「どちらかというと、ブランド物のバッグとか財布?」

「分かる〜!」

 なるほど、とブラッドは小さく頷く。全員が全員、参加するわけでは無い。参加者は基本一般人のみで、国民になるべくチャンスが行き届くようにしてある。

 表向きは、の話だ。裏があるのだろう。上手過ぎる話は信用出来ない。その裏を目の前の少女達が知っているかどうかは別の話だが。

「じゃ、俺達がそのブランド物って奴を買ってやるよ。その宝探しゲームで優勝して、な」

「本当に〜⁉︎」

「良いのー?」

「ああ。今日は前夜祭だ。好きなだけ飲め!」

「「おー!」」

「……けっ」

 元気よくまた女の子二人とジェイムスが飲み会を始めると、後ろの席に座っていたエルフとビーストの男が現金を机の上に置いて立ち去って行った。

 時刻はもう日付が変わり始めている。お開きにはちょうど良い時間だろう。

 とりあえず、そろそろ疲れて来たブラッドも立ち上がった。

「悪い、俺そろそろ……」

「えー、どこ行くんですかー?」

「悪い、あいつ仕事だって」

「じゃ、お先」

 それだけ話して、さっさとブラッドはお金だけ置いてその場を後にした。

 コミュニケーションによる情報収集は自分の仕事では無い。ジェイムス曰く、むしろ邪魔になるらしい。

 自分が情報を集めるには、足を使うしか無い。店を出ると、さっき自分達の後ろで席を立った二人組の後をつけた。


 ×××


 翌朝、二人が住んでいる隠れ家のひとつでブラッドが待機していた。

「……遅い」

 相棒の帰宅が遅い。アレから結局、夜は帰って来なかったため先にシャワーを浴びて寝てしまったが、朝になっても帰って来ない。

 別に何かあった、なんて考えていない。よほどなことがない限り、放っておいても問題ないから。

 しかし、仕事の作戦会議をするって言うのに帰ってこないのは如何なものか……とも別に思っていなかった。

 元々、気分屋のあの男のことだ。面倒と思ったらその日は何もしないなんてことはよくある。

 なので、呑気に趣味である刀の手入れをしていた。手入れと共に剣マニアでもあるブラッドは様々な剣を使いこなす。ていうか、ぶっちゃ剣だけでなく薙刀や槍、斧、短剣など刃物ならなんでも扱える。

 刃の部分を砥ぎつつ、一度、砥石から外して持ち上げ、見物すると再び砥石に戻す。

「ふふっ……カッコイイ……!」

 そうニヤつくブラッドの姿は、相棒であるジェイムスにも「気持ち悪い(直球)」と言われるものだが、全く治らなかった。完全に無意識である。

 まぁ、どんなに気持ち悪くて薄気味悪くて何なら不気味であっても、誰も見ていなければ害は無いものだ。どんな癖も、一人でやる分には恥ずかしくないものだ。

 しかし、そういう時に限って来客は訪ねて来る者である。

「ジェイムス、いるー?」

「ふへっ、ふへへっ……『鏡刃ナイフ』……鏡で出来た刃を持つナイフ、美しい……」

「……」

 来客である犬耳がついたビーストの女性は、思わず開いた扉をそのまま閉めてしまった。スイッチが入っているあの男は、見るに堪えないほど気持ち悪い。

 まぁ、趣味に没頭しているのを邪魔するのは、決して望んでいることでは無いし、少し待ってあげる事にした。

 しばらく扉の前で耳を傾ける。

「いつ見ても、このリカッソからブレード、バック、エッジ、ポイントに至るまで全てが鏡のように全てを映しているのが幻想的だ……。これを魅せられた相手は、まるでナイフが自分に『お前らこれから俺に狩られる』と告げているように感じるだろうな……」

 聞いているビーストの女も思わず頷いてしまった。他の刃物でも相手の姿が映ることはあるが、ブラッドの持っている鏡刃ナイフは普通の鏡と何ら変わらないレベルの質を誇る。マニアが惚れ込む気持ちはよく分かる。

「これだけの反射率を持っていながら、切れ味はそこらのナイフを遥かに凌駕するレベルなんだよなぁ……。地面に自由落下させるだけで、軽くハンドルが減り込むくらい刺さるし……うーむ、惚れ惚れする」

 幾らデザインが優れていても、実戦で使えなければ意味がない。リーチがない分、確実に敵を仕留められる威力と、手軽に震える程度の重量が求められるが、それらを見事にクリアしている。日光などを利用すれば、反射させて敵の視界を潰せるのだ。

「さらにこのナイフの鞘がまた……」

「って、長ええええええええよッッ‼︎」

 我慢の限界を迎えたビーストの少女が両足蹴りで扉を吹っ飛ばして中に入った。

 扉に押し出されてぶっ飛んだブラッドは、下敷きにされつつも何とか鞘にナイフをしまいつつ、顔を上げた。そこに立っていたのは、ビーストにしては珍しい貧乳の少女だった。

「ってぇな! 何しやがんだ、危ねえだろコラ!」

「いつまでナイフにデヘデヘ言ってんだ気持ち悪い! 私が来たんだから、ちったぁ反応しろ!」

「勝手に来た分際で何生意気言ってんだよ!」

「何をう⁉︎」

 出会い頭に口喧嘩を始める語り知らない仲ではない。というか、普通に仲間同士とも言える間柄だ。

「あーそうですかわかりましたよーだ! あんたがそういう態度取るんなら私帰りますからー!」

「あっそ。じゃあな」

 そう言いつつ、近くにある椅子に座るビーストの少女。腕時計をチラ見しながら、腕を組んで背もたれに体重を預けた。

「……帰るんじゃねえの?」

「用事が終わってないのに帰るわけないでしょ!」

「もう勝手にしろよ……」

 言っていることがめちゃくちゃな女を相手に、わざわざムキになることはない。

 本当ならこのまま武器の手入れを続けたい所だが、この女の言い分だとさっきからここに来ていたみたいだし、少しはもてなしてやる事にした。

 キッチンに向かうと、お湯を沸かし、棚からカップを二つ出し、インスタントコーヒーを淹れてやった。

「おら、砂糖とミルク入りだろ?」

「いらないわよ!」

「あそう」

 そう言いつつ、手からカップを奪って口に運んだ。少しは素直になりゃ良いのに……と、思いつつ、もうそれなりに長い付き合いなので余計な事は言わずに自分もコーヒーを啜った。

 フェリル=アンダーヘイ。ジェイムス、ブラッドの泥棒仲間で、一緒に世界を回ったりはしないが、フェリルはフェリルで一人旅をしている。ジェイムスやブラッドと、何度も旅先が重なるのは偶然だと言い張っている。

 種族はビースト、狼人間だ。グレーの犬耳が頭からぴょこんと跳ねていて、尻尾もかなりモフモフの少女だ。

 が、やはりハズレ者二人の仲間なだけあって、大雑把で不器用な割に運動能力と五感と体型が優れているビーストの割に、五感は優れている点以外は、手先が器用だったり運動神経は鈍かったり、体型はスレンダーだったりと中々、特徴的な少女である。

 しかし、だからこそ自分と同じハズレ者の二人と一緒にいられるのは楽しい……のだが。

「何このコーヒー、砂糖が足りないんですけどー!」

「そう。足す?」

「足さねえよ! 甘過ぎないくらいだし!」

 この性格のため、なかなか素直に「仲間に入れて」が言えない子だ。彼女の言いたいことは伝わるのでコミュニケーションも普通に通わせられるし、特に不都合はない。

「で、今日は何の話?」

「ふふん、あんた達に良い情報を持ってきてあげたんだ。感謝しろ!」

「と言うと?」

「次のお宝の情報に決まってるでしょ!」

「ファメイルが持ってる目からウロコなら知ってるぞ」

 ぷくーっと頬を膨らませるフェリルを見て、ブラッドは「やべっ……」と心の中で冷や汗を掻く。素直になれない人の原因は、7〜8割以上の確率で「恥ずかしいから」である。

 そんな人に恥をかかせたらどうなるのかなど考えるまでもない。始まるのは、逆ギレだ。

「もういいよ! 知ってる情報を教えようとしてすみませんでした!」

「あー待て待て。そう怒るなって……」

「知らない! 帰る!」

 面倒な女である。しかし、少なくともブラッドが調べた範囲では、この女の力も少なからず必要だ。それくらいの相手が、あの宝探しゲームに存在する。ここで拗ねられたら最悪だ。

 何とか止めようとした時だ。フェリルが帰る前に部屋の扉が開いた。

「ただい……まぁ、フェリ。何してんの?」

「あっ……ジェイムス! あんたはどう? 私と一緒にファメイルをやる?」

 その一言で全てを察したジェイムスは、秒で親指を立てて答えた。

「ファメイルに何かあったん?」

「お、あんたは知らないのね。良いわ、話だけでも聞かせてあげる!」

 再びフェリルは部屋の中に引き返し、ジェイムスのコーヒーを入れに行った。

 その様子を見て、とりあえずブラッドはホッと胸を撫で下ろす。難しいのか簡単なのか分からない子だ。

「相変わらずフェリルの扱い方上手いな、お前……」

「アレだけ素直な子、中々いないからね」

「なんて捻くれた素直の解釈……」

「ジェイムス、コーヒー入れたぞ!」

 しかも、機嫌を直すと怒っていた対象まで許してしまう程の能天気さだ。これでジェイムスやブラッドより二つ年上なのだから、人間はやはり年齢ではない。

「で、フェリ。何の話だっけ?」

「あなた達、これを見なさい!」

 改めて座り直した男二人に、元気にフェリルが見せつけたのは一枚の羊皮紙だった。そこにはデカデカと「挑戦者求ム! ファメイル家開催、宝探ゲーム!」と書かれている。

 その文字の下に、サークル=ファメイルの似顔絵と、それに吹き出しがついて「盗れるもんなら盗ってみろ!」という煽り文句付きだ。

「……なーんだこりゃ」

「おいおい……偉く挑戦的だな……」

 二人揃ってその見出しに呆れてしまった。唯一、ノリノリのフェリルが、高らかに宣言した。

「景品は聞いて驚きなさい……あの伝説の魔宝『目からウロコ』よ!」

「「おお〜」」

「感動が薄い!」

 完全に棒読みの感動に、思わずフェリルが机をバンバンと叩く。隠れ家なのだから、少しは静かにして欲しいものだ。

 このままではまた拗ねかねない。先にブラッドが話の軌道を逸らす事にした。

「いや、その前になんでファメイルのとこにそんな大層なもんがあるか、ってとこだろ」

「ど、どういう事?」

「まさか、本当に『偶々、拾った』なんて話を信じてるわけじゃねえだろ? 絶対、裏があるぜ」

 それだけじゃねぇ、とブラッドは続けて言った。

「そのお祭りに関しちゃ、何も一般人だけが参加するってわけじゃねぇ。貴族や騎士達が出ねえってだけで、裏稼業に身を置いている連中も出るって話だ。その事を、ファメイルが気付いてねえはずがねえだろ」

 考えられるパターンは二つ。裏家業を生業としているメンバーが勝つと踏んで、そのお宝に追跡魔法を掛けてアジトを炙り出す作戦か、或いはファメイル家に参加するマフィアとの繋がりがあり、そこに勝たせて結局は自分の元に戻って来るよう仕組んでいるか……。

 何にしても、どの道、一般人に勝たせる気など無いだろうし、自分達が参加しても厳しい戦いになるだろう。

「でも、魔宝だよ魔宝! こんなチャンス、滅多に無いんだぞ!」

「……興奮するなよ」

 しかし、そんな事はフェリルには関係ない。宝石大好きなビーストの見た目、少女は目を輝かせたままブラッドの両肩をユッサユッサと揺する。この女、人の言うことを全く聞く気がない。

 まぁ、でもその気持ちはわかる。自分だって剣のことになると是が非でも手に入れたくなる。それが、フェリルの場合は宝石というだけの話だ。

 こうなると、もうリーダーに決めてもらう他ない。二人揃って顔を向けると……。

「……すぴー」

「「寝るなああああああ‼︎」」

「ゴフッ⁉︎」

 寝息を立てていたので、二人から渾身のストレートが顔面に叩き込まれ、後方にぶっ飛ばした。

「テメェ、人が真面目な話してんのに何寝てんだコラ!」

「そうだそうだ! 少しは威厳を保てないわけ⁉︎」

「……だからっていきなり殴る事なくない?」

 鼻血を左手で押さえつつ、とりあえず蛇口で顔を洗う。鼻にティッシュを詰めて、小さく欠伸をしながら席に座った。

 こんな呑気な男が自分達のトップだと思うと少し情けなく思えて来るが、まぁこれでも頼れる男だ。

「……で、何の話だっけ? 牛肉の特売セール?」

「もう一発行くか?」

「や、冗談だから……」

 やはり頼りないかもしれない。

 冗談、と言いつつ聞いていなかったのは確実なので、改めて話す事にした。

「要は、罠かもしれない宝探しゲームに参加するかって話だよ」

「参加するよね⁉︎ せっかく、魔宝が手に入るチャンスだもの!」

 二人にジロリと見られても、相変わらず緊張感のない顔のままジェイムスは口を開いた。

「……ま、俺もぶっちゃけると罠だと思うわ。罠じゃなくても厄介だ。他の裏家業をしているような奴らとの取り合いになる上に、俺達のポリシーとして一般人は巻き込みたくない。仕事はかなりやりづらくなる。それなら、開催前に盗みに入った方が楽だ。……まぁ、それでも警戒されてるだろうけど」

 ツラツラと説明され、ブラッドは「当然」と言った顔をし、フェリルは少しシュンっと肩を落とす。

 しかし「だが」とジェイムスが話をついで羊皮紙の中心の文字を指さし、眉間にシワを寄せた。

「この『盗れるもんなら盗ってみろ』の文。これは明らかに俺達、泥棒への挑戦だろ」

 何せ、イベントとして開催される宝探しならば「盗る」よりも「獲る」や「採る」の方が相応しい単語だ。これをあえて「盗る」と表現しているのは、完全に裏稼業の人間を煽っている。

「ならば、乗ってやるのが俺ら流ってもんだろ」

「さっすが、ジェイムス!」

「はぁ……やっぱこうなんのか」

 呆れ気味にため息をつくブラッドに、ジェイムスは喧嘩を売るような視線を向ける。

「ビビってんのか?」

「はっ、なわけあるか。俺ぁいつでもノリノリだよ」

「流石」

 ニッ、と二人で笑みを交わすと、拳と拳をぶつけた。

 そんなやりとりを見て、羨ましそうに見ているフェリルが目に入った。

 二人がこの稼業をしているのは、物心つく前からストリートチルドレンだった二人が、ずっとこの道で生きてきたからである。

 しかし、フェリルに関しては、三年前に貴族の両親から虐待を受けていた彼女を二人が助けた結果、この道に引き込んでしまったわけだ。そんな彼女を今更、除け者にするなんて出来ない。

 なので、フェリルの方にも二人から拳を向けた。

「ふっ、し、仕方ないな。これで昨日のカジノ襲撃でハブッた事は見逃してやる」

 相変わらず素直じゃないことを言いながら、フェリルも拳で応えた。

 ゲームは一週間後だ。


 ×××


 さて、お祭り当日。三人は堂々とお祭りの会場であるストギン山の足元に姿を現した。手配書に顔が載っている人達の行動ではない。

 堂々と表を歩き、まずは屋台の並ぶエリアを通った。焼きトウモロコシやカキ氷などのロゴが立ち並ぶエリアを歩いていると、ブラッドが感心したように呟いた。

「……なるほど。まさにお祭りって感じだな」

「そりゃそうでしょ。このお祭りはあくまでも市民に楽しんでもらうため、っていう理由も含まれているし、実際、楽しんでもらわないとファメイル家の実績にはならない」

「なるほど……けど、お前の読み通り楽しむつもりがなさそうな奴らもいるぜ」

 そう言うブラッドの視線の先では、暗黒街でカジノを経営しているメンバーが揃っていた。その中には一週間前に自分達の後ろの席で飲んでいた二人組の姿もある。

 本来なら自分達を消すつもりだったのだろうが、目からウロコの話を聞いてコバルト・パールの埋め合わせをするつもりなのだろう。

「おら、あっちにも」

 ブラッドの指差す先には、一週間前にナンパされたビーストの女二人が、だいぶ前に宝石を盗んだ組織の男達と一緒に立っていた。

 他にも、それなりに名のある盗賊や泥棒、コレクターなどが何人も混じっていた。

「……敵は、何もファメイル家だけじゃないっぽいな」

「いや、あんたらどんだけ色んな組織に恨まれてんの……」

 気に障った連中を片っ端から叩きのめしていたら、それは敵も増えるというものだ。

「怖気ついたならやめとくか?」

「バカ言うな! お宝は私のモンだからな!」

「……所でよ、なんでお前フード付きのローブ被ってんの?」

「なるべく顔見られたくないからよ!」

 やっぱり微妙に怖気ついていた。黒いローブをわざわざ着てくるのは、おそらく顔をなるべく見られないためだろう。

 そんな二人の茶化し合いの横で、ぼんやりとジェイムスは宝探しゲームの舞台である山を眺めていた。

 ストギン山はあまり大きな山ではないが、数十年前までは銀が発掘された山で、それらを掘り起こすための坑道や設備、機材がそのまま置かれている歴史ある山だ。

 この山を使って宝探しゲーム……いや、一般人だけが参加なら、仮にお宝が見つからなくても観光にはなるので、あり得ない話ではない。

 しかし、日陰者が参加すると予想しておきながら、歴史地区を舞台にするのは如何なものか。

 何か裏がある……と、思いつつも、屋台でとりあえずビールを購入した。

「さて、じゃあ飲むか」

「「飲むなああああ‼︎」」

 二人から頭を引っ叩かれた。おかげで、手元から酒を落としてしまう。

「あー! お前ら、人の酒に何しやがんだ!」

「仕事の前から飲む奴があるかー!」

「飲むなら俺にも飲ませろ!」

「いやそうじゃないでしょ!」

 隣からの裏切りに、慌てて振り返るフェリル。

「あんたらねぇ! 私のお宝が手に入るか入らないか、何だからまともにやりなさいよ!」

「そうは言われても……なぁ?」

「ああ。俺達は基本、お気楽主義なんだよ」

「こういうのは楽しんだもん勝ちだろ」

「……つーかお前、飲むのは賛成なのに俺のビール台無しにしたの? いっぺん拳で語り合うか? ん?」

「上等だコラ」

「あーもうっ! 人が集まって来てるからバカな真似はやめなさいっての!」

 いつものように騒がしい三人は、平気で他人の注目を集めていた。

 こんな人達が、今や世界を騒がせている大泥棒なのだから、人は見た目じゃわからないものだ。

 ギャーギャーと騒ぎながらも、とりあえず大会の開始時刻まで食べ歩きを行った。


 ×××


 宝探しゲームでは可能な限り公平なものにするため、入り口を一二箇所に設置してある。その場所への移動はファメイル公爵の私兵による転移魔法で移動する。

 その場所に別れるのに、自らの私兵を二〇人動員していた。その様子を見て、ブラッドはひゅうっと口笛を吹いた。

「こりゃ……思った以上に大掛かりだな」

「それな」

「もしかしたら、捕まえたい泥棒とかいるのかも?」

「誰だ、そいつらは全く」

「迷惑な話だよな」

「ホントよね」

 三人揃ってウンウンと頷く。ブラッドが引き気味に「こいつは本当に分かってねえな……」と言った顔でフェリルをチラ見する。

 恐らくだが、泥棒達を一網打尽にするつもりなのだろう。つまり、自分達も標的というわけだ。一般客の中に、ファメイル家の私兵が何人混ざっているかわかったものではない。

「……ま、何とかなるか」

 ポキポキと指を鳴らした。仕事の前のスリルは決して嫌いではない。

 とりあえず、一々、転移するのも面倒だし、その転移魔法の行き先が牢屋とかに変更させられたら面倒なので、一番近くのスタート位置に歩いて向かった。

 デカいアーチに『宝が眠る宝庫への入り口』と書かれている。中々、仰々しいタイトルだ。

 周りには、参加者と思われる人達がチラホラと待機していて、さらにその後方に見学者が並んでいた。何人かは参加者の家族だったり友人だったりするのだろう。

 そんな人が大勢いる中に、有名過ぎる泥棒がいる。一緒にいるフェリルとしては、微妙な感情だった。

「……あまり騒がれないんだな。あんたらって私が思ってるより有名じゃない?」

「いや、有名だろ。似顔絵とはいえ手配書まで出回ってるし。ただ、別人だったら怖いってだけじゃね」

 答えたのはブラッド。そう言われれば、確かに似顔絵がどんなに似ていても、声を掛けるまで本人かどうかなんてわからない。

「なるほどね……」

「とは言っても、これで俺らがお宝を取れなかったら、面目丸潰れだけどな」

 世界的に名が知られている泥棒が、お祭りであっても負けるのは許されない。そう思うと、少しプレッシャーがのしかかってきた。

 ゴクリ、と唾を飲み込むフェリルに、ブラッドが横から声を掛けた。

「ま、あんま気負う事ねえよ。そこの馬鹿を見てみろ」

「え?」

 言われてブラッドが指差すジェイムスを見てみると、虚な目で耳をほじっていた。

「……今日の晩飯、パスタが食いたいな……」

 この緊張感の無さと何も考えていない感じ、確かに気負うだけ損なのかもしれない。あまり知られていないが、実際の所、ジェイムスもブラッドも盗みを失敗する事もよくある。

 そんな話をしながらアーチの前で待機していると、拡音声魔法によるアナウンスが始まった。

『お前らあ! お宝が欲しいかああああ‼︎』

「「「うおおおお‼︎」」」

 参加者全員が両腕を空に突き上げる。勿論、ジェイムス、ブラッド、フェリルも同様だ。

『一発で金持ちになりたいかああああ‼︎』

「「「うおおおおおおおおおお‼︎」」」

 さらにドデカい歓声が上がり、全員がまた拳を掲げる。

『ならば、これ以上の挨拶は不要だ! お前らの知力と体力と魔力の限界を搾り出し、伝説の魔宝……『目からウロコ』を手に入れて見せろおおおおおお‼︎』

 その台詞とともに打ち上げられた空砲が、雲ひとつない青空に「START」の文字を表示した。

 直後、全プレイヤーが一斉に山に向かって走り出した。


 ×××


「宝探しゲームが始まりました」

 お祭りの運営用テントで、サークル=ファメイルは部下からの報告を聞いた。味方しかいない場所において、コソコソと報告を受けるのはむしろ怪しさしかない。

 だから、周りに見える場所で堂々と裏の作戦について事を進めていた。

「そう? 良かった、無事に始まりそうで」

「……しかし、良かったのですか? あのような連中と手を結んで」

 部下の心配は、日陰道を歩いて生きているような奴らに、ファメイルは声を掛けた事にあった。あくまで、大会を盛り上げたい、という体で。

 密会で伝えた話は全部で三点。「誘き出して餌にするようなことはしない」「お宝が手に入るかどうかは君ら次第」、そして「ジェイムス達も招く予定」という事だ。

 しかし、その懸念を漏らした部下に、ファメイルは相変わらず読めない笑顔のまま答えた。

「君には、彼らのような人種と私が関わるべきではない、という風に見えるのかい?」

「……違うのですか?」

「その考えが違うんだよ。何故なら、世の中の人間関係は二種類しかないのだから」

 部下の男は眉間にシワを寄せる。

「『商売敵』と『共通の利益』これらだけだよ。彼らマフィアは、私にとって『共通の利益』を持つ同士、そして国王達は『商売敵』でしかない」

 何の躊躇いもなくそう言い切る男を前に、部下は少なからず思った。仕える貴族を間違えた、と。

 こんな男のために自分は命を張らなければならないのだ。

 そんな部下の考えなど興味もないファメイルは、そろそろ仕事をする事にした。

「……じゃ、始めようか」

 責任者として、山の中で遭難者が出ないよう、参加者は全員、追えるよう山全体に魔法を張ってある。

 その魔法は、山の中を全て見通す事が出来るものだ。勿論、ファメイル一人の魔法ではなく、私兵達との共同のものだが。山の中を覗くことは簡単に出来るが、その覗く範囲を広範囲にするのは、下準備なしではとても無理だ。

 呟くと、指を鳴らして目の前に山の立体図を作り上げる。

「君、ビリーにこの山を見張らせておいてくれ」

「はっ!」

 公爵としての仕事もしなければならないから、大会に関してつきっきりになるわけにはいかない。

 それに、ビリーは狙撃手として有能な為、山を見張らせるには完璧な人選だ。

 ボロを出さないためにも、とりあえず今は表向きの仕事をこなしておくことにした。


 ×××


 大会が始まり、早一五分が経過した。序盤は、堅気の目を気にしてか、掴みかかって来るような相手はいない。

 というよりも、そもそもジェイムス達はのんびりスタートしていた。

「おい、見ろよブラッド! ヘラクレス!」

「こっちにはオウゴンオニがいるぜ!」

 カブトムシやクワガタを捕まえながら。当然、一番獲物を欲しがっている女が黙っていない。

「あんたら! 何を虫取りなんて呑気にやってんだ、集中しろ集中!」

「いやいや、そんなに焦ったって何も変わらないから。そもそも、この宝探しはバカには見つけられないようになってんだよ」

「……どういう事?」

 しれっと言うジェイムスに、怪訝そうな顔で尋ねるフェリル。

「簡単に一般人でも探せるような難易度なわけないだろ。何せ本物のお宝なんだから。なんなら、このゲームが終わるまでに、どこのグループも見つからない可能性だってある」

「それじゃ私が困るんだよ!」

「だから落ち着けって……何が言いたいかっつーと、俺達が焦った所で何もならないんだよ。これだけ広い山の中で制限時間は五時間、飽きたらさっさと下山しても良し、こんなルールなんだから、そのうち参加者は勝手に減って行くだろ。その中から、まだ誰も探してないエリアを洗えば良い」

 だが、それはつまり堅気の人間がいなくなり、マフィアや他の泥棒などが参加するという事だ。そこから先はほとんど全面戦争となるだろう。

「そんなわけだし、それまでは俺達ものんびり……ん?」

 そこで、ふとジェイムスが一本の木を見上げた。

「なに、また珍しいクワガタ?」

「いや……この木、最近、作られたもんだ」

「どういう事だよ」

 改めて聞いたのはブラッドだった。ジェイムスは木に手を当てたまま、ぼんやりと説明する。

「姿形は木の形をしてるけど、その中身は魔力しか宿ってない。要は、魔法で作られた偽物だ」

「じゃ、罠か?」

「かもしんないな」

 山全体を魔力で張り巡らせているから、この木が偽物である事に他のエルフは気づかなかったのだろう。それほどまでに精巧な作りをしていた。

 とはいえ、その山を覆う魔法はそれだけで大人数で大量の魔力を使っているはずだ。行方不明者だけでなく、怪我人も出さないためには安全対策も練っているだろうから、罠を張るまで気を回せるかは微妙な所だ。

「とりあえず……調べてみるか。二人とも、見張りよろしく」

 エルフには、魔力を検知する力がある。その為、付近にある魔力の宿った物や人にはすぐ気がつくことができる。

 しかし、その力がなくてもジェイムスには異常である事がすぐにわかった。何故なら、その木に生き物が一匹も寄り付いていないから。

 本物そっくりの木だが、木の生態に関しては雑だ。だから、余計に謎が多かった。

「もしかしたら、宝探しゲームのヒントなんじゃない?」

 希望に満ちた顔でフェリルが言うが、ジェイムスは首を横に振る。

「どうだろうな。ファメイル家はマフィアと手を組んでまで俺達を潰しに来てるし……で、手を組むとなったら報酬は景品になるだろうし、確かにヒントがあってもおかしくはないよね」

「なら、斬るか?」

「それをやっちゃって良いのかを今調べてるんでしょ」

 この木のモデルは多糖クヌギ。この木から溢れる樹液は人間が食べても害が無く、その甘さは蜂蜜と同じレベルのものだ。

 そんな木に虫が一匹も集まっていないのは、偽物だからか或いは……。

「お」

 見掛けたのは、それなりに高い部分から漏れている樹液だ。勿論、作り物なので虫は集まっていない。

 そこに何かがある、と踏んだジェイムスは人差し指先を液に漬けてみた。すると、爪の先端に付着した樹液が発光し、一筋の光を作った。

 その指先の光は、真っ直ぐと北東を指していた。

「おーい、何かあったか?」

「あったよ。とりあえず、ついてきて」

 木から飛び降りたジェイムスに、ブラッドとフェリルが続く。指先に気付いたブラッドが片眉を上げて聞いた。

「何だそれ?」

「あの木の樹液……という事になってる魔力の糸」

「それが方向を指してるってことか?」

「つまり……本当にヒントだったんじゃないの⁉︎」

「興奮するなよ……」

 グイッと身を乗り出すフェリルを、ブラッドが手で制する。本当にお宝を前にすると鬱陶しい娘である。

 しかも、せっかくブラッドが落ち着けたというのに、さらにその興奮を煽ってしまう事実があった。

「……ま、これが目からウロコへ繋がるかどうかは知らんけど、ヒントであることは確かみたいだな」

「ホント⁉︎ よーっし、いっくぞー! 私についてこーい!」

 高笑いを浮かべながら走り出すフェリルをちゃんと後ろから見張っておきながら、ブラッドがジェイムスに尋ねる。

「どういう事だ?」

「そのままの意味。他のスタート位置にもあったのかもしれないけど、多糖クヌギの樹液を装った箇所がヒントだった。しかも、そのヒントが置かれていた位置は木のかなり高い所だ」

「簡単に見つかるようなヒントじゃすぐに見つかるから、だろ」

「序盤のヒントだぞ? 簡単で良いだろ別に。少しずつ難しくすりゃ良いし。あの木自体もかなり精巧に作られてるし、宝探し中に木登りするような奴も普通はいない。いても、あれが偽物って気付いた奴だけだ」

 つまり、誰が何の目的で置いたヒントか分からない。それこそ、もしかしたら自分達を捕らえようとしている運営側の罠かもしれない。

 宝に誘導するフリをして、牢獄へ誘う餌として。

「どうする?」

「何、招いてるなら乗ってやりゃ良いだけの話よ。……それに」

 答えながら、急に呆れ気味の表情になったジェイムスは、前を走ったまま見えなくなったビーストの女の子の方を指さした。

「……あれの興奮を止められそうにないし」

「……それな」

 とりあえず、追い掛けなければと走り始めた。


 ×××


 到着したのは川。三人がここに到着した直後、指の光は消えてしまった。

「ここ?」

「に、何があるかだな」

 聞いてきたフェリルにジェイムスは冷静に返しつつ、岸から川の中を眺める。おそらくだが、同じようにヒントがあるのだろう。

 とりあえず、川の中を眺める。光が指し示したのは水面だったからだ。

「ジェイムス、魔力は?」

「ある。けど、川全体を覆ってるな……。水難対策で、運営側が助けられるように魔法を貼ってあるだけっぽい」

「なるほど……」

 上流は川の勢いはかなり強い。水の流れをナメてる奴ほど流されやすいので、水難対策は一番力を入れている事だろう。

「……実際に見てみるしかないな」

「水遊びなんてガラじゃねえや。俺、寝る」

「よーし、探すぞー!」

 元気よく水の中に突撃して行くフェリルとジェイムス。一人残ったのはブラッドだ。

 水の中をしばらくジャブジャブと川の中の石や砂を漁ってみるが、特別なものは見当たらない。さっきみたく分かりやすければ良かったのだが、そうもいかないようだ。

「ちょっとー、何もないんですけどー」

「何かあるでしょ。ストレートにここを指してたんだから」

「そう言われても……ちょっと果てしないでしょ。川全部を漁るのは」

「何、フェリの宝石愛はこの程度で諦めるもんなの?」

「やってやるよオラァッ‼︎」

 相変わらずの扱いの上手さに、思わずブラッドは普通に引いてしまったが、とりあえず無視して小さな欠伸を浮かべた。

 しかし、本当に良い天気である。岸辺でお昼寝するには最高だ。こんな日は少しくらい休んだって良いだろう。

「……あいつは後でぶっ飛ばす」

 そんな呑気な事をしているブラッドを眺めながらフェリルが殺意を高める。

 しかし、まぁ今はお宝に集中だ。川の中、それもエルフの魔力感知は使えない。それはまるで、エルフを避けているみたいだ。一つ目のヒントの段階では、まるでエルフが解く前提のような問題であったにもかかわらず、だ。

「‥…魔法を頼っちゃダメって事だとしたら……」

 ビースト種らしく、五感を使うことにした。ビースト種特有の能力「野生化」。人類種の中でも一番、獣に近いビーストの野生の部分を意図的に強調する力だ。勿論、制限時間があるが、お宝のためだ。躊躇っていられない。

 ローブを脱ぎ捨てると、目を閉じ、小さく鼻だけで呼吸をする。心音を整え、呼吸を整え、そして一気に目を見開いた。

 フェリルの周囲に小さな風が発生した。足元からはけた水が一緒に川を探していたジェイムスや、川辺で寝ているブラッドに襲い掛かる。

「スゥ〜……ハッ!」

 それらも気にせず、一気に水の中に潜り込んだ。水の中で目を見開くと、とにかく近くの石を片っ端から退かす。とばっちりを受けるジェイムスとブラッドを無視して、高速で川の中を漁り回っていると、一つキラリと輝く何かを見つけた。

「ゴベバァァァァッッ‼︎(通訳:これだァァァァッッ‼︎」

 元気よく雄叫びをあげて、その光る何かを掴んで持ち上げた。その様は、まるでモリ一本を武器に海へ飛び込み、カジキマグロを仕留めて海面から雄叫びを上げる野生児のようである。

 実際、近くにいた、ずぶ濡れのジェイムスとブラッドにはそういう風にしか見えなかった。

 そこで野生化を解除したフェリルは、ふと我に帰る。で、二人に手の中にある銀色に輝く何かを見せつけた。

「あったぞ!」

「……ああそう」

「良かったな……」

 着ている服を絞って、水気をいながら、口だけ褒めておく。

 で、これなんだろう? と言った感じでフェリルは手元の銀色のものを見下ろす。手の中に握られているのは、銀色の貝殻だった。

「……なんだこりゃ、貝殻?」

「なんだって?」

 ジェイムスがフェリルの方に駆け寄る。手に握られているのは、全体的に丸みを帯びていて、巻貝が丸々太ったような見た目をしている。その貝自体も、やはり魔法によって作られたもののようだ。

「貝殻……ああ、そういうことか」

「何かわかったのか?」

 理解したように呟くジェイムスに、ブラッドが片眉を上げて尋ねる。

「ああ。次の目的地が分かった」

「何処だ?」

「ヒントは、この貝殻の色だ」

「銀……ああ、そういう事か」

「そう。ここストギン山は元々、銀の生産地。その設備が丸々、残されている」

 それを聞いて、フェリルもようやく理解したように目を輝かせた。

「じゃあ……お宝は、その設備にあるって事ね!」

「おいおい、お前はさっき聞いてなかったかもしんねえが、このヒントが罠の可能性もあんだ。あんま興奮すんなよ」

「……いや、本当にお宝かもよ」

「は?」

 意外なカミングアウトに、フェリルは少年のように瞳をキラキラと輝かせ、ブラッドは驚いてように目を丸くした。

「よく思い出してみな。一つ目のヒントがあった木は『多糖クヌギ』。で、二つ目は貝殻だ」

「それが何だよ?」

「二つの頭文字を合わせると『た』と『か』だろ」

「……なるほど、最後は『ら』か!」

 珍しくブラッドも声を大きくしてしまった。薄く微笑んだジェイムスが、小さく頷いて答え合わせをした。

「そういう事だ。銀の生産地で『ら』から始まる何かを見つけたら、そこにお宝がある」

「なーんだ、意外と簡単だったな!」

「あんたはさっき寝てただけだろ!」

「その寝てた奴に水と石を投げた貸しでプラマイゼロだ」

「何をう⁉︎」

 仲良く口喧嘩を始める二人の間に、ジェイムスが入った。

「落ち着けよ。それより、銀が眠ってる遺跡は参加者の誰もが怪しんでると思われる場所だ。最悪、戦闘も想定しておけよ」

 その言葉を聞くと、二人とも思わず黙り込んだ。そういえば宝探しに夢中だったが、元々は貴族やマフィアに狙われている身であることを思い出した。

「そうだったな……」

「戦闘になったら、足引っ張るなよな」

「憎まれ口の前に、こいつを羽織っとけよ」

 ブラッドがさっきフェリルが脱ぎ捨てたローブを放って羽織らせた。そう、私服のまま水に突っ込んだから、服が透けて下着が見えてしまっているのだ。

 男慣れしていないフェリルは、急にキザな真似をされて思わず顔を真っ赤にしてしまう。

「よ、余計なマネすんなよバーカ!」

「じゃあ下着のまま歩くか?」

「借りてやるに決まってんじゃん! 礼は言わないから!」

 素直で本当に良い子である。

 そんなやり取りを見つつ、とりあえずジェイムスが二人に声をかけた。

「じゃ、お宝を盗りに行こうか」

 リーダーの号令で、最後のヒントをもらいに向かった。


 ×××


「……なくね?」

「ないな……」

「ないよね……」

 しかし『ら』のつく設備は見当たらなかった。元々、もう大昔の発掘設備であるため、錆びて崩れてしまっているものもあるのかもしれないが、それをヒントにするはずがない。

「ねぇ、ジェイムス。本当にここにあるわけ?」

「そのはず、なんだが……」

 銀を発掘する設備は一か所にしかないわけではない。が、他の場所だとすると、ヒントがあった川の位置と比べて遠すぎる。

 この山に川は一本しかないし、その真逆の位置にあるから、そっちが答えとは思えなかった。

 ……それに、何か見落としている気がする。あまりにも「貝殻」のヒントが簡単過ぎた、そんな違和感があった。

「うおっ、何だこりゃ」

 そんな時だ。ブラッドが驚いたような声を漏らした。何かと思って顔を上げると、発掘設備の中に混ざっていたのか、手元には剣型シャベルが握られていた。

「おい、見ろよジェイムス。このシャベル、やたらと新しいぞ」

「……シャベル?」

 その剣型シャベルも、本物そっくりだが中身は魔力で出来ているようだ。

 そこで、ハッとしたジェイムスはフェリルに声をかけた。

「フェリ、さっきの貝殻見せてくんない?」

「え、どうして?」

「良いから早く」

 渋々フェリルはポケットから貝殻を出す。その形を見て、ジェイムスは確信したように頷いた。ただし、真相を突き止めた割に、その表情はかなり固いものだ。

「……なるほど、そういうことか。ブラッド、それどこにあった?」

「あん? こっちだよ」

 ブラッドが指差す先には洞窟がある。

「すまん、フェリル。これは、お宝のヒントじゃなかった」

「……は?」

「少し、寄り道しても良いか?」

「良いけど……お宝は手に入るんでしょうね?」

「それはー……分からん。もし嫌なら、お前ら二人で大会を続行してくれ」

 ジェイムスの表情は、珍しく真剣だった。まるで急がないと取り返しのつかないことになる、とそんな顔だ。

 リーダーにそんな表情をされれば、ブラッドもフェリルもこのままゲームの続行なんて出来ない。

「バカ言え、付き合うに決まってんだろ」

「埋め合わせはしっかりとしてよね」

「……悪いな。じゃ、こっちだ」

 ジェイムスがブラッドのいる洞窟の入り口の方に歩くと、フェリルもその後に続いた。

 そんな時だった。その三人の背後に、何人かの気配を感じた。二人や三人などではない。少なく見積もって二十人はいるだろう。

「よぅ、この前は世話になったなぁ、コソ泥ども」

 この声は聞き覚えがある。この前襲ったカジノのオーナー、ジャック=ブラックのものだ。それと、その部下が洞窟を取り囲んでいる。

「よう、ジャック。久しぶりじゃん」

「そうだな、一週間ぶりだ」

「で、何か用か? 俺達、こう見えて忙しくてね。ゲームに付き合ってる暇は無いのよ」

「用があるのはテメェじゃねぇ。俺のコバルト・パールを返してもらおうか」

 そう言いながら、ジャックは自身の周囲に黄金のコインを浮かせる。カジノのオーナーらしい魔法だ。あれを撃ち込まれたら、現状は逃げ場がない。

 ここでやり合うのも悪くないが、今はとにかく時間が惜しい。ジェイムスの予想では、タイムリミットはこの宝探しゲームが終わるまでだ。

 そんな時だ。ブラッドが腰の刀を抜いて前に立った。

「行け」

「流石」

 長い付き合いだ。急いでいるかどうかくらい、顔色を見れば一発でわかる。

 それを察したブラッドが、ジェイムスに先に行くよう促したのだ。

 それに従い、ジェイムスとフェリルは洞窟の奥に走っていった。

 勿論、それを逃すはずがない。一気にコインを高速で撃ち込むジャックだが、それらを全てブラッドが刀で斬り落とした。

「……『家斬りのブラッド』か。お前の首だけでも相当の値段が掛かってたな」

「お前の手に余るほどの大金だぜ、俺は」

「ほざきやがれ。この人数を前に、どれだけその余裕を保てるかな」

「数に頼るような奴が何人集まっても、同じ事だ」

 それ以上の言葉は不要だった。一対二十の戦争が、その場で幕を開けた。


 ×××


 洞窟の中は薄暗く、視界も悪い。だが、フェリルならそれでも奥まで見通せるし、ジェイムスは手元にライターをかざしている。

 走ってとにかく奥に向かいながら辺りを見回していると、フェリルが尋ねてきた。

「ねぇ、ジェイムス。何がわかったの?」

「何、簡単な話だ。追う頭文字を間違ってたってだけ」

「え?」

「その貝殻の形、それは酢貝っていう種類の貝殻だ」

「スガイ……?」

「そう。……で、そっちの頭文字を取ると『た』『す』」

「じゃあ……三つ目は?」

「『剣型シャベル』」

 それを聞いて、フェリルも察した。『た、す、け』……つまり『助け』と読んだわけだ。

 しかし、おそらくそれだけでも不十分だろう。

「多分『て』に関するヒントがこの中にある。探すぞ」

「はいはい。……にしても、どうして助けてあげる気になったの?」

「あ?」

「顔も知らない相手じゃない」

「決まってんだろ。このメッセージの相手は、おそらく宝探しゲームが今日、ここで開かれるのが分かってて魔法を使って残している。魔法で魔法をカモフラージュしてるからな。つまり、ファメイル家から逃げ出そうとしてるって事でしょ。多分、ファメイル家にとって武器であり弱点である誰かだろうな。なら、宝を取るより、こっちを助けた方が奴らの鼻を折った事になる」

 その答えを聞いて、フェリルは思わず微笑んでしまった。とにかくボケてて、女好きで、自由奔放で、プライドが高くて……共に行動するには一番、面倒な奴のはずなのに、お人好しなのだ。

 自分を助けてくれた時と同じだ。なんだかんだ言って、誰かのために動く事が多い。

「素直じゃないんだな、お前は」

「お前が言うな!」

 そんな話をしている時だ。洞窟の果てに辿り着いた。

 そこにあったのは「KEEP OUT」の文字が書かれているテープと、その先の崖だ。下を見ると、まるで地獄まで続いているような気がするほど深い穴が空いていて、万が一、人が落ちた時のための救出用なのか、ロープが下がっていた。

「なんだ、簡単だな。『て』ってことは、このテープが……!」

「いや、そっちから魔力は感じない。ロープだろうな」

「え……『たすけろ』って事? なんで上から?」

「さぁ……最後の罠のつもりか、それともそれだけ助けて欲しいという気持ちが入ってるのか……何れにしても、行きゃあ分かる」

 それだけ言うと、ジェイムスは真下のロープを掴んだ。直後、ロープが急激に動き出し、二人の足元をグルリと囲んだ。

「!」

「罠⁉︎」

 囲んだ直後、魔力で出来たロープの見た目を保っている部位が消え、光の膜に包まれる。

 気がついた時には、二人の身体はその場から消失していた。


 ×××


 気がつくと、見覚えのない場所に転移していた。山の中だろうか? しかし、やたらと景色の良い場所だ。お花畑の近くに川が流れていて、小鳥が囀り、香水もないのに風が吹けば花の香りが漂うような……そんな場所だ。

 その花畑の中央には、小さな小屋がある。赤い屋根で、壁は複数箇所に穴が空いている、かなりボロボロの小屋だ。

「……あれは」

「行ってみるしかないんじゃない?」

「罠もあるかもだから、気を付けて」

「罠ぁ? どうして」

「さっきまでのヒント、アレ全部それなりに難しいもんばっかだったろ。その上、魔力での感知が出来ないと……いや、出来ても気の所為だと思う程に精巧なもんばかりだった。銀の貝殻以外は」

 用心深いって事だ。下手な真似は出来ない。

 しかし、せっかくここまで来たのだ。行かないわけにはいかない。

 二人で頷き合うと小屋の扉に、慎重に手を掛けた。

「……入って来て、良いよ……?」

 そんな二人の慎重さを看破したような声が聞こえた。思わずギョッとしてしまったが、とりあえず言われるがまま入るしかない。

 扉を開けると、小屋の中は半分が鉄格子で出来ていた。その中にいるとは、ボロボロの茶色いローブを羽織った誰かだった。両手は鎖で繋がれていて、その人が座っている周囲の床は黒く焦げている。

 何より目についたのは、檻の中に大量の宝石が山積みされている、という事だ。

「ぎょええええええええッッッ‼︎⁉︎」

 とても女性から出たとは思えない雄叫びが響き渡った。ドン引きしたジェイムスを無視して、フェリルは気が狂ったように檻へ近付く……が、手を伸ばしても宝石には届かなかった。

「……なるほど、そういうことか」

 ジェイムスは興奮している獣を無視して、ゆっくりとローブを羽織った誰かに近付いた。

「君か? 助けを求めていたのは」

「……う、うん……」

「とりあえず、顔を見せてくんない?」

「………わ、分かった……」

 そう言って、繋がれたままの両手でフードを脱いだその子の姿を見て……ジェイムスどころか、宝石に狂っていたフェリルも思わず唖然としてしまった。

「やっぱ、そういうこと……」

「え……あなた……ライラ王女⁉︎」

 ライラ=アレキサンダー、二年前から失踪した国王の次女である。エルフで、王家の中でも魔法の才能がズバ抜けているという噂のお姫様だ。

 その姫が、何故こんな所にいるのだろうか。

「ど、どういう事ですか⁉︎ 何故、あなたが……!」

「ファメイルが誘拐したんだろ」

「え……?」

 どういう事? とフェリルが隣のエルフを見上げるが、まだジェイムスにも分からないことは多くある。どちらかと言うと、説明して欲しい側だ。

 そんな視線を感じてが、ライラは説明を始めた。

「あ……あのね、私……実は、二年前にね……誘拐、されて……」

「そこまではわかる。その先だよ、知りたいのは」

「う、うん……その時に、呪いをかけられて……」

「呪い?」

 フェリルが片眉をあげる。

「う、うん……『目からウロコ』っていう、呪いでね……。禁術の一つで……涙が、宝石になっちゃうの……」

「宝石……魔宝か」

「え、それがまさか……」

「そう……目からウロコ、の正体……」

 宝石マニアのフェリルにとっては、まさかの真相だった。伝説の魔宝とまで言われる宝石の正体は、呪いによる副産物のようだ。

 禁術の呪いから出る魔法なら、確かに伝説ではあるのかもしれない。

「え、でもそれって呪いなの……? すぐにお金持ちになれるってことだろ?」

「呪いだろ。現に、お姫様はここで囚われの身になってんだから」

 他人にかけて監禁すれば即効、お金持ちの完成だ。しかし、涙というだけあって、捻り出すには痛みつけられたりしたのだろう。ライラの体の傷や、床の焦げ跡がそれらを物語っている。

「す、すみません……」

「……う、ううん……」

 思わず謝るフェリルに、ライラは首を横に振った。

 今の説明を聴いた限りでは、ジェイムスの中では新たな疑問が芽生えたが……まぁ、今は脱出が先だ。

 ジェイムスが視線を送ると、フェリルは頷いて懐から銃を取り出した。檻の鍵を撃ち抜いて壊した。

 続いて手鎖も破壊し、ライラを自由にしてやる。

「あ、ありがとう……」

「けど、あんたねぇ。助けてもらうつもりがあるなら、もっと簡単なヒントにしなさいよ」

「え……だって、バカに助けてもらっても……すぐ、捕まっちゃうし……そしたら、私……もっと、魔宝を出さなきゃだから……」

 意外と辛辣なお姫様だった。言っていることは正しいのだが。

 まぁ、それならさっさと脱出……と言いたい所だが、そうもいかないようだ。小屋の外から、敵の気配を察知した。それも、今回は二十人では効かない数だ。

「……二人とも」

「何?」

「少し良い?」


 ×××


 一方、ストギン山では。二十人いた部下のうち、一五人が倒れていた。それも目の前のヒューマンに傷ひとつ与えられずに、だ。

 こちらの武器は銃に弓矢に魔法……それが、剣一本しかない男にあっさりと壊滅させられようとしている。

「クソ……こんな事が……!」

「あるんだなぁ、これが」

 呑気な返しをしつつ、近くにいた部下の後頭部に肘を叩き込む。

 ブラッドは、決して正面からやり合うことはしなかった。地形を生かして、常に敵を見張り、浮いた駒から減らして行く。必ず囲まれないように立ち回っていた。

「こうなりゃ仕方ねえ……アレを出せ!」

「え、なんかクレーム入れるとか言ってませんでした?」

「やるしかねんだよ! 文句言うな!」

 怒鳴り散らしたジャックが出したのは、ティアーズ・レイ。この前、カジノに入り込んだ賊を取り逃した魔装だ。確かに以前は使えなかった。

 が、今回のケースはまた別だ。向こうがゲリラ戦を仕掛けてくるのなら、こちらも同じように仕掛ければ良い。

 現在、ブラッドは一人の部下を追っている。その部下は引き気味に銃口を向けて下がっているが、それらは全て剣によって阻まれる。

 狙うのは、その部下に攻撃を起こす瞬間。背後から、一撃でブチ抜く。

「……」

 呼吸を鎮めながら、杖をブラッドに向けて後をつける。

 その時だ。ブラッドが、近くの木を切り倒した。それにより、木が倒れ、追っていた男に向かって倒れ込む。

「っ、く、クッソォオオオオ‼︎」

 その木を破壊するつもりなのか、銃を乱射するが、銃弾では木を退かせない。見事に下敷きになった直後だった。ジャックが、魔装を発動したのは。

 背後から向かってくる一筋の光。それが、ブラッドの背中を貫く……。

「そう来ると思ってたわ」

 と思ったが、振り向き様にブラッドが懐から出したのは、鏡刃ナイフだった。鏡の性質を持つそのナイフは、当然、光が当たればそれを反射する。

 そのナイフが見えたジャックは、光に当たる前から自身の死期を悟った。光の速さで敵の胸を射抜くはずだった光は、同じ速さで自身の胸に向かって来た。

「グフっ」

 ど地味な断末魔が漏れるとともに、光は自分の胸を貫き、口から血が漏れる。

 しかし、ティアーズ・レイの攻撃は最初の細いレーザーだけではない。その後に、とどめ用の太いビームも出るのだ。

 太いビームを跳ね返すには、鏡刃ナイフでは面積が足りない。二発目はギリギリで回避し、距離を取った。

「ジャックさん!」

 大慌てで部下達が倒れた元締めの元に駆け寄る。その隙に、ブラッドはその場を離脱した。

 さて、これからどうするか。ジェイムスの後を追うのが先だろうか。……いや、集合場所はアジトと言っていたのだ。リーダーがそう言ったのなら、それに従うべきだろう。

 おそらく、これからファメイルの部下がここ来る。その前に、この山を離れた方が良い。

「悪いな、フェリル。目からウロコは諦めてくれ」

 それだけ呟くと、宝探しゲーム会場を後にした。


 ×××


「全員、揃いました」

 部下に声を掛けられたのは、ビリー=クラウン。ファメイルの私兵隊の隊長であり、ヒューマンの男である。

 大量のファメイルの私兵に囲まれたエルフの男とローブを羽織った二人の女は、膝を地面につき、両手を頭の後ろに組んでいた。

「フッ、こういうつもりだったか。え? お姫様」

「ッ……!」

 茶色いローブの女の前に立ち、今にも踏みつけそうな勢いで見下ろしていた。

 が、ビリーの興味は女の方ではなく、どちらかというと男にあった。

「それに、お前は……ジェイムス=アトテレスだな?」

「へぇ、俺の事知ってるんだ?」

「知らないはずないだろう、コソドロめ。……しかし、思わぬ棚ぼただな。こんな所で、賞金首を捕らえられるとは」

「そいつは良かったな」

 口の減らないガキである。舌打ちをしつつ、ビリーは目の前の男の腹に蹴りを入れた。

「ガハッ……! み、鳩尾まで僅か右に3ミリ……」

「この辺?」

「ゴフッ! ……そ、そうそう……その辺……」

 どんなに蹴られても、余裕は崩さない。おそらく、この男を痛めつけても無駄だろう。むしろ、こちらのストレスが溜まるだけだ。

 部下に指示を出すことにした。

「A班、お前らはこいつの相棒の『家斬り』を探せ。B班はこのコソ泥達を捕らえて王都まで連行しろ。C班は俺と共にここに残り、お姫様を鎖に繋いだ後、ファメイル様に報告」

「「「了解!」」」

 各々が返事をして、一斉に動き出した。

 で、連行されるハメになった二人は、まずは両手に手錠をかけられると、両腕をグイっと持ち上げられ、背中をドンっと押される。

「おいおい、俺はともかく、この子はデリケートな女の子だぜ? もっと丁寧に扱ってくんねえか?」

「黙れ。さっさと乗れ」

 そう言われて目の前に用意されたのは車だった。二台分並べられ、一台ずつに分けられる。

 後部座席の真ん中に座らされたジェイムスは、両手を後ろに回されて繋がれていた。

 車が動き出し、しばらく中で揺られる。

「なぁ、喉渇いた」

「黙れ」

「良いじゃーん。俺、もう2〜3時間は水分取ってないんだよ?」

「知るか」

「のーどーかーわーいーたー!」

「うるせぇっつってんだ! 黙ってろボケ!」

「俺を黙らせたきゃ、飲み物を持ってくるんだな! 口は塞げるし喉も潤う、一石二鳥じゃないか! あー言っとくけど、俺はかなり喋るぞ。寿限無を一回も息吸わずに詠唱できるぞコラァッ‼︎」

「あーもう分かった! ……おい、そこに水入ってるから飲ませてやれ」

 運転手が指差す先にあるドリンク置き場に手を伸ばし、ジェイムスの隣の男はその飲み物を手に取る。

 瓶の蓋を開けると、ジェイムスの口元に運んだ。それを飲もうと、ジェイムスが口を近づけた時だ。ゴヌッと嫌な音が耳に響くと共に、ジェイムスが前のめりに蹲った。おかげで、水を溢してしまう。

「お、おい……どうした?」

「……ま、前歯ぶつけた……」

「お前、何やってんだよ……」

 左側の奴がジェイムスの顔色を見るために前のめりになり、もう片方は落ちた瓶を拾おうと同じように屈んだ時だ。その二人の後頭部がガッと掴まれる。

「「えっ」」

 いつの間にか、手錠を外した両腕を自分の前にかち合わせると共に、ジェイムスは身体を後ろに逸らした。

 それにより、二人の顔面は身体の前でかち合わされた。

「なっ……⁉︎」

「き、貴様……!」

「おやすみ」

 さらに、運転手と助手席に座る二人を後ろから殴打を浴びせて気絶させると、車から男達を捨てて運転席に座った。

「さぁ〜て、今助けに行くからな」

 アクセルを踏みつけると共にギアレバーを操作し、前を走るもう一台の真横に張り付いた。

「貴様……!」

 直後、車の運転席から立ち上がり、隣の車に乗り込んだ。真ん中に座る黒いローブの女性に被害が及ばないように、まずは後ろの席の連中を退かさなければならない。

「お嬢さん、頭を抱えて屈んでな」

「……っ!」

 言われるがまま蹲ると、その背中にジェイムスが両手を置き、両足を真横に開いて蹴りをお見舞いした。

 あまりの威力に車の扉が開き、二人とも揃って転がり落ちた。その隙に、黒いローブの少女に手を差し出し、グイっと持ち上げて隣の無人車に乗り込んだ。

「あ……き、貴様……!」

「待て!」

 運転席の男が銃を向けたときだ。ローブのフードが風で吹かれて外れた直後、その素顔が露わになった。現れたのは、監禁部屋に使っていた小屋に置いて来たはずのお姫様、ライラだった。

「なっ……何故、貴様が……‼︎」

「撃つな! 我々の資金源だぞ!」

 そうこうしている間に、ジェイムスはライラを椅子に座らせて車を一気に走らせる。

「ははっ、やっぱ楽勝だったな。俺を連行するのにたった八人は少な過ぎるっつーの」

「あ……でも、そうも……いかない、かも……」

「何弱気になってんの? 大丈夫だよ、ちゃんと家族の元に返してやるから。……って、そんな事したら俺の方が危ないわな。あはははっ」

「そ、そうじゃなくて……」

 その直後だった。車の真下からボフンッと空気漏れのような音を立てると共に、制御不能になる。

「うわっ、なんだ⁉︎」

 慌ててハンドルを切りつつブレーキを踏みつけ、車を横に寄せる。

 パンクだ。後輪なら後ろからの狙撃と分かるが、何故、前輪がパンクしたのだろうか? いや、今はそんな事どうでも良い。

 さっさと車を止めて、降車した。

「降りて!」

「う、うん……!」

 ライラの手を引いて、とりあえず身を隠せそうな場所を探す。……が、後ろから追手が来てしまった。

「お姫様、転移魔法は?」

「も、もう出来ない……ヒント置いておくのと……ま、魔宝を作るのに、だいぶ魔力使っちゃった……」

「じゃ、ここで待ってて」

 車から銃撃はとんで来ない。流れ弾がライラに当たれば終わりだからだ。

 そこが、付け入る隙となった。懐から銃を抜いたジェイムスは、一発放って車のタイヤに穴を空ける。制御不能になった所で、後部のエンジン部が見えたのでもう一発撃ち込んだ。

 それにより、車は爆発炎上。

「ふぅ……終わりか?」

「いや……多分……」

 終わりではないようだ。今来た方向とは真逆の方から、車が2〜3台走って来た。

 どうやら、敵さんはジェイムスをたった八人で連行できるとは思っていなかったようだ。ちゃんと援護部隊を呼んでいる。

「もういい加減にして……」

「っ……」

「逃げるぞ!」

「……は、はい……」

 ライラの手を引いて、近くの森の中に入ってとにかく逃げ回った。


 ×××


 一方、その頃。小屋の中では茶色いローブの女を、ビリーが再び鎖に繋げようとしていた。

 が、その少女はお姫様ではない。足の甲を思いっきり踏みつけてやると、顔面に思いっきり拳を振るって尻餅を着かせると懐から銃を取り出した。

「てめっ……何者だ⁉︎」

「おやすみ」

 油断していたとはいえ、あの華奢なお姫様からもらった攻撃とは思えない。とりあえず次の攻撃は避けようと顔を向けると、茶色いボロボロのローブについているフードが払われ、露わになった顔は、やたらとクールな少女の顔だった。銀色の髪と狼の耳がひょこっと現れる。

 が、最後まで見ることはできなかった。その少女の手元に握られている銃から注射器が発射され、自身の腹部に刺さったからだ。

「っ……く、そ……!」

 撃ったのは麻酔銃だ。フェリルお手製のものだ。ビーストでありながら、身体能力があまりにも悪いフェリルは、知恵と五感を駆使して戦うことを決めた。

 その結果、今は自身が作った様々な銃……いや、銃だけでなく、弓矢、パチンコ、ボウガンなど飛び道具ならなんでも使える。

 とりあえず自身の麻酔銃に新たな麻酔薬を装填していると、ふと焦げた床が目に入った。

「……っ」

 ライラはまだお酒が飲める年齢ではない。年齢は16歳。誘拐された当時は14歳である。

 国王の娘とはいえ、そんな年端もいかない少女を、床が黒一色になるまで痛めつけたのだと思うと、ハラワタが煮え繰り返る思いだ。それも、たかが宝石のために、だ。

 自分も虐待を受けていた過去があるからか、気持ちは痛いほどわかるのだ。

 少なくとも、どんなに光り輝いていようが、この床に散らばる大量の魔宝を持ち帰る気にはならなかった。

「……」

 さて、まだ外には敵が大勢いる。ブラッドを敵が警戒してくれているお陰で、お姫様への手錠という一番大事な仕事に一番、人を割かなかった結果である。今なら、敵に囲まれていながら奇襲を仕掛けられる。

 羽織っているロープの下から取り出したのは、銃口がやたらと大きな銃だ。

 それを、穴だらけの壁の一部からはみ出させた。川が流れている方向だ。

「さて……まずは、あいつからだな」

 狙いは、近くにいる敵兵士の奥にいる奴。別々の方向を向いているそいつらは、まさに格好の的だ。

 その二人の間に流れている川の淵に狙いを定める。ショットガンに装填されている弾はゴムボール。手に持っているだけでは柔らかいボールだが、それが銃弾と同じ速さで繰り出されれば話は変わってくる。

 淵に当てると、それが反射して跳ね返り、手前の兵士に直撃した。

「痛っ!」

 声を漏らすと、その声に反応したそいつの近くにいた兵士が振り返る。

「どうした?」

「テメェか……何すんだいきなり」

「はぁ? 何の話だよ」

 惚けている、と判断した兵士は、その男に剣を向けた。

「お、おい! 何のつもりだよ⁉︎」

「黙れ!」

「っのやろ……! やる気なら俺だって……!」

「おい、何騒いでんだ⁉︎」

 まさか、こんな簡単に仲間割れさせられると思わなかった。これが表向きは貴族の私兵なのだから笑わせてくれる。

 さて、こうなるとこれ以上はここにいられない。おそらく喧嘩常習犯のこいつらは、何かあったら先生を呼びに行く小学生と同じレベルで自己判断が出来ないのだろう。

 ならば、リーダーの元に来るのは当然だ。そのため、小屋の中で息を潜めながらゴムボール弾をしまい、再び麻酔銃を手に取った。

「ビリーさん! すみませ……あれ?」

 直後、中に一人が入ってくる。ぱっと見ではビリーの姿が視界に入らなかったのか、辺りを回してしまったのが運の尽きだった。麻酔銃が放たれ、腕に刺さり、そのまま眠りについてしまう。

 さて、いい加減、のんびりはしていられない。今度こそ出て行くことにした。

 茶色のローブを脱ぎ捨てると、喧嘩の仲裁に入って包囲網に空いた穴を抜けて、とりあえず鼻をきかせて街がありそうな方向に走り始めた。まだ、ここが何処なのかも把握出来ていない。急いだ方が良い。

 そう決めつつ、とりあえず人が居そうな方に走った。


 ×××


「はぁ、ふぅ……! しんどい! 何これ⁉︎」

「ひぃ……へぇ……!」

 ジェイムスとライラは、かなり酷い目に遭っていた。というのも、どういうわけかやたらとツいていない。

 どんなに敵の裏をかいて逃げても、恐るべき精度で敵が先回りしている。……いや、先回りしているわけではない。何せ、遭遇すれば敵も驚くのだから。

 要するに、こちらを見失った敵が、勘で「こっちかな?」と思った所で遭遇してしまっているのだ。

 その度に、ジェイムスは撃退と逃走を兼ねながら逃げ惑っていた。ライラに戦う力は無いため、完全にジェイムスは一人で闘っていた。

 不幸が続いたのはそれだけではない。

 撒いたと思っても、通り掛かった野良犬が何故か自分達に向かって吠え出して居場所がバレたり、逃走用のロープ付きナイフを使って逃げようとしたらナイフを刺した木の方が何故か折れて落下したり、何故か坂道から丸太が大量に転がって来て、後ろを追ってくる敵と一緒に逃げる羽目になったりと、どういうわけか不幸が続いてしまう。

 しかし、追う側の人数も減って来てはいる。このままなら、逃げ切るより全滅させた方が早そうだ。

「……いや」

 それでもライラが人質に取られたら終わりなのだ。やはり逃げに徹しつつ、浮いたコマから落とした方が良い。

 一先ず、敵の気配が感じなくなった所で足を止めた。このまま走り続けても良いが、同行している女の子の方が持ちそうにない。

「ふぅ……大丈夫か?」

「……は、はひぃ………」

 ライラは涙目になって息を乱していた。今の今まで、二年間も拘束されていたのに、今まで走って来れた事自体が奇跡だ。

 現在、森を抜けてゴーストタウンの廃屋に身を隠している。さて、これからどうするか。このゴーストタウン、恐らく街外れにある暗黒街の近くだろう。東に進めば、暗黒街を囲う壁がある。そっちに行くのはダメだ。

 とりあえず、窓から外を眺める。敵の姿は今の所、見えない。まぁ、こうして誰もいない建物の中での戦闘ならゲリラ戦に持って行きやすい。

 すると、ライラが声をかけて来た。

「……あの、フェリルさんは……大丈夫、なの?」

「大丈夫でしょ。あいつ、ちょろいけど腕は良いから」

「そ、そう……」

 答えたものの、何処かライラは元気がない。気を沈めてしまう。

「とりあえず……国王様に君を届ければ、それで終わりかな?」

「あ……そ、それはダメ……!」

「は?」

 意味が分からない。何がダメなのだろうか? お姫様が疾走している、というだけで国は大騒ぎしていたし、実際、ライラ自身も逃げ出そうとしていたのに、何故、ダメなのか。

「なんで?」

「……ごめん、なさい……」

「?」

 今度は急に謝罪の言葉が聞こえた。何の話かと思ったが、すぐに察したジェイムスは手を横に振った。ライラの中では、強い言い方をしてしまったのだろう。

「いやいや、気にしなくて良いから。俺、女の子に罵られるの大好きだから」

「あ、いやそっちじゃなくて……ううん、そっちもだけど……え、だ、大好きなの……?」

「忘れて。何の謝罪だったの?」

 食いつかれる前に話を逸らしたジェイムスが眉間にシワを寄せると、ライラは途切れ途切れに答えた。

「実は……私の、所為なの……その、敵に多く遭遇したり……してるから……」

「いやいや、ライラちゃんの所為じゃ……」

「私の、所為なの……」

 何か事情があるのだろうか? この見るからに気の弱そうな少女がそこまで断言するのは珍しい事だろう。黙って耳を傾けると、ポツリポツリと呟いた。

「……その、私……実は、すごい不幸体質で……その所為で、お父様達にも……迷惑かけちゃってて……それで……」

「不幸体質?」

「……う、うん……」

 ライラの不幸は、周囲の人間にも影響する。それ故に国政は全て裏目に出てしまい、こうして逃げている最中でも不幸が巻き起こっていた。

 実際の所、ライラがいなくなった二年前から、景気はガラッと変わって良くなった。それならば、自分はこのままいなくなった方が良い。

「それが、国王の元に帰りたくない理由?」

「……う、うん………」

「……ふーん」

 興味なさそうな相槌をされ、ライラは思わず黙り込む。

 こうする他ないのだ。いるだけで国政を傾けてしまうのなら、いない方が良い。だからと言って、諸悪の根源に美味しい思いをさせるわけにもいかない。自分からこぼれた涙が人殺しの兵器になるのはゴメンだ。

 なら、一人で生きていくしかない。誰にも迷惑が掛からない範囲で、可能な限り一人で。

 とはいえ、これからの生活を想像すると……やはり、泣きたくなるかも……なんて考えた時だ。

 自身の額に、ピシッと軽い痛みが響いた。

「いてっ」

「お前、バカでしょ。そんなんだからファメイルなんかにつけ込まれるんだよ」

「……えっ?」

 思った以上に辛辣な言葉が返ってきて、思わず呆気に取られてしまった。今の今まで、親切に自分を守って来てくれた人とは思えないような言葉だ。

 しかし、ジェイムスはそれ以上、解説するつもりはないようだ。

「もう歩ける?」

「え? う、うん……」

「じゃ、動くぞ。今日中に街まで降りて、敵が手を出しづらくする必要がある」

「わ、分かった……」

 街まで降りてしまえば、王女の所在を市民が知ることが出来る。そうなれば、いくらファメイル家でも表立って動くことは出来ないだろう。捕まえた所を市民に見られれば、それが国王まで伝わっていくかもしれない。

 つまり、向こうはあくまでもコソコソと人目に知れず動くしかない。それは、今まで裏稼業をこなしてきたジェイムス達の独壇場だ。

 その時だった。ぐぅ〜……っと、情けない音が鳴り響く。しまった、とライラは自分のお腹を抑えた。振り返ったジェイムスと目があって、思わず頬を赤く染める。

 恥ずかしい、と言うのもあったが、それ以上に怒らせてしまったような気がしていて、少し気まずかった。

 ジェイムスは真顔のまま自分のポケットから紙の袋を取り出した。

「ほれ。祭りの屋台で買っておいたパン。食べて良いよ」

「え……?」

「宝探しゲームで腹減った時用に取っといた奴」

「い、良いの……?」

「隠れてる最中にお腹鳴って見つかるーみたいなオチは最悪だからな」

「……むー」

 読めない男だ。怒ったと思ったら怒っていなくて、紳士的かと思ったら割と失礼な奴。まぁ、今の自分に怒る権利はないが。

 パンを一口食べながら、ジェイムスの後に続く。

「その最悪のオチが待ってるぜ」

「「えっ」」

 ジェイムスが扉を開けた直後だ。追手が武器を構えて待っていた。

 大慌てで扉を閉めた直後、扉の向こうから魔法が突き抜けて来て、慌ててライラの手を引いて抱き抱え、窓から飛び降りた。

「あー! パンー!」

「お前そんな大きい声出たんだ……」

 パンを落としてしまい、涙目になったライラを抱えたまま、再び逃げ出した。


 ×××


「ただいま〜」

 アジトに戻ったフェリルが簡単に挨拶すると、中でダラけているブラッドが顔を上げる。が、フェリルだとわかるとすぐにソファーの腕掛けに頭を置いた。

「……なんだ、お前だけか」

「私じゃ悪いのかよ!」

「あいつは?」

「話すと長いけど」

「……聞かせろ」

 あの意外と面倒見の良い男が、運動が苦手なフェリルと別行動するとは思えない。何かある。

 さっきまで起こった事を全部、フェリルが説明すると、ブラッドはしばらく黙ったまま天井を眺める。

「ブラッド?」

「……失踪したお姫様、ねぇ……。あいつ、とことん持ってんな……」

「それは私も思った」

 本当に大物を相手にする機会が多い奴だ。それが敵であれ助ける対象であれ、面白い程の引きである。

 おそらく、今回もあの男は手を貸すだろう。その上で、魔宝には手を出さないと予測出来る。女を泣かして手に入れる宝石に価値はない、と考えるからだ。

 つまり、ここから先は完全にタダ働きとなるのは目に見えていた。

 しかし、宝なんかより、ジェイムスにとってもブラッドにとっても大事なものがある。それを守るためなら、力を貸してやるのも悪くない。

 やがてすぐに立ち上がり、剣を腰に下げた。

「うしっ、行くか」

「行くの?」

「ああ。そのお姫様を連れて貴族の私兵を相手に逃げるくらいなら、あいつなら今頃帰っててもおかしくない。それでもいないって事は、何か不確定要素があったんだろ」

 確かに、とフェリルも心の中で納得する。嫌な予感がしないでもない。まぁ、自分の嫌な予感はあてにならないわけだが。

 だが、このまま「行く」と言えばなんかジェイムスを心配しているみたいで気恥ずかしい気持ちになった。

「……私は行かないからな。いつもの倍運動して疲れてるんだから」

「好きにしろ。俺一人で十分だ。怪我が怖けりゃ大人しくしてるんだな」

「何をう⁉︎ あんたより百倍活躍してやっから!」

「じゃ、とりあえずどの辺に小屋があったのか案内よろしく」

 本当に素直な女の子である。


 ×××


「だーくそ、しつこい!」

 アレから数時間経過し、完全に日が落ちた。

 ゴーストタウンを一周した挙句、中々の不幸っぷりにより偶然に偶然が重なって追い込まれ、結局、暗黒街に入ってしまった。

 暗黒街に入ったら入ったで、ピンチは多いが追手を撒く手段も増える。

 例えば、服装だ。さっきまで黒いローブの下はボロボロの洋服だったが、今は逃げるどさくさに紛れて盗んだ洋服を着ている。上半身はサラシの上にパーカー、下半身はサルワールを履き、頭にターバンを巻いて、口元はマスクで隠している。

 露出度が高めになってしまったが、盗めたのがそれしかなかった。

「うう……盗んだ服でこんなえっちな格好……お嫁にいけない……」

「似合ってるよ?」

「っ……う、嬉しくない!」

 また元気な声が出たが、その表情は少し嬉しそうだ。

 とりあえず着替えた事により追手の姿は見えないが、ジェイムスの姿を見られればそれまでだ。

 そのため、今は暗黒街の路地裏を通っている。が、それもいつまでも穏やかに、とは言えない。

 元々、ジェイムスは多くの恨みを買っているのだ。その上、暗黒街は情報の流れが早い。

 要するに、ブラッドがいない上に誰だか知らんけど足手まといがいる今のジェイムスなら倒せるかも……なんていうチンピラが集まって来る。

「よう、ジェイムスちゃんよ!」

「ここで会ったが……」

「誰だお前ら!」

 速攻で廻し蹴りと肘打ちでノックアウトし、ライラの手を引いてさっさと先に進んだ。

 今の戦闘でふと気付いた。もし、路地裏で挟み撃ちでもされようものなら、それこそ終わりだ。

「……見つかる恐れはあるけど、仕方ないか」

「へ?」

「目、閉じてな」

 そう言うと、ジェイムスは片手でライラを肩に担ぐと、袖の下に隠してあるロープ付きナイフを真上に飛ばした。目指すは建物の奥状。その手すりに巻き付かせると、片手でライラ、片手でロープを握り、壁を蹴り上げて屋上まで跳ね上がった。

「わわっ……!」

「ふぅ……よし」

 屋上に着地し、ライラを下ろしてやる。目を開いたライラの目に映ったのは、建物の屋上から見える暗黒街の街並みだった。街灯や建物の看板の明かりに照らされ、とても幻想的な風景が見渡せた。

 そして、その真上には、星空が果てまで続いている。

「……」

「ライラ、屋上を跳……ライラ?」

 ぼんやりと何処かを眺めているライラの様子がおかしいことに気づいて声を掛けると、パチッ……と、何かが落ちる音がした。

 顔を向けると、ライラの目尻からキラキラと輝く魔宝が落ちた後だった。

「え……どうした?」

「あ……え、えと……あれ?」

 自分でも理解していないのか、慌てて顔を背ける。こうして涙が宝石となって落ちるサマはかなり奇異的な光景であり、思っていた以上に見ていられないものだった。

 泣いているにも関わらず、涙を拭くという仕草をしなくなってしまったライラは、何とか笑みを取り繕いながら答えた。

「ご、ごめん……こんな時に……。で、でも……その、こんな光景を見たのは、二年ぶりで……今まで、ずっとあの小屋の中だった、から……」

「……」

 あの小屋の外から出た事はないようだ。あの小屋の外の風景はかなり綺麗なもので、小屋の壁にも穴が空いていたが、手錠で繋がれていたからじっくり眺めるなど出来なかったのだろう。

 ようやく落ち着いて見られる風景が暗黒街のものであるのは申し訳ないが、それでもライラの心を潤わせるには十分だった。

「昔、ね……おうちから見える景色も、こんな感じ……だった、んだよ……」

「おうち? ……ああ、王城か」

「うん……。あの時は、お姉ちゃんや……お母様も一緒で……眠れない夜とか、一緒に天体観測とかしてて……」

「……」

 ライラの思い出話に、黙って耳を傾ける。

 本当なら、のんびりしている場合ではない。屋上はサクサク移動しないと逃げ場がなくなってしまうから。

 だが「いいからさっさと行くぞ」とは言えなかった。ジェイムスだって、二年間監禁させられた事はない。自身が経験した事ない事に対し「気持ちは分かるけど早く」なんて言えない。

 何より、ジェイムスもブラッドも自由主義だ。助けてあげる子に「やりたいこと」があるのなら、それに付き合ってやるべきだろう。

「……お姉ちゃん、今は元気?」

「元気なんじゃねえの? 少なくとも、俺達一市民の目に見える範囲じゃ、国王もその奥さんもお姫様もみんなよくやってるよ」

「……そ、そっか……」

「ただ、あの人達も、市民の前でまで気を沈めるわけにはいかねえからな。未だにお前の捜索を続けてるし、みんな心配してるんじゃねえの」

「……」

 ライラはまた俯いてしまう。一体、何故こんなことになってしまったのだろうか。いや、それは考えるまでもない。不幸体質の所為だ。何度も「何でこうなるの?」と思って来たが、もはや受け入れるしかない。

 なんであれ、そんな体質になってしまったのであれば、それに合わせた生き方をするしかない。

 むんっ、と気合いを入れるように、ライラはすぐに両頬を叩いた。

「よしっ……うん、もう大丈夫……!」

「……ほんとに?」

「平気……! 助かった後なら、いくらでもこんな風景見られるから……!」

「そうか。じゃ、行こうか」

 ライラと手を繋いだ時だった。自分たちがいる建物とは別の建物の屋上に、次々と敵が転移して来る。

 それに対し、ジェイムスはライラを自分の後ろに隠して立ち塞がる。

 敵の数は、おそらく30を超える。この数でこうも囲まれれば、流石のジェイムスも逃げるのは骨だ。

 最後に転移して来たのは、サークル=ファメイル。ライラの力で公爵まで昇り詰めた男だ。

 顔を見ただけで、ライラの鳥肌は大きく立ってしまう。歯はガチガチと震え出し、顔から血色が薄くなっていく。両腕を自分で抱き締め、後退りしてしまった。

「やぁ、久しぶり。お姫様」

「っ……」

 その自然と浮かぶ笑顔が、背筋に冷たい汗を流させた。

 顔を見ただけでこの反応、余程悪どい真似をしたのだろう、とジェイムスは背中でライラの姿を隠した。

「よう、ファメイル公。一応、初めましてかな?」

「ああ、君か。ジェイムス=アトテレス」

「お姫様に何か用か? 今、デートの最中なんだが」

「彼女は私のものだ。君如きがエスコートして良い女性ではない」

 どうやら自分がしていた事を隠すつもりもないようだ。

 なるほど、これは手強い……と、ジェイムスはニヤリとほくそ笑む。

「この子は、お前が付き添って良い子でもねえよ。女の扱いも知らない猿がのぼせんな」

「こっちのセリフだ。彼女の価値も分からないコソ泥が。付け上がらないでもらおう」

「……価値?」

 ジェイムスの片眉がピクッと跳ね上がる。

「そうだよ。その子は国のために自分を犠牲にできる、人の上に立つ資格のある子だ。ならば、その力を私が有効的に使ってあげて何が悪い?」

「……有効的? どの辺が?」

「私が、何故武器を作っているのか分からないのかな?」

 ジェイムスは興味は一切なさそうに耳をほじったが、ライラは興味があるのだろうし、一応聞いてやることにした。

「なんで?」

「この国を、強い国にするためだよ」

「……つよ、い……?」

 ライラが復唱すると、ファメイルは頷いて答えた。

「二年以上前、この国が貧乏状態であった時、幾度となく他国から攻められ掛けた。その度に私や他の貴族が抑えていたが、武器や補給などもタダじゃない。大量に消費すれば、それだけ無くなり、金も減る。それなのに、君のお父さんは最低限の物資と資金を寄越すだけで、決して新たな武装や魔装の支給・開発はさせてくれなかった。大きな武器は、大きな敵を呼び寄せる、と言ってね」

 そう解説するファメイルの目は、普段のポーカーフェイスとは違い、何処か憎しみが漏れ出していた。

「そんな国、いつか滅ぶに決まっている。国を守るには綺麗事も他国との交友も必要ない。武力だ。そのために、私は今、こうして力を貯めている。……分かるか? 今のこの国に、君のようなお荷物を守る力は無いんだ。だから、私が有効に使ってやっている」

 そのお荷物が何を示しているのか、何となく理解した。あの男は、ライラの性格を完全に看破しているのだろう。

 小さくため息をついて、ジェイムスは後ろのライラに目を移す。ビクッと肩を震わせて背中に隠れた。

 まぁ、この子の事情は何でも良い。とりあえず、怯えている女の子を差し出すような奴にはなりたくない。

「まぁ……お前はお前で好きにしろよ。俺はその長ったらしい理屈も開き直りも興味ない。……ただ、俺達にはこのお荷物を守る力がある。そして、この子を守ってやりたいと思った。だから、お前にこの子は渡さない」

「ふんっ、泥棒風情が正義感にでも目覚めたのかな?」

「正義感? そんなもんティッシュにくるんで捨てたっつの。俺は今までもこれからも、自分のやりたいように生きるだけだ」

「そうか。その奔放さが、君を滅ぼすことになる」

 そう言うと、ファメイルは右手を掲げて前方に倒した。それが攻撃のサインだったのだろう。ライラがいる真後ろを除く全方位から、一斉に魔装の杖が向けられる。

「!」

 そこから一気にレーザーが放たれる。ライラの頭を掴んでしゃがみ込んだ直後だ。自身の足場に四角い光が走った。

「えっ」

「ふえ?」

 リアクションをする間もなく、足場は真下に抜けて二人は建物の中に落下する。

 なんとかライラを傷つけないようにお姫様抱っこでキャッチしつつ、着地する。そんなジェイムスに声が掛けられた。

「ったく……必要以上に相手を刺激すんじゃねぇよ」

「ブラッド。なんでここに?」

「話は後だ。逃げるぞ」

「了解」

 ライラが「この人誰?」と聞く前に二人は動き出した。階段などを探すこともなく、近くの窓から飛び降りると、その真下に車が止めてあった。運転席には、フェリルが座っている。

「あ、フェリもいたの?」

「いちゃ悪いわけ⁉︎」

「いや、助かる」

「ふ、ふん!」

 が、そう簡単に逃してくれるはずがない。ビルの真上からティアーズ・レイが飛んでくる。それを、ブラッドが鏡刃ナイフで反射する。光の角度を若干ずらして、太い方のビームが飛んでくる前に魔装自体を貫いた。

「さっすがブラッド、用意が良いぜ」

「バカ言ってんな。さっさと出せ!」

「フェリ、運転変わるから迎撃よろしく」

「嫌だ!」

 後部座席にブラッドとフェリルが乗り、助手席にライラを乗せ、運転席のブラッドが車を転がす。

 屋上から飛んでくる光の雨をブラッドが跳ね返し、魔装を構えて狙いを定めてくる敵は、魔装を起動する前にフェリルが狙撃する。

 当然、狙撃部隊だけではない。地上部隊の車が寄ってきた。

「おい、ジェイムス!」

「分かって……らい!」

 車に車をぶつけ、押し合いになる。ドアミラーが吹っ飛び、車の表面から火花が散る。その先に、ジェイムスは懐から銃を抜いた。

 隣の運転手を撃ち抜いて失速させた時だ。車の勢いが急激に弱まった。

「なんだぁ?」

「う、後ろ……!」

 ライラの指差す先には、後ろから追って来ている車にいるエルフが、魔法で自分の車を止めに来ている。そして、さらにもう一人が手を伸ばして来た。そこから出て来たオーラは、ライラに向かってくる。

「わ……!」

「ライラ……!」

 慌ててライラの手を掴むジェイムス。

 直後、ブラッドがナイフをフェリルに手渡し、後部座席から刀を構えて飛び降りた。

「一瞬任せた」

「了解!」

 直後、刀を一瞬で振り抜き、車を爆発炎上させた。

 敵を倒したと共にライラを引っ張り上げる力と車を止めていた力が収まる。

 ブラッドが再び乗り込むと共に、再度、車を走らせる。その間、僅か3秒である。

「チッ……なんだあいつら、化け物か⁉︎」

「所詮は烏合の衆だ! バラせば問題ない!」

「まずは車を狙え!」

 全員が声を張り上げる中、ジェイムスは小さくため息をついた。車を狙うことくらい、もう完全に見切っている。自身のドライビングテクニックから、銃弾を掠らせることすらさせない。

 全力で回避しつつ、それでも当たりそうなものは味方がカバーする。

「……」

 しかし、微妙に違和感がある。この兵士達のバタバタ感……どうやら、ファメイルが指揮を取っていないようだ。人数差の力押しで勝てると思っているのか、それとも戦闘に関しては素人だから、他の奴に指揮を任せているのか……何れにしても、今は簡単に逃げられそうだ。

 イマイチあの男の狙いが分からない。ゆっくり考える必要がありそうだ。その為には、とりあえずさっさと撒いた方が良いだろう。

「ブラッド、フェリ。飛ばすよ」

「「おうさ!」」

 迎撃する手は緩めずに、一気に距離を引き離すためアクセルを踏み込んだ時だった。

 車の上に、一人のビーストが降りて来た。手には剣を持っていて、一気にジェイムスを殺しに掛かる。

 が、その前にブラッドが剣を伸ばしてガードする。

「っと……やらせるかってんだ」

「チッ……!」

「フェリル、しばらく頼むぞ」

「任せろ!」

 オープンカーの上で向かい合うヒューマンとビースト。ジェイムスは運転に集中し、ライラは助手席で頭を抱え、ライラは迎撃している。

 不利なのはブラッドの方だ。何せ、敵のビーストが車に乗っている味方に斬り付けてもガードしなければならないのだ。

 それを理解した上で、ビーストの男はニヤリと微笑んだ。

「……お前、ブラッド=スパロウだよな?」

「そうだが?」

「邪魔だったんだよな。お前の存在が。こんなチャンス、滅多にねえ。この機会に俺の名を上げさせてもらうぜ」

 そのセリフに、ブラッドは思わず「はっ」と息を吐くような笑みを漏らした。

 あからさまな嘲笑を前に、腹を立てない奴はいない。プライドが高い男なら尚更だ。

 ピクッと眉を釣り上げたビーストは、眉間にしわを寄せて聞いた。

「何がおかしい?」

「このシチュエーションをチャンス、とか思ってる時点で、お前の名は上がらねえよ」

「あ?」

「テメェに教えといてやる。なんだかんだ、名を上げるには腕を上げるしかねえってことをな」

 その一言が地雷だった。まるで「テメェには名をあげるほどの腕がねえ」と言われているような気がした。

「なら……ここでディオナ=ライオネル様に勝ってみやがれ!」

 直後、一気にディオナは剣を抜いてブラッドの首を狙いに行った。それを刀でガードすると、ディオナは鞘の方を足元にいるフェリルに振り下ろした。その鞘からも刃が出ている。

 その仕込み刀を、ブラッドも鞘でガードした。

 お互いに両腕を使ってしまい、残っているのは脚だけだ。ディオナが正面から蹴りを放つが、ガードに使っている刀を傾けてディオナの姿勢をいなすと、廻し蹴りを背中に放って車から追い出そうとした。

 直撃したものの、安定しない足場での戦いのため、蹴りに威力は出ない。

「クッ……!」

 何とか車から離されず、ドアを掴みながら体を勢いよく振り回し、トランクの上に立つと、思いっきりブラッドの脚に突き込んだ。避ければその後ろには、ジェイムスの後頭部がある。

 しかし、その突きをブラッドは上から刀で踏み付けた。剣に穴が開き、その場で固定される。

「なっ……!」

 顔面にブラッドの蹴りが飛んでくる。今度は直撃し、完全に車から追い出された。

 落下する時、やたらとスローに感じた。走馬灯が見えたわけではない。ただ、簡単にあしらわれ、実力差を感じた。完全に有利だったのは自分だ。その上、その有利な手を惜しみなく使ったつもりだった。他人を狙い、油断を誘い、隙を作ろうとした。しかし、それらを全て簡単にいなされた。何より、ブラッドは攻撃に関して脚しか使っていない。

「終わったぞ……あー! 鞘に傷入っちまったじゃねーか!」

「シートの穴、直しとけよ」

「少しは同情しろコラァッ‼︎」

「この機会に剣マニア直したら?」

「銃マニアがうるせぇぞコラ!」

 さらに、あの男にとっては当然の結果のようで、平気な顔でチームメイトと漫才に戻った。

 思わず、奥歯を噛み締めた。正直、魔装というのは気に食わなかったが、こうして明らかな実力差を目前にしてしまうと、それを埋めるには魔法の武器しかないと思えてしまう。

「見てろよ……ブラッド=スパロウ……!」

 ギリっと、奥歯を噛み締めた。


 ×××


「みんな……すごい……」

 車の運転中、助手席から感動したような声が聞こえた。勿論、ライラからだ。

 何が? と、ジェイムスが視線で問うと、ライラは感動した口調のまま続けた。

「みんな、強いん……だね。フェリルさんも、ヒューマンの人も……」

「俺の……鞘……」

「サヤって名前の恋人失ったみたいな反応だな」

「テメェいつから殺す!」

「良いからお前らどちらか紹介しろよ!」

 バカ二人にツッコミを入れつつ、フェリルが後ろからライラに説明した。

「ごめんね、ライラちゃん。こいつはブラッド=スパロウだから」

「あ、うん……私は……」

「お姫様だろ? 分かってるからいい」

 不思議な人達だった。自分が二年前に失踪した国王の娘と分かっても、誰一人として言葉遣いや態度を改めるつもりはない。みんな、自然体だ。

 不思議な連中である。泥棒なのに、強くて優しくて頭が良くて……まだ出会った一日にも満たないのに、もう半分くらい信用してしまっている。

 そんなライラを見ながら、フェリルが全員に聞いた。

「で、これからどうすんの?」

「そりゃ、この子を国王の元に返して終わりだろ」

「えっ……」

「そりゃ嫌なんだとよ」

「は? なんで?」

「その子、不幸体質でいるだけで国王に迷惑かけるからだと。このまま失踪したいってよ」

 さらっと自身の悩みを他人に話されてしまった。が、まぁこの二人の信頼関係は相当な物のようだし、気にはしないが。

 すると、ブラッドからポカンとしたような声が飛んで来た。

「お前……バカか?」

「へ……?」

 直球過ぎる暴言に、思わず間抜けな声を出してしまった。そんなライラを庇うように、フェリルが口を挟む。

「ちょっとあんたら、あんまストレートに言うのはやめてやれよ。この子にはこの子の考えが……」

「じゃあお前はお姫様の言うことが正しいって思うわけだな?」

「いや?」

「え、フェリルさん?」

「ほら見ろ。俺達に気遣いとか求めんな」

 そう言いつつ、ジェイムスはライラに視線を移した。

「それより良いのか?」

「え?」

「あの口ぶりだと、あいつらお前の親父を暗殺するつもりっぽいけど」

「ええっ⁉︎」

 急にそんな事を言われ、慌てた様子で隣の男を見るライラ。

「そりゃそうでしょ。ファメイルの行動は裏との繋がりを抜きにしても、どう見たって国王のやり方と違う方法をとってる。それで『強い国にするんだ!』とか泣かしてたら、国王暗殺して自分が国王……或いは傀儡王を用意するに決まってるでしょ」

「そ、そんな……!」

 涙腺が緩みそうになるのを慌てて堪える。

 自身の不幸が、家族に再び牙を剥いた。何故、いつもいつも思い通りに行かないのだろうか。自分がやろうとしたことは全てが裏目に出る。ドジっ子だの不幸系女子だのと、そんな可愛いレベルでは終われないレベルだ。

 もう、苦しかった。生きているだけで胸が痛い。根元まで焼かれていく植物のように、胸の奥が熱く感じる。

「任せろよ。私達がいる以上、国で好きにはさせないから」

「ああ。あんなのが国のトップになったら、俺達の仕事もやりづらくなるしな」

「み、みんな……!」

 フェリルとブラッドがそう言ってくれて、それはそれで目から魔宝が漏れそうになるライラだった。こんな風に他人に親切にしてもらったのは、ここ二年間で一度も無かったから。

「ジェイムスも良いだろ?」

「ん? んー……」

「?」

 ジェイムスにしては歯切れの悪い返事に、ブラッドもフェリルも首を横にひねる。

 が、すぐに「ま、良いか」と思う事にしたジェイムスはすぐに返事をした。

「良いよ」

「良いのかよ」

「勿論、条件付けるけどね」

「え……?」

「ちょっ、ジェイムス?」

 らしくない言葉に、フェリルが勢い良くジェイムスに手を伸ばそうとするが、運転中なのでやめておいた。にしても、急に条件をつけるとは彼らしくない。一体、どうしたと言うのだろうか?

「まず一つ目、終わったら家族の所に帰ること」

「え……?」

 いくつあるの? と聞く前に説明されてしまった。

「テメェには家族がいんだ。それを不幸なんてふざけた理由で距離置くな。ちゃんと、一から全部話せよ。何でこう言うことになったのか、呪いが掛かった所から全部な」

「! ……で、でも……!」

「じゃないと、手伝わない」

「うう……わ、分かった……」

 この人達の力が無いと、自分一人では勝てない。甘んじて受け入れるしかなかった。

「で、二つ目。お前も手伝うことだ」

「え……?」

「ジェイムス! 本気か?」

 フェリルが声を掛けてくるが、それに対してさも「当然」と言わんばかりに頷いた。

「この子、こう見えて天才の魔法使いだぞ。俺達を自分の元に導いたヒント……あそこまで距離が離れていて、あの精度の魔法はそう簡単に作れない」

「でも……私、攻撃魔法は、覚えてない……」

「攻撃することだけが魔法じゃない。転移、贋作(フェイク)(ブラフ)、閃光、音響……それら全部が武器になる。……とにかく、俺達はお前に使われるだけ、なんてのはゴメンだ。誰かを助けるにしても何にしても、ノータッチは許さない」

 そのセリフを聞いて、フェリルは自分の時のことを思い出していた。確かに、自分が虐待を受けていた時、フェリルに出来る範囲でジェイムスとブラッドをサポートした。道具の提供だったり、自分の屋敷への進入路の確保など……とにかく色々だ。

 ブラッドもジェイムスの考えに賛成なのか、何も言う事なくのんびりしている。

「……でも、私……不幸だから……もしかしたら、足を……」

「お前なぁ……じゃあ聞くけど、お前の不幸で今日、俺達がやられたかよ?」

「え……?」

「不幸なんてものはねえ。あったとしても、乗り越える手は必ずある。お前にどんなに足を引っ張られても、絶対に俺達はやられはしないから」

「……」

 確かにそうだ。ジェイムスは、自分と一緒にいながら、今日ずっと逃げ続けて、その結果、こうして仲間と合流して一時的にとはいえ敵を撒いている。確かに、この人達に自分の不幸なんて関係ないのかもしれない。

「……ほんとに良いの?」

「むしろ、手伝わないなら俺達も何もしない」

「……わかった」

 その返事を聞いて、ジェイムスは小さく微笑み、ブラッドとフェリルは「やれやれ……」と言わんばかりにため息をつきつつも、やはり口元は笑っていた。


 ×××


「申し訳ありません、取り逃しました」

 既に自身の屋敷に戻っていたファメイルは、部下であるビリーとディオナの報告に耳を傾けていた。

 戦闘力としては申し分ない二人だが、ビリーがあっさりとやられたのはともかく、ディオナが簡単に賊を逃した、というのは予想通りの結果だ。

「そう。まぁ、そうなるだろうね」

「……どういうことです?」

「ん、いや私が指揮を取らずに捕まえられるなんて思ってなかったから。捕まえられたらラッキー、程度にしか思ってなかったよ」

 やはりか、とディオナは内心で毒突く。

 しかし、ファメイルがあの場で指揮するわけにもいかなかった。あそこに顔を出したのは、自分の顔を見ればライラが降伏するかも、と思ったからであり、その可能性を省けばリスキーな行為でしかない。あんな暗黒街に顔を出す事自体が危ないのだから。

「さて、じゃあそろそろ本格的に国をとりに行こうかな」

「……ライラ姫はよろしいので?」

「いつまでも檻に入れておけるとは思ってなかったからね。いつからこうなると思ってたよ」

 余裕そうな笑みを浮かべて、ファメイルは自分の机の中に置いてある魔装を取り出した。さっきの報告を聞いた限りで分かったのは、この魔装は攻撃に特化し過ぎているという事。

 なら、この魔装をカバーする新たな武装が必要だ。

「ビリー。この武器の使い方を全員に教えてあげてくれるかな?」

「了解」

「ディオナはこの武器があったとして、何があったら安定して敵に勝てるかを、武器作成班と考えておいて」

「了解」

「国王暗殺は一月後だ。今までと違って目からウロコはもう採れないからね、なるべく資源は節約して行こう」

 そう言うと、二人の部下は部屋を出て行った。

 わざわざあの男達と戦ってやる必要はない。あの二人の実力はわかっているし、今日あの状況から、たった三人で不幸の代名詞を連れて逃げ切った時点で、自分の現在の私兵では勝てない。

 それに、あの禁術が載っている封書は持っている。万が一の時は、自分の私兵の魔法使いに頼んで誰かをまた犠牲にすれば良い。

「……ククッ」

 焦る事はない。王手をかけるまで、あと少しなのだから。


 ×××


 アジトに到着したジェイムス、ブラッド、フェリル、ライラは、次の決戦に備えて各々、準備をしていた。剣を磨き、銃器の手入れをし、ファメイル家の屋敷の見取り図を集めに行く……なんて事はなく、飲み会をしていた。

「と、いうわけで、無事に逃走記念を祝して……!」

「「「かんぱーい!」」」

「か、乾杯……」

 グラスをぶつけ、ぐびぐびとアルコール飲料を口の中に流し込む。

 ビール組三人は揃ってコップを机の上にダンッと置き「プファ〜」と息を吐く。

「って、こんなに呑気にしてて良いわけ⁉︎」

「ノリノリで乾杯しておいて何いきなり抜かしてんだお前」

 唐突に声を漏らしたフェリルに、ジェイムスが実に冷静にツッコミを入れた。

「別に問題ないよ。あいつ、もうライラちゃんに興味は無い」

「と言うと?」

「昨日の夜、やたらと敵の追撃が散漫だったろ。あれ最初はファメイルが姿を見られたらマズイから雲隠れしたんだと思ってたけど、多分それも違うわ」

「じゃあなんでだよ」

「あいつ、もうライラちゃんがいなくても、既に国とやりあえるプランと戦力を有してるんだと思う」

 それを聞いたフェリルの脳内に浮かんでいたのは、小屋の中で見た魔宝の山だ。確かに、あの量は普通ではなかったし、最悪の想定ではあの量の魔宝が毎日、排出されていた事になる。

 だとしたら、確かにかなりの量の魔装が作られていそうなものだ。下手をしたら、自分達に向けられたレーザーの武器一種類だけではないかもしれない。

「ま、なんとかなるだろ」

「相変わらず楽観的だな。何処まで能天気なの?」

「簡単な話だ。元はどんなに賢くても、他人の力で強い武器や権力を持つと、途端に人はバカになるんだよ」

「……」

「今はこんな話やめようぜ。それより、飲むぞオラ」

 強引に話を打ち切られ、ジェイムスは酒を飲み始めてしまった。そんな風に楽しそうにはしゃがれては、確かにこれ以上、血生臭い話をする気にはならない。

 しかし、ライラだけはどうにも気になってしまった。何故なら、ファメイルな凶悪さも知っていたから。ここまで国王に尻尾を掴ませず、怪しいとすら思われなかった男の軍隊を相手に、目の前の能天気な泥棒達が勝てるとは、やはりどうも思えなかった。

「……」

 しかし、自分に何が出来るのかわからない。良かれと思った行動は全て裏目に出ることは目に見えている上に、父親に頼ればそちらに不幸が向いてしまうかもしれない。

 ……やはり、ここは目の前の唯一の味方を説得する他ないか……。

「ところでフェリ、お前なんでビーストなのに胸ないの?」

「運動神経の良いエルフに言われたくねえ‼︎」

 やはりダメそうだ。「ところで」と言う文脈から平気でセクハラしているようなアホさ加減である。

 思わず小さくため息をついてしまった時だ。

「大丈夫だぞ、ライラ」

「え……?」

 隣から声をかけてきたのはブラッドだった。

「あいつ、何も考えてないように見えて、ちゃんと考えてる。俺達が考える一〇手以上先を、な」

「そ、そうなんですか……?」

 見た目だけはこの三人の中で一番怖い男なので、思わず敬語になってしまったが、ブラッドは気にした様子なく続けた。

「で、でも……不安です。私の、お父様達の命がかかってるのに……こんな風に、飲み会なんてしてて……良い、のかなって……」

「……」

「私一人じゃ、何も出来ないから……頼ってる、のに……」

 そう呟くライラの目尻から、キラリと光るものが見えた。泣かしてしまったか? と、一瞬、不安になったブラッドだが、ライラはそれを流さないように何とか堪えていた。

 この子は割と強い子なのかもしれない。それもそうだろう。二年間、魔宝のために痛め付けられ続けて来たのだから。

 その上、こうして逃げ出すために助けを求める度胸もある。手をこまねいてばかりでは何も変わらない事をよく知っているようだ。

 しかし、肝心な所が弱いことも事実だ。そこを自覚しないと、ここから先で上手くいっても、結局は同じことの繰り返しだ。

「あいつは……力が無い奴の気持ちは誰よりもわかる奴だよ」

「? どこが、ですか……?」

「だってあいつ、エルフなのに魔力が無いから」

「えっ……」

 あれだけの実力者でありながら、最初は何を抜かしているのかと思った。

 だが、その根拠を聞いて思わず唖然としてしまった。魔力がないと言うことはつまり、魔法が使えないということだ。魔法はエルフの代名詞とも言えるもので、他の種族が喧嘩をしたら殴り合いになる中、エルフ同士の場合は魔法の放ち合いになるくらいだ。

 この魔法はかなり便利なもので、エルフが他の種族に比べて高位に置かれているのもそういった理由がある。

 逆に言えば、魔力のないエルフはただの運動神経が鈍い人である。

「う、うそ……」

「本当だ。今日、あいつ一回でも魔法使ってたか?」

 言われて、ライラは黙って頭を捻る。が、確かに使っていない。ライラ自身、必死でそれどころじゃなかったとはいえ、ただの一度も魔力を溜めた所さえ目に入らなかった。

 使えば良い場面……あるいは使うべき場面でも、一度も放つことはしなかった。

 その理由は簡単だった。使えないってだけだ。

「魔力を見て魔法の罠を看破したりはできる。でも、あいつ自身に魔法は撃てない。だから、あいつは身体能力を磨いたんだ。……いや、身体能力だけじゃねぇ。銃の腕はフェリル程じゃないけどかなりのもんだし、剣の腕前も俺ほどじゃないけど並以上は確実にある。車の運転は俺達の中じゃピカイチだ。……あいつだって、最初は力の無い弱者だったんだ」

「……そ、そう……なんだ……」

 途切れ途切れに相槌を打つライラは、思わず俯いてしまった。

「お前は確かに運が人より遥かに悪いのかもしれねえ。けど、それだけだ。魔法の才能は人並み以上だし、そもそも王家の生まれだろ。運なんか言い訳にする前に、何とか足掻け。どんなビハインドを背負っていても、人生は前に進むしかねえんだから」

「……」

「余計なことまで話したな……とにかく、あいつはちゃんとお前の事も考えた上で、今はのんびりする事にしてるんだ。だから、少しは信じてやれ」

 それも正直、泥棒が言う台詞ではないが、不思議とライラはその言葉を素直に飲み込むことができた。

 こんなに良い人達が何故、泥棒なんかやっているのか不思議だったが、今は触れるべきところでは無い。

 そんな時だ。フェリルが後ろから二人の肩に両腕を回して来た。

「おい、お前らも飲めよぉ!」

「ひえっ、フェリルさん⁉︎」

「お前弱いくせにどんだけ飲んだんだよ……」

「うるへー! 大体、お前らが強すぎんだっつーのー!」

「ジェイムスに合わせて飲んでたなお前……ったく、仕方ねえな」

 そう言うと、ブラッドは立ち上がり、ライラに声を掛けた。

「ちょっとそいつの相手してやっててくれ。俺、水汲んでくるから」

「ええっ⁉︎ そ、そんな……!」

「大体、ライラー! お前エルフの癖になんだその巨乳はー! ビーストで貧乳の私に対する当て付けかー!」

「ひゃあ! や、やめっ……!」

「女×女……これが百合か……悪くないな」

「た、助けてよ、ジェイム……!」

「やだ」

 やはり、信用して良いのか微妙な範囲だった。


 ×××


 翌日、昼になってようやく目を覚ましたライラは、まず大慌てで目からウロコを作らないと、と思ってしまった。

 が、両手にかけられている手錠が無く、服装が下着同然である事を把握して、今更になって昨日、助けられた事を思い出した。

 そして、まだ戦いが終わっていないと言う事も。

 とりあえず、今日から自分はこの泥棒一家の一人なのだ。できる限りのお手伝いはしなければならない。

 他のみんなはどうしているのだろうか……と、辺りを見回すと、もう既に目を覚まして会議をしていた。

「お、起きたな。ライラちゃん」

 そう声をかけて来たのは、ジェイムスだった。

「朝飯……って、もう昼か。まぁ良いや、とりあえずその辺に食い物あるから、食べながら聞いとけ」

「あ、う、うん……!」

「色々考えたけど、一晩でファメイル家にある『目からウロコ』は全部、焼き払う事にしたから」

「え……?」

 急にバイオレンスな言葉が聞こえた気がした。もしかして、自分はまだ寝ぼけているのだろうか?

「それをやるのはライラちゃんだからね。……ていうか、あの魔装はともかく、魔宝の方は普通の武器じゃ壊すのに時間かかるし、魔法でやるしかないけど」

「わ、私が……?」

「だってこの中に魔法使える奴いないし」

「よろしく」

「頼むぜ」

 緊張がドッとぶり返してくる目覚めだった。

 とりあえず朝食を用意しなくてはならない。聞こえなかった事にし、ジェイムスが「その辺」と指差した辺りに置いてあったハムを手に取り、フライパンの上に放った。

 その上から油を垂らそうとした所で、慌ててフェリルが止めに入った。

「って、待った待った! 何してんの⁉︎」

「え、朝ご飯の準備……」

「いやいや、まずそのハム切らないと! あと、油は先に敷いて!」

「……順番とか関係あるの……?」

「私が準備してあげるから大人しくしててお願い」

 座らせた。ジェイムスもブラッドも冷や冷やしたが、ひとまずほっと胸を撫で下ろす。この子の不幸体質、本当は半分くらい自業自得なんじゃないだろうか? と思ったほどだ。

 適当にフライパンの上で焼いて塩をまぶしただけの食事だが、一先ずライラの前に置かれた。

「はい」

「わぁ……いただきます……」

「……あ、もしかして二年ぶりのまともな食事だった?」

「う、ううん……ファメイルさんが『健康が崩れると、出てくる目からウロコも崩れる』って言って、食事はちゃんとしたものを、くれたから……」

「あー……ごめんね、嫌なこと思い出させちゃったね」

「だ、大丈夫……」

 そう答えつつ、ハムを一口食べた。

 さて、改めて会議を始めた。ジェイムスが今回の作戦の要点をまとめて説明する。

「で、今回だけど……さっき言った通り魔宝を全部、吹っ飛ばすから」

「あ……やっぱり、そう言ってたんだ……。でも、いくつあるか分かってるの?」

「いくつあるか、は問題じゃない。どうせ、一つずつ別の場所に隠してあるんじゃなくて、何処かにまとめて置いてあると思うから」

「……な、なるほど……」

 つまり、一つ見つければ一網打尽にできる、と言うわけだ。いくつかの場所に分散しているのか、それとも絶対に見つからないと思われる場所に集中して隠しているのかは分からないが、まぁそれは調査すればわかる事だろう。

「その辺、調べるのは俺達がやる。念のため、ライラちゃんには護衛を一人つけるから」

「わ、分かった……」

「よし、じゃあいつも通り、ブリッと行こう」

 そう言って、四人は一斉に立ち上がった。



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