第8話
亜流磨と暫し呆然と見つめあった後、手に持った縄に視線を戻す。
マジか・・・
いきなりエスパーになっちゃった・・・
エスパー佐藤か、伊藤じゃなくて良かった。
しょうもないこと考えてる時じゃねーな。
気を取り直してもう一度縄に集中する、俺はその場に浮くように念じながら縄を放す。
縄は重力に逆らうことなくまた井戸の中に落ちていった。
あれ? 失敗した。
もう一度、井戸の中に手をかざして念じる。 また凄まじい勢いで縄が飛んできて手に収まった。
おぉ!
縄をじっと見つめる。
チラッと亜流磨の顔を見る、ここでこいつとくっちゃべりながら縄を浮かしてる所を誰かに見られたら大変だな。
とりあえず、縄を手繰り寄せて桶を元に戻して小屋に帰るか。 他にも何が出来るのかじっくり調べないと。
伽凛にも見せなきゃな、とにかく小屋に戻ろう。
無言で部屋に戻って伽凛を見ると出ていった時と同じ場所で同じ姿勢のままそこにいた。
「伽凛、見せたいものがあるんだけど」
声をかけると丸くなって寝ていた伽凛が片目をパチッと開いてこちらを見る。
「どうしたんだい?」
見せても大丈夫かな?
そんな考えがよぎる、見せたら俺が力を得て害になる前に寝てる間に肝を喰われたりしないだろうか?
・・・・・・
いや、ずっと一緒にいるんだし隠す方が無理か。
後から見つかった方が面倒になりかねないな、「なんで黙ってたんだ」みたいな感じで。
俺は畳まれたむしろに向かって手をかざす。 俺が念じるとむしろは音もなく飛んで俺の胸に収まった。
むしろを抱えて伽凛の方を見る。
伽凛が体を起こして目を見張っている、瞳孔がきゅっと絞られている。
猫のままでもあんなに驚いた顔が出来るんだな、尻尾が倍くらいに膨らんでて面白い。
「あんた、もう氣門が開いてんのかい?」
「あー、氣門がどうとかは分かんないけど、亜流磨が俺に力を持っていかれたって言ってたから試しにやってみたら出来たんだ」
ふーんと鼻をならす伽凛、氣門って何だろう。
「氣門ってなんだ?」
「氣門ってのは、氣根で造られた氣が体の外に出るときに通る門だ。 それが開いたら氣を使えるようになるのさ。 アタイも詳しくは知らないよ」
「そっか、俺はもうその氣門が開いてんのかな?」
「さぁ、どーいう事だろうね・・・ 物に触れずに動かしたりするのは確かに、実体の無い幽霊共の専売特許だけどねぇ」
伽凛が俺の後ろの亜流磨をじっと見つめる。
「前世から一緒にやって来た悪霊の力を持った人間か・・・ ま、便利くらいに思っときゃあ良いんじゃないかい?」
軽いな!
「生き物によって開く年月に差はあるんだけど。 人間は2~3年って話だったんだけどねぇ」
伽凛は首を傾げている。
「やっぱり、亜流磨と一緒に転生したせいかな?」
俺は後ろの亜流磨を眺める。
「妾にも何が何やら分からんのぅ、分かるのは太郎から妾の力を感じるくらいじゃ」
力か・・・
「亜流磨の言ってる力って伽凛が言ってた氣の事なのか? それともまた違うナニかか?」
亜留磨は聞かれて首を捻る。
「んー、どうかのぅ・・・ 多分、一緒だとは思うがのぅ。 呼び方が違うだけで」
ハッキリしないな・・・
「伽凛、氣以外になんかあるのか?」
「聞いた話じゃあ、悪霊に氣を作り出す事は出来ないらしいけどねぇ。 何かに取り憑いて氣を吸い上げるらしいよ、吸い上げた氣を使って物を動かしたり悪夢を見せたり。 そして最後は・・・」
そこで伽凛は言葉を切った、氣を吸い付くされて取り殺されるって訳か・・・
亜流磨に視線を向けると私は知りませんみたいな顔で窓の外を見ている。
このヤロウ・・・
「ん? じゃあ、俺も周りから氣を吸ってんのか?」
だとしたら、気持ちの良いもんではないなぁ。
「さぁね、少なくとも私はそんなふうには感じないよ」
ひと安心だな、自動で周りの人間の精気を吸い上げるとか・・・
どっかのXなミュータントみたいな呪いは御免だ。
念動力に他人の氣を吸うのと、後は悪夢だったか。 亜流磨にヤられたのってあとなんかあったかな?
あ、夜中に目覚めて足元に立ってたのはキツかったな。水曜日のダウ〇タウンも真っ青のドッキリだった。
まぁ、あれは悪霊の能力ってのとは違う気もするけどな・・・
てゆーか、俺に役立ちそうなのってポルターガイストもとい念動力くらいじゃねーか? 転生して悪霊の能力付与されたのに全然使えねぇ・・・
「何を考えてるんだい太郎?」
「いや、周りの氣を勝手に吸い上げてないのは良かったんだけど、制御出来なかったら危ないだけの力だなって思ったんだ」
「氣の制御は使えば使うほどに上手くなるもんさ。でも、今はあんまり使わない方がいいよ。 下手なことしてアタイのかけてる変化の術が解けたら面倒だ」
そんな場合もあんのか、井戸の横で赤ん坊になんなくて良かった。
「それじゃあ、練習するのは伽凛がそばにいるときだけにしとくよ」
「それがいいね、他には何が出来そうなんだい?」
そうだな、さっきは縄をその場に浮かそうとして失敗したな。もう一回やってみるか。 俺はむしろを両手の上に置いてゆっくり浮くように念じる。
むしろは俺の掌の上でうんともすんとも言わずに変わらぬ重みを感じさせ続けた。
「浮かそうと思ったんだけどダメみたいだ」
伽凛の方を向く、伽凛はまたふーんと鼻をならす。
「そういう繊細な動きは難しいもんだよ、浮かせようって事は氣を出し続けて制御し続けるって事だからね」
ほー、なるほど。
ボールを蹴ることは出来てもリフティングは難しいみたいな感じか。
氣を出し続けるか・・・
「氣を出すってどうやるんだ?」
「見ながらやりゃあいいじゃないか」
「ん? 見えないんだけど?」
「え? 太郎、氣が見えてないのかい?」
俺の問いに伽凛が首を傾げた。
なんだそれ? 普通は見えてるもんなのか?
「いや、何にも見えないけど・・・」
「ふーん、やっぱり氣門は開いてないのかもねぇ。 氣門が開いてりゃあアンタなら見えるはずだしねぇ・・・」
「でも、その氣門ってのが開いてないとこんなこと出来ないはずなんだよな?」
俺はむしろを投げてまた念じて自分の手元に飛んでこさせた。
「そうだね、アタイにも太郎の手から氣が出ているのが見えるから氣を使ってるのは間違いない。 でも、見えてないって事は氣門は開いて無いだろうね。 それに、普通は体の中にしまわれてる筈の氣をあんたは体の周りに纏ってる。 今、術を使う時も体の周りの氣が手から放たれたように見えた。 どうにも歪な感じがするねぇ、太郎。 その力はあんたが氣が見えるようになるまで使わない方がいいね」
えぇ! こんな面白そうなもんをお預けは辛いな。
「なんで使わない方がいいんだ?」
「嫌な予感がするからだよ、それに氣が見えもしないのに使うのは目を瞑って走るようなもんだよ。 危なっかしいったらないね」
うーん、わりと強めに止められた。
「分かった、伽凛の言う通りにするよ」
「何かしたいならこの屋敷にいる人間から剣でも習いな。 体を鍛えとけば氣を使うのも巧くなるさ」
ほぅ、心・技・体ってヤツか。
わかる気もするな。
氣門か・・・
あれ? 2~3年して氣門が開いて氣が見えるようになるんなら俺の体に纏わりついてる氣が皆には見えてるってことか?
「人間は皆、2~3年したら氣門が開いて氣が見えるようになるのか?」
「いや、氣門が開いても氣が見える人間は少ないねぇ。 これは多分の話だけど、野性を忘れた人間達はその辺が退化したんじゃないかねぇ。 ま、進化って言うのかも知んないけどね」
そうなのか、なら俺の体に纏ってるっていう氣も皆には見えてないわけか。
そうだよな、じゃないとここに来た時点で怪しいって追い返されるか退治されてただろうしな。
「なら、俺も氣門が開いても氣は見えない可能性の方が高いんじゃないか?」
「いや、太郎は見えるだろうね」
「なんで?」
「亜流磨の事が見えてるからさ、幽霊が見えてる奴は氣も見える奴が殆どだね」
なるほど、そういう理屈か。 なんとなく納得だな。
「そう考えたら本当に太郎は歪だねぇ、何より纏ってる氣が禍禍しいね。 まるで年期の入った・」
「太郎、ひとつ思いついたんじゃがのう!」
急に亜留磨が話しに入ってきてビックリした。
「お、おぅ、どうした?」
「お主が体の周囲に纏ってるのは妾の力、それで念動力を使っておるとしたら・・・ 氣門とやらが開いていないのに念動力が使えることに説明がつくのではないか?」
・・・??
「つまりじゃ、氣門が開かなければ使えない筈の力が使えるのは纏っている氣のおかげ、そして氣が見えないのは氣門が開いていないから、というわけじゃ」
ほぅ、なんか納得出来る。 亜留磨が俺から感じてる自分の力って言うのも説明がつくな・・・
「なるほど、亜流磨は頭が良いな」
俺がポツリと呟くと亜留磨が嬉しそうな顔をした。
「伽凛もそう思うじゃろう?」
「そうだねぇ・・・」
伽凛はなにやら思案顔だ。
「時に太郎よ、お主は明日も早いのじゃろう? そろそろ寝た方がよいのではないか?」
確かに、窓の外はとっぷりと暗くなっている。
「そうだな」
ん? 見たらさっき埋めに行ったのにまだ食べ滓が残っていた。
「俺はこれを庭に埋めてくるよ。 伽凛は先に寝ててくれ」
俺は伽凛の食べたネズミの残骸を拾い上げた。
「あぁ、おやすみ」
伽凛はまた部屋の隅で丸くなった、俺はそっと部屋を出る。
さっき埋めた場所を掘り返しながら思い出した、ここにいるのに伽凛を説得しないといけないんだった。
多分、俺が復讐を辞めてここに住むって言っても何にも言わずに賛成してくれそうな気はするんだけど・・・
でも、伽凛も人の近くにずっといたら正体がバレる危険も増えるしな。
それでも居て良いって思える何かがあると良いんだけど、伽凛の食べかすを拾い上げて穴に落とす。
飯か・・・
頭にあるものがよぎった。
よし、明日の朝飯で試してみよう。
部屋に戻り、俺はあれこれと考えながら屋敷に潜り込んで最初の夜を眠りについた。