第7話
「おぉ又八どん、腹がへった。 飯にしてくれ」
離れに行くと褌姿のでかいおっさんが飯の催促をしてきた。 太い眉毛に丸い顔、身長は170㎝くらい。
なんて褌の似合うおっさんなんだ・・・ おっさんと言っても見た目は20代の前半くらいだが。
「うん? 又八、その後ろの小僧っ子は誰だい?」
俺に気づいて声をかけてきたのは色白のシュッとしたイケメンだ、イケメンはちょん髷でもイケメンだ。
イケメンの後ろにニコニコしている男がもう一人座っている。
「今日、屋敷に丁稚奉公させてほしいと言ってやって来たんだ。 ほれ、挨拶しなさい」
「初めまして、太郎と申します。 此方でお世話になることになりました、宜しくお願い致します」
深々と頭を下げる。
「ほぅ、随分礼儀の出来た小僧っ子だな。 どっから来たんだい?」
イケメンは柔和な笑みを浮かべて喋りかける。
「はい、向こうの山を越えた所から来ました」
例の如く、自分が捨てられた山の方を指差して答える。
「あの山から?」
イケメンの眉間に皺が出来た。
「はい、途中行倒れそうになった所を女性に助けて頂きました。 あの山は妖怪が多いそうですね、きっとその女性も妖怪だろうと旦那様も仰っていました。 どうやら私は親切な妖怪に救われたようです」
先回りして疑いをはらす、いきなり勘ぐられてたんじゃ復讐するとき動きづらくなるしな。
「運の良い子だな、丁稚奉公の後は侍でも目指すのかい?」
ニコニコさんが話しかける、侍って目指してなれるのか?
「わかりません、今は助けて頂いた恩を返そうと思います」
「殊勝なヤツだ、頑張んな」
イケメンが歯をキラリとさせて笑った。
「そんなことより飯だ、又八どん弁当も頼む」
褌男はよっぽどお腹がすいているらしい。
「はは、食事の準備はもう出来てるよ。 今日はこっちへ運ぼうか?」
「いや、母屋で食おう」
褌男は褌のままいそいそと行ってしまった。
「アイツは大村幹太だ、話があるときは握り飯でも持っていかんと座って話が出来ない。 覚えとけ。 俺は村木卓蔵だ、よろしくな」
俺の肩を叩いてイケメンがニヒルに笑いながら自己紹介してくれた。
「私は花木惣助です」
ニコニコさん改め、花木さんも自己紹介してくれた。
「よろしくお願いします」
俺はもう一度頭を下げた。
侍達は「おぅ」とか応じながら部屋を出て食事に行った。 又八さんもその後について行こうとすると俺の方に振り向いて
「今日はもう自室で休みなさい、明日は日の出くらいに呼びに行くからそれまでに起きて身支度をしておくようにな」
そう言って去っていった。
「はい」と返事をしてそそくさと与えられた自室に入った。
改めて自分に与えられた母屋から離れた馬屋の近くの物置を眺める。 囲いだけで床はない、寝る時用に貰ったむしろをが敷いてある。
「ふぅ」
「粗末な部屋じゃのう、物置ではないか」
息をつくと亜流磨が話しかけてきた、この狭い部屋に夜起きてこいつがいると思うとトラウマが甦る。
「ま、住み込みの丁稚奉公はこんなもんだろう。 むしろひとりで寝れて都合が良かった」
奉公人は主人と同じ床の上には寝ないってなんかの時代小説で読んだことあるからそんなに驚きはしない。
「久しぶりのマトモな食事は旨かったであろう?」
「はは、そんなこと言ったら伽凛に悪いよ」
「お主は優しいのぅ、気を使ってとは言えよく生のネズミを食えたもんじゃ」
コイツ俺が飯のせいで弱ってんの気付いてたのか・・・
「背に腹は変えられないしな、それに世話になってるのに飯に文句なんて言えない」
「優しいのぅ、その優しい太郎さんがいったいどんな復讐劇を演じるのか楽しみじゃ」
にやっと笑う亜流磨、しつこいようだが怖い。 笑ってても怖い。
「それは見てのお楽しみだ」
復讐はいろいろ考えた、夜中に赤ん坊の泣き声をさせたり。
這いずり回る音をさせたり、「寒いよう、寒いよう、おうちに帰りたいよう」とか言ってみたり。
そんなことをひたすら繰り返して相手のライフをあらかた削ったら、その後は屋敷に火でも点けて種明かしして「お前! もしかしてあの時の!?」みたいな感じになったところを
「そうだ! お前達のせいで俺は!」
みたいな恨み言を並べて「あの時はすまなかったー」みたいに言う奴らに「もうおそいわっ! 俺の恨みの炎に焼かれるがいいっ」っとか言ってエンディングだな!
くくく、今から楽しみだ!
クククククク
「なにをニヤニヤしてんだい?」
はっ!
俺がそんな妄想にふけっているといつのまにやら伽凛が窓から入ってきていた、黒猫モードである。
伽凛の足下にネズミが転がっている、お弁当持参か。
あれ?
「伽凛、尻尾が一本だけどしまえるのか?」
「あぁ、毎朝太郎に変化の術をかけに来ないとなんないからね。 猫又のまんまでうろついてたら刀持って追っかけ回されちまうよ」
そうか、そいつはお手数おかけします・・・
「悪いな」
「気にするんじゃないよ」
うーん、なんだかんだで伽凛は世話を焼いてくれるな・・・
「復讐は? アタイも手を貸そうか?」
リアル猫の手も借りたい、ってやつか・・・
「あぁ、その時はお願いするよ」
「いつでも言いな」
そう言ってから伽凛は持ってきたネズミを
ハフッハフッ
っとやりだした、なんとなくそれを見ていると
「あぁ、太郎の分もあるよ」
とネズミをスッと前足で差し出された。
「あぁ、いや、すまない。 せっかく取ってきてくれたのに、晩飯はこの家で出してもらったんだ」
「そうかい? ならアタイが食っちまうよ?」
「気にしないで食べてくれ、美味しそうに食べるなと思って見てただけなんだ」
ふーんと鼻を鳴らして食事に戻る伽凛。
俺はそれを眺めながら考えた・・・
この家に復讐して、気はすむのかもしれない。 ただ、そのあと俺はまた伽凛と山に帰ってこの食生活に戻るのか。
と、
この家に潜り込んでいれば、少なくとも食卓に血の泡を吹いたネズミが出される事はない・・・
・・・
・・・・・・
俺は今ある選択肢とその結果を順に考えていく。
まず、一つ目は復讐を完遂する道。
結果は成功すればスッとするだけ。
もしかしたら失敗して俺が返り討ちにあうかもしれないし、成功してももしかしたら後味の悪い結果が待っているかもしれない。
そして復讐が成功しても失敗してもその後は伽凛と山に帰ってまたネズミハフハフのハクナマタタ生活に戻るのか。
本末転倒な気もするな・・・
意味あんのかそれ? その後に違う屋敷を探して食と宿を確保しようにも村を通ったときに見る限り俺を迎え入れて生活していけそうな家はここ以外には無かった。
一つ目を考えた時点で答えは出ているような気がするんだが・・・
復讐してもだーれも得しない、ダレトクだ。
そして二つ目の案。
復讐しない案、するとどうでしょう。
俺はここで多分毎日、米と味噌汁にありつける。
俺は三度の飯より米が好きだ、ナニ言ってるか意味わからんかもしれないが好きったら好きだ。
そしてこの家の人達も嫌な思いをしなくて済む、なんなら俺はこの世界の事をいろいろ学べる。
皆得する。
Win・Winな関係だ。
一方、一つ目の案はLoser・Loser。
誰も得しない。
俺はこの時点で復讐しない方に完全に傾いていた、どうしよう・・・ 伽凛さん俺がやっぱり復讐しないとか言ったら怒んないかな?
呆れられんのもなんか嫌だし・・・
「アタイは先に寝るよ」
俺が考え事をしている間に伽凛がお弁当を食べ終わった。
「あぁ、明日は日の出前に変化の術をかけてくれるか?」
「わかったよ」
伽凛は部屋の隅で丸くなった。
伽凛の食った後を見ると血やら毛やらが散乱している。 これは不味い、俺は伽凛の食べ屑を集めて小屋を出た。 中庭の藪の間に埋める。
歩きながらふと中庭を見ると井戸を見つけた。 井戸横には紐付きのバケツが置いてある。 俺は手を洗うのにバケツを下ろす。
昔話の世界に入り込んだ気分だな、この世界で俺は何をどうすりゃあ良いんだろうか?
目下の目的は伽凛に食事と寝床の確保の為にここにいる言い訳を考えているだけだ、バケツを引っ張り上げて中の水を覗き込む。 見慣れない顔が見つめ返している。
信じらんねー話だな、転生って・・・
「ははっ」
渇いた笑いが込み上げてきた、、、
この先どーなるんだろうか?
「どうしたんじゃ?」
水に写った自分の背後に急に亜流磨が顔を出した
「うおあぁぁっ」
悲鳴を上げて背後に振り返りながら尻餅をついた、背後でバケツがバシャンっと音をたてて井戸に落ちる。
「脅かしなやぉっ」
言葉をかんだ上に声が裏返った、なにこれ恥ずかしい・・・
「すまん、そんなに驚くとは思わなんだ」
自分の顔を考えてほしいぜっ! ったく。
「考え事してただけだよ」
立ち上がって井戸を覗き込む、バケツを結んでいた縄が井戸に落ちてしまった。
どうしよう・・・
「亜流磨、縄が落ちちまった。 お前取ってこれねーか?」
「幽霊なのに取れるわけ無いじゃろぅ」
「ポルターガイストで散々俺の家の中の物ガタガタ揺らしてたじゃねーか」
「ポルターガイスト? よく分からんが、力はお主にほとんど持っていかれたから妾はなにも出来ん」
使えねーなー
「ん? 亜流磨の力を俺が持っていったって事は、俺に物に触れずに動かす力があるのか?」
「あるんじゃないかのぅ」
まじかっ!
「どーやるんだ?」
「ふーむ、・・・どーするのかのぅ?」
「わかんねーのか?」
「うむ」
まぢで使えねー悪霊だな、さっさと成仏しちまえばいーのに・・・
俺は思い付くままに井戸の中に手をかざして念じてみた。
ぬぅーーー
縄よ! 我が手に!!
すると
ひひゅんっ!
っと凄まじい勢いで縄が飛んできて俺の手に収まった!!
「うおおぉっ!!」
「!!!」
ビックリした顔のまま亜留磨の方を向く。
「・・・」
「・・・」
無言で亜留磨と見つめあう。
出来た・・・・