表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

第6話

「はいはい、どちら様でしょう? おやおや、可愛らしいお客さんだね。 どうしたんだい?」


中から出てきたのは30才くらいの男だった、着物の袖をたくしあげて手拭いを頭に巻いている。


「父と母が無くなり、頼る人がありません。 ここで働かせて頂けないでしょうか? 多少ですが読み書きと算術が出来ます、頭も良いです。 必ずお役にたちますのでどうかお願い致します!」


手を付いて頭を下げて、俺は考えていた口上を出来るだけ堂々と言った。


「おいおいお前さん」


男は慌てた。


「お願い致します、もう3日もまともに食べていないのです。 賃金は入りません、食事だけでもしっかりと働きます!」


「分かったから顔を上げなさい、旦那様に聞いてきてやるから。 少し待っていてくれ」


そう言って慌てて屋敷の中へと入っていった、あの声は聞き覚えがある、多分だが俺を背負って馬に乗って山へ棄てた男だ。


ふふふ、お前にもしっかりと復讐してやるからな。


中をちらりと覗き込むと母屋の他に離れと馬小屋もありそうだ、なかなかのお屋敷だな。 これなら俺一人くらい養えるだろう、少し安心した。


潜り込めそうだ。


暫くするとさっきの男が30代半ばくらいの男と共にやって来た。 俺はまた手をついて頭を下げた。


「ほぅ、こんなに小さい小僧っ子が読み書き算術が出来ると言うのか」


「はい、そう申しております」


「ん、顔を上げなさい、名はなんという?」


「太郎と申します」


顔を上げて答える。


主人であろう男は近くで見るとかなり良い体をしている、袖のない直垂を着崩しているのだがチラリと見える胸板は分厚く腕は前腕がメチャクチャ太い。


相当剣を振っているんだろう。 背は日本男児っぽく低い、160㎝くらいなのだが迫力がある。


「とにかく上がりなさい、又八。 飯の前に風呂に入れてやれ、太郎。 話しは飯を食いながら聞くことにしよう」


「はい、ありがとうございます」


主は頷いて屋敷の中へと入っていった、思いのほか簡単に入り込めた。


又八さんに連れられてゴエモン風呂に入り、体をゴシゴシ擦られた。 黒い汁がでた。


久し振りのお風呂は素晴らしかった、この世界ではきっとかなり豪華なお風呂なんだろうな。 俺は又八さんに何かしてもらうたびにありがとうございますと言った。


サッパリすると部屋に案内された、食事が用意されていた。 さっきの主人も座っている。


「座りなさい」


主人は自分の前に配膳されている席に俺を座るよう促した、主人とは向い合わせの形だ。


「失礼致します」


俺は座ってから主人を改めて見る、顔は険がある感じがするが今は優しい笑顔を称えているので人懐っこい印象を受ける。


「お風呂をありがとうございました、お陰様ですっきり致しました」


と、礼を言う。


「ん、良く礼儀が出来ているな。 俺は安倍春材(あべしゅんざい)だ。 まずは食事にしよう、3日もろくに食べていないのだろう?」


あんたのせいでな。


「ありがとうございます、頂きます」


俺は手を合わせて出された食事を見た。


ご飯にお吸い物、漬物に野菜の和え物と焼き魚。 お吸い物からは湯気が立っている、椀を持ち上げて匂いを嗅ぐ。


なんて良い香りなのでしょう。


ずずっと啜る。


うんまー! 鰹出汁のお吸い物は俺の心と体を同時に温めてくれた、涙がでそうだ!


箸を持ってもう一口お吸い物を啜ってご飯を口に運ぶ、米は噛むごとに甘味が口に広がる。 米ってこんな甘かったのか。


漬物をひとつ口に入れてかりこりと噛む、すっぱめの味が口いっぱいに広がると凄いヨダレが出た、うんまー! ネズミを食ってた時は口にヨダレが出るどころかあんなにジューシーなものが喉をつっかえて飲み込むのも大変だったのに・・・


漬物ってこんなに美味しかったっけ?


またお米を口に入れる、お米と漬物の相性がこんなに良かっただなんて。


俺はいつのまにか本当に涙が出ていた。


魚に箸をいれる、川魚かな? 口に入れてすぐに分かった、鮎だ! この独特の味と香りは間違いない、しかも炭火で焼いたんだろう、メチャクチャ旨い!


「ありがとうございます、ありがとうございます」


涙を拭いながら礼を言う、ちょーウマイっす!


「ん、よっぽど辛かったんだな、おかわりもある。 いっぱい食べなさい」


優しい言葉と温かい食事に俺は心が暖まるのを感じた。 でも、こんなので許さないんだからね! ぜ、絶対に復讐してやるんだから!


もぐもぐ。


はぁ、しあわせ。


「ん、落ち着いたようだな。 食事を続けながらで構わんから話を聞かせてもらおう、それで? お前さん何処から来たんだ?」


俺がひとしきり食事を終えたところで主人が声をかけてきた。


「はい、申し遅れました。 私は太郎と申します。 あの(自分が降りてきた山の方向を差す)山の向こうから来ました。 父と母が病で亡くなり、頼る人が有りませんでしたのでこの村で何処か雇ってくれないかと思い足を運んだ次第です」


俺の返答に主人は難しい顔をした。


「名前は太郎か、幼子の足であの山を越えたのか? 一人でか?」


怪訝な顔をされた。 あれ、なんか疑われてる?


「途中、山の中で女性に出合い助けて頂きました」


これは言おうと思っていたことだ、村を歩いたときに伽凛と歩いているのを村の人達に見られているハズだ。 後であれは誰だと言われるより先に言っといた方がいい。


「山で?」


「はい、3日程前に」


暗に俺が赤子かもと臭わせるようなフレーズも入れておく、種明かししたときに


はっはっは!何も気付かなかったとは愚かな人間めぇ!


みたいな事を言ってやるのだ!


「三日前か、、あの山には色んな妖怪が住み着いている、ナニかされたり貰ったり。 助けてやる代わりにと約束とかはされなかったか?」


どっきーん!


山には妖怪がいるってのは常識なのか!?


「い、いえ、、特には」


思いきり狼狽えてしまった


「そうか、妖怪は貸しも借りも作らないと聞いていたが・・・ 気のいい妖怪か、はたまた本当に人間だったのか。 何にせよ、無事で良かったな」


ガッチリ肝を質に取られましたよ、狼狽えたのは妖怪にビックリしたくらいに思ってもらえたらしい。


セーフだ。


「それで、その、、 旦那様、私は雇って頂けるのでしょうか?」


「ん、雇うのは構わない、読み書き算術が出来ると言ったな。 それならば願ったり叶ったりだ、俺はこの辺りの荘官でな、村の護衛の他に荘民達から税を取り都へ届けるのも仕事なんだ。 その時には読み書き算術が必要になってくる、出来るなら是非手伝ってくれ」


なるほど、渡りに舟というヤツか。


と言っても、多少分かる漢字は拾っていけるだろうけど旧漢字となるとバッチリ読めるという事はないだろう。


「はい、算術は得意ですので大丈夫です。 ですが読み書きの方は教わっている途中でしたのでまだ不安があるのですが」


数字は一、二、三、だろう。 それなら読めるから算数は問題ないハズだ・・・


たぶん


「ん、歳は幾つなのだ?」


「、、5才になったばかりです」


決めてなかったから一瞬詰まった、まぁ見た目はそんなもんだろう。


「それで算術が出来るなら大したものだ」


「ありがとうございます、ごちそうさまでした」


食べ終わった。 っていうか食べきれなかった、マトモに食べて無かったせいか胃が弱っているのか? とは言え生き返った心地だ、食は偉大なり、だな。


「すみません、折角の食事を残してしまいました」


「よい、こんなに旨そうに飯を食う奴は初めて見た」


そうだろうな、3日も獣の腹を(むさぼ)ってたら誰だってお米と味噌汁が輝いて見えるだろう。


「凄く美味しかったです」


「それは良かった、仕事は明日からにしよう。 今日は又八に屋敷を案内してもらってゆっくり休みなさい」


そう言って主人は「又八ー」っと又八さんを呼んだ。


すぐに足音が聞こえて又八さんがやって来た。


「なんでございましょう?」


「ん、又八。 小僧っ子は太郎というそうだ、明日から仕事をやるから今日は屋敷の中を案内してやれ」


「かしこまりました、さ、ついておいで」


又八さんが部屋の外へ俺を促した。


「はい、旦那様ありがとうございます」


旦那様に頭を下げる。


「ん、期待している」


俺は又八さんに連れられて部屋を出た。


「良かったな」


部屋から出ると又八さんが声をかけてきた。


「はい、命拾いしました」


「ははっ、大袈裟だな」


大袈裟でもない、あのまま山にいたら俺は来年の今頃はもののけ太郎になっていたはずだ。きっとアシ〇カは来てくれない・・・


又八さんは俺に屋敷を案内してくれた、屋敷は広かった。 母屋は床面積500平米くらいあるんじゃないだろうか? 2階建ての木造、立派な日本建築だ。


母屋の他に蔵が一つ、離れが二つ、それに3頭くらい入れそうな馬小屋がある。 俺は寝るとき用のむしろを渡されて母屋の裏にある物置小屋で寝起きするように言われた、伽凛の事もあるし逆に助かった。


寝るたびに赤子に戻るからどうしようかと思っていた。


又八さんは奉公人の中で一番偉い人のようだ、屋敷には又八さんの他に4人の奉公人がいて又八さん以外の奉公人は20才くらいの男が一人と10才~20才くらいの女の人が3人だそうだ。


住み込みは又八さんだけで他の奉公人の人達は通いらしい。


他に旦那様に仕えている侍の人が3人、この人達は屋敷に住んでいて今は離れで寝ているそうだ。 夜は見廻りに出るそうなので昼間は大体寝ているらしい。


夜に見廻りか、山賊でもでるんだろうか?


又八さんが母屋の2階の奥の部屋は行かないように言った。


「主人の奥さまが伏せっておられる、いつもは笑顔を絶やさない素敵な奥方なのだが・・・」


又八さんが悲しげな表情で奥の部屋のある方向を見ていた。


きっと俺の、この体の母親だろう・・・


俺が産まれてすぐに喋ったせいで山に捨てられたんだ、ショックで寝込んでるんだろうな。


そう思うと罪悪感があるな・・・


最後に通されたのは俺の仕事部屋になるらしい資料室だった、パラパラと捲って見たがやはり、数字は読めるが漢字は旧漢字も多く読めない部分が多かった。


なんで文字をこんなに読みにくく書くんだ? まるで漢字の筆記体じゃねーか。


でも、全部読めるようになるのにそこまで時間はかからないだろう。 読むのは得意だ。


それより筆で書くのに慣れる方がめんどくさそうな印象だ、又八さんもこの業務に関わっているようで人手が増えるのは助かると言っていた。


一通り案内を終えて空が赤く染まり始めた頃に


「又八どーん」


と言う呼び声が聞こえてきた。


「侍の皆さんが起きてきたようだ、来なさい。 紹介しよう」


俺は又八さんに連れられて部屋を出た。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ