第1話
目が覚めた、呼吸を止めていたのか息苦しかった。 肺一杯に空気を吸い込んだ。
「んあぁっ」
眩しい! 目を開けるが視界がボヤけて何も見えない、周りが騒がしい。
「おめでとうございます! 男の子ですよ!」
女の声が聞こえた
「頑張ったな!」
今度は男の声、なんだ?
「あぁ、私の可愛い子・・・ 抱かせてちょうだい」
さっきと違う女の声、疲れているのか女の息が荒い。 ぎゅっと包まれる感覚。
「ここは何処だ?」
俺が喋った途端
「きゃあぁぁっ!!」
悲鳴が起こった
「なんだ! どういう事だっ!?」
男の怒鳴り声が聞こえる
「呪い子っ! この子は半妖じゃっ!」
婆さんの声が聞こえる、俺が喋った途端に周りが大騒ぎになった。 もう一度目を開き、目を凝らすと女と目があった。 女は汗だくで、青い顔をしている。
ん?
「いやあぁぁっ!」
俺の体が転がり硬い床の上でうつ伏せになる、体を起こそうと力を入れるが出来ない。
そんなバカな・・・
「捨ててこいっ! おいっ! 誰かおらんかっ!」
男の怒鳴り声が響いてガラリと戸の開く音が聞こえた。
「何事ですか?」
また別の男の声が聞こえる。
「半妖じゃっ!! この赤子を山へ捨ててこいっ!」
「は、はいっ」
「そんなっ、そんなあぁ、、、」
女のすすり泣く声が聞こえる。
バタバタと回りの騒がしい音が聴こえ、俺の体は持ち上げられると何かの入れ物に入れられた。
信じられない・・・
力の入らない体に殆ど見えない視界・・・
まさか・・・
生まれ変わったのか? 赤ン坊の体に?
いやまて、
それより何て言った? 山に棄てる!? 棄てられるのか!!!?
「待ってくれ」
か細い声で頼む、こんな体で山なんかに捨てられたら死んじまう! 意味がわからない!?
いったいどういう状況だ!?
「ひぃぃ」
男の情けない悲鳴が聴こえた。
「半妖怪の言葉に決して耳を貸してはならんぞ! 答えてもならん! 山の奥へ捨てて戻ってくるまで決して声を出すな! わかったら行ってくるんじゃ!」
婆さんの指示が飛ぶ、問答無用かよ!!
呪い子?
半妖?
て言うか、赤ん坊を山に捨てるってヤバイだろ?
何時の時代だよ?
まさかとんでもないど田舎か?
いや、それにしたって現代の日本じゃアリエナイ・・・
ダメだ、全く思考が追い付かない・・・
そんなことを考えてたら自分の入った籠が規則正しく揺れだしてそれと同時に
パカラッパカラッ
という音が聞こえる・・・
馬か?
辺りは真っ暗だ、空を見ると満月が見える。 籠に入っているせいで視界は空しか見えない。 何を言えば思い止まってくれるくれるだろうか?
前世の記憶を持ってるだけなんだ
半妖なんかじゃない
半妖怪?
聞き流してたけど妖怪っつったのか?
・・・
・・・・・・
なんだそれ?
異世界か?
ラノベは読んだことある
暇潰しにネット小説を読み漁ってた事もある
異世界転生・・・
それか?
もしそれなら、いきなり詰んだな・・・
こんな寝返りも出来ない体で夜の山中に捨てられたら朝日を拝む前に魔物に喰われる
・・・
いや、妖怪か?
・・・・・・
言ってる場合かっ!!
「おい、ちょっと待ってくれないか。 俺は半妖やら呪い子じゃない。 自分でもよくわからないんだが、前世の記憶を持って産まれただけなんだ」
俺を運んでいる男に頼み込む、男は「ひっ」っと小さく悲鳴を上げただけで何も返答はない・・・
「頼むよ、身動きのとれないこの体じゃあ山なんかに捨てられたら明日の朝日を見る前に死んじまう」
歯がなくて喋りにくい
「助けてくれたら恩は返すよ、ちょっと馬を止めて考えてくれないか?」
返答はない
婆さんの教えを忠実に守って黙りか
馬は歩を緩めることなく走り続ける。
このままじゃ山のなかで死んじまう。
なんでこんな事になってんだ!?
何処で何してた?
・・・
そうだ。
暗い森の中、ジメジメした腐葉土に横たわって黒い靄の形をした悪霊に覆い被さられて意識を失った・・・
思い出して全身に鳥肌がたった。
俺はあの森で死んだんだ
あの悪霊に取り殺されたんだ
涙が滲む、あんな思いをまたするはめになんのか!?
勘弁してくれ!
「頼むよっ! 生まれ変わったばっかりなんだ! 殺さないでくれ!」
「なぁ! 俺は妖怪なんかじゃないんだ! 前世の記憶を持ってるだけのただの赤ん坊なんだよ!」
何を言っても返事は帰ってこない・・・
その後も声をかけ続けたがなしのつぶてだった・・・
あの一週間の恐怖と絶望感が蘇る、
人間、自殺に失敗して死に損なったら生きたくなるって聞いたことあるが
今の俺がまさにそれか?
死ぬのが怖くてたまらない!
くそぅ・・・
勘弁してくれ・・・
なんの罰ゲームだ?
夢なら覚めてくれ・・・
俺の懇願に嫌気が差したのか投げ捨てるように籠ごと地面に落とされた
馬の走る蹄の音が遠ざかっていく
俺は籠から転げ出され、地面にうつ伏せになった。
「待ってくれ! 頼むよっ! 行かないでくれ!」
重い頭を上げるとそこにはもう誰もいない
そもそも目が殆ど見えない
俺の命乞いは虚しく響いて消えた
全身を恐怖に支配されるのに10秒も掛からなかった
俺は身を固くして動けない、と言っても殆ど体は満足に動かせない
俺は目だけをぐるぐると動かして辺りを見る
恐怖しかない
がさっ
かなり近い位置から聞こえた
がさっがさっがさっがさっ
落ち葉の上を何かが歩いてくる
俺は恐怖にぎゅっと目をつぶった
がさっがさっがさっがさっ
音は俺の前で止まった
恐らく今、俺の目の前にナニかがいる
・・・
・・・・・
・・・・・・・・・
「助けてやろうか?」
女の声だった。
恐る恐る目を開けるとそこにいたのは黒い猫。
思考が止まった。
今喋ったのはこいつか?
俺は重い頭をもう一度上げた
「どうした? 喋れるだろう?」
黒猫がこっちを向いて首を傾げる
やはり猫が喋っている
「助けてくれ」
なんとも情けない声だ。
俺は情報でパンクしそうになりながらもそう言った。
俺は今、猫の手も借りたいような状況なのだ。
俺の命乞いを聞くと猫がニヤリと笑ったような気がした
「いいだろう、助けてやるよ。 だけど、条件があるねぇ」
条件? なんだ? 嫌な予感しかしない・・・
俺が固まって何も言わないと猫は首を下げて俺に顔を近づけた、獣の臭いとは違う・・・
ナニか甘い匂いがした
「助けてやる代わりに20年経ったらお前の肝を喰わせてもらうよ」
・・・
は!?
肝?
肝を喰わせろ?
俺は黒猫を凝視した、黒猫には尻尾が2本生えている。
「猫又か?」
俺の呟きに猫又が目を細めた
どうする?
20年!?
肝なんか喰われたら死んじまう!
でもこのままじゃ今すぐ死ぬ
チクショウ!
ナニか良い手は無いのか!?
「どうするんだい? 嫌だと言うならアタイはそれでもいいさ。 今すぐ腹を裂いて肝を喰わせて貰うだけだからねぇ」
俺が逡巡して何も言えないでいると猫又は冷たく言い放った
選択の余地なんか無いじゃないか・・・
今すぐ死ぬか
20年後に死ぬか
答えは一つしかない
「助けてくれ」
俺はその日、何度したか分からない命乞いをした・・・