第18話
今、俺は中庭で木刀を振っている。
あれから奥様はすこぶる元気になり、旦那様にどうして元気になったのか聞かれた時に「太郎のお陰よ」っとイタズラっぽく言っているのを聴いた。
亜流磨は「随分とまぁ、大層な話をこしらえたもんじゃ」と少し呆れていた。
どうやら亜流磨の思う元気のつけ方とはかなり違ったらしい。
言ってみたら騙したようなもんだ、亜流磨はその辺が気に入らなかったんだろう。
でも、俺からすれば元気さえ取り戻して貰えれば良かった。
偽善だ、それなら方法は確実にいきたかった。
そこで考えたのがまさに、自分が死んだ(厳密には死んでないが)赤子の代わりになれればどうだろう? って思ったわけだ。
そう思って出来たのがあの作り話し、ある程度、相手に共感を抱いてもらい、出来るだけ俺が棄てた赤ん坊にだぶって見えるような話を考えた。
綺麗な言葉を並べるくらいなら騙してみよう。
俺のアイデンティティーから出た答えがそれだった。
俺には詐欺師の才能があるのかも知れない。
効果はバッチリだった、奥様は元気になり、親方様も喜び、屋敷の奉公人達も一安心。
めでたしめでたしだ。
俺の心には多少、罪悪感が残ったが安い代償だ。
でも、ちょっと笑える。
いい人だとか思われたくなくて騙すような真似をしておいて罪悪感を抱いてる自分にだ。
我ながら本当にへそ曲がりだと思う。
「ん、どうした太郎? 苦い顔をして」
知らぬ間に顔がひきつっていたらしい。
隣で黙々と木刀を振っていた親方様が俺の顔を見て声をかけてきた、親方様は木刀を振っている最中は滅多に口を開かないから珍しい。
「いえ、なんでもありません」
「ん、そうか」
親方様が俺の顔を見て手を止めている。
「そんなに変な顔になっていましたか?」
「いや、そうじゃない。 お前に礼を言おうと考えていたところだ。 りんから聞いた、お前のお陰で元気が出たと。 ありがとう」
「いえ、そんな。 お元気になられてなによりです」
「ん、りんに聞いてもなにがあったか教えてくれん。 太郎、お前はりんになんと言ったんだ?」
親方様が妻の事を名前で呼んでることに少し驚いた、昔の人は「なんとかは嫁に食わすな」って言う諺があるくらいだから、妻を「おい」とか「お前」くらいでしか呼ばないと勝手に思っていた。
「太郎?」
「あ、すみません。 考え事をしていました、それは奥様にも「二人の秘密」と言われているので私が言うわけにはまいりません」
余計なことを考えてたらぼぅっとしてしまった。
「ん、そうか。 まぁいい、りんが塞ぎ込んでいて俺も困り果てていてな。 お前には貸しが出来たな、ありがとう。 りんは随分とお前を気に入っている、これからもよろしく頼む」
「そんな」
そんなことを言われたら、なんか照れるって言うか、ケツが痒い。
「ごめん下さい」
玄関口の方から声が聞こえた。
誰か人が来たらしい。
「ん、太郎。 見に行ってくれるか」
偶々他の奉公人さんや女中さんが全員出払っている。
「はい」
俺は木刀を倉に仕舞って駆け出した。
玄関口に行くと旅装の坊主のような雰囲気の男が鉄の杖を手に立っていた。
輪っかに輪っかがいっぱい付いているあの杖だ。
年の頃は30代後半、でかい篭を背負っているのに腰を前に屈めずに真っ直ぐ立っている。
足の裾をたくしあげていて見える脹ら脛がシシャモのように発達している。
「お、ここのせがれかな? 利発そうな顔だ、お父上はおらんか?」
笠を脱いでボサボサに伸びた髪と無精髭が見えた、旅をしているせいで汚い格好になっているものの、優しそうな目に厳つい顎って感じの好感の持てる笑顔の男だ。
「私はこの家の子ではありません、奉公人としてお世話になっている太郎と申します。 旅の僧侶とお見受けしますが、失礼ですが親方様にどういったご用件でしょうか?」
「ほっ、こいつは出来た男だ。 失礼した、私は太郎殿の見立ての通り、あちらこちらで説法を説いて廻っている者でして、源信と申します。 この度は寝る場所をいただけないかと思い、お声を掛けさせていただいた次第です」
源信と名乗った坊主は居ずまいを正して話す。
「わかりました、すぐに親方様に言ってまいります」
「それには及ばん」
親方様が中庭の方から歩いてやって来た。
「私が主の阿部春材です、こんなところで申し訳ない、今、家の者が出払っておりまして」
「いやいや、私は源信という旅の僧侶で御座います」
「えぇ、どうぞお上がりください。 太郎、源信殿を客間の方へ案内してもらえるか」
源信は親方様に一礼した、親方様も源信に一礼して中庭の方へ歩いていった。
「では、どうぞ此方へ」
源信を伴って歩いていく、まずは玄関で待っててもらい、旅の埃を落とすための湯と手拭を用意する。
「どうぞ」と渡すと「かたじけない」といって手拭を桶の湯で濡らして拭き始める。
それと一緒に温めの茶を出した。
「おぉ、これはありがたい」
源信は嬉しそうに茶を飲み干した。
「丁度喉が乾いていたところです、ありがとう」
俺は「いえ」と言って頭を下げる、そのまま源信の身仕度が終わるのを後で立って待つ。
手拭で顔や体を拭きながら源信はちらりと俺を見た、その視線に妙な違和感を感じる。
なんだ?
「太郎殿は何処かの公家(公家は朝廷に支える者達、ここでは貴族の意)のお子様かな?」
「いえ、ただの孤児で御座います。 2ヶ月程前から此方の御屋敷でお世話になっております」
「そうか、立派なものだ、御両親もあの世で安心して貴方を見ていることだろう」
源信は感傷に浸っているのか、俺を慰めるような、励ますような口調で喋る。
「はい、両親はいなくてもここにはとても良くしてくれる人達がいますので大丈夫です」
「そうかそうか」
源信は嬉しそうに「そうか」を繰り返している。
「では、案内をお願い致します」
旅塵を落とした源信が草履を脱いで足を拭いて立ち上がる。
「では、此方へ」
客間へ案内すると親方様も汗を拭き、羽織を着て待っていた。
俺は「失礼します」と言ってその部屋を後にする、まだ時間は昼を回ったばかり。
また中庭で素振りでもしようかと思い、中庭の方へ足を向けると亜流磨が
「太郎、ちょっとよいか」
と声をかけてきた、何処で聞かれるか分からないから夜に物置小屋に戻るまでは出来るだけ話しかけないように言ってるから珍しい。
俺は亜流磨の方を向いて頷いてから物置小屋へと向かった。
「どうしたんだ?」
俺は小声で話しかける。
「あの源信という男」
なぜか亜流磨まで小声で話す、お前の声は聞こえないだろうに・・・
「妾と目を合わせよった」
「まじか」
そういや、視線が気にはなったけど。 あれは俺じゃなくて亜流磨を見てたのか。
伽凛は幽霊が見えてたら氣も見えるって言ってたよな、俺の禍禍しい氣が源信には見えてるんだろうか?
見えてたら不味いかな?
不味いよな。
「太郎、話していた感じでは悪い印象は無いが。 気をつけておいた方が良いじゃろう。 万が一、正体がバレれば不味いであろう?」
「そうだな」
まぁ、一泊するぐらいなら大丈夫だろ。
俺はまた中庭に戻って木刀を振る。
亜流磨が見える坊さんか・・・
悪霊退散とか出来るんだろうか?
「太郎さん、背中の悪霊をお祓いしてしんぜよう」
とか言われたらどうしようか? 亜流磨を退散してもらうか? いやいや、若干だが愛着も湧いてきたし可哀想だな。
そんときは「大丈夫です」って言ってあげよう。
とりあえず害はないし、なんなら助けてもらってるしな。
1000年前の坊主ってどんな仕事してんのかな?
現代の坊主の仕事って言えば葬儀のイメージしかないな、1000年前もいちいち葬儀とかするんだろうか?
旅の僧侶か・・・
バガ〇ンドの沢庵坊みたいなもんか。
あの漫画は戦国時代の終わりだから、この時代からなら600年くらい先か。
うーん
なんか、頭の中が脱線しまくってるな。
集中集中
今は木刀に集中だ。
平安時代の宮本武蔵を目指して
ぬたぁん
そうだ、バガ〇ンドの宮本武蔵は剣をぬたぁんって剣を振ってたな。
ぬたぁんだ。
ぬたぁん
ぬたぁん
「何を言ってるんだ? 太郎」
急に声をかけられて飛び上がった。
後ろを振り向くと又八さんが立っていた。
「ビックリしたー」
「はは、悪い悪い、ぬたぁんってなんだ太郎?」
え、声に出てたのか?
「いや、もっとうまく剣を振るにはどうしたら良いかなぁって考えてたら勝手に口から出てました。 へへ」
「可笑しな奴だな、ところで、玄関に知らん草履があったが。 誰か来てるのか?」
「源信という、旅の僧侶の方がお見えです。 何でも寝る場所を貸していただけないかととのことです」
「そうか、では寝室の用意をせんとな」
「旅の僧侶さんってこうやってたまに来るんですか?」
「いや、初めてだよ。 何人でおいでだった?」
「一人でしたが」
「一人!? そいつは凄いな、余程の僧侶様だろう。 無いとは思うが太郎、粗相の無いようにな」
「はい、凄いとはなにが凄いのですか?」
「そりゃあ太郎、旅をするなら山を越え森を抜けなきゃならんじゃないか。 そんな妖怪だらけの場所をたった一人で歩けるなら相当な僧侶様に違いない」
そう言うと又八さんはそそくさと去っていった。
なるほど、そういうことか。
え?
じゃあ、俺の邪悪な氣も見えてるんじゃね?
そんな思いを抱いてゆっくりと振り向き、背後にいる亜流磨と目を合わせると亜流磨も顔をひきつらせていた。