題17話
奥様の部屋へ食事を運んでから3日が経った、あれから毎日俺が食事を運んでいる。
どうやら又八さんや他の奉公人の人達は子供の顔を見たらなにか奥様の意識に変化があるんじゃないかと思って俺に頼んでいるらしい。
結果は全く変化なし。
なんならあのうちひしがれた姿を見るたびに俺の方が参ってきている。
これは本当になにか考えた方が良さそうだ、俺の精神衛生上もよくない。
夜、仰向けに手を頭の後ろで組んでむしろに横になり、小屋の天井を見ながら作戦を考えている。
なんか、最近はいつもこのポーズだな。
「太郎、なぜなにも声をかけてやらんのだ?」
と亜流磨が話しかけてきた、勿論、奥様の事だろう。
「あぁ、考えてるよ。 でも、俺が今さら「元気出してください」なんて言っても全く意味が無いだろう? だから、なにか良い方法はないか考えてんだよ」
「ふむ、意気地がないのぅ」
意気地て、そういう問題じゃないだろう。 別に言うのが恥ずかしいとか怖いわけじゃないんだから。
「俺は、、、」
言いかけて止めた、俺の感覚と亜流磨の感覚じゃ全然違う。
ここで亜流磨と押し問答なんかしても意味はない。
「なんじゃ?」
「いや、やきもきさせて悪いけどもう少し待っててくれ」
「そうか、太郎よ、あの女子は子供を失って落ち込んでおるんじゃ。 そして元々、お前はあの女子の息子じゃ。 お前ならあの女子の心を埋めてやれるはずじゃぞ」
うーん、言いたい事は分からんでもないけど・・・
ハッキリ言ってあの人を母親と思えるかって言われたら赤の他人としか思えない。
なれても、子供の代わりみたいなもんだ。
でも、奥様の子供の代わりになれるわけでもなし・・・
・・・
・・・・・・
代わりか、、、
==
その2日後、俺は親方様の手伝いを終えたあと、「今日は書を読ませていただきます」と言って剣の稽古に行かず、屋敷に入っていった。
そして資料室の前を素通りして2階へ上がる。
「ほぅ、とうとう女子に声をかけてやるのか?」
亜流磨がなんだか嬉しそうにしているのを口に人差指を当てて静かにしているようにと目で促す。
作戦は考えた、上手くいくかどうか・・・
部屋の前に着いた、指先が冷たい、昔から緊張すると指先が冷える妙な体質がある。
俺は引き戸の前で手をついて、2度深呼吸をしてから声をかけた。
「奥様、失礼いたします。 太郎でございます、少しお時間よろしいでしょうか?」
緊張のわりにいつもと変わらない声、これも昔からだ。
そのお陰と言って良いのか、俺は周りから見ると一切緊張していないように見えるらしい。
まぁ、だからといって得もないし損もしないけど。
「・・・入りなさい」
暫くすると返事が聞こえた。
「失礼します」
障子を開けて中に入った。
今日は髪を下ろさずに簪で止めてある、セットしているというより鬱陶しいからざっとさして上げているという感じだ。
いつもの疲れた、重たげな目で俺を見る。
「・・・どうした?」
なにか、刺々した感じがする。
考えすぎか?
俺は頭を下げたまま畳に向かって喋り始める。
「はい、実は人が話しているのを聞いてしまったのですが・・・」
言葉を切る、相手にゆっくり考えて貰いながら話を進めていきたい。
「私が子供を山に捨てたことか?」
するとやはり刺々しい声音が返ってきた。
「違いますが、そうです。 それで部屋に籠っていると聞きました」
そんなに辛辣な事を言ってる人間はいない、まぁ、話の内容は間違っちゃいないが・・・
「・・・それで? なにを言いにきた? 誰かになにか言われたか?」
どうやら、俺が誰かの差し金でここに来たと思っているらしい。
それで刺々しているのか、まぁ、最初に敵意が向けられるかも知れないのは想定済みだ、途中で「出ていけ」と言われない限りは多分上手くいくだろう。
「少しだけ私の身の上話を聞いてもらえますか? 私は父と母が病で死に、頼るものがいなくて山向こうの村からここに来ました」
ここは「誰かに言われたか?」っていう奥様の言葉は無視して話を進めよう。
「・・・なんだ? それがどうした? 私が子供を棄てたこととなんの関係がある?」
少し語気が強くなる。
「はい、実は私の、この話には少し嘘があります」
「嘘とは?」
俺は顔を上げて膝の上で拳を握り、奥様の目を見て話し始める。
「はい、頼る人はいました。 ですがその人に迷惑がかかるといけないと思い、死ぬ思いをして山を越えてこの村までやって参ったのです」
目を離さない、俺はゆっくり言葉を繋ぐ。
「 実は、私には生まれつき不思議な力がありました、触らずに物を動かせる力です」
「・・・どういう事かしら?」
よし、興味を持った。
「では、お見せ致します」
心臓がかなり高鳴っている、やっても大丈夫だろうか? 最悪、ここにはいられなくなるな。
俺は一礼して「失礼致します」と言ってから、意を決して奥様の頭に差してある簪に掌を向けて意識を集中させた、簪は勢いよく俺の手に向かって飛んできた。
俺はそれをパシッとつかんで奥様に見せる。
簪で留められていた長い髪がはらりと落ちる、奥様は髪に手をやり、俺の手にある簪を見て息を飲んだ。
重たげだった瞼がハッキリと見開かれている。
「この力のせいで私は半妖と言わました、父と母は村の皆に散々「半妖を山へ棄ててこい」と言われました、それでも私を捨てずに育てた父と母は村八分にされて家は困窮し、食うにも困る毎日でした」
奥様はなにも言わずに俺の話を聞いている。
他人事とは思えない話の筈だ、心中穏やかじゃないだろう。 その上に目の前で念動力まで見せたんだ、信じるはずだ。
「なんとかやっていけたのは父の親戚筋が村に見つからぬように援助していてくれたからです、ですが・・・」
俺はゆっくりと喋る。
「父と母は流行り病で死んでしまいました、3ヶ月程前の事です。 村ではやはり私が半妖で、妖術で両親を喰い殺したんだと言われました」
「それはおかしい! 半妖が両親を喰い殺すのは2~3才という話でしょう? あなたは、見たところ5才か6才じゃないか!」
奥様は声を荒げて、いもしない俺を虐げた村人に憤っている。
しっかり話を信じてくれたようだ。
そりゃそうか、目の前でしっかり念動力まで見せられたんだ。
なんか罪悪感があるな・・・
「はい、ですが村の人間には関係ありませんでした。 私は両親を埋葬した後、父の親戚にうちへおいでと言われましたが断りました。 私が行って今度はその家が村八分になってはいけないと思ったからです」
「・・・そうか、辛かったであろう」
奥様の瞳には涙が貯まっていた。
「はい、辛かったです」
唾を飲み込んで、更に言葉を繋ぐ。
もう少しだ。
「ですから、奥様の大切な人を失った悲しみも、私には少しは分かるつもりです。 私も大切な両親を失い、大好きだった父の親戚の伯父さんと別れてここへやって来ましたから」
奥様の目からは涙が流れていた、俺の話を真剣に聞いてくれている。
「この屋敷の人達は私をとても暖かく迎えてくれました、この感謝の気持ちは言葉では現せない程です。 親方様も、侍の皆さんも、奉公人の人達も、本当に皆、良い人達で、産まれて初めて、自分に居場所が出来たように感じています」
喉の奥が苦しくなってきた。
「そんな、私に優しくしてくれる皆さんが、早く奥様に元気になってほしいと言っています。 奥様が悲しみに暮れていると聞いて少しでも力になれればと思いました、なので」
言いかけた時に奥様が俺の方にわっと来て抱き締められた。
「もういいわ、辛かったでしょう。 ありがとう、ありがとうね」
声を震わせて、俺の頭を何度も何度も撫でながら何度も何度もありがとうと言ってくれた。
俺は何故か涙が流れていた。
しばらく抱き締めると奥様は俺を離した。
「あの・・・」
言いにくそうに俺は口を開く。
「どうしたの?」
奥様は俺の頬を両手で包むようにして親指で涙を拭ってくれた。
奥様の顔は涙でくしゃくしゃだ。
「私の力の事なのですが・・・」
「なにも心配いらないわ、誰にも言ったりしないから。 太郎も私以外には言っては駄目よ」
言い淀んでいると俺の気持ちを汲んでくれた。
「はい、ありがとうございます」
奥様は笑顔で俺の頭を撫でてくれた。
「いいのよ、二人の秘密ね」
そう言って笑う奥様はさっきまでとは別人のようだ。
「あなたのお陰でなんだか元気が出てきたわ、急にお腹が空いてきちゃった」
そう言ってクスクスと笑った。
そこには年相応にあどけなさを残した笑顔があった。