第15話
水を汲み終わった頃にまた三人組が見廻りから帰ってきた。
「おはようございます」
「おはようさん、今日も早いな」
村木さんが答える、後ろの花木さんと大村さんも「おはよう」と返してくれる。
「今日も随分と汚れていますね、一体何処を見回っているんですか?」
見たらいつも足元は土でどろどろだし上着には葉っぱやら小枝が付いている。
「そりゃあ、妖怪どもは大抵山から来るからな。 林の中や獣道をアイツらを追いかけて走り廻るからこうなる」
村木さんは汚れた足元を指差した。
・・・
・・・・・・
へ?
「妖怪ですか? 盗賊とかじゃなくて?」
「この辺じゃ盗賊・山賊は滅多にいねぇだろ。 太郎の住んでたとこには妖怪は出なかったのか?」
村木さんが着物を脱ぎながら答える。
妖怪っすか、猫又ならみました。
「あー、大人たちは話していましたが。 私は見たことありませんでした」
「そうか、村にいい祈祷師でもいたのかな?」
村木さんは首を傾げて、俺に言うでもなくぼそっと呟いていた。
「いつも妖怪を退治して廻っているんですか?」
「そうだ、ま、大体の妖怪は頭が良いから人間を襲ったりしないんだが、最近になって虫の類いの妖怪が増えてな、そいつらは頭が良くねぇから人の発する氣につられて夜、起き出してきては人間の民家に寄りつくんだ」
虫の妖怪? オオムカデみたいなヤツか?
ナ〇シカに出てくるみたいな?
あとは蜘蛛かな?
俺は人間並みの大きさの蜘蛛を想像してブルッと震えた。
キモチワルッ!
「ははっ、そう怖がるな、出てくると言っても3日に1回くらいだ!」
いや結構出てるやん!
「そんなに出るんですか」
「ま、出ても退治することはそう無い。 最後に妖怪と殺り合ったのは2ヶ月は前だな、大抵は山に追い払う」
ふーん、縄張り争いみたいなもんか?
「妖怪ってどんなのが出るんですか?」
「あー、百足に蠅に蟋蟀だろ、蜘蛛と、あー、餓もいるな」
きぃもおぉ、想像したらげんなりしてきた。
「前は蜥蜴とか蛙の妖怪が多かったんだけどね、虫を食べる爬虫類系の妖怪が減ったと思ったら虫の妖怪が増えてきたってワケさ」
花木さんが相変わらずニコニコして体を手拭いで拭きながら話す、内容がきもくて俺は笑えないが。
大村さんはもう食事に行ってしまったようだ。
「刀で斬れるんですか? 妖怪って」
なんか、スカッとすり抜けそうなもんだが・・・?
「おぉ、刀に氣を纏わせれば斬れるぜ」
村木さんが刀を指差してニヒルに笑う。
そういや普通に聞いてたけど村木さんも「氣」っていう単語を使うんだな。
しかも、使いこなしているようだ。
「村木さんは氣が見えるんですか?」
「いや、目では見えんな。 むしろ、見えると言ってる奴は胡散臭い」
胡散臭いか、現代でいうインチキ霊媒師みたいなもんか?
「さぁ、飯に行こう。 話の続きは食いながらだ」
小袖を羽織りながら村木さんが促す。
俺は村木さんと花木さんについて大広間へと向かった。
大広間では大村さんが飯を掻き込んでいた。
村木さんと花木さんは大村さんの向いに、俺は大村さんの隣に座った。
「氣を剣に纏えば斬れるって、どうすれば出来るようになるんですか?」
「へへっ」
ん?
何故だか3人とも顔を見合わせて笑っている。
「よくわからん」
へ?
「えと、どういう事ですか?」
「そのまんまだ、よくわからん。 ひたすら剣を振って体を鍛える、するといつの頃からか変化がある。 目を瞑っていても飛んでくる小石が分かったり、後ろを歩く人間の気配で何人いるか分かったり。 親方様は凄いぞ、なんせ離れた物を斬れるんだ」
おぉ、飛ぶ斬撃っすか!
やっぱりこれは異世界ファンタジーなのか?
いや、昔の人は出来ていたのか?
でも現代にだって散々に修業した達人はいた、トップアスリートだって似たような事が出来てもおかしくない筈だ。
うーん、わっかんねぇな・・・
「どうした太郎、考え込んで」
「はい、氣ってなんなんだろうか考えてました」
「氣がなにか? 氣は氣だろう? 可笑しな事を言うな」
村木さんは笑っている。
氣は氣か。
なんか深いな。
う~ん、現代人は難しく考えすぎて分かんなくなったのかな?
氣は氣。
「氣は誰にでもあるものだ、だけど、誰でも使える訳じゃない。 鍛練してすぐに使えるようになる者もいるし、いつまで経っても使えない者もいる」
得手不得手ってヤツか、まぁ、なんにでもあるよな。
「他にはどんな事が出来るんですか?」
「坊主や神主は言葉に氣を載せて悪霊やら妖怪を祓ったり退けたりするらしいな、巫女の中には祈祷で傷を治したり出来る奴もいるらしい。 嘘か真か知らんが、空を飛べるようになった修験者の話しも聞いたことがある」
村木さんが頭を捻っていろいろ教えてくれた。
「火や水を出したりとかは出来るんですか?」
「んー、出来るんじゃないか? 妖怪の中には火を吹く奴もいるしな、人間でやったというのは聴いたことないが、妖怪も人間も氣を使ってしてるんだからやってやれない事はないだろう」
ほー、なるほど。
「じゃあ、狐や狸みたいに変化出来る人もいるんですか!?」
「んー、、、おぉ! そんな話があったな、三枚のお札って話しだ。 知らないか? 栗拾いに行った小僧に和庄が札をやる話しだ」
おぉ! 知ってる! 三枚のお札だ!!
「山姥が出てくる話しですよね?」
「それだ、1枚目は便所で小僧の声を真似ただろう? あれも様は化かしてる、狸の専売特許だろう? それに、さっき言ってた火やら水やらも札から出してた筈だ」
凄いな、それが出来るようになったらもう魔法だ。
心臓がばくばく鳴ってる、俺はもう既に氣を使って物を動かせるんだから覚えられる筈だ!
「随分と楽しそうだな」
「はい、面白いです。 今までに戦った妖怪で1番手強かったのはどんな奴ですか?」
また3人は顔を見合わせてニヤリと笑う。
「俺達は3人掛りでも敵わなかった奴がいる、なんなら、そいつと戦った頃は仲間があと2人いたんだがソイツに喰われた。 つまり5人掛りでも手も足も出ないトンでもない化け物だったんだ。 それを親方様はたった独りで殺り合って大立ち回りを演じて結局、独りで倒しちまった」
おぉ、凄い武勇伝だ!
「それはどんな妖怪だったんですか?」
「鵺だ」
うおぉ、鵺って、あの?
「どんな姿だったんですか?」
「申の顔、狸の胴、寅の手足でその上、尻尾が巳だった。 花木よりも速く、大村よりも馬鹿力だった。 俺はその頃、氣を使えるようになって妖怪をバッタバッタと斬り祓って有頂天になってた、親方様を覗けば仲間内でも俺が1番強かったしな。 この辺じゃ敵なんていないよ思ってたよ、そんな俺の鼻っ柱は見事に叩き折られた。 今でもあの時を思い出したら気分が重くなる、喰われてる仲間を置いて逃げるしか出来なかったよ」
さっきまでの空気とは一転、急に場が暗くなった。
「それから、死物狂いで鍛練してるが今だに鵺と戦って勝てる気はしない。 想像がつかん、だが良い教訓になった。 世の中、上には上がいくらでもあるんだってのが痛いほど分かったよ。 俺が手も足も出なかった化け物を親方様は倒した、その親方様が自分よりも強い奴はいくらでもいるって言うんだ、まったく、いやんなるぜ」
そう言ってまた、村木さんはニヒルに笑った。
雰囲気的にそれ以上、聞ける空気じゃなかったから食事を終えると俺は「お話ありがとうございました、親方様の御手伝いに行ってまいります」と席をたった。
「失礼します」と言って資料室に入ると親方様は相変わらず黙々と筆を走らせ、書に目を通していた。
話しに聞く限り、相当な剣の使い手なんだろう。
それでも驕ることなく、農民達の為に毎日こうやって書に目を通しては筆を走らせ、それが終われば鍛練も欠かさない。
格好いいな、男が憧れるような男だ。
「ん、なんだ太郎?」
俺が背中を見つめていると、書に目を落としたままの姿勢で背中越しに話しかけられた。
これが氣で気配を感じるってヤツか!
「はい、今朝、村木さん達に親方様が離れた物を斬れると聞いて。 その事を考えてました」
鵺の話は止めとこう、暗くなってもあれだしな。
「そうか、見たいのか?」
こちらを向いて聞いてくる、その視線はなんだか意外な物を見るようだ。
「はい、是非見たいです!」
「はは、年のわりに落ち着いた奴だと思っていたが年相応な所もあるんだな」
中身は30才のオッサンっすから。
「見せてもらえますか?」
「ん、ここの作業が終わったら昼の鍛練の時に見せてやる」
おぉ、楽しみだ。
「ありがとうございます!」
「ん、じゃあ作業に集中してくれ」
その日の作業は妙に長く感じた。
==
「ん、よく見てろ」
書斎での作業が終わり、親方様の技を見せてもらいに中庭に出てきた。
的は砂の山を作り、その砂山に立てた枝だ。 親方様は10メートルくらいの距離をとってその的に向かい合う。
腰には真剣が差している。
剣を抜いて上段に構える。
「いくぞ」
特に集中するでもなく、力むでもなく。
「しっ」と小さく息を吐いて剣を振り抜く、見ている目の前で小枝は中ほどから斬られて半身が地面に音もなく横たわった。
スゲェ、、、
俺はその横たわった枝から暫く目が離せなかった・・・
==
夜、自分の物置小屋に戻るともうすでに伽凛が丸くなっていた。
「なぁ、伽凛、聞いてくれ」
伽凛の前におにぎりを置きながら興奮ぎみに話しかける。
「なんだい?」
片目をスッと開いて俺の方を見る。
おにぎりを視界にいれるとパッと起き上がって食べ始めた。
可愛い、こうやって見ているとただの可愛いだけの猫だ。
傍目から見たら俺が小屋で隠れて猫を飼っているように見えるだろう、実際に飼われているのは俺の方だ。
そう思うと可笑しくなって自然と「フフッ」と笑っていた。
「ナニがおかしいんだい?」
伽凛が視線を俺に向ける。
「いや、なんでもないよ。 今日、親方様に氣を纏わせた剣で離れた物を斬るところを見せてもらったんだ。 それで、気になった事があるんだけど」
「なんだい?」
「他の人達は氣が見えてないのに氣を使っているだろ? でも、伽凛は俺が氣が見えるようになるまで使わない方がいいって言っただろう? ナニか違いがあるのか?」
散々伽凛は氣が見えるまで使うなと言っていたが親方様のアレを見たら使いたくて仕方がなくなったのだ。
伽凛は「ふん」と少しめんどくさげに息をついてから話し始めた。
「いいかい? 普通、人間は氣をそう簡単には制御出来ないんだよ。 散々鍛練してようやっとやりたいことが出来るようになる。 逆に言えば鍛練したこと意外は出来ないんだよ、だから使っていても特に問題はない。 ナニが起こるかは分かってるからね。 だけど太郎、アンタの場合は鍛練してもいないのにいきなり触っていない物を動かせた。 自分でもどうなっているのか分からない、つまりナニが起こるか分からない」
そこまで言って伽凛は俺の顔を「ここまでは分かるかい?」と言いたげに見つめる。
俺もうんうんと頷いた。
「それでも、氣が見えてるんならまだ良い。 見ながら制御すればいいからね、でもアンタは見えてない。 前にも言ったろ? 目を瞑って山道を走るようなもんだって。 違う言い方をするなら、どこに刃が付いてるかも分からないのに剣をこねくり回すようなモンって言ってもいい。 つまり、怪我すんのが目に見えてんのさ。 それも、取り返しのつかないような怪我をね」
「太郎、妾も伽凛の言う通りだと思うぞ」
そうか、ちょっと伽凛が俺が強くなんないように言ってんのかとか邪推したのが恥ずかしい。
話を聞いた感じ、嘘は無さそうだ。
「いや、出来るなら俺も氣を使ってなんかしてみたいからさ、聞いてみただけだよ」
「まぁ、止めとくんだね。 ただでさえ馬鹿デカい氣だ、その上にナニが出来るかも分からないし、ナニが起こるかも分からない」
流石にここまで言われりゃあ勝手にイタズラする気にもなんないな、子供じゃあるまいし。
見た目は子供だけど・・・
「分かったよ、伽凛」
「心配しなくても嫌でも見えるようになるさ」
嫌でもか
「そもそも、なんで見えないものが見えるようになるんだ?」
「さあねぇ、アタイも猫だった頃は幽霊は見えても氣は見えなかったからねぇ。 まぁ、見る必要の無いものは見えない方がいいからじゃないかい?」
「へぇ、猫には幽霊が見えるのか?」
「全部の猫がそうかは知らないけど、アタイにゃ見えてたよ」
「ふーん、伽凛のさっきの言い方だと、伽凛は幽霊を見る必要があったってことか?」
「そうだね、思い返せばアタイも猫だった頃から氣が大きかったんだろうねぇ。 幽霊や妖怪に喰われそうになったこともあるよ、その時、見えてなかったら逃げれなかった訳だから見る必要があったんだろうね」
「そっか、だから俺の氣門が開いたら氣を扱えるようになるために見えるようになるはずって訳だな」
「そういう事だよ」
なるほどね、そこにイレギュラーだったのが亜留磨の氣を持って転生したせいで氣が使えるのに見えないっていう。 そのせいで伽凛曰く歪な状態になったわけだ。
「そういう事か、なぁ、伽凛は何年くらい生きてたら猫又になったんだ?」
「正確には分かんないけど、20年近くは生きてたねぇ」
20年!?
この時代の猫にしちゃあ信じられないような長生きだ。
「凄いな、ずっと山で暮らしてたのか?」
「・・・そうだね、ずっと山にいたよ」
「へぇ、この近くの?」
「そうだよ、まぁ、猫だった頃の話はしても仕方ないだろう。 寝てるか、起きて獲物を探してるかのどっちかだよ」
「伽凛は獲物を捕るのが上手いからそんなに長生きだったんだな」
「いや、年には勝てないよ。 最後は獲物を取れずに何日も食えなかった、もう死ぬんだと思って満月を眺めてたら、気が付いたら猫又になってたよ」
「そうか、元々氣が多くて長生きしたら猫又になるのかな?」
「いや、アタイが思うにそれだけじゃないね」
「他になんだと思う?」
「アタイは怨みだと思うね、そんなもんでもないと妖怪なんかにならないよ」
伽凛の雰囲気がなんだか険しくなった。
「伽凛は、なにを?」
しまった、聞かなくていいことを聞いちまったな・・・
「・・・」
「・・・」
少し重たい沈黙が流れる。
「喋り過ぎたね、太郎、誰かの怨みなんて聞くもんじゃないよ。 アタイも嫌な事を思い出すし、アンタも良い気はしないはずだ」
「そうだな、悪かったよ」
「もう、アタイは寝るよ」
「あぁ、おやすみ」
伽凛は俺の頭の上に移動して丸くなった、今朝の危うくバレそうになったのを気にして側で寝てくれるらしい。
気の回るにゃんこだ。
さっきの質問はまずったなぁ、なんであんな事聞いちまったんだろ。
でも、
伽凛が妖怪になるぐらい怨む事か、なんだろうな・・・