第14話
「太郎、太郎」
肩を叩かれる。
「ん、、んん」
眼を擦る手が小さい、眼を開けると亜流磨が俺の顔を覗き込んでいた。
「おぉっ、おはよう」
少し驚いた声が出てしまった、そう言えば昨日の夜、起きなかったら起こしてくれって言ったんだった。
この顔には慣れる気がしないな・・・
「ありがとう亜流磨」
視線を廻らせると伽凛がいつもの場所で丸くなっていた。
「伽凛」
小声で呼び掛けるが反応がない、珍しく熟睡してるんだな。
亜流磨も呼び掛けるが起きる気配がない。
俺は寝返りをしてうつぶせになって這って伽凛に近づこうと試みる。
いや、頭重たっ!
人生初のハイハイ開始五秒で首の筋肉が悲鳴をあげた。
ベビーボディでは相変わらずなんにも出来ねぇな、まぁ無理もないか生後一週間くらいだもんな。
なおも頭を最小限に上げながらごそごそとハイハイを続ける、早く変化してもらわないともしも又八さんあたりが起こしに来たらまずい。
ごそごそ
ごそごそごそ
ごそごそごそごそ
遠いっ!
伽凛が寝ている部屋の隅までがなんて遠いんだ!
後、1メートルの距離が縮まらない。
そこで疲れて止まっていると外からザッザッと誰かの歩く音が聴こえてきた。
「亜流磨、誰か来てるか見てくれないか」
「うむ」
俺の言葉に返事をして亜流磨がスッと扉から顔だけをすり抜けさせて様子を伺う。
「又八が歩いてきておるぞ!」
すぐに顔を引っ込めて焦ったように言う。
マジか!
ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
伽凛さん速く起きてー!
=【又八視点】=
助けてくれ・・・
勘弁してくれ・・・
俺は妖怪なんかじゃない・・・
こんな所に置いていかれたら死んじまう・・・
待ってくれ・・・
夜の山道に置いていった赤子の此方を睨む顔が浮かぶ・・・
恨んでやる・・
呪ってやる・
必ず復讐に行くぞ!
「うおぉっ!!」
はぁ、はぁ、はぁ。
肩で息をしながら汗だくで目覚める、またあの夢か。
又八は子を山に棄ててきてからというもの殆んど毎日、籠に背負った赤子の命乞いの夢を見る。
そして最後は恨みの籠った顔で呪いの言葉を吐き掛けられて目覚めるのだ。
「堪忍やぞ」
ポツリと呟いて外を見るとうっすらと白み始めている、遠くで鳥の鳴く声も聴こえる。
もうすぐ夜明けだ。
寝床から起きて部屋を出る、草履を履いて框を降りて中庭に向かう。
「ふぅ」
一つ息をついて井戸の縄を引く、桶の水に両手をいれて水をすくい顔を洗う。
二~三回繰り返してスッキリしたところで手拭で顔を拭いた。
「お、太郎はまだなのかな?」
二日前からこの屋敷にやっかいになっている少年の姿が今日はまだない。
緊張してそんなに眠れていないんだろう、歳はまだ五才か六才、元は貴族の子だったのだろう。
又八は太郎をそんな風に思っていた。
礼儀の良くできた子だ、頭も良い、まだ両親が亡くなったばかりで辛いだろうになぁ。
「どれ、起こしにいってやるか」
そのまま母屋を廻って太郎の寝る裏小屋に向かって歩く。
ザッザッと音がなる。
明け方のまだしんと静まっている中に砂を蹴るがよく響く。
又八は少し足を擦って歩く癖がある。
この時間は虫もあまり鳴かない、鳥だけが鳴き出す時間帯。
太郎のいる裏小屋まで目前というところで小屋の中からゴトンと音がした。
「太郎、起きているのか? 入るぞ」
声をかけてから引戸を引いた。
太郎が暗がりの中で顔をひきつらせて籠を持っていた。
「どうしたんだ?」
「いえ、その」
「何かあったのか?」
「・・・ 足音が恐かったんです」
「・・・ はははっ、そいつは恐がらせてすまなかったな」
こんな子供が一人で真っ暗な部屋にいたらそりゃあ怖いだろう、その上に外から足音が聴こえたら顔もひきつって当然だ。
「いえ」
「一人で眠るのは怖いか? 今度から俺と一緒に眠るか?」
「大丈夫です、折角の一人部屋ですし」
「そうか、豪気だな。 嫌になったらいつでも言いなさい、さぁ、そろそろ夜が明ける。 またお侍方の水汲みを頼めるか?」
「はい、任せてください」
「頼んだぞ」
又八は太郎の部屋を後にして廊下を歩いていると何かが気になった。
はて、なんだろうか?
そんな思いも今日の雑事の事を考えるとすぐに去っていった。
==
「伽凛、伽凛」
小声で呼び掛けるが全然起きる気配がない!
足音はもうすぐそこまで来ている!
ザッザッ
ヤッベェ!
伽凛の側に置いてある籠に手を伸ばす、念動力で籠を伽凛にむかって倒した。
ゴトンと音が響く。
籠があたって伽凛が跳ね起きた。
「なんだい!?」
「変化変化! 早く!」
察した伽凛がすぐに宙返りを決めて俺を変化させた。
「太郎、起きているのか? 入るぞ」
ヤッベェ!
俺が咄嗟に伽凛に転がってた籠を被せたのと同時に引戸が開いて又八さんが顔を出す。
「どうしたんだ?」
籠を抱えた俺を見て又八さんが不思議そうな顔をしている。
「いえ、その」
「何かあったのか?」
「・・・ 足音が恐かったんです」
咄嗟に嘘をついた。
「・・・」
又八さんは、ん?、という顔で固まっている。
「はははっ、そいつは恐がらせてすまなかったな」
嘘が通じたか?
「いえ」
「一人で眠るのは怖いか? 今度から俺と一緒に眠るか?」
「大丈夫です、折角の一人部屋ですし」
「そうか、豪気だな。 嫌になったらいつでも言いなさい、さぁ、そろそろ夜が明ける。 またお侍方の水汲みを頼めるか?」
「はい、任せてください」
「頼んだぞ」
又八さんはそれだけ言って戻っていった。
「ふぅー、焦ったぁ」
足音が聞こえなくなった所で息をついた。
「行ったんなら出しとくれ」
抱えてる籠から伽凛の不満げな声が聞こえてきた。
「おぉ、悪い悪い」
籠をどけるといつもの3倍くらいに尻尾を膨らませた伽凛がこちらを睨んでいる。
「驚かせるんじゃないよ、まったく」
伽凛が不快げに言葉を吐く。
「うはははははっ」
「ふふふふふふっ」
俺と亜流磨が一緒に笑う。
「ナニを笑ってるんだい?」
「いや、その尻尾がさ。 そんなに太くなるんだな」
いつもしゅっとしている尻尾が今は大根みたいに太くなっている。
自分の尻尾と笑っている俺達を交互に見て伽凛が眼を細める。
かなりご立腹だ。
「いや、悪い悪い。 でもホントに危なかった、ギリギリでバレなくてホッとしたところだったからさ、許してくれよ」
ふーんと伽凛が鼻を鳴らす。
「本当に危ないところじゃったな、わらわもドキドキしたわ」
ドキドキって亜流磨、心臓動いてねーじゃねーか。
「あんた心臓無いじゃないか」
伽凛さんがバッサリ言った。
「た、例えではないか。 酷いのぅ」
いじける亜流磨。
「まぁまぁ伽凛、にしても本当に危なかった。 伽凛、今度から俺のもうちょっと側で寝ててくれないか? 今日みたいな時、声が出せないからすぐに起こせないだろ?」
「分かったよ、また籠をぶつけられて起こされたくないしねぇ」
「籠じゃなくておにぎりなら良かったか?」
「バカタレ、ぶつけるんじゃないよ」
おにぎりならまぁ、て馬鹿。 みたいなノリツッコミは流石にしてくれないか。
「それじゃあ俺は行ってくるよ、伽凛、今度からおにぎりはこの部屋に置いておくから」
「あぁ」
尻尾がクイックイッっと動いている、嬉しいらしい。
「伽凛は何処に行くんだ?」
「その辺で昼寝でもしてるさ」
猫又でも、その辺は猫なんだな。
「そっか、それじゃ」
俺は戸を開けて部屋を出た。
中庭で水を汲む作業をする。