第12話
坂上田村麻呂。
あまり詳しくは分からないが西暦800年頃の武将で文官としても優秀な人だった。
十代目の征夷大将軍も勤めた。
時代が古いせいで歴史的な人物というよりも伝説的な人物っていうイメージだな。
坂上宝剣とか大太刀騒速・黒漆の太刀。
彼が使っていたって言われる剣はたまにゲームでも名前を見かける。
それぐらいの知識しかないな、でも年代を覚えていたのは良かった。
俺はこの本の人物が何年くらい前の人かを旦那様に聞いてみた、ハッキリとは解らないが大体百年から二百年前の人だと言われた。
ということは、ざっくりだが今は西暦900年~1000年頃ってことか。
ってことは、今は平安京。
まだ、武士もいない時代だな。 そういえば皆、武士とは言わずに侍と言っていた。それも(さむらい)じゃなくて(さぶらい)。 侍の語源は(さぶらう)、コレは誰かに従うというような意味だったのが元だったというのをなにかで読んだ。
その、誰かに従って領地を護っていた人間が独立した武装勢力になって侍が意味が変わって武士と同じような意味を持った。
つまり、侍から武士が生まれた。
この時代は宮使えの人の中に役職として戦争をする人がいた頃だ、つまり、貴族階級の人間が戦争を指揮していた。
でも、この時代でも、もうすでに侍を武士というような意味あいで使っているからきっと親方様や村木さん達が武士のはしりなんだろうな。
戦争の専門家である武士はまだいない。
武士が現れて定着するのは源平合戦の後、1200年代からだ。
平安京で知ってる事って紫式部とか清少納言とか、源氏物語か。
歴史好きとはいえ流石に源氏物語は読む気がしなかったなぁ、こんなことになるなら読んどきゃよかった。
この頃は大した戦争も無かったような・・・
あれ?
平将門ってこの頃だっけ?
うーん
平安京かぁ
・・・
・・・・・・
微妙すぎんだろ!
あんまり詳しくねーよ!
むしろ知らねーよ!
もうちょっとばえる時代が他にもあるだろーが!
いとをかしくらいの知識しかねーよ!
なんだよ(いとをかし)って!
意味わかんねーよ!
誰かwikiってくれ!
・・・
・・・・・・
はぁ、
源平の戦いでもそんなに資料は残ってないもんな、あの辺でも殆ど創作がかんでるって言うし。
でも、年代が分かったのは嬉しい。
そこは良しとしよう。
この辺の場所も聞いてみたら平安京から、つまり京都からわりと近い、大坂の何処かか?
詳しくは分からない。
探しても通天閣は無いし、まだ大阪城も無いもんな。
妖怪とか普通にいるから、もしかしたらやっぱり異世界なんじゃないかと思っていたが。
どうやら過去に転生したっていうので間違いなさそうだな・・・
晩飯を食べてまたおむすびを作り、自室に戻った。
「今の時代がわかったのぅ、お主の時代からどれくらい前なんじゃ?」
部屋に入り、戸を閉めると亜流磨が話しかけてきた。
「ざっと1000年前だな、その話は伽凛が戻ってからにしよう」
二度手間になってもめんどくさい。
「そうか」
亜流磨も俺の意図が分かったのかすぐに引き下がる。
周りを見回す、伽凛が昨日入ってきた窓の外を見る。
小声で呼び掛けてみるが返事はない。
「おらんようだのぅ」
亜流磨も外をフワッと見回って壁から戻ってきた、実に幽霊らしい行動だな。
俺が部屋にいるときはあのやり方で入ってくる前に声をかけるように言っとこう、やられたらまた悲鳴をあげそうだ・・・
そうだ、伽凛がいない間にあの事言っとくか。
「なぁ亜流磨」
「なんじゃ?」
「実はさ・・・」
昨日の話を聞いちゃったんだけど、っと言おうとして言葉に詰まった。
言わない方が良いだろうか?
亜流磨の心の準備が出来てから自分から言うのを待ってた方が良いかな?
でも、それだと亜流磨は別に俺が気にしてないことをウジウジずっと考えとく羽目になる。
俺が言ってやったら気分は大分楽になるはずだ。
「どうしたんじゃ?」
亜留磨が正面から俺を見る、うん、よし、言っといてやろう。
「あー、昨日の夜の伽凛と話してるの聞いてたんだ」
亜流磨の表情が強張った、眼を見開いている。
「ぜ、全部か?」
「あぁ、全部聞いてた。 最初っからな。 ははっ、なんちゅー顔してんだよ」
今まで怖いとしか思わなかった亜流磨の顔が、眼を見開いて驚愕の表情で固まってるせいで〇梅太夫にソックリだ。
今にも「チクショー」って言いそうだな。
「その、黙っていようと思っていたわけではないんじゃ。 もう少しわらわの事を信用と言うか」
しどろもどろになっている。
「亜流磨、大丈夫だ。 疑ってる訳じゃないし、まぁ、信用してるかって言われたらよくわかんねーけど。 氣の事もそんなに気にしなくて良い、便利な物を貰ったくらいに思ってるよ」
「そ、そうか」
きょとんとしている。
「後、伽凛の事だけど。 伽凛にも隠したい事はあるだろう、その辺はほっとこう。 だから伽凛には話を聞いてた事は黙っとこうと思う」
生前、俺は人に話したくない事が多々あった。
それを親身な顔してしたり顔で「まぁ聞かせろよ」みたいな奴が嫌いだった、だから俺も人の秘密は詮索しない主義だ。
まあ、この場合、伽凛もまだ俺の事を警戒しているって話みたいだけど。
喋る赤ン坊を警戒しない方がおかしい、それを世話してるんだ。
でも、よく考えたら伽凛に肝をやるって言うのも口約束だもんな。
俺が成長して強くなって、やっぱり肝はやりたくないと言えば伽凛はどうするつもりなんだろうか?
それとも20年たったらハリガネムシに寄生されたカマキリみたいに自分から腹を裂いて肝を伽凛に渡すような呪いを知らないうちにかけられたんだろうか?
こ、こえー、、、
「なにを考えておるんじゃ?」
俺が怖い想像をしてると亜流磨が首を傾げながら話しかける。
「いや、なんでもない」
「そうか? 顔色が悪いようじゃが・・・ その、太郎。 聞いてしまったのなら言うが・・・ 恐ろしくはないのか? お主を包んでいる氣はお主を殺した物と全く同じものじゃ、そんなものが自分を包んでいると聞いては気味が悪かろう?」
全く平気かって言われたら・・・ 見えないから気にしようがないって感じだな。
「まあ、今のところなにもないしな。 亜留磨、確かに急に顔見てビックリしたりもするけど俺は元々ビックリしやすい方だ。 もう別に亜流磨の事を殺されたからって恐がってる訳じゃない、俺は前の人生は本当につまらないと思ってたんだ。 未練はない、むしろ亜流磨に殺されてこっちの時代で生きたいと思えたことが新鮮で自分でも驚いてるくらいだ」
本心だ、俺は前世で自分の居場所が何処にも無いように感じていた。
惰性で生きてるようで人生をやり直したいとずっと思っていた、やり直せば、家族がバラバラになる前に戻れたら、そうならないように立ち回って自分の居場所を護れるとガキの頃は考えていた。
休みの日は親父がいれば親父も俺と一緒で遊園地が嫌いだったから川や海に連れていってもらえる。
親父がいた頃は母や姉、弟ともわりと上手いことやっていけてた。
だから、両親が離婚しないように立ち回れば。
あの日に戻って上手いことやれれば。
そんなふうによく考えてた。
でも、そんなことは不可能だ。
やり直す何て事は出来ない、でも、今俺は転生して赤ん坊から人生をもう一度歩むことになった。
思っていたやり直しとは違うが、楽しくやれているのは間違いない。
だよな?
「どうした? 随分と浮かない顔をしているが」
亜流磨が俺の顔を覗き込む。
「いや、昔の事を思い出してただけだ。 兎に角、俺が気にしてないんだからそんなに気にするな亜流磨。 もしかしたらこっちじゃずっと一緒にいる羽目になるかも知んないんだ、昔の事は全部水に流して仲良くやろう」
亜流磨がポロリと涙を流した。
「お、お主は良い奴じゃのぅ。 ありがとう、ありがとう」
顔を覆って泣いている、幽霊も泣くんだな。
「よしよし」
そういって俺は亜流磨に手をのばしてポンポンと頭を撫でてやった。
「おぉ、人の温もりなんぞ久しぶりじゃのぅ」
亜流磨が少し明るい声を出した。
「ははっ、そうか」
「ん?」
亜流磨が俺の手を見てキョトンとした顔になった。
「太郎、なんでわらわに触れるんじゃ?」
「へっ?」
なに言ってんだこいつ、触れるって・・・
「うおぉ! 触れた!」
そうだ!
幽霊を触れるっておかしいだろ!!
「騒がしいね」
伽凛がいつもの窓から音も起てずに入ってきた。
「伽凛、亜留磨に触れたんだ」
言って亜留磨の袖を引っ張って見せる。
「・・・あんたはほんとに面白い奴だね」
伽凛も驚いている。
「なんでかな?」
「アタイが知るわけないだろ、今度、手を繋いで散歩でも行っといで」
「ははっ、伽凛って結構冗談言うんだな」
「ふふ、でも、長い付き合いになるかも知んないんだろ? 手でも繋いだら仲良くなれるんじゃないかい?」
ん?
「伽凛、もしかして話聞いてたのか?」
伽凛の眼が窄まった。
「まぁね、なんだい? 聞かれて不味い話でもしてたのかい?」
うおぉ、開き直りやがった。
「んー、不味いってことはないけど。 どっから聞いてたんだ?」
「どこだっていいじゃないか」
あれ? 怒ってるのか?
「そんな風に言うなよ、あ、そうだ! 伽凛、もう飯は食ったのか? またおにぎりを持ってきたんだけど」
懐から笹の葉の包みを取り出すと伽凛が獲物を狙うような眼でじっと見つめる。
喋らなかったらほんと猫だな。
「あれかい? 朝のやつかい?」
ペロリと口を舐める。
「あぁ、食べるか?」
包みを開くとトトトッと跳ねるように寄ってきた、可愛い。
首すじを撫でたら怒られるだろうか?
ハフッハフッ
っと美味しそうに食べ始めた。
「今朝の鶏肉は無いんだ、その代わりに鰯の甘露煮が出たから一つ持ってきたんだ。 味が濃いからおにぎりと一緒に食べてくれ」
聞いているのかいないのか、夢中でハフハフしている。
生前、俺は犬派か猫派かで言ったら猫派だった。
飼うならサバトラか黒猫が良いなぁとか思ってたんだけど、まさか黒猫に飼われるとはね・・・
食べ終わって顔を上げて口をペロリと舐める。
「美味しかった?」
「あぁ」
伽凛は顔を洗いながら応える、その表情はとても満足気に見える。
「足りたか?」
「これ以上食ってたらふとっちまうよ」
「そうか、なぁ伽凛」
「なんだい?」
「暫くこの屋敷に留まろうと思うんだ、ここならこの時代の事も詳しく調べられるし、剣を習ったりも出来る。 それに飯も美味いだろう? これくらいの量なら毎日伽凛に持ってこられるから伽凛も俺と自分の二人分の獲物を毎日捕ってこなくて済むしな。 どうかな?」
「アタイは構わないよ」
即答だな。
「それじゃあ、決まりだな。 伽凛、実は俺のいた時代からここが何年前の時代か分かったんだ」
「へぇ、転生と言えば未来へ行くもんだと思ってたけどね」
「そうなのか? 俺の場合はどうやら千年以上前の時代に生まれ変わったらしい」
伽凛がふーんと鼻を鳴らした。
「どうして分かったんだい?」
「俺の時代に千二百年前にいた武将の事がこの屋敷の本に載ってたんだ、それで旦那様に聞いたらこの武将が百~二百年前の武将だって言ってた。 それでいくと大体千年前になるって寸法だな」
「なるほどねぇ」
そう言って伽凛はクスクスと笑いだした。
「太郎は一緒にいるだけで退屈しないねぇ」
「はは、俺も生まれ変わってからは退屈してないしな」
「そんなに先の事なんて想像も出来ないけど、どんな風なんだい? 千年後ってのは」
「そうだな、なにが知りたい?」
今日も長い夜になりそうだ。