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第10話

目が覚めた、辺りはしんと静まっている。


あまり眠れなかった。 まだ外は真っ暗だ、時計がないから時間が分かんないな。 ぼんやり天井を眺めていると視界全面に突如ぬっと亜流磨が顔を出した。


「いぃっ」


小さい変な悲鳴が出た。


「驚かしてしまったか、すまぬ」


「いや、おはよう亜流磨」


鳥の鳴き声が聴こえてくる。 おっ、もうすぐ夜明けだな。 俺は視線を巡らせて伽凛を探す。 いた、昨日とおんなじ場所で丸くなっている。


「伽凛、伽凛」


小声で声をかけるとスッと片方の目が開いた。


「随分早いね」


伽凛はムクッと起き上がって俺の前まで来るとくるっと宙返りを決めた。


パッと俺の体が5才児になる。


「あぁ、誰かが起こしに来て赤ン坊が転がってたらまずいだろ?」


「そうだね、あぁ、いい忘れてたけど正体を見破られると術が解けるから気をつけるんだよ」


・・・


・・・・・・


えっ!?


なにそれ!?


言うの遅くない?


「た、例えば?」


「お前の正体は赤ん坊だなって言われたらダメってことさ」


あれか、昔話で和庄さんが狐とか狸の正体を見破った瞬間ボフンッてなるやつか。


「わかった、他には何か気をつける事は?」


「特にないよ」


「お経聞いたら変化(へんげ)の術が解けるとかは?」


「お経は亜留磨に聞かしてやんな」


亜流磨の方を見ると、えっ!?っという顔をしている。


「それもそうだな」


今度は俺の方を向いて、えっ!?ってなってる。


「まだ成仏しとぅないんじゃが・・・」


つまり、他に気にする所は無いってことだな。


亜留磨のぼやきは華麗にスルーである。


にしても、ここに長居するつもりになっちまったからそうなると俺が赤子だって臭わせてたのは失敗だったな。


そんなにヒントは出してないけど、「まさか、お前あの時の赤子じゃないだろうな」って言われてもボフンで赤子になったら誤魔化しようが無いな・・・


んー、気にしすぎてボロが出てもつまんねーな。 平常運転で行こう。 俺は布団を畳んで部屋を出て、昨日の井戸で水を汲んで顔を洗って身支度をする。


昨日の伽凛と亜流磨の会話を思い返す、亜流磨も伽凛も俺が寝てると思ってたみたいだが全部聞いてた。


なんとなく目が覚めて、眼を閉じたまま寝れないなーっと思っていたら会話が始まってしまって聞いてしまった。


聞く気はなかったんだが・・・


亜流磨は今も後ろでふわふわ浮いている。


俺を殺した事をかなり後ろめたく思っている悪霊か、あんまり気にせずに成仏してくれていいんだけどな・・・


むしろ成仏してくれていいんだけどな・・・


なんか声かけてやった方がいいんだろうか? とそこに又八さんがやって来た。


「おはよう太郎、随分早いんだな」


「おはようございます、朝は強いので」


暗に起こしに来なくていいよーっと匂わしておく。


「そうか、この水は太郎が汲んだのか?」


「はい」


「小さいのに力持ちだな、将来が楽しみだ」


「ありがとうございます」


「もうすぐ見廻りに行っている村木達が帰ってくる、この(たらい)三つ分汲んでおいてくれるか?」


「はい」


おだててから仕事を任せるとは又八さんはなかなか人を使うのが上手いな。


「これが終わったら見廻りから帰った侍の人達と一緒に朝食だ、炊事場に来なさい」


「はい」


俺は渡された(たらい)に水を汲んでいく、なかなかの重労働だ。


五才児ボディーには堪える。


「おはよう太郎、俺達の水を汲んでくれてるのか?」


振り返るとそこには乱れた髷、あちこちを走り廻って汚れた和装、腰に二本の太刀を差した3人の侍が薄暗い朝靄(あさもや)けの中をゆっくりこちらに向かって歩いてくる。


なんて絵になる三人組なんだろうか。


「なにをぼやっと見ている?」


「いえ、カッコいいなと思いまして」


三人が顔を見合わせる


「はははははっ! 世辞が上手いな!」


三人が笑って村木さんが言う。


「世辞ではありませんよ」


「はは、そうか。 やっぱり侍を目指すか?」


村木さんがニヤリと笑う。


大村さんは服を脱いで褌姿で水浴びを始めた。


「私でもなれるでしょうか?」


「あぁ、剣が使えればなれるさ」


「皆さんお強そうですもんね」


「ふふん、そんなにおだてるんなら一つ芸を見せてやろう」


村木さんは満更でもなさそうな顔で庭の小石を三つ拾い上げて俺に渡して五~六歩程下がった。


「投げてみな」


目を閉じて腰を落とし、刀の柄に手をかける。


三つ同時に投げていいんだろうか? いや、いくらなんでもそれは無いだろう。 俺は小石を二つ左手にもって「いきます!」と言って一つ投げる。


俺の投げた小石が放物線を画いて村木さんに飛んでいく、それを村木さんがパシッと掴んだ。


「違う、三つ同時に投げるんだ」


俺に小石を投げ返す、あれ? 今、目瞑ったままだったよな?


「いきます!」


俺は小石を三つ同時に放り投げた。


そして放物線を描いて飛んだ小石が村木さんの剣の間合いに入ったとたん!


パキキンッ!


「!!」


ま、まじか!?


抜刀した瞬間がわからなかった・・・


村木さんが目を開けて俺を見てニヤリと笑う。


「どうだ?」


「凄いですね! 速すぎて剣が見えなかったです!」


俺は石を拾い上げて見てみた、見事に真っ二つに斬られている。


「まだまだだね、これは端っこをかじっただけだ」


花木さんがニコニコしながら別の石を拾い上げてダメ出しをする。


「まだまだ親方様のようにはいかんな」


村木さんが応える。


「親方様って、旦那様ですか? 旦那様はもっと凄いんですか!?」


「あぁ、凄いぞ。 なんせ」


と、言いかけた所で又八さんがやって来た。


「太郎、来るのが遅いと思ったら」


「あぁ、又八。 太郎におだてられてな、芸を披露してた所だ」


村木さんが又八さんに答える。


「凄いんですよ又八さん! 三つ同時に投げた石が真っ二つになったんです!」


俺が石を見せると又八さんが笑った。


「はは、良かったな。 でも、皆さん腹を空かせてる筈だからその辺にしておいて食事にしよう」


「はい」


いつのまにやら大村さんは水浴びを済ませたらしく既にいなかった。


炊事場の隣にある大部屋に行くと女性の奉公人に給餌をしてもらって大村さんがカチャカチャと飯をかっ込んでいた。


なんとまぁ、旨そうに飯を食う人だ。


「なにを手伝いましょう?」


俺は又八さんに聞く。


「炊事場はいいからお前も朝飯を食べなさい、すぐに旦那様が資料室にお呼びになる筈だ」


「はい」


俺は三人の侍の近くに腰を下ろした。


すぐに食事が運ばれてくる。


俺は「ありがとうございます」と礼を言って手を合わせて「いただきます」をして食べ始める。


お米にお吸い物、胡瓜のぬか漬けの他になんと焼鳥がついていた! 味付けは塩だけだが炭火焼きでめっちゃ旨い!


お吸い物は昨日と同じ鰹出汁で美味しい。 この鰹節とご飯、後は煮干しでもあれば少し分けて欲しいな・・・


いや、鰹節と煮干しは諦めよう。


屋敷に来て次の日に何か催促するのも嫌だしな、この焼鳥を残して少し持っていこう。


「旨そうに飯を食べるね、大村に負けてないよ」


花木さんがニコニコしながらこっちを見ている。


「山越えしている間はマトモに食べられなかったのでお米が輝いて見えます。 ただ、胃が弱っているせいか沢山は食べれないんですよね」


茶碗にまだ半分程残っているがもう食べれそうにない。


「いっぱい食わんとおおきゅうなれんぞ」


大村さんがぼそりと言った。


「はい、後で食べれるようにおにぎりにして持っておこうと思います」


「おーい、太郎に握り飯を作ってやってくれ!」


村木さんが女中に頼む。


「いえ、いいですよ。 これで足りますから」


「ガキが遠慮してんじゃねぇよ」


女性の奉公人の人がすぐに笑顔で竹の皮に包んだおにぎりを持ってきてくれた。


「はい、どうぞ。 具はおかかにしてあるよ」


おぉ! バッチリだ!


「あ、ありがとうございます。 えぇっと」


「私はスミよ」


「スミさん、ありがとうございます」


20代半ばの背の低い可愛らしい感じの人だ、俺はおにぎりを懐に仕舞う前にその中に少し焼鳥も入れておいた。


「皆さんありがとうございます、親方様に呼ばれる前に(かわや)へ行って参ります」


「おぅ、がんばんな」


俺はお辞儀をして大部屋を後にした。 サッと走っていって、庭に降りる。


「伽凛、伽凛いないか?」


小声で周囲の茂みに呼びかける、いないのかな?


「亜流磨、伽凛どこにいるかわかんないか?」


「ふむ、探してみよう」


フワッと亜流磨が茂みに顔を突っ込んだ瞬間


「どうしたんだい?」


真後ろから声が聞こえた、振り返ると黒猫が座っていた。


さすが猫だな、全然気付かなかった。


「伽凛、ご飯はもう食べた?」


「まだだよ」


「良かった」


俺は懐からおにぎりと焼鳥を出して伽凛の前に広げた。


「いっつもご馳走になってばかりだからさ、持ってきたんだ。 口に合うと良いんだけど」


伽凛はスッと目を細めた、鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅いでいる。


「良い匂いだね」


ハフッっとおにぎりをかじる。


「!!!」


ハフッハフッハフッハフッ


焼鳥もパクっと


「!!!!!!」


ハフッハフッパクっハフッハフッハフッ


夢中になっている。


ハフッハフッパクっハフッハフッハフッ


可愛い、やはり猫には鰹節だな。 あっという間に無くなった。


ぺろりと満足げに口を舐める。


「なかなかだね」


顔には「絶品でした」と書いてある。


「気に入ってもらえて良かった、それじゃあ旦那様に呼ばれる前に行くよ」


「わざわざこれだけ持ってきてくれたのかい?」


「あぁ、それじゃね」


俺は伽凛に手を振って足早に屋敷に戻った。


あの反応なら上手くいきそうだな、猫は鰹節が大好物だ。


俺は伽凛を飯で釣ることにした、ここは飯も旨いし俺が働いてたら伽凛が獲物を探しに行く必要もない。


伽凛にも毎日飯を持ってきてやれるしな。


冬でも食事が簡単に手に入るから当分ここにいることにしたって言えば納得するはずだ。


適当に、この世界の事をいろいろ知るためにこの屋敷に長居することにしたって言ってもいいしな。 あれが食べれたら伽凛も悪い気はしないはずだ。


食は偉大なり、だ。

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