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第9話

ー亜留磨視点ー


夜。


眠りに堕ちて赤子の姿に戻った太郎を見下ろす。


どす黒い、禍禍しい(もや)を纏った赤子。


あどけない、無力な赤子だ。 運良く伽凛に山で拾われたから今は生きているが、本当なら親の手を借りなければ三日も経たずに死んでしまうであろう赤子。


その赤子に自分のせいで死んでしまった、いや、自分が殺してしまった男の魂が宿っている。


太郎はわらわに怯えながらも邪険にはせずに接してくれる。


自我を無くして人を呪うだけの存在だった頃の記憶は曖昧にしか残っていない。


だが、いくつか思い出したこともある。


朧気(おぼろげ)にではあるが・・・


太郎に取り憑いていた七日間前後の記憶、少女に取り憑いていたところにやって来た男。 拙い技術で懸命にわらわを払おうとした男。


何故かは解らぬが妙に引き付けられた。 そして、取り憑いて貪るように精気を吸い付くした。


その時、触れた太郎の意識は心地いい物であった。


孤独。


最初に太郎から感じたのは孤独だった。


その、感じた孤独感が自分が長年一人ぼっちで過ごしていたせいか酷く親近感を感じたのかもしれない・・・


太郎は妾に精気を吸われながら諦めたようになすがままだった、久方ぶりに受け入れられたような気分だった。


太郎が倒れたとき、妾は覆い被さり最後の一滴まで精気を吸い尽くして太郎を取り殺した。


そして、死んだ太郎の肉体から魂が離れたとき。


その魂まで喰らおうと手を伸ばして・・・


気付いたら目の前で女が人に囲まれて赤子を産んでいた。


唐突に意識がハッキリした。


ずっとぼんやりと、ただただ憎しみや怒りに支配されていたのにいきなり覚醒した意識に最初はなにがナニやら分からずただただ呆気に取られて見守るだけだった。


産まれた赤子はなんとも嫌な黒い靄を纏っていた。


そして産まれた赤子は「ここは何処だ」と喋っただけであれよあれよという間に山に棄てられるはめになった。


何かに引き付けられるように赤子についていった、助けたいと思ったが自分にはどうすることもできなかった。


男が馬に乗り、赤子を籠に入れて夜道を走る。 命乞いを聞き入れられずに赤子は入っていた籠ごと山に捨てられた。


馬に股がったまま投げ捨てたられたから、かなりの高さと勢いだった、死んでしまうと思い衝撃を和らげようと咄嗟に伸ばした手から赤子が纏っている黒い靄と同じものが出て籠を衝撃から護った。


記憶が明滅のように脳裏に過る。


思い出した。


あの赤子を包む黒い靄は自分の物だ。 自分がつい先刻、人を取り殺したことも思い出した。 そして、赤子がさっきから言っていた事。


「自分は前世の記憶を持って産まれただけだ」


すぐに分かった。


この赤子は自分が取り殺した男の生まれ変わりだ!


恐らくは、自分の纏っていた邪氣が何故かは分からないが男に移ったのだろう。 改めて自分が人を取り殺したんだと思い知った。 赤子は諦めたようにじっとしていた。


自分にはどうすることも出来ない・・・


そこにあるものが近付いてきた。


一匹の黒猫。


尾が二股に分かれていた、黒猫はわらわに気付きながらも赤子に話しかけた。 そやつは赤子に助けてやる代わりに肝を寄越せと言った。


見ているだけ、自分にはどうすることも出来ない。


赤子は黒猫に命乞いをした、「助けてくれ」と。 消え入るような、恐怖と戸惑いの入り雑じった響きだった。


やるせないが、自分にはなにも出来ない・・・


一頻り話が終わったあと、黒猫はわらわに視線を合わせた。


そして言った


「太郎の後ろのソレはなんなんだい?」


後ろを振り向いてわらわと目があった太郎はまるで断末魔かと思えるほどに絶叫した。


少し哀しかった、でも、すぐに当たり前かと思った。


太郎はわらわを見た瞬間に分かったのだろう、自分を殺した相手だと。 ソレが後ろにいたのだ、叫んで当然だ。 それなのに、少し話をしただけで。


太郎は恐る恐るだが妾に言ってくれた。


「ついてくるか?」


と。


嬉しかった。


太郎に引っ張られているから選択肢としては付いていくしか無かったが、おざなりにするのではなくちゃんと「ついてくるか?」と聞いてくれたことが。


そして、名前を忘れた自分に名前まで与えてくれた。


恐がられているのも、嫌われているのも分かっているが。


それでも、妾は仲良くなる努力をしようと思った。


「伽凛、伽凛」


太郎がしっかりと熟睡していることを確認してから寝ている伽凛に小声で呼びかける。


パチッと片目が開かれた。


「どうしたんだい亜流磨」


顔をあげることなく丸くなった姿勢のまま返事をする、口はどうやって動かしているのやら。


この猫又は信用してもいいのだろうか?


なんやかんやと太郎の世話を焼いてはいるが・・・


「少し話があってのぅ」


「なんだい?」


「その、太郎が纏っている氣の事なんじゃが」


「あぁ」


伽凛が顔をあげて太郎の方を見る。


「それがどうしたんだい?」


「お主も見れば分かるであろう? 禍禍しい氣じゃ、あれは間違いなく妾が自我を失っていた頃の氣じゃ」


「ま、そうだろうねぇ」


猫又は眼を細めながら同意する。


「禍禍しいとか、黒い靄のようなとか、その、黙っていてくれんかのぅ・・・」


伽凛が立ち上がって背中を弓のように反らせて伸びをする、そして後ろ足を曲げて腰を下ろし、まっすぐ視線を向けてきた。


「どうしてだい? 知っておいた方が良いと思うけどねぇ」


この猫又はもっともな事を言うのぅ。


「太郎はわらわを怖がっておるであろぅ? その、これ以上怖がられたくないんじゃ」


自分でも都合のいいことを言っているのはわかっている、まっすぐ伽凛の眼を見れずにそらしてしまう。


伽凛がふーんと鼻を鳴らした。


「でも、仲良くなりたいんなら正直に言っといた方が良いんじゃないかい?」


「そうじゃのぅ、じゃが、言うなら自分で言いたいんじゃ。 それまで黙っててもらえんか? お主にも言いたくないことはあるであろう?」


「ふーん、ま、いいけどね。 アタイにゃあ言いたくない事なんてないよ」


「ふふ、よう言うのぅ」


亜留磨の言葉に伽凛の尻尾がパタリと動いた。


「なにがだい?」


「猫又になってから冬を一度しか越えてないというのは嘘であろぅ? お主は太郎が書いた(亜流磨)という字も(伽凛)という字も読めたではないか、一年で字を覚えられるはずがないからのぅ。 妾が思うに、少なくとも猫又になってから十年以上は経っているんじゃないのかのぅ?」


暫くわらわの顔を見つめた後、伽凛がニヤリと笑った。


「ふーん、記憶喪失の幽霊のわりに頭の回転は速いんだねぇ・・・」


「では、やはりかのぅ?」


「・・・あぁ、そうだよ。 少なくとも一冬(ひとふゆ)ってのは嘘だね」


尻尾が油断なくパタリパタリと揺れている。


「勿論、太郎に言うつもりはない。 詮索もせぬ、だからお主も黙っていてもらえんかのぅ?」


「・・・分かった。 そうしようじゃないか」


「助かる」


伽凛は手持ち無沙汰になったのか毛繕いを始めた。


「なにか、思い出したことはないのかい?」


視線を向けずに毛繕いを続けながら喋る、真っ直ぐこちらを向いて喋る時は口を動かして喋っているが動かさなくても喋れるのか?


「ふむ、ポツリポツリと思い出した事はあるのぅ。 まぁ、要領を得ない物ばかりじゃがのぅ」


「ふーん、どんなことだい?」


「詮索はせんといったじゃろう?」


「言ったのは亜流磨だよ、アタイは言ってない。 世間話くらいしたっていいじゃないか」


闇夜の中で猫又と幽霊が世間話か、なんだか妙な気分じゃのぅ。


「そうか、ふむ、思い出した事と言っても。 太郎と出会ってからの七日間くらいじゃな、それ以外は駄目じゃ。 では伽凛は? 何故、猫又になってからの期間を誤魔化したんじゃ?」


「あんな禍禍しい氣を放ってるやつ相手に警戒しない方がオカシイじゃないか、後ろに悪霊までいたしね。 新米の猫又だって言ったら油断するかと思っただけだよ」


「なるほどのぅ、それで? 今の伽凛から見て太郎はどんな風に映っておる?」


「面白いね、半妖が転生するってのは聞いたことあったけど。 なんでもない人間が記憶持ったまんま転生だなんて初めて聞いたよ。 亜流磨のせいじゃないのかい?」


「妾が聞きたかった事とは違うのぅ・・・ まぁよい、ふむ、転生したのはわらわのせいじゃない、取り殺してしまったのは間違いないが・・・ その時になにも特別な事はしていないはずじゃ、なんでこんなことになったのかはさっぱり分からんのぅ。 それより、聞きたいのは今の太郎にも警戒しておるのかどうかじゃ」


伽凛はふんっと鼻を鳴らす。


「人間に警戒しない妖怪なんていないよ、確かに、太郎はアタイに他の人間みたいな敵意は向けてこないけどね。 けどそれはアタイがいないと死んじまうからだろう?」


グッと眼を細める伽凛、睨んでいると言ってもいい。


前に人間となにかあったのかのぅ・・・


「そうか、そのわりには随分と世話を焼くんじゃな。 剣を習えと言ってみたり」


またふんっと鼻を鳴らす。


「肝のためサ、太郎が心と体を鍛えりゃ、肝を喰ったときにアタイが得る力も増えるからね。 それだけだよ」


「どうしても太郎の肝が欲しいのか?」


「力がほしいからねぇ」


「どうしてじゃ?」


「どうしてって、この世界で生きていくにゃあ弱かったらすぐに死んじまうじゃないか」


「そうか・・・ 力さえ手に入れば肝は諦められるのかのぅ?」


「まぁ、そうだねぇ。 なんだい? 太郎を助けたいのかい?」


「勿論じゃ、わらわは太郎を殺してしもうた・・・ 自我を失っていたとはいえ、その時の感触も思い出した。 罪ほろぼしをしたい、それに太郎は自分を取り殺した妾を邪険にもせんしのぅ。 助けたいと思うのは当然じゃ」


「そうかい、まぁ、そんなこと言われてもアタイが肝を喰うのは変わんないねぇ。 肝を喰うまでに20年もやったんだ、それまでに借りを返しときな」


「肝に代わるナニかがあれば考えてもらえるかのぅ?」


「随分とご執心だねぇ」


「どうなのじゃ」


「あぁ、分かったよ。 代わるようなナニかがあれば肝は喰わない」


「約束じゃぞ?」


「あぁ、約束だ。 ふぅ、亜流磨と話てるとなんか疲れるねぇ。 アタイはもう寝るよ、幽霊と違って妖怪は寝ないとなんないからね」


また部屋のすみで丸くなる。


「ふむ、起こしてすまなかった。 太郎の纏っている氣の話、覚えておるかのぅ?」


「アタイは記憶喪失じゃないよ」


「ふふっ、そうじゃのぅ」


「じゃあね、おやすみ」


「うむ」


話足りないのぅ、ずっと一人だったせいか、それとも生前からそうだったのか・・・


随分と人恋しい。


眠れぬ夜は長いのぅ・・・

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