プロローグ
俺は佐藤太郎。
職業は美容師、だけじゃなく、何故か副業で霊媒師をやっている。
今はその副業が原因で夜の森を彷徨って力尽き、じめじめした腐葉土に頭から突っ伏して虫の息だ。
なんでこんな事になったのか?
その原因は・・・
依頼で会った素行の悪い女子高生
友人と廃寺に忍び込んで騒いであちこち壊した上にそこで酒まで飲んで帰ってきた剛の者だ。
しかも、落ちていた簪まで拾ってお土産にするオマケ付き。
見ると簪は端に黒曜石が付いているだけのシンプルな物だった。 だが、持ってみると異様に重く、黒曜石は触るとしっとりと手に吸い付くような奇妙な感覚を覚えた。
よくこんな物拾って帰ったな・・・
案の定、女子高生はガッチリ取り憑かれた。
自業自得すぎて呆れる。
俺はそんな奴は警察に突き出して反省させた方が良いと思うんだが?
最初、女子高生の親に会ったときにそう言ってやった。
そしたらとにかく酷い状態だから見てやってほしいと泣きつかれたので見るだけ見てやろうと女子高生に会った。
鼻で笑って罵るだけ罵って帰るつもりだった。
母親の案内で部屋に入ると女子高生は部屋の隅で体育座りをして顔を伏せていた。
少女を見た瞬間に全身に脂汗をかき、耳鳴りがして頭痛までした。
普段はろくすっぽ見えない俺の霊視にも黒い靄が少女の全身にこびりついているのが見えた。
俺の呼びかけに女子高生が顔をあげたときは悲鳴をあげそうになった。
海外版のリ〇グで貞〇に殺された人の死に顔みたいだった。
口を顎が外れてんのかってくらいにだらんと開けて、頬はこけ、目の回りは隈で真っ黒になっていた。 いつから風呂に入っていないのか洗ってない犬みたいな臭いがツンと鼻をついた。
本当なら俺はそれを見た瞬間に、回れ右で全速力で逃げるべきだった。
頭には警鐘が鳴り響いていたというのに、ナニを血迷ったのか俺は依頼を引き受けた。
除霊作業に入っても体の震えは収まらなかった
なぜ引き受けたのか?
怖いもの見たさだったのか?
俺には少女を救いたいなんて正義感は持ち合わせちゃいない。
色んな事にめんどくさくなって人生に飽き飽きしていたのかもしれない。
つまんねぇ人生だった・・・
両親は俺が12才の時に離婚した。
良くあるパターンだ、俺は姉と弟と一緒に母親に引き取られて母子家庭。
俺は父親が好きだった。
父親と遊ぶのが好きだった。
主に釣りと将棋と物作りだった。
姉と弟と母親は遊園地が好きだった。
俺は遊園地が大嫌いだった。
何回乗ってもおんなじジェットコースター、何回入ってもおんなじお化け屋敷。 毎回同じショー、何度行っても変わらない、一回で充分だろ? アホなのか?
父親と行く釣り、海は同じ顔をしていることは一度もない。
魚も毎回違う反応を見せてくれた、沢山釣れて釣りが上手くなったつもりで次に行ったら一匹も釣れない、なんてよくある事だった。
父親は釣りをしながら良く歴史の話をしてくれた。
戦国時代の武将や維新志士の話は胸が熱くなった。
将棋は何回やっても同じ戦法なのに棋譜は一度も同じものはない。
俺は父親が好きだった。
離婚の原因なんて知らないし興味もない。
親が離婚したことがそんなに不満だったってことはない、12才ながらに喧嘩ばっかりしてるくらいなら別れた方が良いだろ?
ぐらいに思っていた。
俺は不登校児だったけど、親の離婚はそれとは関係ない、学校はただ面白く無かったから行かなかっただけだ。
実際、親が離婚する前から学校は休みがちだった
離婚して
引っ越して
転校して
更に学校へ行かなくなった
俺が学校へ行かない事を父親は理解してくれた
でも、母親と姉弟は気に入らなかったらしい。
母親と姉と弟と
俺にやたらと学校に行けと五月蝿かった。
父親がいなくなり
俺の理解者はゼロ。
ウルサイって漢字が五月の蝿とは昔の人は上手いこと言ったもんだ。
アイツらは俺の回りを飛び交って俺の言い分なんか聞かずにひたすら学校に行けの一点張りだった。
蝿だ。
ウザくて仕方なかった。
それでも家族4人で住んでいる部屋は1ルームの狭くて古いアパートだった、逃げ場はない。
家族がいい加減五月蝿くて我慢出来ない日は学校へ行った。
その時の「やっとわかってくれたか」みたいな顔は今思い出してもイライラ出来るくらいにムカつくものだった。
別に学校で虐められている訳じゃなかった。
行けば数少ない仲の良いクラスメイトが「久しぶりだな!なんで学校に来ないんだよ?」みたいな感じで話しかけてきた。
俺は愛想笑いを浮かべて「だって勉強わかんねぇし、美容師なるから勉強って意味なくね?」みたいな感じで返していた。
今思えば俺は教師が嫌いだった
勉強が出来るとかしこい。
言うことを聞く子は良い子。
そんなスタンスのアイツらが大嫌いだった。
俺は勉強も出来なかったし教師に対しては聞き分けも悪かった、大抵は誰にでも愛想笑いで上手く立ち回るのに教師相手には何故かそれが出来なかった。
教師に疎ましく思われるには充分な才能があった。
クラスメイトに何故か愛想笑いを浮かべている自分も嫌いだった。
家にも、学校にも俺の居場所は
理解者は
いなかった
俺は中学を卒業したら直ぐに父親を頼って美容師になった。
父親が美容師だったからだ。
美容師になりたかった訳じゃない。
高校に行かなくてもなれる職業ならなんでも良かった。
俺は父親が任されている店の寮に入ることになった。
久しぶりに会った父親は再婚していた。
知らなかったって事はない、たまに父親に会いに行ってそれとなく父親に再婚相手の女に会わされた事もあった。
別に不満だったってこともない
ただ、再婚相手とその連れ子は遊園地が好きだった。
あんな所が好きな連中とは仲良くなれない。
愛想笑いで付き合う事は出来ても、仲良くは出来ない。
でも、父親は幸せそうだった。
俺は自分が邪魔者のような気がしたから父親の店を辞めて他所へ移った。
携帯の番号を変えてそれまでの人間と全て縁を切った。
全てだ。
それからは仕事に打ち込んだ。
俺は美容師の才能があった。
わりと直ぐに上手くなった。
30才を過ぎた頃には下からは慕われて、上からは信頼される人気店の店長だった。
鏡を見れば愛想笑いが顔に張り付いていた。
もう一度言おう
つまらない人生だった。
そんな俺がなんで副業で霊媒師なんかやってるのか?
現実逃避を試みたのかもしれない。
ネットやら本やら、色んなオカルト情報を暇さえあれば見ている時期があった。
何故かは分からないがどんどんとのめり込んでいった。
ある時、肝試しに行ってへんな物に憑かれた知り合いを助けたらその噂が広まって俺に依頼がちょくちょく来るようになっちまった。
俺も面白かったからちょいちょい首を突っ込んだ。
出来そうなら助けてやり、無理そうなら神社や寺に行けと言った。
そして
今回も本当なら俺じゃ無理と匙を投げる所なんだが俺はなぜだか引き受けた。
そして見事に悪霊に返り討ちにあい
悪霊は俺にターゲットを変えた
何処にいても悪霊の影に怯え
悪夢にうなされ
吐けば口から長い髪が出てきたり
血尿に血便
ポルターガイスト
ものの一週間で生気を吸い付くされ
今は家にくっきり現れた黒い靄にびびって小便を漏らしながらどれだけ歩いたのか、鬱蒼と繁った森の中を彷徨い歩いて精根尽き果てて。
頭からフカフカの腐葉土に突っ込んで虫の鳴き声とヒューヒューという自分の鬱陶しい息遣いを聴いている。
目の前が真っ暗になり体を黒い靄が覆っていくのを感じる。
あぁ、そうだ・・・
俺はこの靄から逃げるようにこの森の中に逃げ込んだんだ
つかまった・・・
もうダメだ、俺は薄れ行く意識の中でうすら笑う女の声を聞いた気がした
もういい
好きにしやがれ
どうせ
たいして面白くもない人生だ
殺りたきゃ殺れよ
眼を閉じて
つまらない人生も一緒に
俺は意識を手離した
掌には満月の光を浴びて妖しく光る簪がしっかりと握られていた・・・
==
目を覚ました
いや、目はずっと開いていたが何も見ていなかったと言った方が言いかもしれない。
薄暗い荒野にいた
回りを見る
一面にあるのは切り立った岩と渇いた地面から舞い上がった砂埃だけ、空は暗雲が立ち込め稲光が時おり走っている
「鬼を殺せ」
大太鼓を打ち鳴らすような腹に響く声が聞こえて後ろを振り返るとさっきまではなかった大きな河が目の前に広がっていた
「鬼を殺せ」
聞くだけで恐怖心を煽られる声
その声は河の対岸から聞こえてくる
河は大きく、対岸は目を凝らしてもうっすらとしか見えない
「鬼を殺せ」
なんだ?
鬼?
数歩進むと河に足が入った
河は緩やかに
力強く流れている
かなり深そうだ
視線を上げて対岸に目を凝らす
誰かいるのか?
人影らしいものは見えない
不意に意識が遠くなる
眠くなるのとは違う
むしろ夢から覚めようとしている感覚に近い
・・・なんだ?
今度は誰かの荒い息づかいが聴こえてきた。