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幕間☆ 幸せを呼ぶ子豚。

今回は女王様ことソフィア視点です(*´ω`*)


『寝込んでしまわれたものは仕方がありません。せめて私達で少しでもお茶会に出席して出逢いの場を――、』


『大切なお兄様が熱を出して苦しんでおられる時に、わたくしだけお茶会になど出られないわ』


 わたくしの新たな婚約者を探す会を結成して下さった直後に、いつもの発熱で寝込んでしまったお兄様。そんな状態のお兄様を置いてお茶会に出席したところで集中出来るはずもないからと、連日のクロエの説得を流してランチに向かったわたくし達のお気に入りである裏庭の一角。


 最早学園内で余計な噂に煩わされずにわたくし達が安心して寛げる静かな場所は、そこをおいてあと二カ所ほどしかない。そういった大切な場所に、今から三日前には先客がいたのだわ。


 わたくしとクロエの姿を認めるや、クスクスと嘲笑が起こり、その中心ではジェームズ様がご執心のシャーロット様が驚いた様子で座っていた。


 きっと周囲にいる令嬢達に“いい場所がある”とでも誘われて来ただけなのでしょうけれど、一瞬で面白いほど顔を白くさせた彼女の隣にジェームズ様の姿がないことにホッとしたわ。


 下らない嫌がらせの席を用意した令嬢達の中には、以前わたくしの元にいた方もチラホラといた。その内の一人が『あら、ソフィア様達もいらっしゃったのですね? よろしかったらこちらでシャーロット様とご一緒なさりません? ああ、でも、クロエ様はご遠慮させて頂くわね。貴女がいるとこの場のお料理を全部食べられてしまうもの』と嗤った。


 その言葉に対して周囲の令嬢達が一斉に楽しげに声を上げて笑い、シャーロット様の肩がプルプルと震えている。どうやら彼女の差し金ではないようだと判断したわたくしは、隣で無表情に怒りに燃えるクロエに代わって口を開く。理由はクロエの言葉よりも強く、彼女達を小馬鹿にするために。


『ふふ、クロエ、今日は先客の猫がたくさんいるようだから、集会の場所として譲って差し上げましょう? わたくし達人間にはカフェテリアが開放されていますもの。あちらの方が快適だわ』


 それだけにっこりと微笑みを交えて言い残し、背を向けて立ち去るわたくしの隣を『本っ当に! 不愉快な方々ですわ』とお肉に押し上げられて細い目で、忌々しそうに呟くクロエがおかしくて怒りを感じる間もなかった。


 そんな時に、フッとどこかから『おっかねぇ……』という男性の声が聞こえた気がして一瞬振り返りかけ、後ろに彼女達がいることを思い出して前を見据える。愚者につけ入る隙を見せないよう、愉悦を感じさせたりなどもっての他だわ。


 けれどもう一度耳を澄ましてみてもその言葉が聞こえることはなく。結局あの日は空耳だろうと納得したわたくしは、その後クロエと何事もなかったようにカフェテリアを目指したのだけれど――……。



***



「おっかねぇ……って、どういう意味なのかしら?」


 不意に思い出したその言葉を呟きながら、廊下で紅茶の載ったワゴンを押していると、お兄様の部屋の方角からにこやかな表情をした執事のサンダースがやってくる姿が見えて、わたくしの頬も緩んだ。それというのも、きっとこの紅茶の用意も無駄にならないと分かったから。


 昔からお身体の弱い五歳年上の優しいお兄様は、食が細くてすぐに熱を出される。屋敷の料理人がどれだけ腕によりをかけようとも、お兄様の体調次第では、ほとんど口を付けられずに戻ってくることもよくあることらしく、厨房では毎日三度の食事が大変な様子だわ。


 最近ではわたくしの婚約者のことで心労をおかけしているから、心苦しい。


 それに心配してくれる家族や屋敷の者達や……初めて出来た友人の彼女には申し訳ないけれど、わたくしとしては、産まれる前から決められていた婚約者のことを、今更好きだとかどうだとか思う気持ちはそれほどなくて。


 確かに今まで過ごしてきた時間の割に、ジェームズ様の心変わりは早かったかもしれないけれど……所詮はそれだけ。周囲からは冷めていると思われても仕方がないけれど、クロエの言ったようにわたくし達の間にあったのは情ではなくて、ただの貴族の子供としての義務感だった。


 だからこそ、シャーロット様といらっしゃる時のジェームズ様の表情の変わりようには驚いたわ。あんなによく笑う方だったなんて知らなかった。


 確かに彼女の持つ柔らかい雰囲気と、平民から男爵令嬢になったばかりだからまだあまり洗練されていませんけれど――それでも、物腰の優しさは好ましかった。


 わたくしといた時はいつもお互いの領地について意見を交換したり、授業で分からないところがあれば、その問題について語る程度で。


 意味のない天気の話をすることなんてなかった。


 どこかに遊びに行こうと誘われることも、こちらから誘うこともなかった。


 わたくし達は恋をしたわけではなくて、勿論愛があったわけでもない。お互いに生を受けた最初から決められた(つがい)だっただけのこと。


 そのことが不満であったわけでもないけれど、むしろ義務感だけで番になってしまうよりも先に、ジェームズ様が恋をして愛を得られたことは喜ばしいと思う。


 ただ少しだけ悲しいのは、未だにそのことを正面からわたくしに話して下さらないことかしら? 彼の真面目な性格からして、こうなった時にはすぐに婚約解消についての話があるのだと思っていたのに。


 これが単に初めての恋に舞い上がっていらっしゃるだけなら構わない。ですが……あまり考えたくはないけれど、今まで周囲に侍っていた取り巻きの彼女達が陰で話していたように、レッドマイネ家の領地を狙っているのだとしたら許せませんわ。


 このレッドマイネ伯爵領は次期当主であるお兄様の物だもの。病弱だからと侮る社交界の人間にはそこをはき違えている者達が多くて困るのよ。


 どちらにしても、レッドマイネの領地と後ろ盾を期待してわたくしに群がっていた方達が、シャーロット様とジェームズ様の側について、一斉に掌を返したように離れていったことは良いことだわ。


 昔からお兄様は、よく幼いわたくしに仰った。


『良いかい、リディー。君が本当に辛い時に傍にいてくれる人間こそが、真の味方だ。この先君の人生にどんな苦境が待ち受けているか分からないが、兄様はその時に傍にいるとは限らない。だからリディー。それ以外の者達が剥がれ落ちきったその時にこそ隣にいてくれるような……そんな人を探すんだよ?』


 あの頃はお兄様の体調も今より悪いことが多かったから、容態を聞くふりをして領地のことを聞き出そうとしてくる周囲の大人達や、そんな親からわたくしに取り入るように言われた“友人”を名乗る方々ばかりで、そんなに都合の良い人がいるとは到底思えなかった。


 それに当時は勝手にご自分が早く死ぬものだと仮定して、傍にいられなくなると仄めかすお兄様も嫌いだった時期でもあったわね……。


 そうした鬱々しい日々の中で、わたくしに歳の近い友人を作る為にと両親が開いてくれた、さして興味もなかった当家でのお茶会。その席に現れた当時のクロエは今よりもずっと太っていて、おまけにとても卑屈だった。


 わたくしの為に“用意された”ご令嬢達にいいように罵られて、それでも言い返さずにすごすごと庭園の端に逃げてしまった弱い子豚ちゃん。


 逃げていく後ろ姿を見つめながら、何か苛立ちの他に感じていた違和感の正体を教えてくれたのは、あの日は珍しく体調が良くて、一緒にお茶会に出席して下さっていたお兄様。


 囁かれた言葉に背中を押されるようにして、逃げてしまった彼女の背中を追いかけたわ。だってわたくしはあの息の詰まる世界の中で、傍にいてくれる味方が欲しくてたまらなかったの。


『貴女、近くで見ると遠目で見るよりも不細工ですわね。でも良いわ。わたくし貴女みたいに不細工な方をずっと探しておりましたのよ』


 だけど今にして思えば、追いついた時にかける言葉を考えずにいたとは言え……咄嗟に口を吐いて出る言葉としては何たる傲慢な物言いかと呆れる。


 もしも当時の自分が目の前にいたらきっと頬を張って、あの日の彼女に謝らせてやるのに――なんて。


 そんな懐かしい記憶に唇を持ち上げながら、なるべく音を殺してワゴンを押しつつお兄様の部屋へと近付けば、わたくしに気付いたサンダースが「今日は若様も、たくさんお召し上がりになられますな」と嬉しそうに相好を崩した。


 幼い頃はお兄様に両親が付きっきりだったことを気にして、いつもわたくしを構ってくれた執事に「ええ、きっと。信じられないでしょうけれど、彼女といると本当にお腹が空くのよ?」と悪戯っぽく微笑んで見せる。


 するとサンダースは「それは大変によろしいことですなぁ。では何かご入り用の物が御座いましたら、後でメイドを向かわせますのでお言付け下さいませ」と言い残して、仕事に戻って行った。


 廊下に一人になったわたくしは、ドアに邪魔されてくぐもった会話の中にある、二人の笑いの気配に耳を澄ませる。


 このドアの内側に待つ幸せな空間に心が躍った。そしてその躍る心のリズムそのままにノックをし、返事を聞かずにドアを開ける。


 瞬間、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、わたくしのお腹が“クゥッ”と小さく鳴った。


「もう、人が紅茶の用意をしている間に狡いわ。二人の楽しそうな声が廊下にまで聞こえていましてよ? わたくしもお話に混ぜて下さいませ」


 ベッドの上には焼き菓子の海が出来上がり、突然のわたくしの登場に同時にこちらを振り向く二人の姿。


「勿論ですわソフィア様!」


「ああ、勿論だともリディー」


 これもほぼ同時にかけられた言葉に、何故だか二人が睨み合う。


 そんな屋敷に幸せを運んでくれる子豚を見つめて、わたくしは聞こえないほど小さな声で「ありがとう」と呟いたのだわ。

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