書籍化御礼SS【冬籠りの読書会】
時系列的には本編の最終話近く、
レッドマイネ家での合宿が始まる前です(*´ω`*)
“オースティン様の手によって、
ソフィア様と婚約破棄の準備が万事整ったと報されてから、
今日までの約一ヶ月間は毎日がまさに怒涛の勢いで過ぎていった。”
の、部分にある約一ヶ月間のどこかの出来事を書いています。
オースティン様とソフィア様から婚約破棄の準備が万事整ったという報せを受け、今まで以上に足繁くレッドマイネのお屋敷を訪ねることになっていたある朝のこと。エヴァンズ家の朝食の席に一通の手紙が届いた。
開封してみるとオースティン様が熱を出して私の屋敷に運び込まれた際、ほんの僅かな時間お客様をもてなした弟に、お礼の品をもらってほしいとの内容がしたためられていた。
弟は手紙を読んで『美味しいものなら、姉上と半分こだよ』と喜んでいたけれど、オースティン様が覚えていて下さって嬉しい半面、あの後に姉である自分が失態を見せてしまった手前忘れてほしい半面もあったのだけど――。
そんな気不味さは、いま目の前にうずたかく積み上げられた冒険譚の塔を見れば吹き飛んでしまった。
「今すぐ冒険譚だけの小さな書店を開けそうな冊数ですわね。本当にこれを全部弟にもらって帰ってしまっても良いのですか?」
「先日資料を探しがてら書庫の整理をしていたら大量に出てきたんだ。もう読むような歳でもないし、かといって捨てるのも勿体なくてな。中にはすでに絶版になっているものもいくつかあるから楽しめると思う」
そう言って手近な塔の上からオースティン様が一冊取って手渡して下さる。しっとりとしたビロード張りの本体は明かりに翳せば細かな意匠が浮かび上がり、表紙をめくれば多色刷りされた文字が踊る。
挿絵も児童書特有の幼いものではなく絵画的な美しさがあった。要するに子供だましな代物ではないということだ。
受け取った本から視線を上げて他の本を数冊選んで開いてみても同様だった。おまけにオースティン様が仰ったように発行印が古いものも多く、中の挿絵師や小説家も、今では普通に画家や文豪として名が通った人物が多いのには驚いた。
ここに積まれた本達はどれも、蒐集家には垂涎ものの宝の山に違いない。
「これも、これも……これなんてだいぶ年代物ですわね。装丁も綺麗だし、中のお話もちゃんと冒険譚でお姫様と王子様が出てくる……。てっきりオースティン様のことですから、もっと文字が多くて難しいものばかりかと。男の子が好む本は今も昔も変わらないようで、ちょっと微笑ましいですわ」
一冊ずつの分厚さは様々だけれど、エドワードが持ち運ぶにも重すぎるということはなさそうで、今からこの本達を手にして屋敷中に出張図書館を作る弟の姿が目に浮かぶ。
「そういう本もあるがまだお前の騎士様には早いだろう。俺もクロエに会うまでは今よりかなり虚弱だったからな。あまり文字が多い本は持ち上げることも、読み進めることも難しかった。それに……物語の中でくらいは、元気に走り回ってみたかったのもある」
私の言葉にふっと当時を思い出したのか、オースティン様が遠い目をされる。ソフィア様もオースティン様も、私に出逢うより前のことをあまり話題にされることはない。
そっと盗み見たサファイアに紫の虹彩が混じる瞳が、ほんの一瞬だけ不安気に揺れた。その揺らぎを見たくないと思うのは、ソフィア様の取り巻きとして当然のことですわよね?
「昔は難しかったかもしれませんが、今なら多少の無茶くらいできますわ。最近働き詰めで少々お疲れのご様子ですし、この中から数冊お勧めを選んで頂いて、今から休憩ついでに庭の温室で読書会をしましょう」
「……この歳になって児童書をか?」
「今の年齢だからこそ、当時よりお話を深く読み込めるというものです。大人になってから読むと新たな発見があって面白いですわ、きっと」
「いや、しかし……まだソフィア達の件で話を詰めるべきところがだな……」
「弟のことですから、きっとまた『これは男の読み物だから、お姫様は読んじゃダメだよ』と言われてしまいますもの。これだけ素晴らしい本が近くにありながら読ませてもらえないのは悔しいですわ」
半分以上本音だったためか、オースティン様も最終的に私の案を渋々受け入れて下さった。本当はソフィア様とも是非ご一緒したかったのだけれど、残念ながら朝からバルクホルン様に拐われお留守。すでにソフィア様を我が物顔で連れ出すあの方に若干殺意が沸いたのは内緒だわ。
部屋から出てサンダースさんに庭へ出る旨を伝えたら、何故か焼菓子と軽食と紅茶の入ったポットを詰め込んだバスケットを持たされ、ピクニックさながらの大荷物になってしまった。
やや呆れ顔のオースティン様と両側から片方ずつバスケットの持ち手を掴み、空いた方の手に本を抱えて二人で庭園へと続く渡り廊下を、寒い寒いと言い合いながら歩く。
温室についてからはすでに話が伝わっていたのか、火を入れられた簡易ストーブが暖かい空気を生み出している。ベンチにはブランケットとフカフカのクッションが置かれ、まるで冬籠りをするリスの寝床のようだった。
「この屋敷の使用人達は俺に過保護すぎるな」
「ふふ、でも読書を楽しむのには持ってこいの環境ですわ」
二人でバスケットの重みによろけながらベンチに近づき、荷物を下ろす。フカフカのクッションで座面が見えないベンチは四人がけサイズで、私とオースティン様が座っても余裕があった。
けれど焼菓子と紅茶を少し摘まみながら読書を始めてしばらく経った頃、それまで隣で本の頁をめくっていたオースティン様の手が止まった。おまけに最初の頃はまだ二人の間にあった隙間が、今ではお互いの肩がくっつく状態になっている。
ベンチのサイズは四人がけ。私も以前よりはいくらか小型化している。となればこの距離感から導き出される結果はたった一つだ。それを証明するかのように、ついに肩口に頭をもたれかけてきたことで確信した。
「……今頃はドラゴンと戦っている頃かしらね?」
ほんの少しだけ身体をずらして覗き込んだ頁では、イバラに囲まれた城を守るために炎を吐くドラゴンと、そんなドラゴンに立ち向かう戦士が雄々しく描かれている。その後方にある真珠色に輝くお城には、きっと囚われのお姫様がいるはずだ。
でも思わず「お姫様が不細工だったら助けないのかしら」と呟いたその時、小さくオースティン様が笑う気配がして。微かに首を横に振ったように見えたのは、私の都合の良い白昼夢に違いない。




