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◆悪役令嬢最後の取り巻きは、彼女の為に忠義を貫く!◆  作者: ナユタ


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*19* 加工されたらどうなるの?



 オースティン様の為にお呼びしたはずのお医者様は、熱でぼんやりとした私に向かって『過度なストレスに加えて長年に渡って続けた過食のせいで、だいぶ身体にガタが出ておりますなぁ』と仰った。


 どちらも思い当たる節しかなかった私は、辛うじて直前まで見ていた夢を切り離し、その部分だけを現実のものだと認識し直して、再び意識を深く沈めて眠りについたのだけど――。


 それからの一週間は毎日お湯を沸かしているケトルのように、湯気を上げんばかりの高熱が波状攻撃をかけてきて、身体の節々は痛いし、呼吸をするのも苦しいやらで、何も思い出せないほどだった。


 オースティン様はこれが毎回襲ってきているのかと思うと、胸が塞ぐ。看病をする私に『いつものことだから心配ない』と笑っていたから、愚かな私はそれを疑いもしなかった。


 そしてようやくその高熱も引き、寝込む前に見た妄想の詰まった夢を思い出せたと思ったら……。目覚めた私に残されたのは、長年脂肪でパツパツに張っていたのに、寝込んでかなり衰えた肉体のせいで余った皮膚だった。


 あんまり酷すぎて鏡を見ることも恐ろしかった私は、世話をしてくれるメイドとお医者様以外は極力避けて、家族ですら部屋に入れずに鬱々としていたのだけれど、ソフィア様の来訪を断ることだけはしなかった。


 むしろもうすぐ婚約して、ともすればそのまますぐに結婚してしまわれるかもしれないのに、断れるはずがないわ。バルクホルン様が独り占めする前に、少しでもソフィア様と同じ空気を吸っておかないと!


 ――と、いうことでお招きしていたはずなのだけれど……。


「さぁ、クロエ。もう舞踏会まで時間がありませんわ! 今日も病み上がりの身体に無理が出ない程度にビシビシ行きますわよ?」


「は、はい……でも、あの、出来ればお手柔らかにお願いしますわ。それと、今日のオースティン様のご容態は如何でしょうか?」


「お兄様の容態はここ四日安定していますわ。本人も“俺のことよりクロエを頼む”ですって。あなたを差し置いてそんなことを言われたのは初めてなのよ。もう俄然頑張らないといけませんわよね? クロエにはまだまだ柔らかい部分があるのだもの。こうなったら、今日も時間が許す限り、目一杯絞っていきましょう!」


「あ………………はい」


 キラキラと瞳を輝かせてそう宣言するソフィア様の後ろには、今日も総勢十人からなるレッドマイネ家美容班の方々がギラつく視線で私を見つめている。最早あれは美容班というよりも獲物を見つめるハンターの目ではないかしら?


 この四日間、彼女達の手によって、毎日毎日弛みきった身体を五時間ほどみっちりと揉みしだかれている私は、目があっただけで小さく悲鳴を上げてしまった。


 おまけに唯一のストレス発散である食事に対しても彼女達の厳しい審査が入るので、これから舞踏会までの私が口に出来る献立は、三食全てにレッドマイネ家指導が入ることは間違いない。それを思うと憂鬱さも増すというものよね……。


 それに彼女達は私が“お肉が千切れる!”と泣こうが喚こうが、一切の容赦なくムッチムッチと音がするほど揉みしだく。彼女達は“施術”と言うけれど、やっていることはどう考えてもベーコンの仕込みをする料理人だわ。


 香草と塩で仕込みをするあれ。使用するのは秘伝のソース……ではなく、レッドマイネ家秘伝の香油とクリーム。それを満遍なく塗り込んで無言のまま、その細腕を使い顔を真っ赤にして揉んでくれる姿には、申し訳なさすら感じる。


 中には時々レッドマイネ家に遊びに行った時に言葉を交わした子もいて、初めて施術された日に彼女達に“メイドだと思っていた”と言うと、彼女達は『レッドマイネ家だと、そちらの仕事の方が多いので』と苦笑されてしまった。それはそうよね。あのお家の方達は全員が国宝級の美形ですもの。


 だからなのか『お嬢様のご友人であられるクロエ様を磨き上げることは、わたくし共の長年の夢でした!!』と言われた時は、ちょっぴりホロッときてしまった。レッドマイネ家至宝のソフィア様の隣に並んでいるのが私では、彼女達もやるせなかったに違いないものね。


 だけどそういう負の気配を察したのか『クロエ様は元々充分にお美しいのですから、わたくし共がさらに! 高みに押し上げたいのです!!』と、よく分からない力説をされたのはおかしかった。褒め方が丁寧なのか雑なのか、判断に困るわ。


 ちなみに私の私室に入れるのが十人だというだけで、彼女達が体力切れになると、廊下で待ってくれている交代班がやってくるという徹底ぶり。当初から掲げられている“病み上がりの身体に無理が出ない程度にビシビシ”という項目は、どう考えても飾りだわ……。


 姉の部屋から上がる悲鳴に駆けつけようとしてくれた小さな騎士様は、今日も入口で美容班のお姉様達に『可愛いですわ~!!』と抱きしめられて、半泣きになっているようだ。今も『姉様ぁ~!』と弟の悲鳴が聞こえた。不甲斐ない姉様でごめんね、エドワード。堪えて。


 残すところついに一ヶ月。本当ならソフィア様にはご自身の為に時間を使って頂きたいのに、二日前にそれを口にしたら『分かっていないわね、クロエ。今の姿のあなたを連れて出歩くなんて、絶対に出来ませんわよ』と言われてしまった。


 そして、私はこの一言で、現在受けているこの施術に耐えようと心に決めたのだ。あの言葉は弛みきってみっともない私へ向けられた、ソフィア様からの愛の鞭に違いないわ!


 とはいえ、今日も今日とて「あ、いだだだだ!!」と叫びながら揉みしだかれている私の隣で、ソフィア様がにこにこと楽しそうに「あと二日ほどみっちり絞ったら、そろそろドレスの採寸に入りましょう。わたくしのドレスとお揃いの布を使いましょうね?」と嬉しそうに仰る。


 けれどその発言に一瞬【痩せたら出荷】という危険な単語がチラつき、肉を掴んでギュウギュウと絞られる痛みを忘れ、押さえつけられているベッドからソフィア様を見上げて抵抗することに。


「お待ち下さい! そこは先に学園に戻って、ソフィア様の残り少ない学園生活に侍ることが私の役目で……痛い痛い痛い!!」


 ――……したのだけれど、結果はあまりにも無情だった。


 さっきまでよりも俄然強く揉みしだかれて、痛みにビッタンビッタンと暴れる私をその魅力的な瞳で見下ろしたソフィア様は、

 

「あらあら、淑女がそんなに大きな声を上げては駄目よ? それにね、今のクロエを真っ先に見せる異性はお兄様だけと決めているの。良いでしょう?」


 本音を言えば絶対に嫌だ。あんなに身の程を弁えない夢を見た後で、どんな顔をして会えばいいというのか。しかもこんなに弛みきった身体で。


 再会するにしてもソフィア様のことが全て片付いて、私の出荷先が決まるか、修道院に入るかの進退を決めてからでも遅くはないはずだわ。しかしそんなことを言ったらもっと酷い目に遭うのは目に見えているから、無言でゆるゆると首を横に振った。


 それを見たソフィア様がにっこり笑ったかと思うと、パンッと手を打ち鳴らして「レッドマイネ家美容班心得斉唱!」と声を上げた。その言葉を聞いた彼女達は私を揉む手を止めて整列したかと思うと――、


「「「ドレスは鎧、口紅は(つるぎ)、社交は戦!!!」」」


「可愛いは?」


「「「この手で造ってご覧にいれましょう!!!」」」


「頼りにしているわ。よろしくね?」


「「「レッドマイネ家美容班の誇りにかけて!!!」」」


 ベッドに横たわって余っている私の駄肉を、ビリビリと震わせる体育会系のノリに血の気が引く。そして一層団結力を強くした彼女達の手が伸びてきて――。


「あの待って、待って下さいませ! そ、それだとただの加工ですから! どうか、私を加工商品にしないで下さいませ! お肉の偽装は良くな――……ああああぁああ!?」


 四方からギチギチ、ムチムチとお肉を揉む手が伸びてきて、もみくちゃにされすぎて声が涸れた私をにこにこと見守るソフィア様の笑顔が眩しくて……初めて憎らしいと思えたわね?


 そんな彼女達の苦労と私の忍耐の甲斐もあってか、その五日後。久し振りに顔を合わせたオースティン様は「クロエ――……目が、開いたのか」と、ひどく端的かつ素直に私の姿を言い表して。


「その発言を聞いたのはもう何人目だか数えておりませんが、皆さん人のことを何だとお思いなんですか? 生まれたての赤ん坊でもないのですから、目が開いていて当然でしょう」


 やや掠れた喉でそう不満を込めて答えた私に向かい「ああ」と視線を泳がせるオースティン様が見られたのは、ほんの少しだけ愉快だったわ。

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