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*13* こ、こんなはずでは……!



 夜会のことが決まってからバルクホルン様に情報を伏せている手前、学園内では粛々と悟られないように平静を装っているのだけれど、天の目は悪巧みをする私の罪を見逃しては下さらなかった。


「ひ、必要ありませんわ。新しいドレスなんてちっとも欲しくありませんし、今度の夜会はオースティン様とソフィア様の付き添いで誘って頂いただけなのですから、今までのドレスで充分ですわ!」


 やっぱり夕食の席で“二週間後にあるベルナドール家の夜会に誘われたので、ちょっと行ってきます”なんて言うのではなかった。


 オースティン様に『いつものことではあるが、ご両親の許可を得ておいで』と言われたからといって、両親が急にお見合いに乗り気になったこの状況下で、素直に了承を得ようとした私も大概馬鹿だわ。


「あらあら、何を言っているのかしら。太っていたらどんなデザインを着ていたって一緒だって言っていたから諦めていたけど、最近は少し痩せたのですもの。それに貴女がまだ一度も姿絵を見ようともしないお見合い相手のご両親も、卒業まではと返事を待って頂いているのよ。その時に失礼のない装いも用意しておかないと駄目でしょう?」


 そうとても良い笑顔で近付いてくるお母様から、ブンブンと首を振ってバルコニーの方へと後退る私の行く手を、メイド達が塞ぐ。


 夕食の付け合わせを全て揚げ物にさせた日から密かに監視されていたらしく、その三日後、ついに部屋に隠しておいたお菓子達がお母様の専属メイド達の手によって発見され、取り上げられてしまった。


 そのせいかそれから一週間で腰回りが三センチも減ったのは手痛い。どうやら元が太りすぎている分、痩せやすいようなのだ。そこに追い打ちをかけるようにして、ジワジワとレッドマイネ家特製の新陳代謝改善サラダが効いている。


 そのことに気を良くした両親がグイグイと勧めてくる新しいドレスの採寸だなんて、そんな出荷前の包装紙選びに時間を取られてたまるものか。


 最終決戦はすでに三ヶ月後に迫っていて、私にはまだまだやるべきことが残っているというのに……このままでは計画が頓挫してしまう!


「お母様は目が曇っているのですか? このフニッフニの二段腹と、タルンタルンの二の腕が見えていますよね? それから私はお見合いするつもりはまだありませんし、第一お相手が気の毒です。それに夜会は二週間後ですよ? 今から店に頼んで縫製に入ったところで間に合いっこありませんわ」


 けれどこちらの必死の言葉も虚しく、お母様が「大丈夫よ、専門職の方に型紙を作ってもらうだけなら。縫うのはうちの子達に任せれば間に合うわ! ね、みんな?」と被服担当のメイドを振り返ると、彼女達は無言のまましっかりと頷いた。


 いずれも私が幼い頃に世話になったメイド達だ。他の可愛らしいご令嬢達が行くような店に、ドレスの採寸を絶対にしに行きたくないと逃げ回った規格外の令嬢に着せるドレスなど、お手の物だろう。


 学園の休日、寝起きを強襲されたせいで未だ寝間着姿では、外に逃げることが出来たところで敷地内を逃げ回ることが関の山。それだって、だらしなく弛んだ二の腕や脹ら脛を剥き出しにして逃げ回ることになるだろう。


 それはあまりに絵面が悪すぎる。しかし一瞬そんな体面を気にしていたせいで、私を取り囲んでいた包囲陣がさらに狭まっていた。メジャーを手にした被服担当のメイド達が一歩ずつ距離を縮めてくる。これは最早万事休すか――! と、そう思って諦めかけたその時。


 背後にあったバルコニーのドアが開き、風をはらんだカーテンの隙間から伸びてきた小さな手が「姉上、こっちだよ!」と、私の寝間着の裾を掴んだ。お母様とメイド達が突然現れた小さな騎士様にメロメロになっている間に、私はまんまとその手を取ってバルコニーへと躍り出た。


 二階に部屋があると膝にくるという理由から、一階にある私の部屋。隣の部屋はまだ小さな弟の勉強部屋に使っているので、弟はどうやら騒ぎを聞きつけてそちらの部屋からやってきたようだ。


 私はすでにバルコニーの隅に移動して「こっち!」と手招きする弟に駆け寄って、弟が手摺りを乗り越えようともがく姿を笑わないようにさり気なく手伝い、次いで自分もバルコニーから下の庭へと飛び降りた。足首と膝が軋んで前のめりに倒れそうになるのをグッと堪えて走り出す。


 芝生が裸足の足裏にチクチク刺さってむず痒いけれど、地面を踏みしめる度に仄かに香る芝生と土の匂いは格別だわ。


 追っ手達も、小さな騎士様が自分の救出劇を邪魔されて泣き出すことを警戒したのか、バルコニーから「そのようにはしたない格好で遠くに行ってはいけませんよ」と声をかけるだけに留まった。


 手を繋いだまま隣を歩く私の弟とは思えない小さな騎士が「ボクが守ってあげるからね、姉上!」と得意気に鼻を鳴らす姿は、格好良いと言って欲しい盛りの本人には言えないけれど、何とも可愛らしい。私の人参色の髪よりも落ち着きのある赤褐色の髪が羨ましい騎士様だわ。


 コンプレックスのせいであまり私から構うことはないのに、何故か良く懐いてくれる弟は、憎らしいのにやっぱり可愛い。我が家の将来にはこの子の血が残れば充分だろう。私は美醜を気にしない神の元で修道女にでもなろうかしら?


 やや垂れ目なのは残念だけれど、大きくなったら絶対に美形になる。そうなれば垂れ目なんてチャームポイントでしかないわ。両親は弟に甘いから、将来色気のある男前になって、女の子達を泣かしたりしないように私が躾ないと駄目ね……と。


 そんな現実逃避をしながら深い溜息を吐くしかない、頭の痛い休日が長閑に過ぎていった。



***



 運命の別れ道となる卒業舞踏会まで、残り二ヶ月と二週間。


 バルクホルン様に内緒で水面下に準備を進め、お母様達の横槍が入ったせいで全盛期ほどではないにしてもなかなかいい体重をキープし、ドレスも今まで通りのものに少し手直しを加えただけの即席で済ませた。


 今夜はそんな熱い攻防の末に迎えたベルナドール家の夜会当日。


 今日こそソフィア様に相応しい婚約者候補を探そうの会でしたのに――……。


「~~なっ、なんっ、何で貴男がここにいるのですか!?」


 絶対に安全だと思われたベルナドール家の夜会会場で、私はここにいるはずのない人物に声をかけられて絶句した。


「ははは、随分とおかしなことを聞くじゃないかクロエ嬢。勿論、ベルナドール家から招待状を手に入れたからだが? 学園内で普通に過ごしていたつもりかも知れんが、このオレを出し抜けると思ったのか、子豚ちゃん」


 そう言って意地悪く唇の端を持ち上げるバルクホルン様の小憎たらしい表情に歯噛みしていると、そんな私達の様子を見ていたオースティン様が、取り乱している私とバルクホルン様の間に身体を滑り込ませ、取り持つように口を開く。


「これはこれは――貴公がバルクホルン殿か。妹達からいつも話には聞いているのだが……直接お目にかかるのは初めてだな。わたしはソフィアの兄で、クロエ嬢の友人でもあるオースティン・コンラッド・レッドマイネだ。今夜はよろしく頼む」


 骨ばった白い手で握手を求めたオースティン様の手を、日に焼けてがっしりとしたバルクホルン様の手がしっかりと握る。両者が握り合った手の大きさは意外なことに同じくらいで、オースティン様も身体を鍛えればこれくらい筋肉質になれる可能性があるのかと思ってしまった。


 とはいえ出逢ってこの方、力任せに何かを壊したりといったこともないオースティン様が、バルクホルン様のようながっしりとした体躯になる姿は想像出来ない。


「あー……心配しないでも、別にソフィア嬢とクロエ嬢に付きまとって来た訳ではありませんよ。今日のオレはただの身内の代理出席だ。目立つような真似は出来ない。それに、今夜そちらが揃ってここに出席なされることを秘密にされていたということは、余程煙たがられている。つまり、他の候補者よりも頭一つ分抜けていると考えてもらえているということでしょう?」


 まぁ、確かにその通りなのだけれど……オースティン様と握手を交わしたまま、私の背後に隠しているソフィア様に向かって、ニッと笑いかけるバルクホルン様の神経の図太さに呆れていると、オースティン様も苦虫を噛み潰したような表情になっていた。 


 あとそんな風にぺらぺらとこちらの作戦を暴露されては、まるで私達がソフィア様を仲間外れにしたようではないか。絶対に分かっていてやっているのであろう発言に、背中から向けられるソフィア様の視線が刺さる。


 何かを察知したオースティン様はさらに苦虫を数匹噛み潰す。その心中お察し致しますわ。第一オースティン様はこの手の方とは、昔から相性があまりよろしくないですものね……。私のそんな同情的な視線に気付いたのか、オースティン様がチラリとこちらに視線を寄越して目許を苦笑に歪めた。


「……呆れた。そのように脳天気な考えでわたくしの婚約者候補に声を上げるだなんて、面白い方ですわね。でも残念ですけれど、あなたの冗談のセンスは好みではなくてよ?」


「相変わらず手厳しいな、ソフィア嬢は。ま、オレは貴女のそういうところが気に入ってるんだがな」


「あなたに気に入られる為にこの性格なわけではなくてよ?」


「気に入られようとしていないところが気に入ってるんだ。正反対で案外お似合いかもしれないだろう?」


 私の身体を間に隔ててのソフィア様とバルクホルン様の攻防戦に、オースティン様と視線を交えて“この状況をどうする?”という難問に突き当たってしまった。けれどこれで分かったのは、バルクホルン様の家の家格が、必要最低限以上の水準で婚約者候補として優秀であることを物語っている。


 今夜ベルナドール家に呼ばれている人というのは、そういうものだ。


 結局この直後にこそこそと悪巧みをしていたことがソフィア様にバレて、私とオースティン様はこってりと絞られてしまうこととなり、その様子を見ていたバルクホルン様が肩を震わせて笑う姿を二人してジト目で睨む。


 しょげる私達に「自分の婚約者候補くらい、自分の目で選定します!」と言ったソフィア様が、護衛代わりにバルクホルン様を連れて会場内に姿を消した。


 疲れた表情のオースティン様が「下らん悪巧みをしたのがバレてソフィアに怒られて分かったのが、あの男が一番手近な婚約者候補だという事実だけだとはな」という、何とも情けない事実を口にしたので、それは流石に収穫がなさ過ぎると思ってしまう。なので。


「私はここでソフィア様が戻られるのを待っております。オースティン様はせっかくですし、会場内にいらっしゃるお知り合い方に挨拶をしてきた方がよろしいのではないですか?」


 チラチラと先程からこちらに感じる会場内の視線に、まったく気付いていないオースティン様にそう水を向け、渋る彼を会場の中心部へと送り出した。


 壁際に私が一人になると、すぐに嘲笑がさわさわと耳朶を不快にくすぐるけれど、私は昔オースティン様に言われたように、しっかりと前を向いて会場内を見渡す。それにこういう場では聞き慣れた嘲笑を排除すれば有益な情報も多い。


 その中から面白そうな会話だけを選りすぐって集中しながら一人の時間を楽しんでいたら、うっかり弾き損ねた会話から不快なものを拾い上げてしまった。


『見ろよあれ。どこの令嬢だろうな? あんな姿で恥ずかしくないのか?』


『おい、止めろよ馬鹿……って、うわ。確かにあれはないな』


『まさに豚って感じだよな。誰だよ、あんなのつれてきた奴は』


 ――と、流石に本人が近くにいるのに言い過ぎではないの? と思わないでもないようなものが聞こえてきた。しかし内容的には聞き慣れている程度の可愛らしいものだったので、嘲笑と興味本位の不躾な視線に無視を決め込んでいた。


 けれどその時『……わたしの耳がおかしくなったのでなければ、なぁ、君達。もしや今、あそこにいる彼女を侮辱したか?』と、とっても聞き馴染みのある声が聞こえてきたのだ。


 しかもその声音がかなり不機嫌であることに気付き、慌てて顔を会話がしていた方角に向ける。するとそこには最悪のタイミングで現れたオースティン様が、底冷えのするような微笑みを浮かべて、直前まで私を小馬鹿にしていた男性達の傍に立っていた。


 あまり社交場に顔を出さないとはいえ、最近はかなり頻繁に出席していたオースティン様の顔と家名を知っていたのか、相手の男性達は青ざめ、その場に根でも生えたように凍り付いている。


 そんな姿を見せられては内心“彼ら好みの悪女に捕まって、散々弄ばれた挙げ句に手酷く棄てられますように”などと願っていたとしても気の毒になってしまう。私は蛇に睨まれた蛙の状態になっている現場に急行し「お止め下さいオースティン様」とコソッと声をかける。


 すでに面白い情報を仕入れることに目敏い数人の招待客(ヤジウマ)が、何事かと集まってきている。このままここでオースティン様が口火を切れば、社交場での彼とソフィア様の婚約者探しは一気に暗雲が立ちこめてしまう。


 だというのに……敬愛する女王様のお兄様で、私の初恋の人は、こちらに気付いていながらも、氷のように冷たい美貌を怒りに染めて断罪の言葉を続けた。


「金輪際その(さか)しげで汚い言葉を彼女に向けることは、次期レッドマイネ家当主であるわたしが許さない。君達がこの国の貴族でいたいのなら憶えておくことだ」


 息を飲んでガクガクと頷く相手に「分かればもういい、行きたまえ」とぞんざいに手を振ったオースティン様の腕を取って、衆目が集まる前に再び会場の端の人目に付きにくい場所まで逃げ戻る。


 そして「何を馬鹿なことをなさっているのですか。みだりに家名まで使って。あんな手合いは放っておけばよろしいのですよ?」と注意すれば、オースティン様はゆっくりと距離を詰めてきたかと思うと、突然私の両側に“ダンッ!”と叩きつけるように両手をついた。


 これをやった相手がオースティン様でなければ、私はこの世に聞く“壁ドン”という文化にドギマギしてしまうところだったけれど、相手がオースティン様だとまた違った心配ごとでドキドキしてしまう。


 案の定「人の熱気に酔っている最中に腹を立てたせいで、気分が悪い……」と言い出したオースティン様に呆れて「途中までは最高に格好良かったですのに」と笑ってしまった。

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