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*11* 騒がしいランチタイム。



 夏のソフィア様の社交がほぼ全敗に終わり、次回の秋口からの打ち合わせなどでほぼ毎日をレッドマイネ家で過ごした夏期休暇も、ついに終わってしまった。


 唯一の救いはバルクホルン様という得体は知れないものの、貴重なお取り置きが手に入ったというところかしら……と、言いたいところなんですけれど。


 新しい婚約者の目処も立たないままに夏期休暇が明けるとあり、私とオースティン様は頭を抱えつつ『始まってしまうものはしかたがない。婚約者探しの件もだが、バルクホルン殿のこともある。あの男の毒牙にソフィアが捕まらないように頼んだぞ』『勿論ですわ。お任せ下さい』とのやり取りを経て学園が再開してから、もうかれこれ二週間――。


 卒業舞踏会までの私達に残された時間は、もうあとたったの三ヶ月と一週間にまで減ってしまっていた。余裕を持っていられた状況はすでに過ぎている。だというのに――……!


「クロエ嬢は相変わらずいい食べっぷりだな。全然食べないお綺麗なだけの令嬢達よりも、いっそ惚れ惚れする魅力がある」


「あらぁ、でしたらソフィア様もお綺麗で小食なご令嬢ですので、お引き取り頂けますでしょうか?」


「ただのお綺麗な“だけ”の令嬢だと言っただろう、子豚ちゃん。ソフィアのどこがお綺麗なだけの令嬢なんだ?」


「うふふふ……何をどさくさに紛れて気安く呼び捨てになさっているのかしら? 私がまだ認めていないのですから“ソフィア嬢”もしくは“レッドマイネ嬢”と呼ぶのが正しいのではなくて? それと何度も言っておりますが、私達の昼食にご一緒するのはご遠慮下さい」


 ビキビキと引きつるこめかみを笑顔で誤魔化して、暗に“失せて”と言っているにも関わらず、バルクホルン様はどっかりと私の隣で座り込み、カフェテリアで購入してきたらしいバゲットサンドにかぶりついている。


 何故私の隣なのかといえば、当然ソフィア様の隣を死守しているのだ。木陰を作ってくれる木の幹にもたれかかって苦笑しているソフィア様は、昔物語で読んだ花の精霊、ドライアードのように美しい。


 肉肉しい姿をした不細工な私と騒々しいバルクホルン様の前だと、より一層儚さを増した美しさになるものだから、さっきからチラチラとこちらを窺っている男子生徒の視線を感じていた。これだけ美しければ当然ですわ!


 むしろこんな美女を視界に捉えておきながら、どうして誰も声をかけに来ないの!? せっかくいつもは人目につきにくい場所でとるランチを、若干人目のある場所でとっているというのに――……それでも男なの?


「あのですね……貴男が休み時間のたびに四六時中張り付いてくるせいで、他の殿方がソフィア様に近寄って来られないのです。本当に、いい加減になさって下さいません? それともそこまでして妨害しないと選んでもらえないほど、ご自分に自信がないのかしら?」


「ああ、そうだ。それにだな、オレには求婚した女性に他の男が群がるのを見て楽しむ性癖はないぞ?」


「ソフィア様の前で品のない表現はお止め下さいな。それはそちらの勝手な言い分であって、ソフィア様には貴男以外の良識のありそうな男性に群がってもらわないと、私の血管に限界がきてしまいそうですの。ストレスで」


「そうかそうか、それは大変だな。よし、ではソフィア“嬢”の話し相手はオレに任せて、子豚ちゃんは医務室に行ってくるといい」


「話の分からない方って、それだけで評価点数が下がりますわね? それと、私を子豚呼ばわりして良いのはソフィア様とオースティン様だけですの。どうしても私を呼びたい時はエヴァンズとお呼び下さい」


 こんな風なやり取りも、夏期休暇が明けてからほぼ毎日のように繰り広げているのだけれど、困ったことはさらにまだあった。にこにこしながらイライラするという、この非常に消化に悪いランチタイムにも関わらず、私の体重が以前のように増えないのだ。


 増えたかと思えばまた減ったり、体重はそう変わらないのに以前までとお肉の付き方が違うのか、やや細く見えるようになってしまった。このことが再び始まった実家での婚約者探しに繋がっているのだから、気が休まることがない。


 体重が思うように増えない理由がおそらく、ソフィア様が毎日持参して下さるレッドマイネ家特製のサラダランチなのだとは分かっている。けれど分かっていたところで、毎日ソフィア様が差し出して下さるサラダを受け取らずに、悲しませることなど出来ないのだ。


 今この状況下での出荷は断固拒否したいので、両親が持ってくる姿絵はまだ一枚も見ていないけど、数が少ないのはせめてもの救いだろう。だけどこの見た目の娘をどうやって売り込んで、相手にお見合いをすることを了承させているのかは、ちょっと知ってみたい気もするわね……。


 だいたい、好みの異性を両親が訊いてきた時点で『ソフィア様が男性だったら、間違いなく結婚しておりましたわね』とふざけた発言をしたのに、どうやって探してきたのだろうか? 


 こうなってくると、お見合い話から完全に逃げ切る為にも深夜のお菓子は止められない。


 最近ではすっかりレッドマイネ家の料理人達にお株を奪われていたエヴァンズ家の料理人達も、本来ならば止めるべきところなのに止めることなく、ひたすら高カロリーで部屋に隠し持っていてもバレない、小さなお菓子の製造に熱意を燃やしている。


 不毛な言い合いをすることでムカムカとしてきた胸の内をおさめようと、手にしていたランチボックスのサラダを口に運び、モシャモシャと爽やかな柑橘系のドレッシングがかかった野菜を咀嚼する。


 そんな私を観察していたソフィア様が「美味しい?」と可愛らしく小首を傾げて訊ねてくるものだから、まだあまり咀嚼しきれていない野菜を飲み込んで「勿論美味しいに決まっておりますわ!」と返事をした直後に盛大に咽せた。


 心配して背中をさすって下さるソフィア様とは対照的に、お腹を抱えて笑うバルクホルン様へと冷たい一瞥を投げかけ、こんなガサツな男にソフィア様を任せるわけにはいかないという思いを一層強くする。コイツ、本気で、許すまじ。


 学園が再開してからの二週間で、このイグナーツ・バルクホルンという男のことで分かったのは“傲慢”で“自信家”で“ガサツ”という、どこの悪魔だという三拍子が揃った人物だということ。


 学園内で誰かと行動を共にすることもなく、こちらにちょっかいをかけてくる以外は基本的に一人で、人の中心でふんぞり返っていそうな姿とは違って群れることが嫌いな人物。


 人を見た目で判断することはないのか、私の容姿をからかったのは初めて会ったあの日だけで、あれ以来見た目のことで何か言われた記憶はない。そしてそんな彼自身も、見た目で受ける印象とは異なる人物像を持っている。


 知れば知るほど怪しさは増して、ソフィア様の伴侶として認めることが難しくなっていく。話をする時には人の顔を真正面から見て話すのは別に構わないのだけれど……問題は顔のつくりだろう。


 意志の強そうな太い眉と、自信に満ちた深緑色の瞳は共につり気味でそれがさらに威圧的に思えて怖いのだ。もしくは単純にこの顔が苦手なのだろうか? 私の知っている男性像とあまりにもかけ離れているし。


 でもそうだとすれば、その男性像と全く同じものを基本として持っているソフィア様だって、きっとこのタイプは苦手なはずだわ。


 現状少しも推せない候補なのに、新しい婚約者候補は見つからない。迫る期日に自分の婚約者探しという両親からの圧力。どれから捨てるかと訊かれたら、まず間違いなくニヤニヤしながらこちらを見てくるこの男だ。


 まぁ……アイスティーの入ったグラスを差し出して「鈍くさいな。ほら」と言ってくれる程度には、気遣いが出来るみたいですけれど。それに悔しいことに言い返す言葉もない。


 一応「どうも」とお礼を述べて受け取ったアイスティーを飲んでいたら、そんな私達の様子を眺めていたソフィア様が「ねぇ、クロエは今日もお兄様に会いに来てくれるのかしら?」と仰るので、条件反射で「勿論ですわ」と答えてしまった。


 その私の答えの早さに「今の条件反射だろう?」と指摘されたことに「何のことでしょう?」としらばっくれる私を見て、今度はソフィア様が肩を震わせて笑う。


 嫌なのに、認めたくないのに、いつの間にか馴染み始めているこの日々が、夏期休暇中に無理をしてお茶会などに出席して下さったオースティン様に対して申し訳なく感じる。こんなに賑やかなランチタイムは久し振りで、そのせいで楽しそうなソフィア様が見られたから、少しバルクホルン様に対して甘くなっているだけなのだ。


 気を引き締めてお役目に当たらねばと自分に言い聞かせていたその時、昼休みの終了十五分前を報せる鐘の音が鳴る。スカートについた草をパタパタと払って立ち上がり、ソフィア様の隣に並ぼうとするバルクホルン様を押し退けて二人の間に挟まった。


次回より21時投稿とさせて頂きます(´ω`*)

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