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リバイブド・サウンド


「ねぇエル、これ……」


 後ろからセンリに声を掛けられると、エルランドは跪いた姿勢で〈神器〉を見つめたまま口を開いた。


「……私の故郷に伝わる伝承にはな、〈生命の胎動〉と呼ばれる神殿、まさにここ(・・)と同じような場所が出て来るのだ」


 当のセンリはエルランドの話を聞いているのかいないのか、ただ呆然と神器を見つめている。


「そして伝承では、『生命の胎動の祭壇に、世界を支える神器の一つ〈ライフ・クラヴィーア〉が祀られている』と伝えられている」


 エルランドは立ち上がると、祭壇に鎮座する神器へと一歩足を踏み出した。


「しかし、神器は『ゲネラルパウゼ』と同時に全て喪失した筈では……」


 近寄ってよく見ると、神器を拘束するように細く赤黒い鎖がぐるぐると絡みついていた。神器の神聖なオーラとは逆に、その鎖からは禍々しい邪悪な雰囲気が漂っている。


「これは……。封じられているのか?」


 エルランドが顎に手を当てて思案に耽っていると、その横をセンリがふらふらと通り過ぎていった。


「おい、センリ。あまり近寄ると危険だ。何があるか分からん」

「違うの」


 そう言って振り返ったセンリは、ぼんやりと遠くを眺めるような虚ろな目をしていた。


「わたし……呼ばれてる…………」

「……? センリ?」


 エルランドの呼び掛けを無視して、センリはまるで何かに引き寄せられるようにふらふらと祭壇の低い段を登っていく。


「センリ、待っ――」


 ふと、エルランドの言葉を遮るようにどこからか音が聴こえた。

 小鳥の囀りのような、弓の弦を朝露が弾くような、清澄な音色。


「な……なんだ……?」


 エルランドにも、何が起きているのか全く分からない。

 音はどうやら、神器から聴こえてくるようだ。それと共に、神器が鈍く輝き始める。

 音は次第に数と膨らみを増し、さざ波のようにエルランドを包み込んだ。


「……!?」


 エルランドは言葉を発することも出来ず、ただ口を開けて佇んでいた。

 すると、音と輝きを腐食するように封印の鎖が赤黒い光を放ち始めた。低くひび割れたノイズが神器の神聖な音を掻き消そうとしていく。

 二つが激しくせめぎ合う。空間は混沌に包まれた。

 エルランドがその光景に目を奪われている間に、気が付くとセンリが祭壇の一番上に立っていた。


(センリ、君は一体……!)


 センリが、その小さな胸一杯に息を吸い込む。


 次の瞬間――。

 空間全てを、音が包み込んだ。


 〈神器〉の妙なる音のざわめき。その中を、センリの清廉な声が泳ぎ回る。


「まさか……これは……。『音楽』か……! 百年前に失われた生命の喜び……!」


 エルランドの頬を幾筋もの涙が伝った。

 〈神器〉は輝きを増し、赤黒い光とヒビ割れたノイズが光と『音楽』の中に溶けていく。

 やがて、遠い余韻を残して音はやんだ。

 センリがそれと同時に祭壇の上に倒れこむ。


「センリ!」


 慌ててエルランドが駆け寄り、抱き起こす。


「よかった、気を失っているだけか……」


 ホッと安堵の吐息をついて、祭壇に横たわるセンリに自分の上着を掛ける。


「しかし…………」


 傍らの〈神器〉を眺めながら呟く。センリが倒れてもなお、神器〈ライフ・クラヴィーア〉の神聖な輝きは依然保たれたままだった。


(何か、大きな何かが動き出そうとしているぞ……)


 エルランドは自分を巻き込みながら流れようとしている、大きな潮流を感じていた。



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