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暗殺者の凶刃


   ◆


 人工の地下通路のカーブは次第に急になり、螺旋を描いていたことがはっきりと分かってきた頃、ウォルフガングは通路を抜け巨大な空間に出た。


「……!」


 苔むす天然の岩壁に囲まれたドーム状の空間。王都の大聖堂ほどもあろうかというほどの広さだ。

天井は吹き抜けで、中天から少し傾いた太陽の光が差し込み、暗闇に慣れていたウォルフガングの目を焼く。

 盛大な水音が響いていた。

 徐々に慣れてきた目をこすって辺りを見渡す。

 大空洞の左右を挟むように、大きな滝が吹き抜けの天辺から垂直に流れ落ちていた。

 滝は、地面に空いた二つの大穴に吸い込まれるように落ちていく。

 滝に挟まれた先、逆側の壁の辺りには岩壁の上へと続く階段が伸びているのが見えた。


「あの先か……!」


 ウォルフガングが走り出そうとした瞬間――――その太ももに激痛が走った。


「あ……!? ぎゃあぁぁ!」


 倒れ込んで見ると、太ももに小型の投擲用ナイフが刃の中ほどまでを食い込ませていた。


「あぁぁぁ! 血……血がぁ……!?」


 転げ回り、涙でぼやける視界の端から、誰かが歩いてくるのが見えた。


「貴様……!」


 黒い修道服に黒革のブーツ。耳の下辺りまで雑に伸ばした黒髪。


「やはり教皇庁の犬は貴様だったか! アイネ……!」


 太ももを押さえて倒れ込むウォルフガングの憎悪に狂う眼差しを、アイネは無表情で受け止める。

 地に手をつき立ち上がろうとするウォルフガングの手の甲を、アイネは無造作に踏みしめた。


「ぐあぁぁ……!」

「おい。この先に『神器』とやらがあるのか」

「許さん……! 許さんぞ……!」


 痛みと怒りでぐしゃぐしゃにした顔で見上げるウォルフガングの手を、アイネは捻るように踏み込む。


「ぐぅぅ……!」

「余計なことは喋るな。この先に『神器』があるのか。あるとしたら、貴様はそれをどう使うつもりだったんだ」

「教皇庁の犬が、それを聞いてどうする……!」


 ウォルフガングが吐き棄てるように言う。


「……アンタ、何か勘違いしてるみたいだが……」


 アイネはしゃがみ込み顔を近づけ囁いた。


「教皇庁の放った『草』は、今ごろ土の中で眠ってるよ」

「……!? じゃあ、一体貴様は――」


 驚愕に目を見開いたウォルフガングの顎を、アイネは立ち上がりざまに蹴り飛ばした。


「あがっ……!」


 のけぞるように吹き飛び、ごろごろと転がる。


「あうう……」


 顎を押さえてうずくまるウォルフガングを、アイネは冷めた表情で見下ろした。腰の後ろから大振りなナイフを抜く。

 黒く塗られた刃が、ぬらりと光る。

 滝の音が轟々と響いていた。



   ◆


 エルランド達は、緩く螺旋を描く通路を走っていた。


「この先だ。近いぞ……!」


 通路には、微かにピリオド派特有の『香』の匂いが漂っていた。


「間に合うかな!?」

「さあな!」


 駆けながらのセンリの問いにトレイスが答える。


「間に合わなかったらどうなっちゃうの!?」

「それも分からん!」


 エルランドが答える。

 やがて通路は螺旋の終端に近づいてくる。


「出口だ! 通路を抜けるぞ!」


 通路を抜け大空洞に出た途端、吹き抜けから降り注ぐ眩い日光に顔をしかめる。


「む……!」

「あ……! エル、あれ!」


 眩しさで瞳をうるませながら、センリが前方を指差した。


   ◆


 予想外の闖入者たちの出現で、アイネは一瞬ウォルフガングから気をそらした。

 その瞬間。


「くく……! 馬鹿めッ!」


 うずくまっていたウォルフガングが、急に上半身を起こす。その手には、黒い筒が握られていた。


「――!」


 アイネが恐るべき反射神経で身を逸らす。顔の間近を、数本の髪を散らしながら弾丸が通過していった。

 そして、続く二発目の引き金をウォルフガングが引く直前――――。

 大空洞の滝が、横一文字に割れた。


「……!?」


 刹那に裂かれた瀑布の水を舞い散らせながら、金色の鎧を纏った騎士が飛び出してきた。

 獅子のような四つ足で、大空洞の地面を揺らしながら着地。

 アイネ達とエルランド達の間に立ちはだかる。

 それと同時に、アイネはウォルフガングに向かって疾走した。

 呆気にとられていたウォルフガングが慌てて銃を向け直す。

 しかし、引き金を引く間もなくアイネのナイフに弾き飛ばされ、銃はくるくると回りながら滝の下へと落下していった。

 ウォルフガングの眼前にアイネが迫る。

 憎悪に目を剥くウォルフガングの視線を無表情で受け止めながら、アイネが呟いた。


「任務完了だ」


 ウォルフガングの首筋をナイフが滑る。

 大量の血を吹き出しながら、ウォルフガングは糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。



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