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穏やかな航海


 黄金絶島〈フィンランディア〉までは丸一日の航海の予定で、到着するのは明日の朝になる。

 船が運河を抜け大海に出てから数刻。太陽はほぼ中天を示していた。

 船のへりに両腕と顎を乗せながらぼんやりと波を見つめるセンリの瞳に、きらきらと波の反射が差し込んでくる。

 すると、隣にエルランドがやってきて心配そうに声を掛けた。


「朝から元気がないな。船は苦手か?」

「ううん。……皆は?」

「フィーネは下の船室で乗組員と航路の調整中だな。トレイスは……寝てるよ」

「よく寝るね」


 センリが半ば呆れたように言うと、エルランドも低く笑った。


「獅子人〈ヴューテン〉は元々、一日に平均十時間以上寝るからな。その分、起きている時に身体が活性化される特性があるんだよ」

「へぇ……」

「まぁ、とは言っても……あいつの場合は半分ずぼらなだけかな」

「そうかも」


 センリがようやくクスリと笑ったのを見て、エルランドはさり気なく尋ねた。


「何か考え事でもあるのかな? よかったら、聞くよ」


 センリはしばし逡巡した後、思い切ったように口を開いた。


「……エルはさ、フィーネさんと、その……結婚、とかするの……?」


 自分でも分かるほど突拍子もない質問に、頬が熱くなる。


(でも、聞いておかないと、ずっとモヤモヤしたまんまだもん……!)


 それに、この旅が終わっても自分は元の場所に帰れるかも分からない。もしそうなって、自分が二人にとって邪魔になるのだったら、エルランドの元から離れようと心に決めていた。

 そうだ。トレイスにくっついて適当に世界を回るのも楽しいかもしれない。


「…………」


 しかし、エルランドは予想と反して、ぽかーんとした表情でセンリを見つめていた。


「……エル?」

「……あ、ああ。すまない……。というか、何だ? その話は」


 呆気にとられた様子で言うエルランド。


「え? だ、だってフィーネさんが『将来を約束しあった仲』だって……!?」

「また、あの子は……」


 エルランドは、やられた、と言う表情で額に手を当てると、苦笑しながらセンリに事情を話し始めた。


「あの子と初めて会ったとき、あの子はまだ七つだったよ。痛く気に入られてね。中々、郷から帰してもらえなかったものだ」

「そっか、〈フィエール族〉は長生きだから……」

「そう。私にとってはさして昔の話では無いがね」


 ――その時に、『エルランド様と結婚する』と駄々をこねた幼いフィーネをなだめるため、エルランドは『大人になったらな』と言ったらしい。

 子供の考えることだしすぐに忘れるだろうと思っていたのだが、彼女の思い込みの強さはそれを上回っていたらしく、むしろ年月を追うごとに『愛しのエルランド様』への思いは強くなっていってしまったようだ。


「彼女は器量もいいし、才能もある。他の将来有望なソラネルと恋をしてはどうか、と何度か言ったのだが……」

「エルの話になると、もう怖いくらいだもんね。フィーネさん」

「困ったものだ」


 船のヘリに被さるようにうなだれ珍しく弱音を吐くエルランドを、センリはニコニコとした笑顔で見つめた。


「エルも大変だね!」

「……何だか嬉しそうだな」

「そんなこと無いよ!? あ、お腹すいたなー! お昼まだか聞いてくるね!」

「あ、ああ。元気そうでなによりだ」


 パタパタと跳ねるように走り去るセンリを、エルランドは不思議そうに見送った。

 空を海鳥がゆったりと旋回している。

 これから向かう地の過酷さを忘れてしまうくらい、船旅は穏やかだった。



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