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   ◆


「エル、大丈夫かな……」


 センリが〈イオニア〉を見上げながら呟く。


「心配ねぇって。剣を取ってくるだけだろ? あいつ木登り得意そうだしな」


 草の上に寝転びながら軽い口調で言うトレイスの言葉を、そばにいたフィーネが否定した。


「そう簡単なものではありません。〈下弦の月〉は神器を護る剣。それを手にする事が出来る者は、神器の守護者たる資格を持つ者のみ。そして、神器の理……『音の律』を理解した者だけが、神器の守護者として認められるのです」

「音の律……?」

「んだよ、面倒な話だなぁ。つまるところ、なんだってーのよ?」


 首を傾げるセンリの横で、起き上がったトレイスがあぐらをかきながら言う。


「エルランド様は恐らく、イオニアの祭壇で神器による〈試問〉を受ける事でしょう。内容は私でも知りません。きっと、並大抵の事では無いはず……」


 エルランドを案ずるように胸に手を当て目を伏せる。


「そんな……。ねぇ、トレイス! 助けに行かないと……!」


 センリはそう言って、再び寝転び始めたトレイスの身体を慌てて揺すった。


「んあ~? 大丈夫だろ。あいつそういうの器用そうだし」

「もうっ!」


 憤慨するセンリの肩に、フィーネが安心させるように手を回した。


「センリさん。私たちに手助けは出来ません。それに、エルランド様は勇敢な御方……。きっと、見事〈下弦の月〉を携え戻ってきてくださいます」

「そうだよね……。エルは強いもんね!」


 センリが言うと、フィーネはにっこりと微笑んで頷いた。


「そうです。エルランド様は、強く、勇敢で、賢く、優しく、そして何より美しく、愛に溢れ、そしてそして――」

「あ、あの……フィーネさん?」


 エルランドへの(異常な)愛を溢れさせるフィーネからセンリが後ずさろうとするが、その肩は彼女の手でがっしりと掴まれていて身動きが取れなかった。信じられない力だ。

 なおもぶつぶつとエルランドへの煮えたぎる愛を爆発させる彼女の瞳には、ある種猟奇的なまでの光が宿っている。


「――そう、彼の慈愛に溢れる声で愛を囁かれ、しなやかな指で触れられたらと思うだけで、私はもう……! あぁ……!! こんなはしたない私をお許し下さい――」


 何だか、妄想はどんどんヤバい方向へ行き始めている。

 エスカレートする妄想と共に、フィーネはセンリを両手でギュッと掻き抱いた。

 豊かな胸に顔を圧迫されて窒息しかける。


「――っぷは! はわわわ……! トレイス、助けてー!」

「あー。なんつーか……この姉ちゃんもだいぶヤベェな」


 トレイスが、慌てふためくセンリを肘枕の状態で眺めながら呆れたように言う。

 そして、ごろんと仰向けに転がって視界に〈イオニア〉の威容を収めると、誰にも聞こえない大きさで呟いた。


「エル。こいつらをあんまり待たせんじゃねぇぞ」


   ◆


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