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古大樹の館


 〈賢人の郷〉の一夜はすこぶる快適と言えた。お日様の香りのするベッドに、心地よくそよぐ風。

 センリは、窓際で小鳥が囀る声で目を覚ました。


「んん……ふわ~……。いい朝」


 部屋は見たこともない純白の木材で作られたログハウスで、緻密な彫刻が施された壁や柱、調度類などはまるでおとぎ話の世界のようだった。

 伸びをしながら部屋を見渡すと、隣ではまだトレイスが「んががが……」といびきをかきながら眠りコケている。

 その向こうはエルが寝ているはずだったが……、ベッドの上にその姿は無かった。


「……エル?」


 目を覚ましたのだろうか? もしかしたら、部屋の外で倒れているかもしれない。


「エル、起きたの……?」


 目を擦りながらベッドを下り、ブーツを履くと部屋の外へと向かった。

 扉を開けると樹上に作られたテラスに出る。眩しい朝日と、美しい郷の景色が目に飛び込んできた。

 青い空と森を鏡のように映し出す湖。深緑の大樹と純白の家々。夜と違い、郷の中には〈ソラネル〉の人々が皆揃いの白い服を着て歩く姿が見て取れた。


「うわぁ……」


 センリが思わず感嘆を洩らしていると、不意に横から声を掛けられた。


「おはよう、センリ。迷惑をかけて済まなかった」

「エル! 平気なの!?」

「ああ。もうすっかり大丈夫だ。それにしても、流された先が『ここ』のそばだったとは……」


 郷の景色を見下ろしながら言うエルランド。


「センリ、実はな。私はこの郷に来たことが――」

「知ってるよ」


 エルランドの言葉を遮って言うと、センリは頬を膨らませてそっぽを向いた。


「……? 何を怒っているんだ?」

「べっつにぃ! 怒ってないよぅ!」


 明らかに不機嫌そうに言うセンリにエルランドが肩をすくめていると、部屋の中からトレイスがあくび混じりに現れた。


「トレイス。おはよう。昨日はすまなかったな」

「いいよ別に。あー、ねむ……。しかし、早えなお前ら」


 首をコキコキと鳴らしながら言う。


「んで? これからどうすんだ?」

「うむ。幸い、ここは色々と勝手が分かる。まずはこの郷の長、オスカルバルデスに会いに行こう」


 エルランドはそう言って、湖の畔に建つ古大樹の館を指差した。



   ◆


「こちらへ」


 長の館に到着すると、待ち構えていたかのようにフィーネが現れ、エルランドとセンリを長の元へ案内した。


「トレイス様は?」


 フィーネの問いかけに、エルランドが無言で肩を竦めて返す。

 トレイスはどうしたかと言うと、ここに来る前に『どうせ小難しい話だろ? 任せたわ』と言い残して、ふらっとどこかへ行ってしまったのだ。

 フィーネはそれ以上口を開くこともなく、昨日の話がまるで冗談だったかのように厳かに二人を案内していった。


 古い大樹の内部に包まれたような長の館は、まるで時が止まったかのようにどこか懐かしい独特の空気に満ちている。


「この先でお待ちです」


 先に進むよう促されたのは、館の中央に位置する中庭だった。


「わぁ……。きれい」


 古大樹の中心にポッカリと開いた吹き抜けのような空間は、芝生や花、緑に満ちており、天からは暖かな木漏れ日が燦々と降り注いでいた。小鳥の囀りが、頭上からひらひらと舞い落ちるように耳をくすぐる。

 長オスカルバルデスは、中庭の中央に丸く並べられた木組みの椅子の一つにゆったりと腰掛けて二人を待っていた。


「元気そうじゃの」

「六年ぶりでございます。長」


 丁寧に頭を下げるエルランドに慌てて続くように、センリもペコリと頭を下げた。



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