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賢人の郷


「どうなんだ?」


 トレイスが、ベッドに寝かされたエルランドの顔を覗き込みながら尋ねると、


「大丈夫、すぐに目を覚ますでしょう」


 エルランドの容態を見ていた、センリが森で出会った美女はそう言って微笑んだ。


「良かった……! ありがとうございます、えっと……」

「フィルドネルシアです。フィーネ、と呼んでください」


 フィーネ、と名乗った彼女は、深緑のような緑色の髪を腰まで伸ばしていた。

 髪の色よりもっと不思議なのが、その髪の至る所に髪飾りのように咲く純白の花だ。留め金らしき物は見当たらなく、髪の毛に直接咲いているように見える。

 抜けるように白いその肌と相まって、まるで存在自体が可憐な花のように感じられた。


 センリが見とれるようにその姿を見ていると、フィーネがその視線に気が付いて首を傾げた。


「……? どうかしましたか?」

「あ……ごめんなさい。その、髪が綺麗だなぁって……」


 しどろもどろに言うセンリに、フィーネはくすりと笑う。


「ありがとう。あなたの黒髪も素敵ですよ」

「え? そ、そうかな……?」


 すると、照れたように自分の髪を触るセンリを横目で見ながら、トレイスが口を開いた。


「この集落に、あんたのその髪……。やっぱり、あんたら『森の賢人』か?」


 トレイスの質問に、フィーネが小さく頷く。


 ――遡って一刻ほど前だ。

 森の中で出会ったフィーネにセンリが事情を説明すると、フィーネはエルランドを連れて付いてくるように告げ、三人を森の奥へと案内した。

 案内されるまま草木のトンネルを抜けると、その先に広がっていたのは信じられない光景だった。

 月の光を七色に反射する美しい湖。不思議な光をたたえながら咲き誇る花たち。

 何千年の時を生きてきたであろう大木が立ち並び、その枝上やうろの中には陶器のように白く精緻な家々が作られている。

 それぞれの軒先には大きなヤマユリを象ったランプが掛かり、暖かい灯りを集落に満たしていた――。


「驚いたぜ……。与太話と思ってたが、ホントに『森の賢人』の集落があるとはよ」

「ねぇ、トレイス。『森の賢人』って……?」


 トレイスの肘をつつきながらセンリが問うと、トレイスは「あー……」と唸りながら顎に手をやった。


「むーん、何から教えりゃいいんだ……? こう言うのは俺じゃなくてエルの役割なんだがなぁ……」


 困ったように言いながらも、トレイスはぎこちなく説明を始めた。

 トレイスが言うには、フィーネの髪の花は飾りではなく本当に髪の毛から咲いているらしい。

 彼女らのような人々は、エルランドの〈フィエール〉やトレイスの〈ヴューテン〉と同じ『亜人』の一種で、その名も〈ソラネル〉という種族だそうだ。

 亜人の中でも〈ソラネル〉は特殊な力を持つ者が多く、また絶対数が少ない事からも人里に現れることは皆無で、実際に彼らに会ったことのある人物も極少数だという。


「俺も噂では聞いたことあったが、会うのは初めてだよ。それもソラネルの郷に案内されたってんだからな」

「フィーネさんの他にも誰かいるんですか?」


 センリが尋ねると、フィーネは頷いた。


「ええ。二百名程の同胞がここに暮らしています。もっとも、郷の者はあまり夜に出歩かないので、先ほどは見かけませんでしたが」

「フィーネさんはどうしてあんな所に?」

「私は、夜の森を歩くのが好きですので。それに…………何だか、今宵はエルランド様にお会い出来る気が致しましたので」


 フィーネはそう言うと、恥じ入るように頬をポッと赤らめさせた。


「え……? ってことはエルと知り合い!?」

「知り合いだなんて……。私とエルランド様は、互いを愛し合った間柄ですわ」


 淡桃色に染めた頬に手を当て、恥じらうように顔をそらすフィーネ。


「あ、愛し……!? は、はわわわ……!」


 つられたように顔を赤らめるセンリは、引きつった顔で苦笑するトレイスと顔を見合わせたあと、何も知らずにすやすやと眠るエルランドの肩をガタガタと揺すった。


「エ、エル! ど、どど、どういうこと~!?」

「オイオイ。やることやってんな、エルさんよ。くっく……」


 トレイスはそんなセンリを止めながらも、堪え切れないと言った様子で笑うのだった。


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