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清月の森


 自分の体の震えで、センリは目を覚ました。


「……う……」


 何とか身体を起こすと、全身を覆う冷えと痛みがすぐさま襲ってくる。

 嵐は去ったようだが、まだ辺りは闇夜に包まれている。

 大きな月が微弱な太陽のように大地を照らしていた。


 どうやら、自分が横たわっているのは河原の砂利の上のようだ。膝下はまだ川の流れの中に浸かっているが、その流れはかなり緩やかなものになっている。

 見渡すと、やや離れた所で川に半ば浸るようにエルランドとトレイスが倒れ込んでいるのが見えた。


「エル! トレイス! あっ……!」


 慌てて立ち上がろうとした瞬間鋭い痛みが身体に走ったが、それを何とか無視してフラフラと立ち上がると、センリは二人の方に歩いていく。

 すると、大の字で倒れ込んでいたトレイスが、金髪から雫を滴らせながら起き上がった。


「……いてて……。ちびっ子! 大丈夫だったか!?」


 近づいてくるセンリに声をかける。センリはそれに頷くと、二人のそばに座り込んだ。


「わたしは大丈夫みたい……。ねぇ、エルは? 大丈夫だよね……!?」


 トレイスは小さく頷くと、白い毛皮をびしょびしょに濡らしたエルランドの心音と呼吸を確認しだした。


「一応、大丈夫みてぇだが……だいぶ衰弱してるな」

「エル……ごめんなさい……。わたしのせいで……」


 そう言ってセンリが顔を覆うと、トレイスがその頭の上に手を乗せ、


「バカ。お前のせいじゃねぇよ。……ったく、どうせコイツまたロクに飯も食ってなかったんだろ。……よいしょっと」


 トレイスがエルランドの両脇を抱えるように浅瀬から引き上げ、砂利の上に寝かせる。


「おい! 起きろアホぎつね!」


 頬をぺちぺちと叩いても何の反応もない。


「エル! お願い、起きて……!」


 センリの声も、その瞼を動かすことは出来そうになかった。


「この森の中じゃ気付けの酒もねぇし、どうしたもんか……」


 トレイスが辺りを見渡しながら言う。河原の周囲は、鬱蒼とした森に覆われていた。

 月明かりに照らされるその森は、闇夜の暗さとは対象的にどこか暖かいような、安定したような雰囲気に満ちている。


「……ん? ありゃあまさか……!?」

「あ……トレイス!」


 トレイスは不意に立ち上がると、森の入り口へと駆け出した。

 森の中に一瞬消えたかと思うと、彼はその手に枯れ枝と何か花のようなものを握ってすぐに戻ってきた。

 綺麗なエメラルド色の花だ。月明かりのせいか、花自身が内部から仄かに発光しているように見える。


「まさか、天然の〈清月竜胆〉を拝めるとは思わなかったぜ。コイツを煎じれば、気付けと強壮になるはずだ」


 トレイスはその花を横たわるエルランドの腹の上に置くと、腰に下げた大きめのポーチから青銅製のカップと火打ち石を取り出した。

 持ってきた枯れ枝を器用に組み上げ、火打ち石を擦りだす。


「微妙に湿気ってやがるな……。おい、ちびっ子。俺は火を焚いとくから、お前はコレと同じ花を探してきてくれ。三つもありゃ足りる。出来るな?」

「う、うん……!」


 センリは子供扱いされたことに腹を立てる余裕もなく頷くと、痛む足を少し引きずりながら森へと入っていった。



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