3 冒険者
ドカン!という爆音でその日は目を覚ました。洞窟では時間感覚がわからないが、少なくとも普段よりかなり早めの目覚めではあると感じた。眠気でぼーっとする頭を何度か叩いてから俺は近くの武器を手に取ってから慎重に洞窟の入り口まで歩いて外を見る。
久しぶりに見る太陽光に目を細めながら外を見ると、そこには丁度このあたりで一番多く出るモンスターである《エッジシープ》を囲んで攻撃する人間の姿があった。
《エッジシープ》は石のように硬い羊で、肉はあまり美味しくないし、スキルもたいしていいものがないバッドモンスターなのだが問題はそこではなく・・・
『4人・・・5人か?』
《エッジシープ》を囲んでいる人間は4人だが、近くの樹の上に1人いるのがわかった。格好はそれぞれ個性的な鎧を着た騎士のような人間が一人、ローブを着た魔法使いのような人間が一人、派手な装甲の槍使いが一人、軽装の短剣使いが一人、それと、樹の上に陣取る弓使いというバランスの良さそうなパーティーだが、どう見てもモンスターを狩りにきた人間なのは間違いなかった。
結論だけ言えば・・・結構まずくね?
俺は今、モンスターであるゴブリン。スキルの【翻訳】が人間相手にも通用するか試してみたい気持ちもあるが、好奇心だけで動けるほど簡単な状況には思えなかった。しかも・・・
「おら!死ね!」
「ノイマン下がって!そのモンスターにもう一度魔法使うから!」
「んだよーまだかかるの?この羊さっさと狩って他のモンスターの相手したいんだけどさぁー」
「あ、あの・・・アデスさん。サボらないでくださいよぅ・・・」
・・・どう見ても話し合いの出来そうな相手には思えなかった。騎士風の男は血気盛んにモンスターを襲っているし、魔法使いは魔法使いでかなり攻撃的だし、槍使いは一見まともそうだけど、言動から多分無理ゲーな気配がするし、最後の短剣使いだけはまだなんとかなりそうだけど・・・他の3人に特攻されたら抑えられるような感じではないのでほぼ望みは薄くなった。弓使いは・・・声は聞こえてこないけど、モンスターへの対応からして多分無理だろうと判断できた。
それにしても・・・この距離で完璧ではないけど、相手の言葉が理解できるなら多分人間にもスキルの【翻訳】は使えるのだろうけど、あんなにお盛んな人達の前で言葉をかわせる自信はないなぁ・・・
『ベェー!』
そんな風にため息をついていると《エッジシープ》の悲鳴が聞こえてきた。見ると《エッジシープ》は倒されてしまったようで、彼らは他のモンスターを探して辺りを探索するが・・・どうやら先程の爆発の影響なのか、比較的低位のモンスターは全部この近くからは離れたようだった。
そうこうしていると、彼らはこちらの洞窟に気づいたようでのんびりとこちらに近づいてきて・・・って、ヤバイ!
慌てた俺は洞窟の奥に行くが・・・この洞窟は入り口は一つしかない上に隠れられそうな場所も水場しかないのに気づいて愕然としてからなんとか思考を働かせる。何かないか、なにか・・・そうだスキル!
★★★★★★★★
【盗賊】
気配遮断、奇襲特化、暗所無敵化、略奪
【偽装】
変化、変色
★★★★★★★★
この状況で使えそうなのはおそらくこの二つ。【盗賊】の気配遮断と、【偽装】の変化、変色のあたりだろう。
なんとか壁と同じ色に変色して、気配遮断するーーーこれくらいしか思い付かない。上手くいかなければ確実に狩られてしまうが・・・俺としては人間と正面戦闘という事実が一番避けたい事態だ。もしこれで一度でも人間と戦えばその相手を殺すか懐柔しない限り俺の情報が漏れて確実に人間の敵に認定されてしまう。
もちろんゴブリンという時点で俺は人間の敵なのだが・・・それでも、まだ人間らしい理性が残っているうちはなんとかそういう事態は避けたいのだ。
そんなことを考えていると、洞窟に彼らが入る足音が聞こえてきたので、俺は急いで【偽装】の変色と、【盗賊】の気配遮断を使って壁と同色になる。
「おいマリナ、本当にここなのか?」
「ええ。さっきから物凄い魔力を感じるの」
「魔力ねぇー。モンスターに使うには勿体無い表現だとはおもうけどマリナっちが言うなら間違いないだろうしねぇー」
「み、みなさん・・・油断しないでくださぃ・・・」
俺はその会話に若干ドキリとする。魔力というとがMPのことならヤバいかもしれない。俺が今使っているのはあくまで見た目を誤魔化して気配を遮断しているだけだ。今現在、俺はMPというものをまともに使う手段はない。つまりそれを向こうが感知出来るのだとしたら・・・
「近いわ・・・おそらくこの近くにいるはずよ」
「見回す限りいないが・・・確かに妙な感じだな」
騎士と魔法使いが視線を鋭くしながら辺りを見回す。ヤバいヤバいヤバい。どうする。ここで動けば足音でバレる可能性が高い。いっそのこと戦うか?いや、相手の力が俺の想定を越えていれば確実に終わる。いくらスキルの【盗賊】の奇襲特化と暗所無敵化があるとはいえ俺はまだ自分の力を完全に把握すらできてない。だとしたら俺に出来るのは相手が俺に気づいて攻撃してきた時のために避ける準備をしつつじっと待つしかない。頼む気づかないでくれ・・・!
「そこね!」
そんな願いはあっさりと砕かれ、魔法使いの炎が俺に向かってきた。いきなりかよ!
『ぐっ・・・』
思わず声が出るがなんとか避けることができた。とはいえ、今の攻撃で俺のスキルの【偽装】が解けてしまった。一度俺は体勢を整えるが、そこでふと、追撃がこないことに気がつく。先程の戦闘から目の前の騎士なんかは間髪いれずに追撃してきそうなものだが、何故か全員不思議そうな表情を浮かべながらこちらを見ていた。
「ゴブリンだと?こんな場所に?」
「ノイマン油断はダメよ。でもおかしいわね。たかだかゴブリンからこんなに魔力を感じるなんて」
「んなことより、マリナっちの魔法避けたことがまず驚きっしょ」
「そ、それに壁と同色になっていたみたいです。ゴブリンにはそんな真似できませんよぅ」
この会話の隙に逃げれればよかったが・・・残念ながら相手は困惑しながらも油断なく俺を視界に捉えていたので無理だった。仕方ないので俺はダメもとで声をかけてみることにした。
『えっと・・・みなさん。私の言葉がわかりますか?』
しん、と静まりかえる。失敗だったかと思ったが、よく見れば皆驚きで声を詰まらせているようだった。
「・・・聞き間違いか?今ゴブリンが話したように感じたが」
「ノイマン。私にも聞こえたから多分間違いないわ。信じられないけど」
「へぇーモンスターが人間の言葉を話すねぇ」
「あ、あの・・・あなたは何なんですか?」
短剣使いから最後にそう聞かれて俺は少し考える。ここで転生だとか異世界だとか言っても果たして信じてくれるだろうか?100%信じられないだろう。いや、モンスターが人間と言葉を交わすこと事態この世界でなくても珍しいことだから信じられないが、変に疑いを抱かせるよりもある程度事実を伏せつつ無難に嘘をつくのが妥当だろうかと思い俺は答えた。
『えっと・・・実は私もよくわからないんです。自分がゴブリンだということはわかるのですが、どうしてこんなところにいるのかとかはさっぱりで・・・皆さんは人間さんなんですね?』
「人間は人間でも俺たちは冒険者だよー」
「アデス!余計なことを言うな!モンスターなんだぞ!」
槍使いを叱りつける騎士。騎士はどうやらモンスター自体をかなり敵視している・・・いや、人間から見ればこれが普通の反応なんだろう。むしろ声をかけてきた短剣使いや槍使いが変なのかもしれない。それに冒険者と槍使いは答えた。本当ならそこを言及したいが・・・どちらにしても今は敵意がないことを示す方がいいだろう。俺は両手を上げて敵意がないことを示しつついつでも逃げれるように脱出の方法を考えなら言った。
『皆さんに害をなすつもりはありません。もちろん信じられないでしょうが、私に人間さんと敵対する意思はありません』
「それを信じろと?ならお前は無抵抗で俺に殺されてくれるのか?」
『それはできません・・・ただ、他のゴブリンがしているようなことは一切してないと真実を申しておきます』
「そうかよ」
その一言で騎士は一気に俺に斬りかかってきた。なんとかそれを避けるが、すかさず後ろから魔法使いの援護が入る。
「どちらにしてもモンスターは殺す。ゴブリンはとくにな!」
他のメンバーもそれぞれ武器を構えてこちらを囲む。狭い洞窟の中、脱出路は抑えられておりマジで絶対絶命のピンチだが・・・
「あ、あの・・・みなさん。もう少しその・・・お話を聞いてもいいのでは?」
ただ一人だけ、短剣使いは少し迷ったようにそう言ってくれた。ありがたい援護のように感じるが・・・何やら先程から感じる短剣使いの不気味な視線に俺は素直に喜びを感じられなかった。まるでそう・・・実験動物を見るような視線と言えばいいのだろうか?そういうヤバい視線なのだ。気のせいなら大丈夫だろうが・・・なんというか直感的に騎士や魔法使いよりも明らかにヤバいオーラを感じるのだ。こぇー
「ラスク、お前は優しすぎる。モンスターは人類の敵だ。そして敵は殺す必要があるんだよ」
「で、でも・・・」
「んーラスクっちに味方するつもりはないけど、俺もあまり殺したくないなぁ。喋るモンスターとか気持ち悪いしかかわり合いになりたくないなぁ」
「なにいってるのよ!ゴブリンなんて特に女の敵なんだから殺すべきよ!」
何やら殺す派閥と話し合い派閥ができつつあるが・・・逃げるなら今しかないか。俺はスキルの【盗賊】の気配遮断を使い静かに槍使いと短剣使いの側から洞窟を抜けると急いでその場を後にした。途中で気がついた魔法使いが放った攻撃がかすったりしたが・・・さて、これからどうしたらものかと俺はため息をつきつつ全力で逃げるのだった。