エピローグ
其れは、まさしく地獄絵図だった。この世の地獄が広がっていた。
部屋の奥には、無銘が居た。その目前には神父とシスターが一人ずつ。そして、ハクアの姿が。
無銘は鎖に繋がれており、様々な拷問を受けたのかその身体には多くの傷があった。ある種、ボロ雑巾よりも酷い有り様である。その瞳は、もう光を宿してはいない。暗闇があるだけだ。
無銘のその口からは、うわ言のように殺してくれとぶつぶつ呟くのみだ。抑揚は一切無い。その言葉はもはや口から洩れるだけだ。感情など、もはやあって無いような物だ。
その姿は、まさしく壊れた人形のよう。生きているようには、とても見えないだろう。
その姿を見て、ハクアは言った。
「ずいぶん容赦なくやったようだな?」
「はい。しかし、反応が存外薄かったものでして」
「なるほど?それで、ついやり過ぎたと」
言って、ハクアは溜息を吐く。
三人はそれぞれ、無銘の方を見る。相変わらず、その口から殺してくれと音を洩らすだけ。一切の抑揚が欠如しているそれは、もはや言葉を話す機能の付いた人形のようだ。生気が感じられない。
ふぅっと息を吐いたハクアは、興味を失ったように背を向けた。
事実、彼はもう無銘にほとんど興味を失っている。その存在価値はもう、一つだけだ。
それは即ち、神王を焚きつける為の餌である。
無銘が神王から気に入られている事は、既に確認済みだ。だからこそ、其処に価値を見出した。
故に、最後にハクアは問うた。その最後の存在価値を問う為に。
「で、映像記録はしっかりと残したか?」
「はい、それはもうばっちりと」
神父がそう言い、一通の封筒を取り出す。それを見て、ハクアはにやりと嗤う。その笑みは、実に暗く悪意に満ちた笑みだった。その笑みに、神父とシスターはゾクリと震えた。
暗い愉悦を籠めた笑みで、ハクアは宣言するように言う。
「さあ、戦争を始めよう。全ては理想郷の創造の為に」
———全ては、新世界の創造の為に。
暗い地獄の中、終末の王は高らかに嗤う。その姿は、とても悪魔じみていた。
・・・・・・・・・
大空を疾駆する影が、一つあった。黒い飛竜、ククルーだ。
その姿は、もはやズタボロだ。大鴉との戦闘で、ずいぶん消耗した。しかし、だ。そんな事は一切気にしてはいられない。潮風が傷口に吹き付けてかなり痛むが、それも無視する。
ククルーは急いで空を飛ぶ。主の危急を告げる為に。ボロボロの姿で大空を翔る。
速く。もっと速く。早く救援を呼ばねばと飛竜は深手を負った翼を操り空を飛ぶ。翼の痛みなど気にも留めないでククルーは空を翔る。時折ふらつくのも、気にしてはいられない。
急がねば、己の主が死ぬのだ。それだけは、何とか避けねばならない。
ククルーはふらつく身体に鞭を打ち、大空を翔るのだった。その先には、神大陸があった。




