10、堕ちる
「っ、ぐうっ!!!」
激痛に、僕は呻き声を上げる。
ハクアが腕を一閃させた瞬間、周囲に鮮血が舞った。僕の血だ。僕の身体を袈裟懸けに、ばっさりと斬られているのだ。一体何が?そう思い、睨むようにハクアを見る。
ハクアのその手には、一本の黄金の刀身を持つ十字剣が握られている。一目で解る。あれは、かなり強力な力を有した魔剣の類だと。恐らくは、星の聖剣と同程度の力を持つのだろう。
今なら理解出来る。その魔剣に宿った力の底知れなさが。その力の奔流が。
あれは、この世界の法則を無視している。どころか、どの宇宙の法則にも該当しない。真に宇宙の外側に存在する魔剣だろう。宇宙の法則に縛られない外宇宙の魔剣。
勝ち目が無い。今の僕では、どう足搔いても勝てない。それを理解して、深い絶望感に襲われた。
しかし、此処で諦める訳にはいかない。僕は気を引き締めるように表情を引き締めた。
真っ直ぐにハクアを睨み付ける。その瞳だけは不屈の意思を訴える。
しかし、終末王ハクアはその僕の決意を嘲笑うかのように鼻を鳴らした。そして、天に向かってその十字剣を高く掲げた。その瞬間、宇宙全体が鳴動する。そして、幾つかの星々が連鎖的に崩壊した。
その現象は———
「重力崩壊、超新星爆発!!!」
「っ!!?」
星々が炸裂する。瞬間、僕を爆炎と爆風が襲い掛かる。星の大爆発、それに巻き込まれる。
咄嗟に、僕は星の聖剣を。虚空を振るう。大爆発を、空間ごと切り裂いてやり過ごす。だが、当然それで終わりでは決してないだろう。虚空を構え直す。しかし、その直後———
「・・・ふっ」
「っ、ガッッ!!!???」
ザンッ!!!
鮮血が舞う。僕を、幾千幾万の斬撃が襲った。その斬撃の一撃一撃が、超新星にすら匹敵する。そのあまりにも絶望的な力の差に、僕は意識を手放しそうになる。全てを諦めかける。
だが、それでも・・・
僕はぎゅっと歯を食い縛って、意識を繋ぎ止める。此処で諦めたら、リーナはきっと泣くだろう。
僕の脳裏に、何時かの彼女の泣き顔が浮かんだ。その泣き顔が、僕の胸を締め付ける。胸が痛む。
僕は、もう彼女を泣かせたくない。その意思だけで意識を立て直す。
「おお、あああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!!!!」
僕は、咆哮を上げる。その咆哮で、意識を繋ぎ止める。
帰るんだ。きっと、無事に帰ってくるんだ。その意思だけで、僕は殺到する斬撃の嵐を打ち払う。
しかし———それでも力の差は埋まらない。まだ、僕は奴に届かない。未だ、力の差は絶望的だ。
直後、僕を超新星爆発が襲った。幾千幾万の星々が、一斉に炸裂する。爆炎と爆風が、僕を襲う。
意識が、ブレた。
「堕ちろ、無銘の少年」
直後、僕の身体に黄金の十字剣が突き刺さる。胸の中央に、剣が吸い込まれるように突き立つ。僕の意識が白く白く染まってゆく。僕の意識が、消えてゆく。僕が、消えてゆく・・・。
・・・全てが、白紙になってゆく。白紙に、消え去る。
・・・・・・・・・
同時刻、神国にて。リーナ=レイニーは何か直感めいた予感を感じた。
「っ、あ・・・ああ・・・・・・あああああっ・・・・・・」
絞り出すような、そんな声だった。自分でも、その声が信じられなかった。
何処か、他人事のような気さえした。しかし・・・
リーナは膝から崩れ落ちた。とても、身体を支えてはいなれない。その瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちるのを止められない。涙が止まらないのだ。
或いは、それは巫女故の何かが働いたのかもしれない。もしくはそれ以前の何かか?
理解出来ない。或いは理解したくない強い直感に襲われた。
ともかく、無銘に何かがあった。それは理解した。理解したからこそ、涙が止まらない。自分でも感情が抑え切れないのだ。自然、泣きじゃくるのを止められない。
「あああああああああああああああっ‼あああああ、あああああああああああああああああ!!!」
滂沱の涙を流し、泣きじゃくるリーナ。その姿にぎょっとしたのか、周囲に人が集まってくる。
しかし、それでもリーナは泣くのをやめられない。止まらない。感情が抑えられない。
「っ、何だ!!!何事だ!!?」
やがて、その場に神王デウスが来た。そして、混乱する現場の様子とリーナを見て軽く舌打ち。
神王は全てを理解した。全知全能故に、全てを瞬時に理解した。
———ああ、無銘の奴は失敗したか、と。
リーナの首筋に軽く手刀を落とし、その意識を断った。かくんっと意識を失うリーナ。
再び溜息を吐いたデウスは周囲を見回して小さな声で呟く。
「さて、この状況をどう収めるか?」
・・・・・・・・・
———そして、場所は戻って未開の大陸。世界樹の神殿。
終わった。僕は、そう自覚した。僕は敗北したのだ。
僕は、壁に背をもたれ掛けるようにして倒れていた。どうやら、あの空間から脱したらしい。しかしそれでも僕は動く事も不可能。もう、指先一つ動かせない。
既に身体の限界は超過している。どころか、身体の何処を見ても生きている事自体不思議な程だ。
胸の中央には、黄金の刀身を持つ十字剣が突き立っている。誰でも解る、致命傷。
何故、これで死なないのか?何故、これでまだ生きているのか?それが不思議なほどに重傷だ。僕の瞳からは既に戦意が喪失している。戦う意思は、もう欠片も無い。
此処まで来たら、中々死ねない頑丈な身体が恨めしい。そんな僕を、ハクアは冷たく見下ろす。
「苦しいか?なら、止めを刺してやろう」
そう言って、ハクアは僕に向かって掌を向ける。その掌中に、超新星に匹敵するエネルギーが。それを喰らえば僕はもう、二度と頑張らなくても良いんだ。頑張る必要は無いんだ。
これでもう、苦しい思いをしなくて済む。そう、思った。
そう思ったら、自然と笑みが浮かぶ。それをどう感じたのか、ハクアは顔を不快そうに歪めた。
超新星にも匹敵する膨大なエネルギーが、周囲の空間を歪める。その余波があらゆる物質を砕く。
そんな中、ハクアが冷徹な声で告げた。
「死ね」
ああ、もうこれでやっと・・・終われる。
そう思った、その直後。僕の目前に何かが遮るように出現した。
超新星に匹敵するエネルギーが、その何かによって弾かれる。弾かれて、霧散する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それは、星の聖剣”虚空”だった。虚空が、僕の前に浮かんでいる。僕を守ったのか?
何故?疑問が、僕の頭を過る。しかし、答えは出ない。答えは出ないが、それでもきっと虚空が僕を守ろうとした事実は変わらないのだろう。その意思が感じられた。
その光景に、ハクアは鋭く目を細める。そして、心底愉しそうに嗤った。
「ほう?自らの主を庇うか。面白い」
そう言うと、黄金の十字剣を一閃した。瞬間、真っ二つに折れる虚空。虚しい音を立てて、床にその短剣の残骸が落ちた。もう、星の聖剣に何の力も感じられない。その聖剣は失われた。
さて、と。ハクアは僕の方を向く。その顔には、愉悦の笑みが浮かんでいる。悪意的な笑みだ。
「気が変わった。お前は少し、俺の役に立ってもらう。もう少し、生きてもらうぞ?」
「・・・・・・・・・・・・っ⁉」
その言葉に、僕の頭は絶望に満たされた。僕に伸ばされる手、向けられる笑み。その全てが、僕をとことんまで打ちのめしてくる。絶望させてくる。僕の意識が、真っ暗になってゆく。
何故、こんな事になったのだろうか?それは解らない。けど、きっと・・・
きっと、僕は間違えたのだろう。僕は、何かを間違えたのだ。
そんな中、最後にハクアの声が僕の耳に届いた。
「絶望に染まれ。そしてその目で見ろ、世界が終わるその様を」
その声は、何処までも僕の心に深い影を落とした。
絶望に堕ちる・・・




