9、最奥へ
瞬間、刃がぶつかり合う。火花が散る。衝撃波が嵐のように駆け抜け、周囲一帯に広がる。
直後には、僕とΩの姿が消えて別の場所でその剣を交える。目まぐるしく景色が切り替わる、悪魔は嗤い僕は怒りの形相でぶつかり合う。その戦いは、まさに極限。並の人間には間に入る事すら不可能。
僕が、Ωが剣を一閃するごとに、周囲のあらゆる物が断ち切れる。斬撃の嵐が吹き荒れる。その戦いはもはや人智を超えて、神域に至る。互いに光速を超えて駆け回る。世界の理が壊れる。
———神話の光景が/神話の戦いが/神話の世界が其処にあった。
誰が言ったのか。此れぞ、新しき時代の神話であると。新しき時代の光であると。
誰かが言った。新しき時代の到来だと。
「は、ははっ、はははははははははあははははははははははははっっ!!!!!!!!!」
狂ったように笑いながら、Ωは剣を振るう。それを、僕は短剣で受ける。その衝撃波により、あらゆる物が万物が破壊されてゆく。呼吸一つ、挙動一つで、世界の理が破壊されてゆく。世界が壊れる。
僕が、短剣を振るう。Ωが笑いながらそれを防ぐ。空間に致命的な亀裂が入った。
狂ったように笑うΩに、僕の血液が沸騰したように熱くなる。頭が熱くなる。
「そん・・・なに・・・・・・」
「はははははっ!!!」
「そんなに愉しいかっ‼そんなに、戦うのが愉しいかよっっ!!!!!!」
「愉しいさ!!!ああ、実に愉しいね。此処まで血沸き肉躍るのはっ!!!!!!」
命がけの戦いは心底愉しい。そう、何の誇張も無く言い切る。そう、確かに言ったのだ。
心底楽しそうに哄笑を上げる悪魔に、僕の頭の中で何かが切れた。
僕は、目を極限まで見開きΩを拳で殴り飛ばす。数メートル吹っ飛んで、Ωは尚も笑いながら姿勢を整えて壁に足を付ける。そして、そのまま壁に巨大なクレーターが出来る勢いで跳んだ。
光速を大きく超えた速度で砲弾のように突貫してくるΩ。避ける事など絶対に不可能。なら、正面から迎え撃つのみだ。僕は、短剣を構える。そして・・・
刹那、僕とΩは同時に剣を振るった。
閃光が奔った。巨大な衝撃波が嵐のように吹き荒れる。空間が、弾け飛んだ。
・・・・・・・・・
直後、二人の間に一つの影が割り込んだ。
「其処までだ、二人とも」
その影は、終末王ハクアだ。驚いた事に、ハクアは僕とΩの攻撃をそれぞれ片手で止めている。即ちそれはハクアにとって、この程度の攻撃は片手でたりる程度だという事だ。その事実に愕然とする。
短剣に握った腕に力を入れても、びくともしない。全く微動だにしない。その事実に愕然とする。
思わぬ介入に、Ωは不服そうな顔でハクアを睨んだ。
「おい・・・」
「そう不服そうな顔をするな、ディー。後でその埋め合わせはしっかりとするから」
「・・・・・・・・・・・・むぅっ」
ハクアは苦笑を浮かべ、そう言った。どうやら、二人は上下関係ではなくある種対等な関係らしい。
Ωは不服そうにしながらも、引いた。終末王は僕の方を向くと、不敵に笑って唐突に告げた。
「お前、中々強いな。決めた、俺の仲間になれよ」
「っ!!?」
「ほう?」
———お前、俺の仲間になれよと。
その驚愕の言葉に僕は目を極限に見開き、Ωは面白そうに笑みを浮かべた。こいつ、一体何を?その思考をまるで読んだかのように、ハクアは告げる。あくまで不遜に、不敵に。僕に告げる。
「お前、その力をどう使うか迷った事は無いか?強すぎる力を持て余した事は無いか?」
「そんな事は・・・無い・・・・・・」
そう答えながら、僕は言葉に詰まる。自分で望んだ力だが、しかし実際に得た事でどうなった?
僕は考える。実際力を得て、それでその力が一体何の役に立ったのだろう?一体その力で、僕は何を手に入れられたのだろうか?その力で、一体何が欲しかったのだろう?
その迷いを見透かしたように、ハクアは嗤う。嗤って、話を続けた。
「俺の許に来い、シリウス=エルピス。俺が、お前の居場所を造ってやる」
———此処が、お前の居場所だ。
そう言って、ハクアはその手を差し伸べた。僕は、その手を見詰めてじっと考える。考えて、僕は一体どうするべきなのかを思考する。僕は・・・僕、は・・・・・・
ゆっくりと、僕の手がハクアの手に伸びる。ハクアの口元が、薄く嗤う。僕の手が、ハクアの手のその僅か数センチの所まで伸びた、その瞬間・・・
僕の脳裏に、リーナの笑顔が浮かんだ。僕を好きだと言ってくれた少女の笑顔が浮かんだ。
そうだ、僕が力を得た事で得られたモノもあった。助けられた命もあった。決して無駄では無い。
リーナを助けられた。彼女の命を救えた。なら、きっとそれは確かに価値がある。意味がある。
僕は、僕が手にした力は決して無駄なんかじゃ無かったんだ。そう理解した瞬間・・・
僕は、一切の迷いを振り切った。
「・・・・・・何の、つもりだ?シリウス=エルピス?」
僕はハクアに伸ばした手を引く代わりに、彼に短剣を突き付けた。ハクアの表情が、不快に歪む。
僕は、不敵に笑みを浮かべて言った。
「僕は、お前の味方にはならない。お前の目指す道は僕の望む道じゃ無いんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それに、と。僕は更に続けた。
「僕の力で救えた命もあった。それで、僕にとっては充分だ。お前の思い通りにはならないよ」
———だから、お前の仲間にならない。
そう、僕は断言した。
「・・・・・・そう、か」
そう言って、しばらくハクアは瞑目した。眼を閉じ、深く考える仕種をして、やがて・・・
その目を見開いて心底から凍えるような声音で言った。
「ならば、死ね」
瞬間、気付けば僕は全くの未知の空間に居た。其処は、未知の天体法則が支配する世界だ。その世界に僕は放り出されたのである。思わず、僕は絶句する。
———其処は、宙と星の境界だった。
「っ、なぁ!!!」
「此処は世界樹の神殿最奥。俺の固有宇宙を模倣した異界だ」
「っ!!?」
だとすれば、此れは空間転移の類か?だとすれば、これは拙い。僕は危機感に冷や汗を流した。
だとすれば、僕はハクアの戦いやすい領域に引き込まれた事になる。下手をすれば、まともな戦いにすらならないであろう。それほどの理不尽。それほどの不条理だ。
ハクアは、その腕を一閃させた。その瞬間、周囲に血が飛び散った。
・・・・・・・・・
それからしばらく後の事。
———未開の大陸、浜辺。其処に、黒い飛竜のククルーが居た。大岩による砲撃で痛めた片翼を休める為に浜辺に寝そべっていたが、不意にその頭を上げる。その瞳は、世界樹の方に向いていた。
其処には、主が向かっている筈だ。だが、不意に何か予感めいた強い直感がククルーを過る。
急がねば。そう確信したククルーは、痛めた翼を無理矢理動かして飛び立つ。しかし・・・
飛び立った直後、その進路を阻むように数羽の鴉が現れた。何時の間にか、取り囲まれている。その数は優に五羽以上だろう。そのどれもが、ククルーの進路を阻むように立ち塞がる。
只の鴉では無い。途轍もなく巨大な大鴉だ。そのサイズ、軽く三メートルはあるだろう。
ククルーが獰猛に吼える。しかし、大鴉は意にも介さずクアアーーーッッ!!!と鳴いた。
どうやら、最初からこの大陸から逃がすつもりなどないらしい。そう察したククルーは、獰猛に唸り声を上げて不敵に笑みを浮かべた。片翼を負傷していても、その闘志は変わらない。
伊達に王国の飛竜達のリーダー格ではないのだ。飛竜の中でも、その勇猛さは頭抜けている。
大鴉が一斉に鳴くと、ククルーも大きく吼えた。
ククルーの頭にあるのはたった一つ。急いで救援を求める事のみ。救援を求めて、主を救わねば。
そうして、ククルーは無謀な戦いに挑んだ。




