8、純血の悪魔
「居たぞ、奴だ‼ぐあっ!!?」
「こっちだ、殺れ!!!」
敵の数は増えてくる。次々と、殺到してくる。
戦闘は激しさを増していった。神殿に入ってから、狂信者の数は増すばかりだ。その度、僕は狂信者たちを木剣で斬り倒していく。その数、もはや数える気にもならない。
おかしい、そう感じた。いくら何でも、外から見た神殿の大きさと内部の広さが一致しない。明らかに内部の空間が拡張されている。何らかの異能か魔術による物か?それとも・・・
・・・或いはこれも、終末王の持つ固有宇宙の力なのか?
固有宇宙。終末王ハクアが其れを保有しているのは既に解っている。それは先ず間違いない。故に僕は敵を斬りながら思う。奴の、ハクアの固有宇宙は一体何だ?
固有宇宙とは、まず大前提として固有で単一の概念宇宙を宿す事。即ち、自身が宇宙と化す事だ。
自らが宇宙そのものと言って良い。それは、宇宙の全質量と概念の全てを宿す事に他ならない。
先ず解っているのは、奴に魔物を産み出す能力がある事くらいか?しかし、それで奴の能力が魔物の創造だとはとても言い難いだろう。直感での話だが、まだ何か隠している気がする。
それが何なのか、この違和感は一体何処から来るのか、それは解らない。しかし・・・
恐らく、かなりの難敵になるだろう。そう、僕は予測した。と、その直後———
立ち止まる。其処は、明らかに先程までとは異質で広い空間だった。
僕は広い空間に出た。その先に、巨大な扉がある。ドラゴンの彫刻が施された、巨大な扉。
其処に・・・
「おっと、其処までだぜ!!!」
「っ!!?」
気付けば、目の前に何時の間にか一柱の悪魔が居た。その悪魔を、僕は知っている。
奴の名は———
「悪魔、Ω!!!」
「くははっ、よくぞ此処まで来たな。ようこそ、結社外法教団へ」
Ωは悪魔らしい笑みを浮かべ、両腕を左右に広げた。その姿はまるで、ラスボスのような風格だ。
圧倒的な威圧感と共に、心が引かれるような不自然な感覚を感じる。悪魔的な魅力というか?そんな妖しい魅力のような何かをΩから感じるのだ。恐らく、悪魔固有の魅了の力か。
何時か、母から聞いた事がある。純血の悪魔には、人心を引き付ける魅了の能力を固有で宿す。あの悪魔は恐らくその魅了の力を遣っているのだろう。だとすれば・・・
僕は、気を引き締める。意識をしっかりと保つ。心を強く保つ。
すると、先程まで悪魔から感じていた妖しい魅力のような何かが霧消した。
ほう?と、Ωが愉快そうに嗤う。その目は、愉悦の色が濃厚に浮かんでいる。その目は、面白い玩具を見付けた子供のような。それでいてそれを壊したいという危険な色を含んでいる。
とても危険な笑みだ。その笑みに呑まれそうになる心を僕は抑える。
そして、真っ直ぐに悪魔を睨み付けて問い掛ける。
「何故、お前達は其処までして世界を滅ぼそうとする?何故、其処まで世界の再創造に拘るんだ?」
僕のその問いに、Ωはふっと嗤いながら逆に問い返した。
「それを聞いて、お前は納得できるのか?お前は正しく、ハクアの絶望を理解出来るか?」
「何?」
「解らないならそれで良いさ。解り合えないなら、もはや戦争しか無いんだよ」
そう言って、Ωは虚空から一振りの長剣を取り出した。黒い、艶の無い漆黒の十字剣だ。その闇のような深い黒に思わず、僕は呑まれそうになる。しかし、僕は気を引き締めて木剣を構える。
気を引き締めて、僕は言った。僕は吼えた。
「だが違う‼お前は、そんな理由でこんな事をしているんじゃ無いだろう!!?」
「・・・・・・・・・・・・」
Ωは、答える事無く只嗤った。その笑みは、どこまでも悪魔的な妖しい笑みだった。
ああ、今理解した。こいつの目的は、きっとそんなのじゃない。そんなまっとうな理由では無い。
他者の絶望を汲んで、こいつは行動しているのではない。そんな訳が無いんだ。
「お前の、お前自身はきっと教団の最終目標とかどうでも良いんだ。本当はきっと、お前はもっと度し難いまでの快楽と悦楽にこそ意義を感じているんだ」
きっと、こいつ自身は本当は終末王のかざす目的すらもどうでも良い。只、きっとこいつは何処までも自分の快楽の為だけに人の世をかき乱すんだ。それが、この悪魔の正体なんだ。
こいつはきっと、何処までも悪魔以上に悪魔らしい。
僕に指摘された悪魔はしばらく黙っていたかと思うと、やがてその口を三日月状に大きく歪めた。
「・・・・・・くは、くはははっ」
「っ!!?」
乾いた、狂ったような嘲笑だった。
その笑みは、何処までも悪魔的で何処までも醜悪な笑みだった。狂的な愉悦の色を宿している。
その笑みに、思わず僕はぞっとする。心底から恐怖する。
ああ、確かにこいつは悪魔だ。決して相容れない、解り合えない怪物だ。そう、僕は感じた。心底から僕はこいつの事を恐ろしいと感じた。怪物だと思った。まごう事なき怪物だ。
・・・理解出来ない、恐怖を覚えた。
「面白い、実に面白い余興だ!!!」
そう言って、その悪魔は一息に距離を詰めて来た。首の皮一枚の所まで刃が迫る。
僕は、大きく後方にのけ反る形で何とかそれを避けた。しかし、その一瞬致命的な隙が出来る。その隙を見逃すほどこの悪魔は優しくはないだろう。事実、直後に僕の脇腹をΩの蹴りが穿った。
「っ、がっ!!!」
口から血を吐く。
床を大きくバウンドするように、僕は吹っ飛んだ。その僕に、Ωは一足飛びの要領で一息に距離を詰めて十字剣を振るう。避けられない。なら、受けるしかない。
僕は、何とかその十字剣を木剣で防いだ。
「ぐうっ!!?」
「くははっ、まだまだあっ!!!」
獰猛に嗤い、悪魔Ωは無理矢理十字剣を振り抜いた。その力に、僕は吹っ飛ばされる。
ドガアッ!!!!!!僕は、勢いよく壁に激突した。肺の中の空気が、一気に体外に押し出される。僕はその口から血を吐き出した。ずるずると、壁にもたれ掛かるように崩れ落ちる。
「っ、かはっ!!!」
木剣が、半ばから折れた。これまでの戦いで、ついに木剣が耐え切れなくなったんだ。
圧倒的な力の差。テューポーンやルシファー、波旬など比ではない。比べるまでもない。
まさに規格外。単独で、固有宇宙にすら匹敵する異常な強さだ。まさしく異常。
そんな圧倒的な強さ。それを、僕は今、目の当たりにした。強い。只、強い。
異能がどうとか、技量がどうとかでは無い。単純に、この悪魔は強いのだ。
単純な戦闘力だけで、こいつは固有宇宙にすら匹敵する強さがある。
間違いない。こいつが、こいつこそが、終末王の本当の切り札だ。そう確信した。
「くははっ、もう終わりか?もうお前はおしまいか?」
腕が上がらない。力が入らない。もう、これまでか?そう感じた、その時・・・
———まだ、諦めるには早い。
「な・・・に・・・・・・?」
・・・思わず、呻いた。
頭の中に、声が響いてきた。その声に、僕は思わず顔を上げる。其処には悪魔Ωが居るだけだ。他に僕以外の誰も居ない筈だ。それなのに、声は依然聞こえてくる。頭に響く。
中性的で、機械的な声だ。しかし、その声には確かな意思が感じられた。
———まだ、諦めるには早い。まだ、お前には私が付いている。
その声は、一体誰なのか?僕は、思わずその手を懐の短剣に添えた。自然と、手が伸びた。
———そう、お前には私が。星の聖剣”虚空”が付いている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
僕の中で、熱い何かが宿った気がした。僕は、この時初めて気付いた。
星の聖剣”虚空”、その短剣には最初から意思が宿っていたのだ。ずっと、僕と共に居たのだ。
「・・・・・・・・・・・・っっ!!!」
僕の中で、力が蘇る。僕の魂が、再び燃え上がる。再燃する。ゆっくりと、立ち上がる。
その姿を見て、僕の瞳を見て、Ωは愉しそうに嗤った。
「そうだ、それでこそ面白い。もっと俺を愉しませろよ」
僕は、答えない。只、黙って真っ直ぐにΩを睨む。
僕は、懐から短剣を取り出した。柄頭の青い宝石以外、一切の装飾を省いた短剣。その短剣から途轍もない力の奔流が流れ出す。その力に支えられ、僕はしっかりと立ち上がる。
———そうだ、立ち上がれ。諦めるな。最後まで私が付いているから。
その声に励まされ、僕は短剣を構える。その瞳に闘志を燃やす。
ああ、解っているさ。僕は戦う。戦って、きっと無事に帰ってみせるさ。
だから、どうか力を貸してくれ。虚空!!!
その僕の意思に応えるかのように、星の聖剣はきらりと輝いた。僕の意思は、復活した。
ついに、木剣が折れたあああああああああっ!!!!!!
まあ、真剣相手に木剣じゃあねえ?




