閑話、その時、リーナ
無銘、シリウス=エルピスが未開の大陸に旅立って以来、リーナはずっと落ち着かない様子だった。
常にそわそわして、居ても立ってもいられない。そんな雰囲気だった。そんな彼女を、神国の皆はとても心配そうに見ていた。しかし、誰も声を掛けられずにいる。
そんな時、リーナに声を掛ける者が居た。神王デウスだ。
「どうした?リーナ=レイニー。そんなにあの少年が気になるか?」
「・・・・・・はい。彼は、ムメイは・・・無事に帰ってくる事が出来るでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
デウスは少し黙り込み、思案するように僅かに唸る。やがて、デウスは本音を言う事にした。
残酷な現実を。
「恐らく、無事に帰ってくる事は不可能だろう。帰ってこれたとしても、只では済まないだろうな」
「っ!!?」
リーナはその一言で絶望したような表情になる。それではあまりにも救いが無いではないか。あの無銘の少年が一体どうしてそんな目に会わねばならぬのか?リーナには、解らなかった。
解ってはいた。無銘は、自分で選んで未開の大陸に向かったのだ。それをリーナがとやかく言う必要など何処にも無いという事を。しかし、しかしだ・・・
無銘は何時も苦しんでいた。何時も独りで悩んでいた。それなのに、まだ苦しまねばならぬのか?
リーナは思わず泣きそうになる。それを見て、神王デウスは話を続ける。
「恐らく、理屈では無いのだろう。あの少年の覚悟を思えば、止める事など出来なかったさ」
「でも、それでもっ!!!ムメイは何時も苦しんでいたんです。独りで悩んでいたんです」
そうかも知れない。そう、デウスは言った。
きっと、今のデウスはとても残酷な表情をしているのだろう。そう、本人も自覚していた。
しかし。しかし、だ。それでもデウスは思う。あの無銘の少年は、何時も苦しみながらも覚悟を決めて行動していたと思う。きっと、彼は後悔だらけの人生であろうと、自分の選択にだけは後悔しない。
そういう人間なのだろう。だから、デウスはリーナ=レイニーに諭すように言った。
「ああ、あの少年は何時も苦しんでいた。何時も悩んでいたさ。けど、それでもあの少年は何時も少年なりに考えていたと思うよ」
「・・・・・・・・・・・・考えて?」
デウスはうむと頷いた。
「あの少年は何時も考えて行動していた。それがどのような選択だとしても、きっと後悔しないように少年なりに考えて行動していたのだろうな。きっと後悔だけはしたくなかったのだろう」
「・・・・・・ムメイ」
リーナは想う。無銘は、きっと人一倍考えて行動していたのだろう。それが、どのような選択であれど彼は後悔しないように考えて行動していた。本当は、後悔だけはしたくなかったのだろう。
それでも、人生には後悔は残ったかもしれない。けど、それでも自分の選択そのものにはきっと後悔はしないのだろう。そうなるよう、何時も選んでいたから。考えて行動していたから。
リーナは想う。だとしたら、リーナは何をするべきなのか?どうするべきなのか?
自然、リーナの口から言葉が漏れた。
「私は、彼の・・・ムメイの帰る場所を守りたい。帰る場所になりたいです」
「そうか・・・・・・」
神王は、デウスは静かに笑った。きっと、それがリーナの選択なのだろう。そう思った。
気付けば、リーナの傍に一人の少年が立っていた。無垢な笑顔で、少年は一輪の花を差し出した。
リーナはきょとんとする。
「私にくれるの?」
「うん‼だから、おねえちゃんげんきだして?」
その無垢な笑顔に、リーナは何だか励まされたような気がした。自然、笑顔が零れる。
リーナは少年から花を受け取る。
「ありがとう」
「うんっ!!!」
少年も、弾けるように笑った。リーナは思った、覚悟を決めた。自分は自分なりに、彼の帰る場所になろうとそう決意した。決意して、力強く笑った。
・・・その笑みに、迷いなど一切なかった。




