6、東方の神山
ようやく森を抜けた僕。その目前にはたくさんの鳥居が並んでいた。
幾千、幾万、いや、もっとたくさんある・・・。鳥居が綺麗に並んでいる。
この光景に、僕は見覚えがあった。
「これは、千本鳥居?」
そう、この光景は京都伏見稲荷の千本鳥居に良く似ていた。
深く呼吸をする。清浄で神聖な空気。僕は自身が神域に入った事を自覚した。
「・・・・・・・・・・・・」
気を引き締め、そっと歩を進める。
僕は、その鳥居の行列に静かに足を踏み入れた。空気が更に澄み渡る。
千本鳥居に良く似た鳥居の行列、それを潜ってゆく僕。鳥居を潜る度、場の空気が清浄に澄んでゆくのが理解出来る。
神山に近付く度、空気が純化されてゆく。
永遠にも似た、しかし実際はそれほど永くはない時間が過ぎた。
しばらく歩いた後、僕の目の前に巨大な門が現れた。天を衝く巨大な門。その門の前にはオーガと思しき魔物の姿が見られる。
何故此処にオーガが居る?僕は思わず怪訝な顔をした。
しかし、そのオーガの瞳は他の魔物とは違う、理性のような物を僕に感じさせた。
それだけでは無い。そのオーガは黒い皮の鎧に腰に差した一振りの長剣、朱色の籠手に同色の具足を装備していた。明らかに戦士の姿をしている。
それも、その立ち姿の隙の無さから歴戦の猛者だと解る。
このオーガ、強いな。恐らく今の僕では勝つのは難しいだろう。そう思わせる気迫があった。
僕は、試しにそのオーガに話し掛けて見る。
「お前は、此処で何をしている?」
「・・・俺は、この神山の門を守る門番だ。貴様は何用で此処に来た?」
ふむ、どうやら話は通じるらしい。それと、このオーガは門番らしい。
それにしても。・・・何用で此処に来たか、か。
「僕はこの神山の山神に会いに来た。その門を開けては貰えないか」
「この門を通りたくば、俺を倒して力と勇気を示せ」
なるほど。どうやら門を通るにはオーガの戦士と戦い、認められる必要があるらしい。
オーガを相手に力と勇気を示せば、山の神は会ってくれると。そういう事か。
・・・中々、面白い。僕は獰猛に笑って見せた。
「ならば是非も無い。其処を押し通る」
「その意気やよし。来るが良い!!!」
僕は短剣を構え、オーガは長剣を構える。オーガは正眼に構え、僕は自然体。隙は無い。
僕もオーガも、互いに笑っている。獣の笑みだ。互いにこれからの戦いに闘志を燃やす。
そうして、僕とオーガは戦闘に入った。
・・・・・・・・・
動いたのは全くの同時だった。しかし、それでも僕は先手を許してしまう。
僕とオーガでは圧倒的に地力の差がある。この状況下では、その差が致命的だった。
オーガの剣が振るわれる。袈裟に振り下ろした一閃。
それは、全てを断つ威力を宿した必断の一閃だった。
「ぐぅっ!!!」
初手の斬撃を何とか躱すも、それでも左腕を深く斬られた。お返しに頸動脈を狙うも、流石に易々と当たってはくれない。
何とか腕は繋がっているが、これで左腕は駄目だ。一気に不利になった。
僕の額を冷や汗が流れる。血が止まらない。左腕をだくだくと血液が流れる。
まずい。本気でこの状況は良くない。此方に分が悪すぎる。
考えろ・・・。何か手は無いか?何か、この状況を打破する為の秘策は・・・。
僕の脳裏を、最悪の策が過る。狂気のさたとも思える、最悪の奇策が。
しかし、時間など無い。こうしている間にも、オーガは攻め手を緩めない。
・・・一つ、試して見るか。
失敗すれば、僕が死ぬ事になるだろうが。まあ良い、この状況を打破出来るなら試すまでだ。
・・・使えないなら、有効活用して捨ててしまえ。
僕は覚悟を決め、顔に笑みを作る。不敵な笑みだ。その一瞬、僕の左側に隙が出来る。
さあ、乗るか?
「むっ・・・。何を考えているかは知らんがこれで終わらせよう」
「・・・・・・っ」
オーガの戦士は僕の左側から強襲を仕掛ける。僕の左腕が使えない今、それが妥当な判断だ。
よし、上手くいった。
・・・予想通りだ。僕は薄く嗤った。
腰のひねりだけで、僕は左腕を振るう。オーガの両の目に、僕の血液を浴びせてやる。
「ぬっ、ぐおうっ!?」
予想通りだ。
オーガは見えなくなった目で、我武者羅に剣を振るう。僕はそれを足音を殺しながら避け、ある物を奴の背後に投げる。
それは、僕の左腕だ。さっき自ら斬った。もう、痛みも感じない。意識も既に朦朧としている。
唇を嚙んで、意識を保つ。
使えないなら、有効活用して捨てるだけだ。
予想通り、背後を過った左腕に反応したオーガはそれを剣で断ち切る。
その一瞬で充分だ。僕は音を殺してオーガとの距離を詰める。ようやく、オーガが僕に気付く。
「ぬっ、しま!!!」
「僕の勝ちだ」
僕はそのまま短剣を突き入れる。オーガの胸を、短剣の刃が深く刺さる。
僕の勝利だ。そう確信した瞬間、僕は意識を失った。
・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・此処は」
目を覚ますと、僕は地面の上で寝ていた。何故、地面の上で?一瞬、意識が混乱する。
・・・ああ、そうか。
思い出した。僕はオーガの戦士と戦ったんだ。何とか勝利したが、確か、その後気絶したんだっけ?
・・・けど、しかし。
何故、僕は無傷なんだ?確か、あの時僕の左腕は切断した筈。
それも、普通に繋がっているし。何故?
「おお、目を覚ましたか‼」
声を掛けられて振り向くと、其処にはあのオーガが居た。いや、何でだよ。何故普通に生きている?
「お前、死んだんじゃなかったのかよ?」
「あ?いや、俺は確かに敗北したが死んではいないぞ」
「・・・・・・は?」
僕は思わず目を丸くした。確かに、あの時僕はオーガの胸元を短剣で突き刺した筈。
・・・どういう事だ?思わず首を傾げる。
「はははっ‼俺は永遠に神山の門を守る為、山の神から不死の異能を与えられているんだよ」
「・・・は、はぁっ」
どうやら、このオーガはかなり出鱈目な不死性を有しているらしい。僕は呆れた。
いや、本当に呆れた。あの戦いは茶番かよ。ふざけるな。
「で、何故僕の傷が丸ごと回復しているんだ?流石にこれはありえんだろう」
「おお、それはこいつのお陰だ」
そう言うと、オーガは一本の小瓶を取り出した。中には緑色の液体が入っている。
緑色というか、かなり毒々しい色だ。どろっとしているし。
瓶の口に鼻を近付けると、独特の青臭さが漂ってきた。思わず顔をしかめる。うげえっ。
「これは何だ?」
「此れは回復薬だ」
回復薬、ねえ・・・。僕は怪訝な顔をする。かなり毒々しい色をしているが?
「まあ、あれな色をしてはいるが効果はご覧の通りだ」
「ふーん・・・?」
僕の身体を指差すオーガ。 確かに、僕の身体は見事に回復しているが。
回復というか、再生しているが・・・。
少し、舐めてみる。途端、独特の苦みとえぐみ、胸が焼けるような感覚が僕を襲った。
うげえ~っ。に、苦い・・・。僕は顔をしかめた。
苦い、とにかく苦い。この苦みはかなりのネックだ。正直、吐きそうになる。
「はははっ、良ければやるよ」
「いや、要らねえよ‼」
ぶっちゃけ要らねえ。僕は小瓶をオーガに押し返した。こんなの絶対に要らねえ。
「ふむ、かなり効くのに・・・」
「この苦みが駄目なんだよ」
これは流石に無理だ。少量で胸がむかむかする。
「まあ、お前が言うならそれで良い。しかし、この神山の神に会うならこの回復薬は必要だぞ?」
「・・・・・・・・・・・・は、はぁ」
そう言って、尚も僕に回復薬を押し付けようとするオーガ。僕はそれを結局受け取るはめになった。
それも、十本も。はぁっ。
こうして、僕は入山が認められた。