2、巨人の森
森の中を進んで、もう約一時間以上は経過した。既に、倒した危険生物の数は三桁に至る。
人の血を吸って真っ赤に咲き誇る怪植物やティラノモドキ、果ては樹に擬態した怪生物も居た。その全てがこの大陸で独自に発達した生態系だろう。まあ、全部倒したけどさ。
僕も決して無事ではない。怪生物の奇襲を受けて、所々傷だらけだ。まあ、この程度平気だけど。
しかし、それにしても・・・。僕は思わず溜息を吐いた。
「うきゃきゃっ‼ききーっ!!!」
目の前には猿の群れが居た。只の猿ではない、その頭に二本の角が生えた猿の群れだ。恐らく、この猿の群れも未開の大陸で独自の進化を遂げた種だろう。その数、軽く二十匹以上は居る。
その全てが、僕に戦意を向けている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁっ」
思わず、溜息を吐いた。さて、猿に囲まれたのは一体何時以来か?恐らく、前世で子供の頃に弁当を狙われた時以来だろうか?全く、面倒臭い事この上ない。
僕は再び溜息を吐いた。猿に生えた鋭い爪や牙、恐らくは肉食に近いのだろう。
もう、面倒だ。僕は木剣を構えた。瞬間・・・
「ふっ!!!」
気合一閃。僕の身体が残像を残して駆け抜ける。一陣の風が吹き抜けた。
すぱぱぱぱぱぱぱぱあああんっっ!!!!!!!!!軽快な音が、周囲に響き渡った。
猿どもが、吹き飛んだ。
「「「「「「「「うきゃああああああああああああっっ!!!!!!!!!」」」」」」」」
響き渡る猿の断末魔。別に殺してはいない、無力化しただけだ。猿の頭には、皆立派なたんこぶが出来て気絶している。おしりを突き出して倒れている姿が、何ともシュールだ。自然、笑いを誘う。
まあ、それはともかくだ・・・
僕は間抜けな猿達をその場に放っておき、先へと進んだ。哀れ、猿達はその場に置き去りにされた。
アーメン・・・。死んでないけどさ。
・・・森の中を歩く事、更に一時間弱。もう、どれだけの生物を倒したのか解らない。やがて、僕は開けた場所に辿り着いた。其処に、一体の巨人が居た。あの大岩を投げてきた巨人だ。
僕は、木剣を構える。しかし、それを巨人は片手で制した。その目は、何処までも穏やかだ。
僕は怪訝に思う。その瞳は先程僕達を撃墜した者とはいやに違う。全く別物だ。
「まあ待て、小さき者よ。少し、話し合おうではないか」
「・・・・・・一体何のつもりだ?巨人?」
僕の怪訝な表情に、巨人は鷹揚に笑った。やはり、その穏やかな笑みに僕は違和感を覚える。
この巨人、一体何者だ?
「わしの名はテューポーン、巨人族ギガースの王よ」
「・・・・・・ギリシャの巨人か」
「おおっ、お主は向こうの者か⁉」
巨人の王、テューポーンは驚いたように僕を見る。まさか、此処で向こうの巨人と出会うとは。僕の方こそ驚いた気分だよ。まあ、別にそれは良いか。どうでも良い事だ。
今、問題にするべきは其処ではない。
「で、何の用だ?テューポーン?」
「うむ。お主、此処から今すぐに退避せよ」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・???
はい???
「は???」
「ふむ、理解が追い付かないと?」
えっと、いやつまりどういう事だ?この巨人は、僕にこの大陸から出ていけと言っているのか?
何故?こいつの目的は一体、何処にあるんだ?認識が追い付かない。理解が追い付かない。どういう意味なのかよく理解出来ない。一体、どういう事だ?思わず、僕は呆然とする。
僕は、この時軽く混乱していた。しかし、それでもこの巨人は容赦なく言った。
「お主、この大陸からさっさと逃げよ。お主ではあの男には絶対に勝てん。絶対にだ」
「っ!!?」
一瞬、僕の思考は真っ白になった。何を言われているのか、一瞬理解出来なかった。
思考が上手く纏まらない。混乱する。
しかし、そんな僕に容赦なく、巨人は畳み掛けてくる。
「お主ではあの男に絶対に勝てん。故に、悪い事は言わん。今すぐ逃げよ」
「嫌だ」
即答だった。僕自身、何故そんな言葉が出たのか今一つ理解出来ていなかった。しかし、それでも僕は巨人の王である彼を、テューポーンを睨み付けた。真っ直ぐに睨み付けた。
その視線に、テューポーンは目を鋭く細める。その視線は、正しく敵意に満ちていた。
「ほう?お主はその意味を理解しているのか?」
「知るかそんなの。僕は、只後悔したくないだけだ。やらずに後悔したくないだけだ!!!」
僕は、尚も吼える。
「後悔するくらいなら最初からそんな事やらねえよ!!!それをしなきゃ後悔すると解っているから、僕はそれをするんだろうがっ!!!違うかっ!!?」
血を吐くような叫びだった。僕は、衝動に任せて絶叫していた。
もう二度と、立ち止まりたくない。諦めたくない。諦めて、後悔したくないんだ。
そして、それを聞いたテューポーンは・・・
「ふむ、ならば今死んでも是非もないな?」
そう言い、静かに立ち上がる。デカい・・・。今更ながら、そう実感する。
しかし、物怖じしている場合ではない。僕は、木剣を構えた。テューポーンも棍棒を構える。
テューポーンの眼光が、戦意と敵意に満ちる。先程の穏やかな瞳とは全く別物だ。どうやら、巨人王もついに本気になったらしい。少し、警戒度を上げる。
そうして、僕と巨人の戦いが始まった。
・・・・・・・・・
テューポーンの振るった棍棒は、大地を文字通り砕き割った。大陸を大きく震撼させる一撃。僕はそれに動じる事なく、巨人の身体を垂直に駆け上がる。巨人の身体を、垂直にだ。
「ぬうっ!!!」
テューポーンは、僕を振り落とそうと躍起になる。しかし、それよりも速く僕の木剣が一閃する。
「ふっっ!!!」
僕の木剣は、空気との摩擦によって炎を灯し、巨人の身体を斜めに焼き切る。
しかし、それに動じるような巨人ではない。彼は、神話的大戦争を潜り抜けた猛者。故に、身体を焼き切られる痛みなど、どうという事はない。その程度では、止まらない。
その身体を振るう勢いで、僕を無理矢理振るい落とす。
「ぬうんっ!!!」
「っ⁉」
そのまま、僕は数キロほど離れた位置に飛ばされる。しかし、それがどうした?
僕はそのままの勢いで、体勢を立て直す。前に、巨人の追撃が来る。巨人の棍棒が、僕を襲う。
棍棒による乱打乱打乱打。巨大地震もかくやという程の揺れが、大陸を襲う。嵐のような猛攻。
・・・しかし、やはりそれがどうしたというんだ?僕は、吼える。
「っ、がああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「ぬああっ!!!???」
巨人の腕を、僕は棍棒ごと叩き切った。僕の額から血が流れる。僕の身体も、ボロボロだ。
決して軽くはない。深手を負っている。しかし、だから何だ?
しかし、だからどうしたという?それが、立ち止まる理由になるのか?それが、僕が全てを諦める理由になると言うのかっっ!!!そんなの理由にすらなるかっ!!!
僕は、更に吼える。
「僕は、もう立ち止まらないっ‼立ち止まってたまるかあっ!!!!!!!!!」
こんな所で立ち止まってたまるか。そんな意思を籠めて、僕は木剣を振るう。
一閃。二閃。三閃。更に更に更に・・・
次から次へと振るわれる斬撃。炎を纏う木剣に焼き切られるテューポーン。それは、炎の剣だった。
「ぐ、ぬうううううううううううっ!!!」
「ああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!!!!」
そして、僕は止めとばかりにテューポーンの心臓に木剣を深く突き立てた。
「ぬうううううああああああああああああああああっ!!!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
互いの絶叫が重なり合う。巨人の猛攻が、僕を襲う。しかし、僕は振り落とされない。
・・・やがて、テューポーンの瞳から光が消えた。巨人王は、倒れた。




