1、未開の大陸へ
「見えた、あれが未開の大陸か!!!」
思わず、僕は叫ぶ。
目の前に未開の大陸が見えてきた。全体の縮尺が解りづらいほど巨大な大陸。一面緑に覆われ、その奥には途方もなく巨大な大樹が一本生えている。世界樹、エルトネリコだ。
伝承では、あの世界樹がはじまりの巨人の心臓だとか。即ち、この世界の中心核だ。この世界の循環を担う中枢部である。恐らく、抑えるとしたらあの辺りだろう。
余りにも巨大なその大樹は、その巨大さだけで縮尺を見間違えそうだ。それ程に巨大な大樹だ。
「ククルー、あの巨大な世界樹に向けて飛べるか?飛べるな!!!」
「グルアアッ!!!」
ククルーから力強い返事が返ってきた。その返事は、肯定の意を示している。
言葉の意味は伝わらずとも、何を言いたいのかは伝わる。
実に頼もしい限りだ。ククルーは力強く吼えた。ぐんっと一気に加速する。しかし・・・
直後、僕達に向けて一斉に何かが飛んできた。それは、強いて言うなら炎の弾幕だった。
炎の灯った大岩が、僕達に向けて雨あられと飛んでくるのだ。それはまるで、火山弾のよう。山のような大岩が炎を灯して、僕達に向けて飛んでくるのだ。並の者なら、戦慄する所だ。
飛んでくる方を見ると、其処には一体の巨人が僕達に向けて大岩を投げていた。
僕は思わず、目を見開く。馬鹿なっ、あれだけの大岩をたった一体の巨人が投げているだと?
山のように巨大な巨人が、同じく山のように巨大な大岩を投げ付けているのだ。普通に脅威だ。
しかし、隙を見せている暇など何処にも無い。
「ちっ。避けろっ、ククルー!!!」
「グルアアアッッ!!!」
ククルーが、力強く吼える。急速に旋回する飛竜。その強烈なGに、僕は飛ばされそうになる。
しかし、僕はそれを不敵に笑って堪える。しっかりと手綱を握り締める。
次々と襲い来る炎の大岩。それを、ククルーはしっかりと避けていく。しかし、避け切れない。
その大岩の一つが、翼を直撃する。ククルーが悲鳴を上げる。
「ガアアッ!!?」
「っ、ククルー!!!」
姿勢を制御出来ず、ククルーと共に僕は落下していく。此処までか・・・。僕は、諦観の念に囚われそうになるのを何とか抑え込む。落下に備えて、僕は・・・
直後、僕とククルーは海に落下した。
・・・・・・・・・
思い出すのは、かつて幼少の頃。僕と妹のミィがまだ幼かった頃の話だ。
妹のミィは何時も僕にべったりだった。それを、僕は面倒臭そうにしていた。そんな僕達を、母は何時も優しく微笑んで見ていた。そんな毎日を送っていた。
面倒臭かったけど、優しくて暖かかったのを覚えている。きっと、僕はあの場所を気に入っていたのだろうと思うから。それに気付いたのは、やはり捨て去った後だったけど。
まあ、それはともかくだ・・・
そんなある日の事。母は優しげな笑顔で、僕とミィを前に言った。とても優しげな笑顔だった。
「シリウス、ミィ。今から貴方達に面白い話をしましょう」
「面白い話?」
「おもしろいはなし~?」
僕と違って、ミィは少し言葉が覚束ない。まあ、まだ僕達は幼少期だ。むしろ、はっきりと話せる僕の方がおかしいのである。まあ、其処は精神年齢的な問題だ。僕、大人だしね。
そんな僕達を見て、母は穏やかな笑みを浮かべた。とても優しい母だった。
優しくて、暖かな母だった。
そんな母が、ある日僕達に昔話をした。きっと、母なりに僕達に母らしくしようとしたのだろう。
「この世界、ウロボロスは元を辿ればはじまりの巨人と呼ばれる存在から生まれた世界なの」
「巨人から、世界が生まれたの?」
この時、僕は年相応にわくわくしていたと思う。巨人から世界が生まれるなんて、神話的世界観が実在したからだと思う。事実、後の母はその時の僕を見て目を輝かせていたと言った。
・・・うん、我ながらはしゃぎ過ぎたと思う。反省しよう。僕らしくもない。
僕の反応を見て、母は穏やかに微笑んだ。
「ええ。そして、この世界こそその巨人の身体そのものなのよ」
「というと、その巨人が丸ごと世界になっちゃったて事?」
「ふふっ、その通り。察しが良いわね。偉いわシリウス」
「おにいちゃんえらーいっ!!!」
「・・・・・・へいへいっ」
僕はぷいっと顔を背ける。俗に言う照れ隠しだ。・・・嘘だけど。
はぁっ、僕は面倒臭くて溜息を吐く。そんな僕に、妹はべったりとくっついてきゃいきゃい笑う。
僕、何でこんなにミィに懐かれているんだろうか?意味が解らない。
ミィの頭をくしゃくしゃと撫でる。ミィは気持ち良さそうに目を細め、僕に擦り寄った。
・・・はぁっ、面倒だ。まあ、別に良いけどさ・・・・・・
そんな僕達を、母はくすくすと笑いながら言った。
「で、その巨人の心臓が未開の大陸にある巨大な世界樹になっているの。世界樹、エルトネリコね」
「世界樹?」
「そう。その世界樹こそ、この世界の中心なのよ・・・聖地とも呼ばれているわ」
僕は、この時僅かに違和感を覚えたと記憶している。そして、僕は母にこう尋ねた。
「・・・えっと、何でその聖地は未開のままなの?聖地だから?」
「うーん、其処に気付いちゃうか・・・」
母は困ったように苦笑した。僕は、怪訝そうに首を傾げる。妹も、僕の真似をして小首を傾げる。
僕達は、見事にシンクロしている。兄と妹でだ。
そんな僕達を見て、母は思わず噴き出すように笑った。
「あははっ、貴方達、本当に仲が良いのね‼」
「えっへん」
「・・・・・・むうっ」
ミィは誇らしげに胸を張り、僕は不服そうに口を結んだ。その対照的な姿に、母は余計に笑う。
しばらく笑った母は、涙で滲んだ目を擦りながら問う。
「あははっ、えっと?何処まで話したかしら?」
「どうして聖地は未開のままなのかという所だよ?」
「ところだよ~?」
ミィが僕の真似をする。その微笑ましい姿に、母は更に吹き出しそうになる。
「・・・そ、そうね。ふふっ、あの大陸が聖地とあがめられながら未だ未開のままの理由。それは」
「それは?」
「それは~?」
母は言った。その理由を。未開の大陸が未だ、未開の本当の理由を。
・・・・・・・・・
「未開の大陸が未だ未開の理由。それは、神王や魔王からして危険な生物が多いから、か・・・」
僕は未開の大陸の浜辺で昔、母から聞いた事を思い出していた。そう、未開の大陸が未だ未開の本当の理由は単純に聖地だからではない。その本当の理由、それは・・・
神王や魔王からして危険と言わしめる、危険な生物や植物が多いからだ。その他、環境そのものもかなり過酷な物となっている。故に、未だ未開のままなのである。
この大陸には吸血植物や、魔物より凶暴な生物が多いのだ。その他、局地的な異常気象が多い。
僕はそっと溜息を吐きながら、浜辺にうずくまるように倒れるククルーを見る。
その翼は、酷く焼け爛れている。
「ぐ・・・るるっ・・・・・・」
その翼は重傷を負って、しばらく飛べそうもない。無理はさせられないだろう。
僕はククルーの頭を優しく撫で、耳元で呟くように言った。
「無理させて済まないな。此処で休んでいてくれ」
「ぐるあっ‼」
ククルーは力強く鳴いた。意味は伝わらないが、言いたい事は理解出来る。
必ず帰って来い、と・・・・・・。そう、確かに言った。
僕は薄く笑う。不敵に笑みを浮かべると、僕はククルーに向かって拳を突き出す。
拳を突き出し、力強く宣言する。
「任せろ。必ず帰ってくるさ!!!」
「グルッ・・・」
その返答に、ククルーも不敵に笑った。そして、僕はそのままその場を立ち去る。
此処からは未開の大陸だ。僕は気を引き締める。恐らく、無事に戻って来る事は出来ないだろう。
だからこそ、僕は誓う。必ず生きて帰って来ると、生きて、皆の許に帰って来ると。
そう誓い、僕は森の中に入っていった。
さりげなく、一匹だけで浜辺に残されるククルー。




