表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無銘の世界~personaluniverse~  作者: ネツアッハ=ソフ
少年編
8/168

閑話、妹

 これは僕がまだ、5歳の頃。ある日の出来事。


 僕は家の前でひたすら素振りを繰り返していた。木剣を握り、ひたすら無心に振り続ける。


 そんな僕を村の人達は変わり者と笑っていた。しかし、僕はそれでも木剣を振り続ける。


 只、強くなりたいから。弱い自分が嫌だから。弱い自分が許せないから。


 だから、僕は自分を(きた)える。只、ひたすら鍛え続ける。


 そんな僕に、近付いてくる人が一人居た。妹のミィだ。勢いよく僕に抱き付いてくると、にっこりと歯をみせて笑った。中々良い笑顔だ。


「ミィ、危ないぞ」


「大丈夫だよ。お兄ちゃんは私の事を傷付けたりしないから‼」


 笑いながらそう言う妹。


 いや、そういう問題では無いのだが。僕は溜息を吐き、抱き付いたまま放れない妹の頭を撫でた。


「んふふ~っ」


 妹は気持ち良さそうに目を細める。何で、こんなに(なつ)かれるんだろうか?


 懐かれる理由に心当たりがない。全くの皆無だ。


「・・・はぁっ。じゃあ、僕は裏山に行って来るからミィは大人しく家で待ってなよ」


「え~っ」


 心底嫌そうに僕を見る妹。そんな目で僕を見るんじゃない。


 僕はうんざりとする。


「いやな?山道で転ぶと危ないだろう?」


「それはお兄ちゃんだってそうじゃない‼」


「僕は良いんだよ。こうして身体を鍛えているんだから」


 妹はむぅっと頬を膨らませる。そんな顔をしても駄目な物は駄目だ。


「だったら、私もお兄ちゃんと一緒に鍛えるもん‼」


「・・・は?」


 僕は一瞬、呆気に取られた。今、何て言った?


「私も一緒に鍛えるもん‼」


「いや、お前は止めておけ」


「なんでよ!!?」


「何でもだ」


 意地でも僕に付いて行こうとする妹に、僕は深く溜息を吐く。本当、何でこんなに懐いたんだろう?


 そんな僕に、母は微笑みながら言った。


「良いじゃない。裏山ならそんなに危険は無いでしょう?」


「いや、でも母さん」


「それとも、妹と一緒じゃ嫌?」


 悪戯(いたずら)っぽく笑う母に、僕は溜息混じりに降参する。参りました。


「解ったよ。連れて行くよ」


「やったぁ‼」


 うんざりとした顔で答えた僕に、妹はぱぁっと表情(かお)を輝かせた。やれやれだ。


          ・・・・・・・・・


 結果、僕は妹の面倒を見る羽目(はめ)になった。裏山を歩きながら妹にじゃれ付かれる。


「あははっ‼見て見て、あの木の模様何だか人の顔みたい‼」


「・・・はぁ。人面樹(じんめんじゅ)だな」


「お兄ちゃんお兄ちゃん‼あそこに野兎が‼」


「野兎なんて珍しくも無いだろうに」


「お兄ちゃん、大好き‼」


「へいへい・・・」


 ・・・はぁっ。こいつの相手は本当に疲れる。僕、なんでこいつに懐かれているんだ?


 前世では妹萌えとかあったが、ぶっちゃけ面倒なだけだろう。そんな奴等の気がしれない。


 僕の方がおかしいのか?


 考えるほど、憂鬱(ゆううつ)な気分になった。そんな僕の気も知らずに、妹は無邪気に笑う。


「お兄ちゃんお兄ちゃん‼」


「あ?何だよ・・・」


「・・・・・・あれ」


 言われて、見る。すると、其処には滅茶苦茶巨大な熊が居た。大体、二メートルくらいはあろうか。


 大型の熊が僕達を見て、(うな)り声を上げる。どうやらかなり興奮しているらしい。


 いや、何でさ。何故、この山にこんな大型の熊が居るのさ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわぉ」


「あははっ‼熊だ!!!」


 いや、笑っている場合では無いだろう妹よ。僕は顔を蒼褪(あおざ)めさせる。


 ははっ、何でこう・・・面倒事ばかり。僕が空笑いした———


 その瞬間、熊の腕が振るわれる。咄嗟(とっさ)に僕は妹を突き飛ばした。


「・・・えっ」


 妹の呆けた声。直後、僕の身体に激痛が奔る。ぐぁっ!!?


 吹き飛ばされ、激しく木の(みき)に身体を打ち付ける。一瞬、意識が飛んだ。


「ぐ・・・あっ・・・・・・」


「ひっ‼お、お兄・・・・・・」


「ぐるるるるるっ」


 熊の視線が、妹に向く。どうやら、標的を妹に変えたらしい。


 さっきとは打って変わって、(おび)える妹。僕は、木の幹にもたれ掛かったまま動けない。


 さっき、背中を打ち付けたせいだ。


「た、助け・・・」


「ぐるあああああああああっ!!!!!!!!!」


「ひぃっ!!!」


 僕は、咄嗟に手元の石を熊に投げ付けた。石は熊の背中に命中した。


「妹に・・・手を出すな・・・・・・」


「お、お兄ちゃん・・・・・・」


 涙ぐんだ目で僕を見る妹。ああ、だから面倒なんだ。こういうのは・・・。


「ぐるあああああああああああああああっ!!!!!!!!!」


 突進してくる熊。僕は、もうすぐ(そば)まで迫ったそいつに木剣を突き立てた。


 木剣は熊の胴に深く抉るように刺さった。


「がああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」


「ガッ!!?」


 熊の絶叫。僕は、熊に弾き飛ばされた。身体が何度も地面をバウンドする。


「お兄ちゃん!!!」


 朦朧(もうろう)とする意識の中、それでも僕は唇を嚙んで意識を保つ。


 熊を真っ直ぐ睨む。そんな僕に、妹が駆け寄る。


「ぐるるるるるうっ」


 僕を睨み、唸り声を上げる熊。そろそろ駄目か。そう思った直後———


「ファイア!!!」


 鋭い声が響く。直後、熊を紅蓮の炎が包み込む。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!」


 炎の熱が、僕の肌を焦がす。かなりの熱量だろう。


 炎に呑まれ、やがて熊は灰となって消えた。


「・・・・・・・・・・・・」


 其処に居たのは母親の姿だった。鋭い瞳で熊を睨む、母の姿。その姿は、息を呑むほど凛々しい。


 もう、限界だ。


 僕の意識は、其処で途切れた。意識が暗転する。


          ・・・・・・・・・


 次に目を覚ましたのは翌日の昼頃だった。目が覚めると、其処は自分の家だった。


 僕は、ベッドに寝かされている。ふかふかの羽毛のベッドだ。


 どうやら、帰ってきたらしい。


「目を覚ましたようね」


「・・・・・・母さん」


 母親は優しい笑顔で僕を見ている。どうやら、さっきまで看護していたらしい。僕は俯く。


 見ると、僕のお腹を枕代わりに妹がすやすやと寝ていた。その頭を、そっと撫でる。


 妹が安心したように微笑んだ。胸の奥が痛む。けど、これは妹を想ってでは無い。


「・・・・・・ごめんなさい」


「あら、何に対して(あやま)っているのかしら?」


「妹を、危険な目に会わせて・・・」


 母と目を合わせられない。僕が兄なのに、妹を危険な目に会わせた。怖い思いをさせた。


 それが、申し訳なかった。


 しかし、それに対する母の返事は優しい言葉だった。


「馬鹿ね。貴方が気を()う必要は無いのよ」


「けど・・・・・・」


 それでも食い下がる僕を、母は優しく抱き締めた。優しく、温かい抱擁(ほうよう)だ。


「妹を守ろうとしたんでしょう?その想いだけでも充分よ」


「・・・・・・でも」


 僕は、兄として(ほこ)れるような人間じゃ無い。僕は・・・僕は・・・。


「貴方は兄として立派よ。充分誇っても良いわ」


「でも・・・それでも・・・・・・」


「うう・・・んんっ・・・・・・」


 どうやら、妹が目を覚ましたらしい。目をこすりながら僕を見る。


「お兄、ちゃん・・・?」


「・・・・・・・・・・・・っ」


「お兄ちゃんっ!!!」


 妹は僕に抱き付き、わんわんと泣きじゃくる。そんな妹を抱き締め返しながら、僕は想う。


(違うんだ、母さん。こんな状況でも、僕は面倒にしか思っていないんだよ)


 そう、僕は兄失格だ。僕は妹が危険な目に会った時でさえ、面倒だと感じていた。


 結局、僕は何をやっているんだろうか?


 ・・・じゃあ、何故僕はあの時妹を助けようとしたんだ?


 ふと、疑問に思った。そういえば、何故僕は妹を助けようと?


 何故、僕はそれほど大切でもない妹を助けようと思ったのか?解らない。一体、何故?


 考えても、僕には理解出来なかった。僕には、解らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ