10、終末への序章
神殿の外に出ると、其処には悲惨な光景が広がっていた。神国は、もはや見る影も無かった。
崩れ落ちた建物、死んだ者達、泣き崩れる生存者達。行方不明者もかなりの数に上る。親を探す子供が泣きながら焼け跡を歩いている。しかし、だれもその声に応える者は居ない。
神殿は無事だ。恐らく、強固な結界が張ってあったのだろう。何とか、形は保っている。恐らくは最重要地点だからこそ、助かったのだろう。逆を言えば、それ以外は悲惨な物だった。
僕は、目を細める・・・・・・。眉間に皺を寄せる・・・・・・
余りに悲惨な光景だった。気付けば、僕は拳を握り締めていた。果たして、僕はこんなにも人の死を悼む事の出来る人間だっただろうか?恐らくは、違うだろう。僕は、そんな人間じゃない。
僕は、生来他者の事など興味が無かった。無関心だ。それが、何時からか変わっていったんだ。
果たして、何時からだろう?恐らく、リーナと出会った事が切っ掛けだったんだ。そう言うと、何でも彼女の責任にしてしまうようで心苦しいが、恐らく始まりは彼女だった。
リーナとの出会いが僕を少しずつ、けれど確実に変えていったんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
無言で、僕は崩壊した町を見詰める。胸が、引き裂かれるように痛い。
僕は変わった。変わり果てた。それは、僕からして望むべき事なのだろうか?この胸の痛みは、果たして僕が望んだ事なのだろうか?けど、きっとそんな事はほんの些細な事なんだ。
僕は変わった。それはきっと、かつての僕からしたら望むべき事では無かったのだろう。
こんな筈じゃなかった。独りが良かった。他者の事なんか、どうでも良かった。その、筈なのに。
・・・僕は変わった。変わってしまった。
けど、今の僕ならそれを受け入れられる。僕は、きっと今の僕に満足しているのだろうから。
だが、しかし・・・
ああ、胸が痛い。僕は、胸を押さえる。目の前には相変わらず悲惨な光景が。死んだ我が子を抱いて泣き崩れる親が居る。親を探して、絶望についに泣き崩れる子供が居る。
辺りは絶望に満ちている。抑え切れない負の感情に満ちている。死が、満ちている。
痛い。胸が引き裂かれるように痛い。それだけで、泣きそうだ。泣かないけど、泣けないけど。
人が死んだ。たくさん死んだ。きっと、僕のせいでは無いのだろう。けど、それでも思う。どうして僕はこうも弱いのかと。どうして、こうも守れないのかと。責任を感じる。責任を感じてしまう。
これは、きっと僕の責任だから。僕が負うべき責任だから。
「ムメイ・・・?ムメイ・・・っ‼」
隣で、リーナの声が聞こえた気がした。意識が遠のいていく。
気付けば、僕の意識は再び暗転していた。僕は・・・僕、は・・・・・・
どうすれば良いのか、もう解らなかった。
・・・・・・・・・
意識が戻って、果たして何週間経っただろうか?
それからずっと、僕は神殿に籠って考え続けた。果たしてどうすれば良かったのか?何が正解か?
僕は、ずっと考え続けた。その間、リーナはずっと僕の事をかいがいしく世話をしてくれた。それがとても嬉しくもあり、少し恥ずかしくもあった。けど、やっぱり僕は嬉しいのだろう。
・・・そして、やがて僕は一つの結論を出す。
「リーナ、僕は奴等と戦うよ」
「・・・・・・え?」
リーナは蒼褪めた顔で、僕に問い返す。しかし、僕の決意に揺るぎはない。僕は再び言った。
「終末王ハクア、それに悪魔Ω。僕は奴等と戦わなければならない」
「そんな、どうしてっ!!?」
「僕が納得出来ないからだよ」
「っ・・・」
僕の言葉に、リーナが押し黙る。きっと、これは感情の問題だ。他でもない、僕自身の意地だ。
だから、僕はこの意地に全てを賭ける。意地を張り通してやる。
「きっと、こればかりは何を言われようと納得出来ない。僕自身が納得出来ないんだ」
「そんな・・・そんなの・・・・・・。解らないよ・・・・・・」
「リーナが納得出来ないのは解っている。けど、これは僕の意地なんだ。他でもない、僕の意地だ」
きっと、リーナは僕のそれを理解出来ないだろう。それでも、僕は意地を張るんだ。
・・・他でも無い、僕自身の為に。僕の決めた事だから。
「どうして、そんな意地を・・・?」
「・・・・・・きっと、僕は今回の件に責任を感じているから」
「そんなっ、ムメイは何も悪くないじゃないっ!!!」
リーナの声は、もはや悲鳴のようだ。とても悲痛だ。
・・・そう、恐らくはきっとそうなんだろう。けど、それでは僕が納得出来ない。
僕は、リーナに笑い掛けた。恐らくは、とても不格好な笑みだろうけど。
「きっと、その通りなんだろう。僕に責任はないのかもしれない。けど、それでも思うんだ」
僕が、もっとしっかりしていればこんな事にはならなかったのにと。或いは・・・もしくは、こんな事態にはならなかったかもしれないのにと。そう、思う。本気でそう思っている。
きっと、僕はこの事態に責任を感じている。なら、僕はどうするべきか?どうするべきなのか?
これは、きっとそういう類の話だ。僕自身の問題なんだ。
だから、僕は真っ直ぐにリーナを見詰めて言った。
「僕がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかった筈だから。だから、僕は責任を取るよ」
「けど・・・それでも・・・・・・」
リーナは今にも泣きそうだ。解っている。彼女はそれでも納得しないと。
僕は、苦笑を浮かべてリーナを引き寄せた。そして・・・
「んっ・・・、っ!!?」
リーナが目を大きく見開く。僕は、リーナに口付けした。僕からリーナへのキスだ。
僕はしっかりとリーナを抱き寄せ、その唇を奪う。しばらく後、ゆっくりと彼女を放す。リーナは顔を赤く染めていた。視線を僕から逸らす。それが、なんだか可笑しくて思わず笑った。
僕は、リーナを真っ直ぐ見詰める。リーナも、僕を真っ赤な顔で見詰めた。僕は言った。
「リーナ、僕は君の事が大好きだ。愛している」
「・・・・・・うん」
僕は彼女の事を愛している。大好きだ。だから、それを真っ直ぐ伝える。
「きっと、これからもリーナの事を困らせたりするだろうと思う。きっと、これからもリーナを悲しませたりするだろうと思うよ。きっと、僕は君に苦労をかけてばかりだろう」
「・・・っ、うん」
それでも、それでも僕は言わなければならない。リーナに、僕の想いを。
心の底からの本音を。
「それでも・・・、それでもよければ・・・・・・。全てが終わったら結婚しよう」
「・・・・・・っ!!?」
言った。僕は真っ直ぐ、僕の想いを伝えた。恥ずかしくて、思わず顔を背けたくなる。
けど、背けない。此処は、背けてはいけないから。
そして、リーナは僕の顔を真っ直ぐ見詰め・・・・・・
・・・・・・・・・
神殿を出ると、其処には神王が居た。
「・・・・・・行くのか、無銘の少年」
「ああ、行くよ」
神王の問いに、僕は真っ直ぐに返す。その瞳に迷いは無い。僕は、真っ直ぐ前へと進む。
そんな僕に、神王は言った。
「奴らは未開の大陸へと向かった。恐らく、其処に奴等の拠点がある」
「・・・・・・そうか」
「・・・・・・気を付けろ」
「ああ、了解した」
そう言って、僕は岬に待たせた飛竜の許に行く。・・・黒い飛竜のククルに近寄ると、僕はおもむろに戦車との繋ぎ目を外した。ククルが怪訝そうに唸る。その頭を、そっと撫でた。
敵地に単身乗り込むのに、戦車に乗っていたらすぐにばれるだろう。だから、外す。
僕はククルの背に乗ると、その耳に口を近付けて言った。
「ククル、未開の大陸へ・・・解るな?」
「グルアッ!!!」
ククルは直後、大地を蹴り空を駆けた。一瞬で、神大陸の岬が小さくなってゆく。徐々に小さくなる岬に僕は僅かに目を向ける。そして、すぐに視線を戻した。
空を飛ぶ飛竜の背の上、僕は考える。リーナの事を。彼女との最後の会話を。
『私も、ムメイの事を愛してる。だから、必ず私の許に帰ってきて』
「ああ、帰ってくるさ。きっと、リーナの許に」
・・・そう、僕は静かに呟いた。
その時の、リーナの顔を僕はきっと忘れない。僕は、未開の大陸に向かった。
そして、無銘は死地へと赴く。果たして、彼は帰る事が出来るのか?




