9、崩壊
終末王———
そいつは、嗤っていた。邪神ヤミの、黒竜のその背の上で燃える神国を見下ろし、嗤っていた。Ωも黒竜の背の上で嘲笑を浮かべている。まるで、祭りを見て楽しむ子供のような顔、さも燃える町が綺麗だとでも言わんばかりの表情だ。それが、余りに異常だ。異常で、異様だ。
僕の全身が総毛立つ。ぞっとする。
「見ろよ、ディー。町が燃えているぞ?」
「くははっ。ああ、とても綺麗だ」
嗤っている。二人とも嗤っているんだ。それが余りに異常で、余りに異様で、気持ちが悪かった。
何故、こんなにも嗤っていられるのか?何故、多くの人が死んでこんなに笑えるのか?
・・・何故?理解出来ない。理解したくない。
「理解出来ねえよ・・・・・・」
「ん?」
僕の存在に気付き、終末王が此方を振り向く。その瞳は、さも何でもないようでいて、この状況下では余りに異常に過ぎた。瞬間、僕の中の何かが音を立てて崩壊した。
それは、云わば理性のタガだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
絶叫し、踏み込む。地面が爆ぜる。
木剣を振りかざし、終末王に向かって斬り掛かる。燃える建物を足場に、三角跳びの要領で黒竜の背の上の奴等に接近する。しかし・・・
終末王は静かに嗤った。僕を見下ろし、嗤う。余裕を崩さない。
「だが、まだ甘い・・・」
直後、僕の身体を見えない鉄槌に叩き付けられたような衝撃が襲う。それは、終末王の術だ。
それは、云わば風の鉄槌だった・・・。
終末王が掌をかざした瞬間、僕を暴風の塊が叩き付けられたのだ。勢いよく吹っ飛ばされる僕。嵐の鉄槌を叩き付けられ、僕は勢い良く吹き飛んでゆく。
勢いが衰えぬまま、僕は幾つもの建物を貫通して吹き飛ばされる。ようやく勢いが衰えて止まった頃には奴は遥か彼方に居た。一体、何十メートル吹き飛ばされただろうか?
少なくとも、巨大な黒竜が豆粒に見える程度の距離だろう。ずいぶんと飛ばされた物だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕は血反吐を吐きながら、しっかりと立ち上がった。そして、木剣を構え直して再び駆けた。
一瞬で、何十メートルにも及ぶ距離を詰めて接近する。しかし、それでも終末王には届かない。
黒竜の顎が、僕に向けて開かれる。白熱する炎が、口内に渦巻く。刹那———
黒竜の吐く火炎のブレスが僕を襲った。その熱量、優に何十万度にも及ぶだろう。その火炎を、僕は木剣を振るい太刀風によって防いだ。しかし、体勢が崩れた所を黒竜の尾によって弾かれてしまう。
再び、僕は建物に叩き付けられる。崩れる建物、その瓦礫に僕の身体が埋もれる。
「ムメイっ!!?」
瓦礫から這い出た僕にリーナが駆け寄る。くそっ、これ程までか。これ程までに差があるのか。
僕は悔しさのあまり、唇を嚙む。口の端から血がにじみ出た。血の味が、口の中に広がる。
終末王が、僕を見下ろして嗤っている。Ωも、僕を見下ろして嗤っている。それが、悔しい。
何も出来ない、自分自身が悔しい。悔しくて、唇を強く噛み締める。
「何が・・・目的だ・・・・・・」
「あ?」
吐き捨てるように呟く。
僕は、せめて何か言い返せないかと目的を問う。奴を睨みながら、その目的を問う。
終末王は、そんな僕を見て静かに嗤った。邪悪に、口の端を歪めて嗤った。
「くはっ、僕の目的を問うか。ならば良し、僕の・・・僕達の目的を言おうではないかっ!!!」
「・・・っ」
終末王はその手に黄金の刀身を持つ十字剣をかざし、宣言するように吼えた。
「我が名は終末王ハクア。我が組織の名は外法教団。我が目的は世界を終末に導き、滅びの後に新たに理想郷となる新世界を創造する事!!!」
「っ!!?」
「旧世界よ‼我が理想の礎として滅びろっ!!!」
直後、黒竜の口内に眩い黄金の閃光が収束していく。僕は瞬時に理解した。あれは、全てを滅ぼす終末の光だという事を。全てを破壊する光だと。理解して、震えた。
僕は、咄嗟にリーナを庇うようにリーナを押し倒した。そして、リーナを覆うように被さる。
「ム、ムメイっ!!?」
「黙っていろっ!!!」
リーナの不安そうな声。それを僕は、一喝して黙らせる。直後———
眩いばかりの黄金の閃光が、周囲一帯に広がる。振り撒かれる、濃密な死。
・・・直後、僕の身体を焼け付くような激しい痛みが襲い、そのまま意識は暗転した。
何か、僕を呼ぶような声が聞こえた気がした。明確な死が、僕を襲った。
・・・・・・・・・
何も無い・・・
何も無い、無が何処までも続いている。きっと、この無は果てが無いのだろう。果ての無い、無が何処までも続いていた。何処までも、この何も無いが続いていた。この何も無い世界に、僕は只独りだ。
ああ・・・、僕は納得する。此れは僕だ。きっと、この虚無が僕の本質なんだ。この果ての無い無限の虚無こそが僕の本質なのだろう。僕は、空っぽなんだ。空虚なんだ。
虚しい。そう、思った。とても、虚しい。此処は虚しい。何も無くて、虚しい。虚しくて、寂しい。
虚しい筈だ。僕はかつて誰も、何者も、心に住まわせた事など無いのだから。だからこそ、虚しい。
ああ、きっと僕の心の中はとても寂しいのだろう。きっと、僕は孤独なだけなんだ。
かつて、僕はそれでも良いと言った。独りが良いと言った。しかし・・・しかし、だ・・・
実際、これはどうなのだろうか?この何も無い虚無が僕の望んだモノなのだろうか?
・・・ふと、思う。だとすれば、僕にとってリーナはどうなのだろうか?
リーナ=レイニー。僕が初めて恋して、愛した女性。僕の事を大好きだと言ってくれた女性。
僕の心の壁など気にせず、僕の奥深くにまで入り込んだ少女。
最初は、只うっとうしいだけだった。放っておいて欲しいと思った。僕を独りにしない彼女を、只面倒臭いとすら思っていた。けど、今はどうだろうか?うっとうしいか?放っておいて欲しいか?
今は、彼女の好意が純粋に嬉しい。そう、思っている。ああ、なるほど。これがきっと、真実だ。
僕は彼女を、リーナ=レイニーを心の底から愛してしまったんだ。僕も、彼女の事が大好きなんだ。
そう思った瞬間、僕の心に暖かな物が宿った気がした。それは、それこそがきっと・・・
僕は、静かに笑った。その目から涙を零しながら、笑った。泣き笑いだった。
・・・・・・・・・
直後、僕は目を覚ました。其処は白いベッドの上だった。身体がぎしりと痛む。
周囲を見渡そうとして、左隣を見た。瞬間、目が合った。リーナとだ。
「・・・・・・ムメイ」
「・・・・・・リ、リーナ?」
リーナは僕を見て、涙ぐんでいる。
どうして、此処に?言おうとして、気付いた。僕の身体に巻かれた大量の包帯を。身体中に包帯がぐるぐるに巻かれていて、その包帯に血が滲んでいる。一目で、重体だと解る。
・・・よく生きていたな、僕。そう思った。その直後、リーナが動いた。
「っ!!!」
リーナが僕に飛び付いてくる。力強く抱き締めてくる。僕の身体に、激痛が奔った。
全身に駆け巡る痛み。その激痛に、思わず僕は絶叫を上げそうになる。
「っ、ぐあ!!?」
「ひっく・・・ぐすっ・・・・・・。うぇぇっ・・・・・・」
リーナは泣きじゃくりながら、僕を強く抱き締める。心配を掛けたのだろう。
しかし・・・しかし、だ・・・・・・
強く抱き締められると、僕の身体に激痛が奔るのだが。あの、リーナさん?
ぎゅっと、リーナの腕が僕の身体を強く抱き締めた。更に激痛が奔る。
「ぐああっ!!?」
「っ⁉あ・・・ごめんなさい・・・・・・」
リーナは泣きながら謝り、僕からようやく離れた。しかし、それでもそわそわとしている。
僕は苦笑して、リーナの頭をそっと撫でた。リーナはまた泣いた。もう、わんわん泣いたさ。
リーナが泣き止むまで、それからしばらく掛かった。




