8、邪神、復活
ボッ!!!炎上する町の一角で、魔物の群れが空高く吹っ飛んだ。局地的に血の雨が降る。
その赤い雨の中心には、木剣を握る僕が立っている。一瞬の静寂が流れる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
視線が僕に集まる。魔物を吹っ飛ばしたのは、僕だ。当然、間髪入れずに次が来る。襲い来る魔物の群れや神父にシスター達。しかし、それを僕は容赦なく吹っ飛ばす。
魔物はおろか、神父やシスターも例外なく全員が絶命している。この時、僕は意図的に全ての制限を放棄して全能力を解放していた。即ち、この戦いにおいて僕は一切の容赦を放棄した。
ああ、僕が間違っていた。僕が甘かった。これは戦争だ。戦争に情けなど要らない。
・・・そんな事をすれば、無駄に人が死ぬというのに。僕が甘かったんだ。僕は反省した。
反省して、敵を静かに睨み付けた。びくりと、神父やシスター達は震えた。
「お前等、全員ぶっ潰す!!!」
そう、宣言した。僕はもう、一切の容赦はしない。そう決めて、地面が陥没する程の踏み込みで敵に向かい距離を詰めた。その速度は、もはや人間の知覚能力を超えている。
一足飛びに僕は虎の魔物に接近し、その首を切り落とす。落ちた首を踏み潰し、そのまま次へ。
一瞬の内に、数十の魔物が首を刈り落とされた。恐らく、何が起きたのかすら理解していない。それほどの速度で魔物を斬った。認識する暇すら与えない。そんな暇など、与えてやらない。
一瞬で、息の根を止める。
「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
神父の一人が戦慄を感じたのか、絶叫を上げて僕に剣を振るってきた。しかし、無駄だ。僕は振るわれた剣を腕ごと切り落とし、そのまま首を切り落とした。
一応、説明しておくと僕の持っているのは木剣だ。本来は物を斬れるような造りになっていない。
只、僕は摩擦熱によって無理矢理焼き切っているだけだ。事実、その摩擦により木剣は燃えている。
木剣が燃え尽きないのは、木剣が神域の樹で出来ているからだ。要は、普通の樹ではない。
・・・何も聞こえない、何も感じない。只、無心に敵を斬ってゆく。敵は殺す、皆殺す。
容赦など、一切しない。そんな甘さなど、許さない。断じて許しはしない。
次から次へと、僕は敵を殲滅していく。其処に一切の容赦はない。容赦などしてやらない。そんな暇など一切与えてやるものか。息をする間もなく死ねっ!!!消えろっ!!!
僕が甘かった。僕が甘くなければこんな事にはならなかったんだ。そう、実感した。だから潰す。
人が死んだ。たくさん死んだ。僕には関係のない人達だ。けど、それでも・・・
僕は思う。僕が甘くなければ、きっと死ななかった命だから。だから、これは僕の責任だ。
敵を殺す度に、僕の心は冷えてゆく。僕の心は鋭く冷徹になってゆく。それが、解る。
敵を斬る度に、僕の中から何かが消えてゆく感覚がする。何かが消えて、心が冷えてゆく。
心が、凍て付いてゆく・・・
「・・・な、何故っ‼何故、こんな非道をっ!!!」
誰かが、叫んだ。見ると、シスターの一人が僕を怯えた目で見ている。僕の心が荒んでゆく。
何故?何故だと?お前らが、お前等がそれを言うのか?理不尽に奪ったお前らが???
僕は、目を鋭く細めた。シスターが怯える。その目が、気に食わない。
「笑わせるな」
そんな言葉、お前等にだけは言われたくない。そんな言葉、お前等にだけは言わせない。
断固として言わせてなるものか!!!
僕は、容赦なくそのシスターに向かって木剣を振るう。シスターがぎゅっと目を瞑る。
・・・しかし。その木剣がシスターの命を奪う事は無かった。
「・・・・・・・・・・・・何のつもりだ?リーナ」
僕は、背後のリーナに問う。
木剣は、シスターに振り下ろされる寸前で止まっていた。止めたのはリーナだ。
リーナは、涙を堪えた目で僕を後ろから抱き締めて止めている。まるで、僕がこいつ等を殺すのを容認しないかのように。リーナは僕を止めていた。
・・・・・・何故?何故、リーナが止める?全く理解出来ない。
「・・・・・・これ以上は駄目」
「・・・・・・放せ、リーナ。こいつ等を殺さなきゃ」
「駄目。これ以上殺したら、ムメイは戻って来れなくなるよ?」
戻って来れなくなる?リーナは何を言っているんだ?泣きそうな顔で、一体何を言っている?
リーナは僕を強く抱き締めながら、僕がこのシスターを殺してしまわないようにしながら言った。
「ムメイ・・・、今とても冷たい顔をしているよ」
「・・・・・・だから、何だ?」
「ムメイは優しさを失ったら駄目。これ以上殺したら、もうあの優しいムメイには戻れなくなる」
僕が優しい?優しいだって?
僕は、それを鼻で笑う。何を今更?
「僕は、元からそんなに優しくはない」
「そんな事はないよ、ムメイは優しい。そんなムメイだから、私は貴方を好きになったんだから」
そう言って、リーナは更に強く僕を抱き締めた。木剣を握る腕が、震える。
何故?何故、僕の腕が振るえるのか?解らない。解らないよ、リーナ。ぎりっと僕は歯を食い縛る。
そんな僕に、リーナは静かな口調で言った。優しい、諭すような声で・・・
「ムメイ、貴方は優しい。どうかその優しさを捨てないで」
そう言って、リーナはそっと僕を放す。放されて、僕は木剣を握ったまま動かない。僕は、果たしてどうしたいのだろうか?僕は、一体何をしたかった?
僕は、動けずにいる。木剣を握ったまま動かない。動けない。僕は、一体どうしたいんだ?
シスターはこれを好機と見たのか、必死に逃げようとした。しかし、その瞬間に僕の木剣が閃く。
その剣閃は、狙い違うことなくシスターの頭に命中した。
「あぎゃっ!!?」
シスターは頭を木剣で殴られて、白目を剝いて気絶した。リーナが目を白黒させる。
シスターは死んではいない、気絶しているだけだ。手加減はしておいた。一応だがな。
「ム・・・ムメイ・・・・・・?」
「大丈夫だ、リーナ。頭は冷えた・・・ありがとう・・・・・・」
そう言って、僕はリーナに微笑み掛ける。その笑みにリーナも安心したらしい。リーナは笑った。
さて、そろそろ往くか。そう思った直後、大爆発と共に、町の一角から閃光の柱が昇った。
建物を、瓦礫を、町を包む炎までも焼き尽くして空の雲海を払う。閃光の柱だった。
その光の柱は何処までも、何処までも、天へと伸びてゆく。まるで、天と地を繋ぐ神話の柱のよう。
その光景に、僕は愕然と目を見開く。リーナも、思わず口を開けたままそれを見ている。
「何・・・あれ・・・・・・?」
「何だ・・・あれは・・・・・・?」
リーナの呆然とした声が、やけに明瞭に響く。僕も思う。何だ、あれは・・・?
その光の柱は、雲海を消し飛ばして更に天高くへと昇ってゆく。一本の光の柱が、天と地を繋ぐ。
それは、復活の声。邪神の復活を祝う、忌むべき復活の絶叫だ。
「ギイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!」
轟く絶叫。その絶叫は、邪神の復活の合図だ。
その絶叫に、天は、地は、森羅万象の全ては震え慄いた。神々ですら、自然と畏怖の感情を抱く。
そう、邪神ヤミが復活したのだ。光の柱が消えると、地下の奥深くからそれは現れた。
濃い闇がそのまま形を成したかのような、黒いドラゴン。全ての悪徳を司る、悪性精神生命。宇宙が産み出した悪意の原罪。全ての負の感情の集合体。
邪神ヤミ、そしてその背に二人は乗っていた。終末王と悪魔Ωだ。
ついに邪神が復活しました。物語は最悪の展開へと進んでゆく。




